異世界戦記・転魔撃滅ガッデムファイア ~ 地球から来た転生者どもはすべて倒す! 絶対神の魂を宿した最強の復讐者が、魔炎をまとって敵を討つ超必殺・撃滅譚!
第124話 転魔撃滅機構――エリオン・エリミネイト・コード
第124話 転魔撃滅機構――エリオン・エリミネイト・コード
小高い緑の丘のふもとに、一本の大樹が太い根を下ろしている。その木の影から一人の男が姿を現した。
それは黒いハーフマントを羽織った短い黒髪の少年だった。少年は暖かな風が吹く青い空の下、ひと気のない広大な平野を黙々と進んでいく。
そこは視界の端から端まで緑の芝生に覆われた大地で、滑らかな石が無数に整然と並んでいる。それらの石はすべて、誰かの名前が刻まれた墓石だった。そしていくつかの墓石の前には、色とりどりの花束や、かわいらしい人形が
少年は顔から表情を消したまま、静寂に包まれた墓地をゆっくりと進んでいく。そして、はるか北にある教会へと続く石の道を横切ってから、足を止めた。そこは、少女の名前が彫られたばかりの墓石の前だった。
「メナさん……」
少年は低い声で少女の名前を呟いた。多くの花束が供えられたその真新しい墓石には、メナ・スミンズという名前が彫られている。
少年は芝生の大地に膝をつき、持参した小さな花束を墓前に供えた。
「……オレもいつかそっちに行きます。その時までの、お別れです」
少年は自分の胸に手を当てて、目を閉じた。
そして、大切な仲間であった少女のために、祈りを捧げた――。
「……さて。待たせたな」
少年は立ち上がり、ゆっくりと振り返る。するといつの間にか、少年の背後に一人の少女が立っていた。それはソフィア・ミンス王立女学院の制服に身を包んだ、長い黒髪の少女だった。
「別れは済んだか、ネイン・スラート」
「ああ――」
淡々とした少女の言葉に、少年はうなずきながら歩き出した。
「おまえの方も、用事とやらは済んだようだな。ジャスミン・ホワイト」
腰に白い剣を
「メナさんの葬儀は終わったが、シャーロットが顔を出さなかった。もしかすると遅れてくるかもしれないから、場所を変えよう。今のオレには、シャーロットに合わせる顔がないからな」
「いいだろう」
ジャスミンはやはり淡々と返事をし、ネインの背中について歩き出す。
ネインは元来た道をまっすぐ戻り、そのまま緑の丘を登り始める。そして丘の頂上で足を止めて、南に広がる王都を眺めながら口を開いた。
「さて――。それではジャスミン・ホワイト。返答を聞かせてもらおうか。おまえたちべリス教会が集めた
「――その前に、最後の確認だ」
ジャスミンは長い黒髪を風になびかせながらネインの隣に並び立った。そして石の都に顔を向けて、問いかける。
「両親を殺し、妹をさらった犯人を探すこと。そして、我らの世界に土足で踏み込んできた害虫どもを一人残らず倒すこと――。それがおまえの目的だと聞いている」
「そうだ。オレはそのために生きている」
「ならばなぜ、余計なことに首を突っ込む」
「余計なこと……? それはシャーロットのことか?」
訊かれたとたん、ネインは思わず困惑顔でジャスミンを見た。しかしジャスミンは目を合わせることなくさらに言う。
「おまえは害虫どもとの戦いに備え、力のある魔女と契約した。それについては何の問題もない。しかし、シャーロットの件はどういうことだ。他人の事情に首を突っ込み、無駄な時間と労力を
「いや、オレはそうは思わない」
いら立ちがにじんだジャスミンの言葉を聞いたとたん、ネインは即座に言い返した。
「たしかにあのカメオをシャーロットに届けることは、
「必要なことだと……? 理解できん。説明しろ」
「べつに難しい話ではない」
冷たい声で訊き返したジャスミンから、ネインは目を逸らして小さな息を吐き出した。
「たしかにオレは
「怒りと憎しみ以外のモノ?」
「そうだ。見ろ、ジャスミン・ホワイト――」
ネインは右手をまっすぐ伸ばし、巨大な王都を指さした。
「この世界には多くの人たちが生きている。そして多くの人が悩み苦しみ、傷つきながら生きている。オレは今日まで多くの人たちの
ネインはいったん口を閉じた。その黒い瞳は、はるか彼方に
「オレはサイラス王の
