第31章  光の決意、闇の悪意――ライト・ダーク・クロスロード

第122話  新たなる道へと向かう魔の姫と、通りすがりの救世主――ザ・ブランニュー・マギシス & ザ・ハイペリオン・ガンスリンガー その1



■人物紹介


・佐藤 火那 (サトウ ヒナ)


自称、通りすがりの救世主。

他を圧倒する特殊な転生武具を駆使する謎の少女。

想像を絶する数奇な運命に導かれた美少女で、真紅の髪を短く切った永遠の17歳。

現在は六天六魔の封印魔剣、魔天武具アルキースを探し求めて世界中を旅している。

初めて会う人の前ではカッコつけるが、普段の言動はけっこうだらけている。

服装は革のウエスタンハットに、革のロングコートと革のブーツという、典型的なガンマンスタイル。惑星ヴァルスで製造された銃器と刃物で武装している。


・装備

MP-ULS LBR ver・7 DKC

ロングバレル・リボルバー 『ダークキャリバー』


MP-ULS SCR ver・3 HLF

スーパーコンパクト・リボルバー 『ホーリーフェザー』


MP-ULS BAR ver・5 BLH

ボルトアクション・ライフル 『ブラッドホール』


MP-ULS SSS ver・2 SHL

スレンダーストレートサーベル 『シャープレディ』


MP-ULS SSK ver・2 HRG

ソリッドサバイバルナイフ 『ハードガール』


RC-9 リボルバー・カートリッジ・ナイン

9ミリ通常薬莢


RMC-9 リボルバー・マグナムカートリッジ・ナイン

9ミリマグナム薬莢


LRC-7 ロングライフル・カートリッジ・セブン

7・62ミリライフル薬莢



・ララ・パイン


佐藤火那と行動をともにする、16歳の女の子。

南方大陸ザイーズにある、ホーライン獣人国出身のかわい子ちゃん。

種族は猫目族キャティアで、短い金髪の元気娘。

クランブリン王国にいるという父親のもとに向かう旅の途中、危ないところを佐藤火那に助けてもらった。以後、そのまま火那にクランブリン王国まで連れていってもらえちゃうという、かなり図太い運の持ち主。

普段は「にゃ~にゃ~」言ってるアホの子だが、たま~に腹黒いように見せて、やっぱりアホの子というアホの子です。

ちなみにララの父親は、読者の皆様のご想像どおり、あのオッサンです。



***



 朝の明るい青空の下、裏通りの石畳を二人の少女がのんびりと歩いていた。


 一人は瞳の中に好奇心旺盛な光を宿した短い金髪の少女。もう一人は短く切った赤毛頭に、サイドのつばが反り上がった革の帽子をかぶった少女だ。


 夜明けとともに宿を出たその少女たちは、近くの広場に並ぶ露店を物珍しそうに眺めながら散歩した。それから屋台の一つで軽い朝食を済ませると、今度は石造りの街並みをキョロキョロと見渡しながら、広大な王都の北部にある貴族の屋敷に向かっていた。


「ねぇねぇ、ヒナにゃん。なんでこの街の建物って、ぜんぶ石でできてんのかにゃ~?」


「さぁねぇ~。私にはわかんないなぁ~」


 不意に金髪少女が小首をかしげながら質問した。すると赤毛の少女は興味なさそうな顔で淡々と答え、大きなあくびを一つ漏らす。それから近くにある崩れた石の家と、頭上にある破断した水道橋すいどうきょうを見上げながら言葉を続ける。


「まあ、こうして見た感じだと、たぶん水道の関係かなぁ~。街中の水路を石やレンガで整備したから、建物も石造りで統一したんでしょ、きっと」


「ふ~ん、そっかぁ~。なんだかよくわかんないけど、石の街ってけっこうキレイだにゃ~。ちょっとあちこちぶっ壊れてるけど」


「そうだねぇ~。たぶん、でっかい魔獣かなんかが暴れたんでしょ。。それよりララちゃん。今さらだけど、お父さんと会う覚悟はもうできてる?」


「もっちろんにゃ~!」


 不意に質問されたララは、こぶしを握りしめて元気な声を張り上げた。


「この国まで来るのに3か月ぐらいかかったからねぇ~。パパにゃんと顔を合わせる覚悟なんて、とっくのむかしにできてるにゃ~。というか、今夜からパパにゃんと暮らす気マンマンにゃん」


