第113話  闇に迷いし放浪者と、光を目指す復讐者――マン・イン・ザ・ダーク VS ガッデムファイア その3




「……おい。さっきのガキどもはいったい何だ?」


 丸い月が浮かぶ夜空の下――目の前までゆっくりと近づいてきたネインに、ジャコンが低い声で問いただした。


「わからない――」


 ネインは首を横に振った。つい先ほどまで大地を埋め尽くしていた漆黒のありどもは、すべて至光しこうの超魔法で消滅し、辺りは完全な静寂に包まれている。


「さっきの女たちを見るのは今夜が2回目で、名前すらよく知らない相手だ」


「そうか……。だがあの金髪頭のガキは、俺の無限のアリどもをほんの一瞬で消滅させやがった。あんな魔法は見たことも聞いたこともない。完全に規格外の超魔法だ。そして――」


 ジャコンは枯れた噴水の縁石えんせきに座るハルメルを指さしてさらに言う。


「あそこでのんきに見物しているあの女も異常すぎる。俺たち転生者は、どんなに強力な魔物のステータスだって見えるはずだ。だが、さっきのガキどもとあの女のステータスはまったく見えない。


 ――いや。見えないどころの話じゃない。


 あいつらのステータスはんだ。そんなのどう考えてもおかしいだろ。いったいなんなんだよ、あいつらは……」


「もう1度言うが、オレにもわからない」


 恐怖がこもった声で語ったジャコンをまっすぐ見つめ、ネインは淡々と言葉を続ける。


「彼女の話はあとで聞くつもりだ。だがオレの推測だと、彼女たちはおそらく夢幻境むげんきょうサイメルに住むと言われている妖精ではないかと思う」


夢幻境むげんんきょう……。俺たち人間が存在する現能世界げんのうせかいリアリスと、神々が住まう安息神域あんそくしんいきセスタリアの狭間はざまにあるという異次元空間のことか。なるほど……。俺も妖精を見たことは1度もないから、たしかにその可能性はあるか……」


 ジャコンはわずかに目を凝らし、シャーロットと話をしているハルメルを見た。


「……だが、まあいい。さっきのガキの超魔法なら、アリどもと一緒に俺を消し去ることもできたはずだ。しかし、それをしなかったということは、ヤツらは俺とおまえの戦いを見物する気マンマンってことだ。まったく……。ひと思いに俺を殺せばいいものを、行動が中途半端で気まぐれなところは、たしかに妖精のイメージにピッタリだな」


「――ジャコン・イグバ。降伏しろ」


「は?」


 その瞬間、ジャコンは呆気に取られてパチクリとまばたいた。ネインがいきなり、真剣な表情で降伏勧告をしてきたからだ。


「おまえいきなりなに言ってんだ? このタイミングで、俺に負けを認めろって言ってんのか?」


「そうだ。勝敗はすでに決した。アンタではオレに勝てない」


「はあ~?」


 ジャコンは思わずまじまじとネインを見つめた。


「おまえホント、マジでなに言ってんだ? そりゃ逆だろ? おまえがどんな魔法を使おうと、俺は無限のアリを召喚して完璧に防ぐことができる。こんなんどう考えても、勝ち目がないのはおまえの方だろうが」


「悪いが、それは完全に計算違いだ」


 ネインは首を横に振り、背後に親指を向けてさらに言う。


「オレが最初から全力を出さなかったのは、アンタの後ろにシャーロットがいたからだ。しかし今はシャーロットを巻き込む心配がない。さらに背中の傷も完治したオレは、本気の全力を出すことができる。どう考えても、勝ち目がないのはアンタの方だ」


