オーバーライト

九月二十九日(火)

オーバーライト(12)~眠りに入る子ども~

 体ごとぶつかっていったのが功を奏したのだろう。


 登山ナイフはやすやすと理浦りうら恵三けいぞうの堅い腹に突き刺さった。


「ぐ、お、あ」


 仇敵がうめき声をあげるのにも構わず、ナイフをねじり込む。


 カランと乾いた音がしたのは、彼が握りしめていた特殊警棒が床に落ちた音だろう。


 ぼくはだから素早くナイフから手を離し、警棒を拾いあげた。


「抜くと死ぬよ」


 理浦が腹に刺さったナイフの柄に手を掛けたのを見て、ぼくはぼそりと呟いた。


 逆襲されるのはごめんだ。返り血だって、なるべくなら浴びたくはない。


「抜かなくても死ぬけどね」


 ナイフを握りしめたまま突っ立っているだけの理浦の頭部に拾いあげた特殊警棒を叩きつける。六度、七度、八度。理浦がうつぶせに倒れた後も、繰り返し殴った。


 元の計画にはなかったことだ。しかし、自分が殺そうとしている男が糸川いとかわ志紀しきの身体を弄んだということを考えれば、殺すならせめて苦しまずに、などと寛容の精神を発揮する気にはなれなかった。


 やがて理浦はぴくりとも動かなくなった。


 静けさに包まれた小校舎の廃教室で、ぼくは今に至るまでの道筋について思いをはせる。


 後悔などあるはずがない。一つ心残りがあるとすれば、ここからではどれほど耳を澄ませたところで、ほとんどピアノの旋律を聴くことができないということだけだった。

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