「おお~、さっすがララちゃん。押しかけ女房ならぬ、押しかけムスメの気合はバッチリかぁ~」


 不安の欠片もない無邪気な笑みを浮かべているララを見て、火那は嬉しそうにうなずいた。


「でもさぁ、ララちゃん。お父さんはララちゃんが生まれたことを知らないんでしょ? そしたらさぁ、もしも一緒に暮らせないって言われたらどうするの?」


「その時はその時にゃん!」


 ララは青い空に顔を向けて、明るい声で言い切った。


「ママにゃんはもう死んじゃったから、今さらニューポーンに戻る気はないし、戻るお金ももうないにゃん。だからパパにゃんと一緒に暮らせないとしても、アタシはこの街で働いて、一人で元気に生きていくにゃん!」


「う~、えらいっ! よく言ったっ! それでこそっ! 私が見込んだララちゃんだぁーっ!」


 火那はララの頭に手を伸ばし、くせっけの金髪を優しくなでた。それからふと、思い出したように足を止めて、ララに言う。


「あ、そうだララちゃん。悪いけど、貴族のお屋敷に行く前にやらなきゃいけないことができちゃったから、ここでちょっと待っててくんない?」


「う? それはべつにいいけど、また救世主のお仕事にゃん?」


「ま、そんな感じにゃん」


 火那が軽く肩をすくめると、ララは「わかったにゃん」と返事をして、にっこりと微笑んだ。


 そのララの笑顔に火那は軽く手を振りながら、近くにある4階建ての建物に足を向ける。そして狭い外階段をゆっくりのぼって屋上に到着すると、ララがいる裏通りとは反対側のふちに立った。


「……えーっと、これが大通りで、王都の北門に通じているわけか」


 火那は眼下の道を眺めながら、小さな息を一つ漏らした。


 火那が立つ屋上から10数メートル下の地表には、幅の広い石の道が南北に伸びていて、多くの人と馬車が絶え間なく往来している。その車道と歩道はどちらもきれいに舗装ほそうされていて、屋台や露店は一軒も見当たらない。大通りの左右には洒落た石の建物がすき間を開けずに建ち並んでいるので、それなりに高級な住宅街といった雰囲気が漂っている。


「なるほどねぇ~。ここが惑星ヴァルスにある人口100万レベルの居住区域で、もっとも地味な都市ってわけか。さすが、――。みんな何にも知らずにのんびりしてて、ほんとに平和そうだねぇ~」


 火那は石造りの街並みを見渡しながら楽しそうな声で呟いた。そのとたん、不意に白い鳥の群れが空を駆け抜け、歩道の上に降りていく。その鳥たちを見下ろしながら、火那は静かに息を吐く。それから右手を青い空にまっすぐ伸ばし、精神を研ぎ澄ます――。


「さぁ~てと。それじゃあそろそろ、準備しますか。――超武発動オペレーションっ!」


 その瞬間、火那の右手の甲に赤いモノが浮かび上がった。それはアスタリスク小さい星の形をした、真紅に輝く宝石だ。



「さぁ! この世のすべてに光りあれっ!


 超能転ハイペリオン・生武具ハービンアームズ――制流世界ワールドセイバーっっ!」



 その瞬間――火那の瞳に真紅の光がほとばしり、世界の景色が一変した。


 青い空に白い雲、そして、眼下に広がる石の街――。そのすべてのいたるところから、色とりどりの光線が続々と放たれ始めた。


 人や馬車や石造りの建物や、草や木や、土や水など、ありとあらゆるところから、赤や青や黄色や緑、黒に白に銀に金など、様々な色の光が輝き出す。その火那の目にしか映らない光線の正体は、熱や音や電気など、この世を構成するすべての波動エネルギーだ。


「う~ん。相変わらず、はきれいだねぇ~」


 色鮮やかな光に満ちた石の都を幸せそうに眺めながら、火那は革のロングコートを脱ぎ捨てた。それから腰の右にあるリボルバー銃を右手でしっかりと握りしめる。銃は左手でも素早く抜けるようにグリップエンドグリップの底を前に向けているので、右手首を内側にひねった状態だ。


 火那はホルスターから銃を抜かずに、そのまま引き金トリガーを引き絞る。火那が持つリボルバー銃はシングルアクションタイプなので、撃鉄ハンマーを起こさない限り弾丸は発射されない。


「……さてさて。の光はすでにロックオン済み――。あの移動速度だと、あと55秒でこの真下を通過する。そうすると、地点はちょうど30メートル先――。ま、この距離なら、で余裕でしょ」


