六月三十日(火)
オーバーライト(4)~おねだり
放課後の教室で何をするでもなく佇んでいると、鞄の中で携帯電話が小さく振動した。
今井先輩からのメッセージだった。
『黒歴史ボックスの件、国原、東も心当たりがないとのこと。そもそも卒業してから部室に来たことがあるのは俺だけらしい。』
どうやらひどく厄介な事態に巻き込まれつつあるらしい。
ぼくはかぶりを振って携帯電話を鞄の中にしまい直した。
ことの発端はぼくが入学する以前に起きた電工部の移転騒動だ。
学校側の一方的な退去通告に対して当時の電工部員が強く反発したことはかねてから聞いていたが、その実態は旧部室を占拠しての抗議活動だったらしい。「我々には横暴に抵抗する権利があり、また、備えがある」とは当時の副部長の発言だ。
とは言え電工部としても本気で学校と徹底抗戦する気はなく、あくまで交渉のためのパフォーマンスとしての抗議だったようだ。
だが、その作戦には大きな落とし穴があった。
当時の副部長――今井慎郎という落とし穴が。
こと電子工作にかけては天才的な能力を有するあの
それらの兵器は良識ある電工部員たちの手によって徹底的に破壊された上で秘密裏に処分されたのだが、ひとつだけ例外があった。それが件のスタンガンというわけだ。
――男でも失神するほどの威力だ。自分の体で確かめたから間違いない。
「そんな危険なものを電工部に置いていくなよ……」
思わず声に出して毒づいてしまう。処分するには惜しい出来だと思ったのかは知らないが、せめて自宅に持ち帰って欲しかった。
「おーい、佐村」
ふいに声を掛けられて、ぼくははっと後ろを振り返った。
「取り込み中だったか?」
切羽詰まった顔をしていたのかも知れない。クラスメートの
「ううん、そういうわけじゃないよ。どうした?」
「修学旅行のクラス写真ができたんで、お前の分を渡しておこうと思ってな」
茶封筒をひらひらさせながら、西園君は快活に答えた。
写真部に所属する彼は、先月の修学旅行でもクラスの撮影係として愛用の一眼レフを首から提げて東奔西走していた。
「ありがとう。結構分厚いね」
「中間試験の時に物理のノートを借りた分の礼も入っているからな」
西園君の日に焼けた顔に笑みが広がる。
ぼくは受け取った封筒の中身を三分の二ほど引っ張り出してから、慌ててしまい込んだ。
「あのなぁ……」
「良い仕事するだろう?」
ぼくが抗議しかけたのを無視して、西園君はさっさと教室から出て行った。
その拍子に他の女子と話し込んでいた志紀と目が合ってしまう。
どうしたの? もの問いたげな志紀に曖昧なほほえみを返して、ぼくは茶封筒を鞄に突っ込んだ。
まったく、西園君は良い仕事をする。
アイスクリームを片手に奈良公園を散歩する糸川志紀の無防備な笑顔は、ぼくの脳裏からなかなか消え去ってくれそうになかった。
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