「ほう? それはつまり、さっきの腕が青くなる魔法以外にも、おまえには俺のアリどもを倒す手段があるってことか?」


「そういうことだ。そしておそらくアンタの方も、まだ奥の手を残しているはずだ」


「はっ。よく気づいたな」


「当然だ。アンタの手を見れば一目でわかる――」


 ジャコンがニヤリと笑ったとたん、ネインはジャコンの左手に視線を落とした。


「アンタは両手に同じ指輪をはめている。そして今までは右手の指輪を光らせてアリどもを召喚していた。ということは、左手の指輪には別の用途があるはずだ」


「いいぞ、ネイン。正解だ――」


 ジャコンはさらに目を細め、両手を左右に大きく広げた。


「……この左の指輪はたしかに俺のとっておきだ。だが、おまえなら相手にとって不足はない。だから特別に俺の本気を見せてやろう。転生武具ハービンアームズ――第一種HCS・ブ魔回接続ースト・オン


「――なにっ!? この青い光はっ!?」


 ネインは鋭く息をのんだ。ジャコンの両手の青い指輪が、今までにないほどの力強い輝きを放ち始めたからだ。


「さあっ! よく見ろネインっ! これが俺のっ! だっ!」


 ジャコンは両手を星空に向けて、高らかに魔法を唱えた。


「いくぞオラァーッ!


 精霊・第6階梯合成魔法シンセマギアっ! 召喚サモンっ! 合体ネイチャー・精霊フュージョン皇帝蟻ロードアントっっ! 


 そしてぇーっ!


 精霊・第6階梯合成魔法シンセマギアっ! 召喚サモンっ! 合体ネイチャー・精霊フュージョン女帝蜂エンプレス・ビーっっ!」


 その瞬間――大地が揺れて、大気が震えた。


「こいつは……でかい……」


 ネインは思わず目を見開きながら呆然と呟いた。なぜならば、ジャコンの左右に巨大な魔物が出現したからだ。


 片方は漆黒の体を持つ巨大蟻きょだいあり。もう片方は、体に毒々しい黄色と黒のしま模様がある巨大蜂きょだいばちだ。どちらの魔物も人間の3倍近い巨体をしている。特に宙に浮かぶ蜂の方は、腹部の先端に長い毒針を持ち、見るだけで恐怖を呼び起こす不気味な異様をしている。


「どぉだネインっ! これがぁーっ! っ! 俺が作った無敵の精霊獣だぁぁーっっ!」


 ジャコンは左右のこぶしを握りしめて夜に吠えた。そのとたん、2匹の魔獣がネイン目がけて襲いかかった。


「――くっ! 電撃・第1階梯固有魔法ユニマギア――起電エレク・イ身体ンナー・超加速ストリームっ!」


 ネインはとっさに胸の前で両手を合わせて魔法を唱えた。そして全身に青い電流をまとった瞬間、全力でダッシュした。


 その直後、ネインが立っていた地面に巨大蟻きょだいありの前足が深々と突き刺さった。それはまるで巨大な槍の一撃だ――。さらに巨大蟻きょだいありは猛烈な速度で突っ走り、ネインの背中を追いかける。


「……速いっ!」


 風のように走るネインは、追いついてきた巨大蟻きょだいありを振り返って目を見開いた。すると巨大蟻きょだいありは長い前足をネインに向かって何度も突き出し、大地を激しく砕きながら執拗しつように追撃する。


 しかし次の瞬間、巨大蟻きょだいありは軌道を変えて横に走った。同時にネインの正面から巨大蜂きょだいばちが猛烈な勢いで突っ込んできた。


「――くっ! 魔獣の連携攻撃かっ!」


 ネインは全身の青い電流を瞬時に強めてさらに加速し、横に跳んで素早く避けた。その直後――巨大蜂きょだいばちの長い毒針が大地を粉々に打ち砕いた。


「こっ!? この威力はっ!?」


 ネインは空中で回転しながら砕けた大地を見下ろした。その毒針の一撃は、巨大蟻きょだいありの前足以上の破壊力を秘めていた。さらに巨大なはちはすぐさま反転して宙を突っ切り、楽々とネインに追いつく。そしてそのままネインの頭上を追い越しながら、毒針を大地に向けて、大量の毒液を振りまいた。