 眼下の大通りを見下ろしながら、火那は瞬時に計算した。それから呼吸を整えて、タイミングをじっくり計る。


「それじゃあ、今日も一発、世界を華麗に救いますかぁ~。ぃよしっ! カウントダウン・スタート――」


 火那は一つ息を吐き出し、10から降順こうじゅんで淡々と数え始める。


「5……4……3……」


 3まで数えたとたん、火那は口を閉ざし、精神を極限まで研ぎ澄ます。そして頭の中で0を唱えた直後、電光石火の早業はやわざでリボルバー銃を引き抜いた。



 その瞬間――。



 1秒未満で6発全弾が撃ち出され、歩道にいた鳥の群れが青い空へと一斉に飛び立った――。




***




 白い鳥の群れが朝の空を駆け抜けて、美しい庭園に小さな影が舞い踊る――。


 そこはクランブリン王国を代表する7大貴族の一角、コバルタス家が所有する屋敷の中庭だった。広々としたその庭には、色とりどりの花が咲き誇る見事な花壇がいくつも並び、その奥には石造りの立派な東屋あずまやが佇んでいる。


 この美しい中庭に、コバルタスの一族以外が入ることは滅多にない。しかし今日は、その滅多にない一日だった。東屋あずまやの手前の石畳には、青い礼服に身を包んだ者たちが左右に分かれてずらりと並んでいる。彼らはすべて、青蓮せいれん騎士団の騎士たちだ。


 その100を超える騎士たちの間を、一人の若い女性が堂々と胸を張って進んでいく。青い礼服に身を包み、長い金色の髪をアップにまとめたクレア・コバルタスだ。


 クレアは瞳の中に揺るぎない光を宿しながらまっすぐ進み、東屋あずまやの前で足を止める。そして、黒いドレス姿の少女の前にひざまずいた。その少女は、三つ編みにした金色の髪を頭の後ろで一つにまとめたシャーロットだった。



「それでは、クレア・コバルタス――」



 石畳に片膝をつき、こうべを垂れているクレアを見つめながら、シャーロットはりんとした声を世界に放った。


貴女あなたは、わたくしの剣となることを誓いますか」


「――ははぁーっ! 騎ぃ士のぉーっ! 誇りにかけて誓いますっっ!」


 クレアは腹の底から全力で声を張り上げた。その大声は庭中に響き渡り、シャーロットは思わず渋い顔で半歩下がった。しかしすぐに姿勢を正し、専属騎士任命の儀式を続ける。


貴女あなたは、わたくしの盾となることを誓いますか」


「――はっはぁぁーっ! ゥゥゥ騎ぃぃ士のぉぉーっ! ンンン名誉にかけてぇぇーっ! 誓いまぁぁーすっっ!」


 クレアはさらに全身全霊の気合をこめた大声で誓いを立てた。それから腰の剣をゆっくりと引き抜き、剣のつかをシャーロットの前にまっすぐ差し出す。


 シャーロットは澄ました顔のまま、青い剣を両手で受け取る。そしてクレアの右肩と左肩に剣身をそっと当てて、口を開く。


「わたくしシャーロット・クランブリンは、青蓮騎士団団長、クレア・コバルタスを、わたくしの騎士に任命します」


 シャーロットは揺るぎない声で宣言した。それから青い剣を横にしてクレアに返す。クレアは自分の剣を両手で受け取ると、そのまま立ち上がって3歩下がる。そして青い剣を胸の前で縦に構え、宣誓する。


「――この剣とぉぉーっっ! 我が命尽きるその日までぇぇーっっ! ンンン絶対の忠誠をぉぉーっ! シャーロット様に捧げますっっ! ――ンンン青蓮騎士団っっ! 総員っ! 抜・刀っっ!」


 クレアの大喝だいかつが中庭に響き渡る――。同時にすべての騎士が剣を引き抜き、胸の前で縦に構えた。



「グローリーッッ! シャーロットッッッ!」



 並び立つ騎士たちの目の前で、クレアは万感の思いを込めて声を振り絞った。


 その魂の叫びは、先にった最愛の兄に届けと言わんばかりに、青い空へと駆けていく。続けてその場にいるすべての騎士たちも声をそろえ、新たなるあるじ、シャーロットの栄光を天に祈った――。




「――シャーロット様。本日は当屋敷までご足労いただき、誠にありがとうございました」


 専属騎士の任命式を終えたクレアが、コバルタス邸の正面玄関に移動したシャーロットに頭を下げた。するとシャーロットは近づいてくる白い馬車から目を逸らし、クレアに体を向けて首を小さく横に振る。