その姿を見て、オレは思った。
そのカメオをオレの手で、何があろうと、どれだけ時間がかかろうと、サイラス王の娘に渡したいと思ったんだ」
ネインは青い空を
「その時にようやくわかったんだ。
オレは何をしたいのか。
何のために生きているのか――。
オレはたしかに
「守る?」
「そうだ」
話を聞きながらジャスミンは
「家族を奪った
オレは、
だからオレは、
だからオレは、サイラス王のカメオをシャーロットに届けたいと思った。それは、この世界に生きる人たちの優しい心を守りたいと思ったからだ。
だからオレは、戦っていけるんだ。この世界に生きる人たちを守りたいという思いがあるから、オレは
「なるほど……」
ネインの話を黙って聞いていたジャスミンは、不愉快そうに顔をしかめて口を開いた。
「つまりおまえは――困っている人がいたら助けてあげたい。そういう思いがあるからこそ、害虫どもと戦っていける。だから人助けはムダではなく、むしろ自分にとっては必要なことだ――。そう言いたいわけだな?」
「そうだ」
「そうか。ようやく理解できた。――ならば、
「欠点? それはいったいどういう――って、うおおっ!?」
唐突なジャスミンの言葉に、ネインは思わず首をかしげた。しかし次の瞬間――驚きのあまり両目を限界まで見開いた。
なぜならば、なぜかいきなりジャスミンがしゃがみ込み、ネインの足首を両手でつかんで立ち上がったからだ。さらにそのままネインの体を2回、3回、4回、5回と全力で振り回し――青い空に向けて勢いよく放り投げた。
「――うおおおおおおおおおおおおおおーっっっ!?」
ネインはびっくり仰天して目を丸くしながら空中高くぶっ飛んだ。
春の陽気が漂う緑の丘の頂上で、黒いハーフマントが風を切り裂きながら宙を舞う――。
なぜかいきなり飛翔体と化したネインは、猛烈なスピードで丘の斜面に投げ出された。さらにそのまま、はるか下のふもとまで転がり落ちて、動きを止めた。
「い……いったい何を……」
まさに青天の
ジャコン・イグバとの戦闘による疲労が回復していないネインの顔面は血の気が
「――話が長い」
緑の丘をゆっくりと降りてきたジャスミンが、ピクリとも動けないネインの手前で足を止めて、低い声でそう呟いた。
「な……なんの……ことだ……」
ネインは芝生の大地に横たわったまま、制服姿のジャスミンに目を向けた。するとジャスミンは、まるで虫けらを見るような目つきのまま淡々と言い放つ。
「ネイン・スラート。おまえの欠点は、
「なん……だと……!?」
その瞬間、ネインは
ジャスミンが口にした言葉の意味は理解できる。しかし、どうしてそんなことを言われるのかさっぱり理解できなかった。だからネインはふらつきながら体を起こし、何とか芝生の上に座り込んだ。そしてジャスミンをまっすぐ見上げて訊き返す。
「ジャスミン……? おまえはいったい何を言っているんだ……?」
「だから、話が長いと言っている」
「悪いが、意味がよくわからない。もう一度言ってくれないか?」
「だから、話が長いと言っている」
「もう一度言ってくれないか?」
「話が長い」
「もう一度言ってくれないか?」
「話が長い」
「もう一度言ってくれないか?」
「くどい。あんまりしつこいとぶっ飛ばすぞ」
「いや、もうすでにメチャクチャぶっ飛ばされているんだが……」
「だからそれは、おまえの話が長いせいだと言っているのだ」
ジャスミンはおもむろに胸の前で腕を組み、軽くあごを上げてネインをにらんだ。
「いいか、ネイン・スラート。おまえがシャーロットにカメオを届けたのは、この世界の人々を守りたいという想いから生まれた行動だ。そしてその想いは、害虫どもを倒すための原動力になっている――。おまえの主張はそういうことだ。
だったら、ひと言でそう言えばいいだけのことだ。
それなのに、下らんことをいつまでもネチネチ・ネチネチとしゃべり続けて、バカかおまえは。バ・カ・か・おまえは」
「ネチネチって……」
ほとんど吐き捨てるように言ったジャスミンを見て、ネインはポカンと口を開けた。
「……いや、ジャスミン。おまえホント、なに言ってんだ? オレはおまえに質問されたから、言葉を尽くして説明しただけだ。それのいったい何が悪い」
