死者の祈り、あるいは呪い(11)

 翌、日曜日。ぼくは家の前で旧友の到着を待っていた。


 休みは明日の月曜日まで取ってあったが、元々の予定では今日の内に東都に戻ってのんびりするつもりだった。


 予定変更のきっかけは、列席者名簿の中に高校時代の友人――野岳宏明のだけひろあきの名前を見つけたことだ。


 彼が五十海市役所で働いているということは聞いていたが、名簿の記載を見て驚いた。環境保全課、つまり義兄と同じ部署で働いていることがわかったからだ。


 ぼくは駄目で元々と思って、随分昔に登録したきりの彼のメールアドレス宛に連絡を取ってみた。すぐに返信がきて、会おうということになった。


「よお順平。色々と大変だったな」


 その旧友は約束の時間ぴったりに来た。高校時代は井戸から這い出てきた落ち武者のような風貌だったが、さすがに公職に就いた今は髪型も服装もすっかり落ち着いている。


「乗れよ」


 どこか気取った店にでも連れてかれると思ったら、何のことはない。宏明は全国チェーンのファミリーレストランの駐車場に愛車のマーチを止めた。


「こっちに戻ってくるつもりはないのか?」


 食事と旧交談が一区切りつくと、宏明はそんなことを尋ねてきた。


「今のところは。一応県内にも支社はあるけど、本社の仕事が性に合っていてね」


「そっか。ま、順平にとって五十海はあまり良い思い出のある街ではないものな」


「高校にあがってからはまぁまぁ楽しかったよ。友人にも恵まれたし」


 中学生当時のぼくの境遇を知りながら、対等の付き合い方で接してくれた友人にウインクすると、彼は顔を真っ赤にして目を逸らした。


「馬鹿。そういうのは思ってても口にするもんじゃない」


「ごめんごめん。それはさておき、ぼくからも良い? まぁまぁ楽しくない話なんだけど」


 宏明が「続けろよ」と言ったので、ぼくは転落の現場で刑事と会ったときのこと―とりわけ、刑事が義兄のことを疑っているような素振りを見せたことについて簡潔に説明した。


「待てよ。お前もその刑事と同じに道隆さんを疑っているのか?」


「あの人が姉さんを殺すなんて、絶対にありえないよ。ただ、ちょっと引っかかっていることがないわけでもない」


「具体的な根拠があってのことなのか?」


「ううん、何も。だから宏明に聞いてみようと思ったんだ。最近、にいさんが何か妙なこと……とまで言わなくても普段と違うことをしていなかったかって」


「いや、奥さんが亡くなるまでは別段――」


 そう言ってから、ふいに宏明は顔を強張らせた。


「姉さんがああいうことになってから、何かあったの?」


「お通夜の前日だ。あの日も俺は夜の十時ぐらいまで残業してたんだが、家に戻る途中で鍵を忘れたことに気がついてな。慌てて職場にとって返したら、いたんだよ。道隆さんが」


「にいさんが? いつの間に家を出たんだろう。全然気がつかなかった」


 義兄は姉が亡くなった日から忌引きで仕事を休んでいる。休みといってもずっと葬儀の準備で忙殺されていたはずで、昼夜を問わず自由になる時間はほとんどなかったはずだ。余程のっぴきならない理由があったのだろうか。


「その日のうちにどうしても出さなきゃいけないメールがあったと言っていたな。うちは忙しい部署だからそういうものかとも思ったんだが……後になって、電源が入っていたことが引っかかってな」


「電源?」


「シュレッダーの電源。俺が一度退庁したときには間違いなく消えていたんだ」


 確かにメールを出すだけなら、シュレッダーを使う必要は無い。義兄の行動は不審だった。


「ま、俺の考えすぎなのかも知れないが」


 宏明は小さくかぶりを振ると、自分自身でも信じていないことを口にした。

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