「わたしの方こそ、任命式の時間を早めてもらってすみませんでした」


「いえ。わずか2時間ほど早めるぐらい大したことではございません。それに本日はシャーロット様のご友人がソルラインへと旅立つ、ご葬儀そうぎの日――。本来ならば専属騎士の任命など後日に回すべき些事さじではありますが、王位継承権者会談までの日程を考慮して、我らが無理にお願いしたことでございます。感謝すれど、文句を言うべき筋ではございません」


「そうですか。そう言ってもらえると助かります。……でも、そんなにかしこまらないでください。クレアさんの方がわたしより年上ですし、わたしはまだ何の力もない小娘ですから」


 シャーロットは目元を和らげ、照れくさそうに微笑んだ。すると長い金色の髪をアップにまとめたクレアは、伸ばした背すじをさらに伸ばし、素早く敬礼して言い放つ。


「いいえっ! 本日のシャーロット様は大・変っ! ご立派でございましたっ! ほんの数日前まではオドオドしているだけの軟弱でぇーっ! アッ! 貧弱な小娘でしたがぁーっ! 本日はとても頼もしい威厳を身にまとっておられますっ! そぉぉれはぁぁーっっ! ンンンまぁさにぃーっっ! 女王に相応しい風格でございますっっ!」


「そ……そうですか……。それはどうも、ありがとうございます……」


『貧弱ってどういう意味だコラー、どこが貧弱だか言ってみろコラー』とシャーロットは思わず問い詰めたくなったが、黒い手袋をはめた手をこぶしに握り、ぐっと耐えた。


 なぜならば、周りに護衛の騎士がいっぱいいたからだ。


 こんな衆人環視しゅうじんかんしの中でそんなみっともない真似なんかできるはずがない。だから後日、クレアと二人きりになったら改めてみっちり問い詰めてやろうと考えながら、シャーロットはさりげなく話題を変えた。


「それよりクレアさん。今日はこれから、ご予定があるんですよね?」


「はっ! 本来ならばシャーロット様の護衛として、ご友人のご葬儀に同行せねばなりませんっ! ンがっ! 大変申し訳ございませんっ! まことに急な話ではありますがっ! 昨晩、自分に面会の申し入れがありましたっ! それがすこぶるやんごとなき筋からの紹介であったためっ! 断ることができませんでしたっ!」


「やんごとなき筋……? それは、とても重要な方という意味ですか?」


「はっ! まさにそのとおりでございますっ! 自分に面会を申し入れてきた使者はっ! イルクーラ祈祷国きとうこくのトップである六泉花マイスメイジアのうちっ! 『影姫巫女かげのひめみこ』であらせられる『プリンセシア・ルナロード』をおつとめになられたっ! 『地影ルナ・ルーグ』様の印章を持参しておりましたっ!」


「ほえっ? イルクーラの、地影ルナ・ルーグさま?」


 その言葉を聞いたとたん、シャーロットは思わず首をかしげた。


 イルクーラ祈祷国きとうこくは中央大陸アンリブルンの南西に位置する宗教国家で、大陸の中央部に位置するクランブリン王国とは国境を接している友好国だ。その国のトップは、姫巫女プリンセシアを経験した6人の女性からなる六泉花マイスメイジアで、それは当然シャーロットも知っている。しかし、そんな偉い人物の特使が、クレアにいったい何の用件があるのだろうかと不思議に思った。


「たしか地影ルナ・ルーグさまって、事実上の女王さまみたいな方ですよね? クレアさんには、そんなにすごい方からの特使がよく面会に来るんですか?」


「いえっ! イルクーラからの使者は初めてでありますっ!」


「そうですか」


「はいっ! 北にあるデントラス王国のボンボン王子からはっ! なぜか毎月のようにくだらん贈り物が届きますがぁーっ! それはすべてその場で叩き返しておりますっっ!」


「そ、そうですか……。それはべつに訊いていないんですが……」


「あとはぁーっ! シンプリアやオーブルといった周辺諸国の王侯貴族どもからぁーっ! ヤツらの似顔絵がなぜか毎週のように届きますっっ! ンがっ! そんなくだらんモノに目を通したことはぁーっ! アッ! ただの一度もございませんっっ!」


「そ……そうなんですか……。というか、王侯貴族の方をヤツらって言っちゃいますか……」


『それは男たちからモテモテで、お見合いの申し込みが多すぎて困っているって意味かコノヤロー』とシャーロットは思わず問い詰めたくなったが、むなしくなってやめた。クレアがクランブリン王国でも一、二を争うほどの美人なのは紛れもない事実だからだ。だからイルクーラ祈祷国きとうこくからの使者についても、『ま、わたしには関係なさそうだからどうでもいっか。考えるのもめんどくさいし~』と割り切って、すぐに話を切り上げた。