「すべて悪い。私は気が短いんだ」
ジャスミンは目に力を込めて言い切った。
「いや……気が短いって、そんな堂々と言われても……」
「黙れ。気が短くて何が悪い」
「いや、それはふつう悪いことだろ……」
「またおまえは、ネチネチと何を言っている。女々しいぞ、ネイン・スラート」
「なん……だと……? このオレが……女々しい……?」
再び吐き捨てるように言ったジャスミンの言葉を耳にして、ネインは果てしなく
ソフィア寮で生活していたジャスミン・ホワイトという女生徒は、いつも上品な笑みを浮かべ、穏やかな物言いをするお嬢様だった。しかし、いま目の前にいるジャスミンは、ネインに対し、ネチネチだとか、バカだとか、女々しいとか、次から次に暴言を浴びせかけていて、まるで真逆の性格だ。そのあまりにも大きすぎるギャップのせいで、ネインは思わず頭の中が真っ白になった。
「ジャスミン、おまえ……。それが本当の性格なのか……?」
「話が長い」
「いや、今のはぜんぜん長くないだろ……」
ネインの問いかけに、ジャスミンはあからさまにそっぽを向いて言い捨てた。そのとたん、ネインは大きな息を吐き出した。それからゆっくりと立ち上がり、ハーフマントの汚れを手で払う。
「まったく……。どうやらおまえは、ずいぶんと猛々しい性格だったみたいだな、ジャスミン・ホワイト」
「当たり前だ。私の胸の内には、燃え盛る怒りの炎が宿っている――。それはネイン・スラート。おまえになら理解できると思ったのだが、どうやら見込み違いだったようだな」
「そうか。だが、おまえが本当に見込み違いだと思っているなら、オレの前に顔を出さなかったはずだ」
「勘違いするな。ここに来たのは私の意思ではない。任務だ」
ジャスミンは腰の白い剣を
「だったらその任務を果たせ、ジャスミン・ホワイト。ベリス教会が集めた
「いいや、認めない」
ジャスミンはネインの目をまっすぐ見つめ、きっぱりと言い切った。
「ネイン・スラート。おまえは今までに
「……そうか。ならばおまえに用はない」
ネインもジャスミンを見つめ返し、淡々と言い切った。
「おまえたちべリス教会が集めた情報はたしかに欲しい。しかしおまえがその情報を渡さないと決めたのなら、オレはその意志を尊重しよう。オレとおまえの歩く道は違っても、目指す先は同じはずだ。だから――死ぬなよ、ジャスミン・ホワイト」
ネインはジャスミンに向かってゆっくりとあごを引いた。
それは、別れの挨拶だった。おそらく、ジャスミンと会うことはもう二度とないだろう――。ネインはそう思いながら、長い黒髪の少女に背中を向けた。そして黒いハーフマントをひるがえし、王都に向かって歩き出す。
「……待て」
不意にジャスミンが低い声でネインの背中を呼び止めた。
ネインは足を止めて、ゆっくりと振り返る。
「なんだ」
「我らベリス教会が集めた情報を、おまえに渡すことを私は認めない。しかし、渡さないとは言っていない」
「やれやれ……」
その瞬間、ネインは思わず渋い顔で肩をすくめた。
「どうやらおまえも、けっこう話が長いみたいだな、ジャスミン・ホワイト」
「黙れ」
ジャスミンも苦々しい表情を浮かべ、淡々と言い放つ。
「私の任務は、ネイン・スラートという人間の本質を見極めること――。大賢者ユリア様は私にそう指示を
「なに? 評価基準が男……? それはつまり、おまえの相談相手という意味か?」
「そういうことだ」
わずかに首をかしげたネインに、ジャスミンは不満そうな顔でうなずいた。
「おまえがジャコン・イグバという害虫を倒したあと、私はその男に会いに行った。そして丸一日かけて話し合った結果――はあ……」
話の途中でいきなり大きなため息をついたジャスミンを見て、ネインは思わずクスリと笑った。
「……なるほどな。おまえにとっては不本意ながら、その『評価基準』という男は、オレに情報を渡すことを認めたわけか」
「結論を言えばそういうことだ。そして私もその意見に同意した。ゆえに、今この瞬間から、ネイン・スラート――おまえを『
「AEC?」
「エリオン・エリミネイト・コード――。転魔撃滅機構という組織のことだ」