「――まずいっ! 毒の雨かっ!」


 ネインはとっさに斜めに跳ねて身をかわした。しかし、雨のように降り注いだ毒液の一部が制服をかすめ、上着とスカートに小さな穴がいくつもいた。同時に毒液をまともに浴びた暗い地面は、白い煙を上げながら溶けていく。


「こいつらっ! 動きにすきがないっ! ――だがっ! 今度はこっちの番だっっ!」


 ネインは再び夜の大地を疾走しながら精神を集中した。そして左右のこぶしを握りしめ、必殺の魔法を発動させる。


「電撃・第1階梯固有魔法ユニマギア――起電絶エレク・マ対魂慈ーシー・ヒ葬送ューネラルっ!」


 瞬間、ネインのこぶしが青い閃光を闇に放った。同時に静かに燃える青い電火でんかがネインの両手を包み込む。さらにネインは大きな弧を描いて突っ走り、真正面から向かってくる巨大蟻きょだいありに突撃をかけた。


「――うおおおおおおーっ!」


 青い電流を全身にまとったネインは、最大速度で巨大蟻きょだいありの懐に飛び込んだ。そして、槍のように長い左右の前足に青いこぶしを叩き込み、瞬時に破断はだん――。そしてそのまま一気に巨大蟻きょだいありの脇を駆け抜けた。


 起電絶エレク・マ対魂ーシー・ヒ慈葬送ューネラルは必殺魔法。触れた瞬間に相手の魂を肉体から強制的に引きずり出す――。だからネインは巨大蟻きょだいありの消滅を確信した。


 しかし同時に、ジャコンもニヤリと顔を歪めた。


「……ふん。甘いぞ、ネイン。その皇帝蟻ロードアントにおまえの魔法は流れていない。なぜならば、おまえが触れる前に前足を切り離していたからだ」


「なにっ!?」


 疾走しながら巨大蟻きょだいありの様子を見ていたネインは愕然と目を見開いた。大地からいきなり噴き出してきた無数のありが寄り集まり、巨大蟻きょだいありの前足に変化したからだ。


 そしてさらに次の瞬間、巨大蜂きょだいばちが再びネインに襲いかかってきた。しかも今度は羽を前後に激しく震わせ、強力な振動波を撃ってきた。


 ネインはすかさず大きくジャンプ――。巨大蜂きょだいばちの頭上スレスレを跳び越えた。その直後、ネインが立っていた地面は、強烈な振動波の直撃を受けて粉微塵こなみじんに砕け散った。


「――これは衝撃波っ! こんな攻撃まであるのかっ!」


「そぉだネインっ! 俺の精霊獣の強さを思い知ったかぁーっ! だがしかぁーしっ! まだまだこんなモンじゃねーぞオラァァァァーッッ!」


 驚くネインを眺めがら、ジャコンはさらに青い指輪を強く光らせた。そのとたん、巨大蟻きょだいあり巨大蜂きょだいばちがジャコンの元へと素早く戻る。そして次の瞬間――天地が黒く揺らめいた。


「――こっ!? これはっ!?」


 ジャコンから距離を取って足を止めたネインは、目の前に広がる世界を見て息をのんだ。ジャコンの背後の大地から膨大な数のありはちが噴き出して、みるみるうちに夜空と大地に広がっていくからだ。


「言っただろぉがぁーっ! こいつらは無限のアリとハチを召喚するっ! そしておまえの必殺魔法も防ぎ切ったっ! つまりっっ! おまえはもうこの俺にっっ! ぜったいに勝てないっっ! ドヤァァァーッッッ!」


 絶対の勝利宣言ともに、ジャコンは腹の底から雄叫おたけびを上げた。


「どぉだぁーっ! この無限のアリとハチの天地両面攻撃でっ! 俺はイグタリネの魔法戦団を1人残らず殺し尽くしたっ!