「それではクレアさん。わたしはそろそろ、メナちゃんのところに行ってきますね」


「はっ! 自分も面会が済み次第っ! 全速力でシャーロット様のもとへ駆けつける所存でありますっ! それまでは我が青蓮騎士団の精鋭がっ! 必・殺! の覚悟でシャーロット様の護衛にあたらせていただきますっ!」


(いや、必殺の覚悟って、意味がぜんぜんわかんないんだけど……)


 シャーロットは思わず渋い表情を浮かべながら、クレアからそっと目を逸らした。しかしすぐに上品な微笑みを無理やり作り、クレアに向かって頭を下げた。


「はい。では、先に行って待ってますね」


「ははぁっ! それではっ! お気をつけていってらっしゃいませっっ!」


 クレアは伸ばしに伸ばした背すじをさらに伸ばし、威風堂々と敬礼した。そのクレアにシャーロットはゆっくりと背を向けて、白い馬車に乗り込んでいく。


 そしてシャーロットを乗せた白い馬車はすぐに走り出し、青蓮騎士団の騎馬隊に前後を守られながら、コバルタス邸をあとにした。




「――あ~、もぉホント、つっかれたぁ~」


 走り始めた馬車の中で、シャーロットは座席の背もたれに寄りかかりながら、果てしなく疲れ切った声を漏らした。すると向かいの席に座る男が、上品な笑みを浮かべてシャーロットをねぎらった。


「お疲れ様でございます、シャーロット様」


「あ、ブリトラさんもお疲れ様でした」


 シャーロットはすぐに姿勢を正し、黒い執事服の男に頭を下げた。


「なんか、ほんとすいませんでした。ずっと馬車の中でお待たせしちゃって」


「いえいえ。私は一介の執事でございますから、名誉ある専属騎士の任命式に出席するわけにはまいりませんので。……ですが、シャーロット様。今さらではございますが、クレア・コバルタスをご自分の騎士に任命して本当によろしかったのでしょうか? 彼女は青蓮騎士団の団長ではありますが、剣の腕ははっきり申し上げて三流以下でございます。王の盾を務めるには、明らかに力不足だと思われますが」


「どうやら、そうみたいですね……」


 不意の質問に、シャーロットは思わず眉を寄せて窓の外に目を向けた。そして、流れていくコバルタス邸の美しい庭園を眺めながら、落ち着いた声でブリトラに言う。


「でもわたし、そういうのはべつにいいんです。一昨日の夜、わたしがあの暗殺者たちにさらわれた時、クレアさんはわたしを助けるために命がけで戦ってくれたとネインくんに聞きました。それにクレアさんは、なんにもできないわたしのことをバカにしたことは一度もありません。声はやたら大きくて、言うことはいつも厳しいけど、すごく信用できる人です。だから、強いとか弱いとかそういうのは関係なく、わたしはクレアさんを信じると決めたんです」


「……さようでございますか。シャーロット様がそのようにお考えでしたら、私も異論はございません」


 ブリトラはうやうやしく頭を下げて、長めに伸ばした黒い髪を後ろに流して整えた。


「まあ、クレア・コバルタスには見た目の美しさという強力な武器がありますので、外交方面では大いに貢献されるでしょう。それにシャーロット様は今や、特別な存在である魔姫マギシスとなられました。剣も魔法も修練次第で、護衛が不要になるほどの強さを身につけることができるはずです」


「う~ん……そのことなんですけど、なんか魔姫マギシスって言われても、自分では強くなった気がぜんぜんしないんですが……」


 ブリトラの言葉を聞いて、シャーロットは思わず小さな息を吐き出した。


「たしかに、以前に比べて頭はかなりスッキリして、いろいろなことが理解できるようになりましたけど、わたし自身は何の力もない小娘ですから……」


「ご安心ください。シャーロット様のお力は、間違いなく覚醒しております――」


 ブリトラは瞳の中に黒い炎を燃やしながら、シャーロットを見つめて言葉を続ける。


「私の見たところ、シャーロット様の潜在能力は計り知れないほど大きなものです。それはもはやと言っても過言ではありません。もし本腰を入れて修練を積まれましたら、最強の至天してん剣聖や最高の天法てんほう賢者になることも夢ではございません」