ネインが疑問に眉を寄せたとたん、ジャスミンは腰の白い剣をゆっくりと引き抜いた。そして
「我らベリス教会は、異世界から侵入してきた転生者のことを『
「それはつまり、その戦闘部隊にオレも加われと言うのか?」
「おまえに拒否権はない。これはもはや決定事項だ」
ジャスミンはネインに剣を向けながら一歩踏み込んだ。
「AECはベリス教会だけの組織ではない。害虫どもを倒す意志と力を持つ者だけで構成される、我らの世界を守るための
「なるほど。つまり、
ネインの言葉に、ジャスミンはわずかにあごを引いた。その仕草を見て、ネインも腰の短剣をゆっくり引き抜く。そして数歩前に出て、ジャスミンの白い剣に真紅のナイフを軽く当てた。
「――いいだろう。今日からオレは、おまえの仲間だ」
「勘違いするな。私はおまえを仲間だとは認めていない」
ジャスミンは淡々とした顔でそっぽを向いて、白い剣を
「だがしかし、おまえはAECに加わった。――だから行くぞ、ネイン・スラート。ゆっくりしている時間はない」
「えっ? どこに行くんだ?」
ジャスミンがいきなり大股で歩き出したので、ネインは慌てて背中を追った。するとジャスミンは王都にまっすぐ向かいながら、声に力を込めて言い放つ。
「我らが向かうのは――
「なにっ!?」
その瞬間、ネインは両目を見開いた。
「まさか、クランブリン王国の西にあるペトリンか!?」
「
「ミラーレイク? あの巨大な湖の底にあるという大迷宮か……」
ネインは歩きながら呆然と呟いた。
「たしか、あそこのダンジョンには強力な魔法武器が隠されていて、まだ誰も手に入れていないという噂を聞いたことがある。
「それはまだわからない」
ジャスミンは、はるか先をにらみながら口を開いた。
「しかし、私のもとに昨日届いた情報によると、害虫どもは
「とんでもないこと?」
「そうだ。害虫どもは我らの世界の人間を殺し、その死体に自分たちの魂を入れることで転生しているのだが――」
「なっ!? なんだとっ!?」
その瞬間、ネインは思わず驚きの声を張り上げた。
「他人の体に魂を入れるっ!?
「やはり知らなかったか。まあ、知らないのも無理はない。こちらの世界の人間が、ある日とつぜん、見た目はそのままで中身だけが入れ替わるのだ。そんなこと、
「そうか……。だからヤツらは誰にも気づかれることなく、この世界に転生し続けることができたのか」
「そういうことだ。害虫どもはその転生方法を『
「略奪転生……」
淡々と語るジャスミンの説明を聞きながら、ネインはこぶしの中に激しい怒りを握りしめた。
「つまり
「だからヤツらは害虫なのだっ!」
ジャスミンも怒りと
「しかもヤツらは、
「なるほど……。つまり、魔法武器か魔道具かわからないが、その『何か』とやらを、ヤツらよりも先に手に入れなくてはいけないということか」
ネインは低い声で呟き、奥歯を噛みしめた。ジャスミンの声には隠しきれない焦りがにじみ出ている。それを感じ取ったネインは、事態が想像以上に切迫していることにようやく気づいた。
「それで、そのミラーレイクダンジョンの攻略はいつ始まるんだ?」
「2か月後だ」
ジャスミンは肩で風を切って歩きながら、前へ前へと進んでいく。
「その短い期間で我らの仲間を呼び集め、害虫どもよりも先にダンジョンを攻略するのはかなり厳しい。しかし、もしもその新たな転生方法というのが、ヤツらにとって
「それはたしかに、
「だから時間がないと言ったのだ。いいか、ネイン・スラート。我らはこれよりペトリン公国へと向かいながら策を講じる。おまえも神に選ばれし運命の
「ああ、もちろんだ」
ネインは声に力を込めた。
「
「いいだろう。だがその前に言っておく。
長い黒髪の少女は歩きながら腰の剣を抜き放った。そして目の前の空間を素早く切り裂き、真の名をネインに告げる――。
「我が名はアイナ――アイナ・ルーラン。この
「そうか」
ネインは隣を歩く戦士を見た。それから再び前を向き、胸に下げたガッデムファイアを握りしめる。
「――ならば行くぞ、アイナ・ルーラン。
オレたちの炎で、この世界に流れ込んだ闇を焼き尽くす」
ネインは青い空のはるか彼方をにらみながら宣言した。その言葉に、アイナも力強くあごを引いた。