「はあ、そうですか……。でも、このわたしが賢者って、そんなの絶対ムリだと思いますけど……」


「いえいえ。これは無理な話ではございませんが――まあ、今日はこれくらいにしておきましょう。今のシャーロット様はご友人を亡くされたばかりですので、気分がふさぎ込むのは仕方がありません。……ですが、シャーロット様。時間は常に止まることなく進んでおります。そして生きている者は、常に前を向いて歩き続けなくてはなりません。そのことだけはお忘れなきよう、どうぞお心にお刻みください」


「そうですね……。きもめいじておきます……」


 シャーロットはブリトラから目を逸らし、馬車の窓に寄りかかった。そして外の景色を眺めながら憂鬱ゆううつそうに眉を寄せた。


(たしかに、時間は止まることなく進んでいる――。それはわたしだってじゅうぶんにわかっている。だから王位継承権者に名乗りを上げることも決めたし、クレアさんにも専属騎士になってもらった――。


 そう。わたしはもう、自分の運命に飛び込むことを自分で決めたんだ。


 だからわたしは、止まることなく前に進んでいかなくちゃいけない。そんなことはわかっている。じゅうぶんすぎるほどわかってる。でも……それでも……)



「……カリーナさん、アンナさん、シスタールイズ。そして、メナちゃん……。みんなの時間は、もう止まっちゃったんだね……」



 シャーロットは空の彼方を見上げながら、悲しみに染まった声とともに涙をこぼした。


 シャーロットにとって身近な存在だった4人が殺されて、まだ2日――。シャーロットが乗る白い馬車は、彼女たちの葬儀がおこなわれる北の墓地へと向かっている。その車輪は止まることなく回り続け、鳥の群れは青い空を飛んでいく――。



 は昇り、影は回る。


 月は昇り、ときは巡る。


 人は生まれ、そして死ぬ。


 ともに過ごし、涙を流す――。



 それは、シャーロットがいつか読んだ詩の一節だった。金色の髪の少女はその悲しい詩を静かな声でそっとぎんじ、濡れた頬を指でぬぐった。


「……そう言えば、ブリトラさんは、ジャコンさんに会ったことがあるんですよね」


「はい」


 シャーロットは涙を吸い込んだ黒い手袋をじっと見下ろし、言葉を続ける。


「あの日――ジャコンさんが最後にこう言ったんです。涙だけが人生だって――。その気持ち、今ならなんとなくわかるような気がするんです」


「……さようでございますか。たしかにその言葉には、真理と呼べるものが含まれているのかもしれません。悪魔であるこの私でさえ、そう思わずにはいられないほど、ジャコン・イグバの怒りは本物でした」


 悲しげに言葉をこぼしたシャーロットに、ブリトラも静かな声でゆっくりこたえた。


「あの泉人族エルフは、愛する家族をイグタリネ王国の軍隊に殺されたと聞いています。おそらく、その時の深い悲しみと絶望が彼の心を押し潰し、くらい憎しみに染めてしまったのでしょう。そしてそれは非常に残念ながら、この世界ではよくあることです。なぜならば、オルトリン王国最後の姫、ナキンカルナも同じでしたから」


「雨の魔女、カルナさん……」


 美しい赤毛の魔女の姿を思い浮かべながら、シャーロットは左手首に目を落とした。そこにはオレンジ色の特殊魔法核エクスコアがはめられた腕輪がある。窓から射し込む光を受けてきらめくその腕輪は、カルナが長い時をかけて作り上げた超魔道具、バイオーンだ。


「そのバイオーンを作るのは、なかなか骨が折れました」


 ブリトラもシャーロットの腕輪を見つめながら、苦い笑いを浮かべて言った。


「そのオレンジ色の宝石は『カエンドラ』という魔獣の特殊魔法核エクスコアなのですが、それがかなり厄介な魔獣でして、倒すのは一筋縄ではいきませんでした。しかもカエンドラに苦戦していると、なぜかいきなり聖銀巨人像シルバーゴーレムに襲われてしまい、さすがの私も度肝を抜かれてしまいました」


「え? シルバーゴーレム?」


 その言葉を聞いたとたん、シャーロットはパチクリとまばたいた。


「カエンドラってたしか、イラスナ火山にいるんですよね? そんな山の中にゴーレムなんているんですか? ……って、ああ、そう言えば、メナちゃんもそんなこと言ってたかも」


「はい。実は、イラスナ火山の南側にエンデルメル地下神殿というダンジョンがございます。聖銀巨人像シルバーゴーレムはそのダンジョンに出現する魔物なのですが、あのゴーレムには悪魔の気配に反応するという特性があるのです。それでおそらく私の気配を察知したゴーレムが、わざわざイラスナ火山まで足を運んできたのだと思われます。


 ですが、さすがにこちらもそんな事態は想定しておりませんでしたので、恥ずかしながら、逃げ回って別の場所に誘導するのが精いっぱいでした。何しろあのシルバーゴーレムは、悪魔にとっては天敵みたいな魔物ですから」


「そうだったんですかぁ。ブリトラさんも、いろいろ大変だったんですねぇ」


「お気遣いいただき、まことにありがとうございます。まあ、今でこそ笑い話ですが、あの時は少しばかり本気で死ぬかと思いました。おかげで悪魔のこの私が、『オーマイゴッド』と口走ってしまったぐらいです。――はい、今のは悪魔ジョークでございます。どうぞお笑いください」


「えっ……? そ、それじゃあ……あは、あはははは……」


 どうしよう、ぜんぜん笑えないんだけど……と思いながら、シャーロットは乾いた笑いをなんとかひねり出した。するとブリトラは満足そうにうなずいて、続きを話す。


「それで結局、私は10年ほどの時をかけて、不完全なカエンドラの瞳を100個ほど集めました。ですが先日、ネイン・スラートが完璧なカエンドラの瞳をナキンカルナのもとに持ってきたので、私の苦労は完全に水の泡になりました。おかげで悪魔のこの私が、思わず『ガッデム』と口走ってしまったぐらいです。――はい、今のも悪魔ジョークでございます。どうぞお笑いください」


「あ、あは、あはははは……」


 どうしよう、どこがジョークなのかわかんないだけど……と思いながら、シャーロットは乾いた笑いを無理やりひねり出した。そして、このままブリトラにペースをつかませていてはマズイと考え、すぐさま話の流れをぶった切った。


「そ、それじゃあ、ブリトラさんにそんな大変な苦労をかけてまで、カルナさんはこの国に復讐したかったということなんですね」


「はい。まさにそのとおりでございます。何しろ魔女の心は恨みと憎しみでできていると言いますから、どれほどの難題であろうと、復讐を果たすまで諦めることはありません。だからこそ、ナキンカルナが長い年月をかけて練り上げた復讐計画はほぼ完璧でした。当初は諦めていたソフィア寮の攻略も、ネイン・スラートのおかげで実行することができたので、運も彼女に味方していたと思われます。……ですが、それでもナキンカルナの計画は失敗に終わりました。なぜならば、彼女は大事な要素を二つも見落としていたからです」


「二つ?」


 ブリトラが指を二本立てたとたん、シャーロットは思わず首をひねった。


 契約悪魔のブリトラが、雨の魔女カルナを裏切った時に口にした言葉は覚えている。それは、シャーロットの意志と能力の方がカルナより有望だという内容だ。しかし、それ以外の要素があるというのは初耳だった。


「はい。一つはナキンカルナよりも、シャーロット様の方が優秀だったということ。そしてもう一つは、ナキンカルナのということです」


「えっ……? せ、生活態度……?」


 その瞬間、シャーロットは思わずポカンと口を開けた。ブリトラが口にした言葉があまりにも予想外のものだったからだ。すると執事服の悪魔は、呆気に取られたシャーロットをまっすぐ見つめながら言葉を続ける。


「はい、まさに生活態度でございます。たしかにナキンカルナという魔女は、見目麗みめうるわしく、世界一の美女と言っても過言ではありませんでした。ですがその正体は――史上最悪の『じゃじゃ魔女』だったのでございます」


「じゃ……じゃじゃ魔女……?」


ザッツ・ライトそのとおり――で、ございます」


 ブリトラは目に力を込めて、力強くうなずいた。


「シャーロット様もご存知のとおり、『わがままで好き勝手に振る舞う女性』のことを、世間一般では『じゃじゃ馬』と表現します。その魔女バージョンを『じゃじゃ魔女』と言いますが、そのわがままぶりは、じゃじゃ馬とは比べものになりません。