そして、ともに大切な人を奪われた少年と少女は肩を並べ、長い道を歩き出した。その二人の瞳には、揺るぎない決意の光が宿っていた――。
***
夕暮れ間近の赤い空の下、ひと気のない石畳の道に小さな鈴の音が鳴り響いた。
それは一軒の店のドアチャイムの音だった。ワインボトルを
「それじゃあ! ちゃっちゃと配達にいってくるのだぁーっ!」
「――あ、ちょっと待ってユルメちゃん」
えんじ色のメイド服を着た少女は、弾むような声を張り上げながら石畳の道に駆け出した。
その直後、背の高い男が少女を追いかけるように外に出てきた。短い髪を紫色に染めた壮年の男性だ。男は口元に片手を当てて、暗くなり始めた道に声を飛ばす。すると名前を呼ばれた少女はピタリと止まり、長い桃色の髪を揺らしながら振り返った。
「ん~? どうしたカイヤ。なんか用か~?」
「なんか用か~、じゃないでしょ」
男は思わず呆れ顔で少女に近づき、持っていたワインボトルを手渡した。
「はい、忘れ物。というか、ワインを持って行かなかったら配達にならないでしょ」
「え~、このビン重いから、うちさまあんまり持ちたくないんだけど~」
「もう、なに言ってるの。手ぶらでお出かけなんて、そんなのただのお散歩じゃない」
「ほえっ? だめなの? うちさま、おさんぽのほうが好きなんだけど?」
「あらそぉ……」
本気でキョトンとまばたきしたユルメを見て、カイヤは思わず長い息を吐き出した。
ユルメちゃんの頭が限りなくゆるめなのはじゅうぶんにわかっているけど、さすがにここまでゆるいと、ちょっとため息しか出てこないわねぇ……。カイヤは胸の中でそう思いながらユルメの体の向きをクルリと変えて、小さな背中をポンと押した。
「それじゃあ、配達の帰りにでもゆっくりお散歩していらっしゃい。でも、もうすぐ日が暮れるから、あんまり遅くなったらダメよ? 配達先までまっすぐ行って、まっすぐうちに戻りながらお散歩してね」
「うん! わかった! それじゃあうちさま! ちょっとまっすぐおさんぽいってくるっ!」
ユルメはわずかに振り返り、カイヤを見上げて元気いっぱいな笑顔で返事をした。それから細い両腕でワインボトルをしっかりと抱きしめて、石の道を走り出す。
「まったく……。素直なのはいいんだけど、あれでホントに悪魔なのかしら」
カイヤはわずかに苦笑いを浮かべながら、夕暮れの道を駆けていく少女悪魔を見送った。
そのカイヤの視線を背中に受けながら、ユルメは小さな体を弾ませて、石畳に軽い足音を響かせていく。さらにそのまま角を曲がり、ひと気のない道を満面の笑みで突っ走る。
しかし――薄暗い路地の前を通りかかった瞬間、その小さな足がピタリと止まった。
「…………」
何の前触れもなくいきなり立ち止まったユルメは、小さな口をわずかに開けたまま、赤い夕焼け空を呆然と見上げている。その顔からはすべての感情が一瞬で消え去り、先ほどまでの元気いっぱいな笑みは
すると不意に少女悪魔は路地の方に体を向けて、ゆっくりと歩き出した。
そこは石の建物に挟まれた細い道で、すでに夜の闇のように薄暗い。目を凝らしても、数歩先を見通すことすら難しい。しかしユルメは止まることなく、まるで機械人形のように淡々と進んでいく。そして路地の突き当りで足を止めると、壁際の木の箱にワインボトルをそっと置いた。
その直後、
それは影でできた風だった――。赤から紫色に変わり出した
すると突然、闇の中で小さな光がまたたいた。
その光の
さらに次の瞬間、その光の中から
それはまさに闇そのものだった――。オレンジ色の小さな宝石から流れ出した膨大な量の影は、無数の筋となって宙を走り、猛烈な勢いでユルメの全身を覆っていく。その光景はまるで闇の竜巻だ。そして、その無音の暴風が唐突に消え去った瞬間――少女悪魔は
それは四本足の獣だった。
漆黒の体に漆黒の爪。そして、燃えるような漆黒の尾――。小柄だった少女悪魔は、元の体より一回り以上も大きな魔獣の姿になっていた。
その魔獣は大きな口をわずかに
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