 たとえば、具体的に申し上げますと、ナキンカルナは『お風呂入るのめんどくさーい』と言って、滅多に風呂に入りません。ですので、週に5日は汗臭いのです」


「あ……汗臭いって……」


 ブリトラはこぶしを握りしめて力強く言い切った。その瞬間、シャーロットはおずおずと肩を縮め、自分の脇の匂いをそっとかいだ。


「しかもそれだけではありません。ようやく体を洗う気になったとしても、ナキンカルナは浴室に向かって歩きながら、服と下着を廊下に脱ぎ散らかしていくのです。しかもそのことを遠回しに注意すると、一瞬で逆切れして怒鳴り散らし、『だったらもうお風呂はいんない』と子どものようにすねまくり、実際に機嫌が直るまで2週間でも3週間でも風呂に入らないという、極めて汗臭い抗議活動をされるのです。そしてさらにナキンカルナという魔女は、悪魔ですら思わず暗黒領域ヘルバースに帰りたくなってしまうほど、非常に人使いが荒かったのです」


 ブリトラは全力でこぶしを握りしめ、指の骨を力強く鳴らしてさらに言う。


「これは思い出すだけで怒りに我が身が震えてしまうのですが、なんと、ナキンカルナはあろうことか、部屋を散らかすだけ散らかすと、私に部屋を片付けろと命令して、私がなんとか頑張って部屋を片付けると、モノがどこにあるかわからなくなったと文句を言ってくるのです」


「うあ……それはたしかにひどすぎる……」


「さらに、それだけではありません――」


 シャーロットが思わず眉間にしわを寄せたとたん、ブリトラは座席から身を乗り出し、声に静かなる怒りを込めて続きを話した。


「ナキンカルナは気まぐれに、美味しい紅茶が飲みたいから隣の国の茶葉を買ってこいと命令することがよくあるのですが、私が1か月かけて隣の国まで買いに行って戻ると、やっぱりコーヒーが飲みたいと言い出して、今度は南の大陸までコーヒー豆を買ってこいと言い放つのです」


「うっそぉん……。南の大陸って、まさかそれ、ホントに買いに行かされたんですか……?」


オフコースもちろん――で、ございます」


「うああ……。それはほんとに、じゃじゃ魔女すぎる……」


「はい。ただいま申し上げましたとおり、ナキンカルナの人使いの荒さはそれほどまでにひどいものだったのでございます。……まあ、私は契約悪魔ですので、正確には『悪魔使いが荒い』と言うべきでしょうか。とにかく、雨の魔女ナキンカルナは『最強の悪魔使い』と世界中で恐れられていましたが、それはまさにあらゆる意味で、その名のとおりだったのです」


「それはつまり、カルナさんは、最恐さいきょうに悪魔使いが荒かったってことですか……?」


イグザクトリィまさしくそのとおり――で、ございます」


 ブリトラは全身からどす黒いオーラを放ちながら、低い声でそう言った。


「つまり、ナキンカルナの犯したミスは、自分の契約悪魔を奴隷のようにこき使ったということです。いくら悪魔といえど、自我を持つ生命体でございます。ですので、悪魔の中では極めて温厚かつ社交的で有名なこの私でさえ、ナキンカルナのじゃじゃ魔女ぶりには、100年も経たないうちに我慢の限界を突破しました。


 それでついに、一念発起いちねんほっき――。


 私はナキンカルナの復讐計画に便乗してシャーロット様に乗り換えることをひそかに決意し、今に至るという次第でございます」


「そ、そうだったんですか……。ブリトラさんも、ほんとうにいろいろ大変だったんですね……」


「はい。本当に大変でした。今はあの悪魔みたいなじゃじゃ魔女ときれいサッパリ手を切ることができて、とてもすがすがしい気分でございます。……まあ、悪魔は私の方ですけどね。――はい。こちらも悪魔ジョークでございます。どうぞお笑いください」


「そ、そうですか……。あは、あは、あはは……」


 どうしよう……。この人のジョーク、本気でぜんぜん笑えないんだけど……と思いながら、シャーロットはなんとか愛想笑いを浮かべてみせた。すると不意にブリトラが、表情を引き締めて口を開いた。


「――さて、それではシャーロット様。。そろそろご確認してもよろしい頃合いかと存じます」


「あっ、そうですか。すっかり忘れてました」


 シャーロットはハッとして、自分の両手を覆う黒い手袋に目を落とした。それは専属騎士の任命式が始まる前にブリトラから渡された手袋で、肌触りがとても滑らかな高級品だ。


 シャーロットは左の手袋の指先をつまみ、ゆっくりと引き抜いていく。しかしそのとたん、愕然として目を見開いた。なぜならば、普段は白い自分の手が、真っ赤に変色していたからだ。


「えっ!? なっ!? なにこれっ!?」


「落ち着いてください、シャーロット様。それこそが、シャーロット様の実の父上であるサイラス王を暗殺するために、ナキンカルナが用意したでございます――」




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