 どんなに強力な軍隊だろうとっ! こいつらには絶対にかなわないっ! 俺の妻と娘たちを殺したクズどもはっ! この虫ケラどもに蹂躙じゅうりんされてくたばったんだぁーっ! ざまーみろぉーっ! ンざまぁーみろぉぉーっっ!」


「……そうか。ならば、心残りはもうないな」


 くらい闇の気炎をげた男を見つめながら、ネインは静かな声を漂わせた。


「もう1度言う。ジャコン・イグバ。降伏しろ」


「……はぁ~、やれやれ」


 いきなり声のトーンを落としたジャコンは灰色の短い髪をかき上げて、小さな息を1つ吐いた。


「おいおい、どうした、ネイン。圧倒的に有利な俺が、こんなタイミングで降伏するわけねーだろうが」


「よく考えろ、ジャコン・イグバ。それは見せかけの幻想だ。なぜならば、アンタは魔獣の能力に頼りすぎている。そして、アンタの虫どもが無限に湧き出るというのなら、こちらも無限の攻撃を繰り出せばそれで済む。単純な話だ」


「はっ。無限の攻撃だと? バカ言ってんじゃねーよ。口で言うのは簡単だが、おまえにそんなことができるのか?」


「できる」


 小馬鹿にした笑みを浮かべたジャコンに、ネインは淡々と言い切った。


「だから、アンタを倒すのはそれほど難しいことではない。しかし――」


「……しかし、なんだよ」


「アンタは異世界種アナザーズの1人で、メナさんを惨殺した憎いてきだ。しかしアンタは、大切な存在を失う悲しみを知っている。大切な家族を奪われた絶望を知っている。だからオレは――アンタにつぐなう機会を与えたい」


つぐなう機会だと?」


「そうだ――」


 ネインは胸に手を当てて、ジャコンをまっすぐ見つめながら言葉を続ける。


「オレは、この世界に侵入した異世界種アナザーズをすべて倒す。アンタには、その手伝いをしてもらう」


「なんだと……? おまえまさかこの俺に、転生者を殺す手伝いをしろって言ってんのか?」


「そのとおりだ。オレが見てきた異世界種アナザーズは血に狂った獣ばかりだ。きっと他の異世界種アナザーズも、この世界に住む人々の命を奪い続けているはずだ。だからオレは使える手段をすべて使い、異世界種アナザーズを1人残らず駆逐する」


「……まあ、たしかに転生者ってのはバカばっかりだから、強く反論できねーな」


 ジャコンは思わず苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。それからおもむろに自分の顔を指さしてネインに尋ねる。


「だけど俺も転生者だぞ? 転生者を皆殺しにするのに、転生者の力を借りるって矛盾してねーか?」


「問題はない。異世界種アナザーズをすべて倒したらアンタも殺す。それで終わりだ」


「はっはっは! そいつはまたずいぶんと正直だな!」


 どこまでもまっすぐなネインの言葉を聞いて、ジャコンは心底楽しそうな声で笑った。その少年のような無邪気な笑みをネインは見つめ、低い声でさらに言う。


「……オレは今日まで、多くの人間の命を奪ってきた。だからわかる。ジャコン・イグバ。アンタは死に場所を求めている。ならばその命尽きるまで、この世界のために戦い続けろ」


「ほほう、なるほど。俺は死に場所を求めているように見えるのか……」


 ネインの言葉を聞いたとたん、ジャコンは首をわずかに横に振った。それから小さな革袋を取り出すと、中から白銀のコインを2枚つまみ、ネインの前に弾き飛ばした。


「……これは、ゲートコインか」


「そうだ。おまえはそのコインの効果を知っているはずだ」


 ネインは目の前に転がったコインを見下ろした。するとジャコンは真剣な表情でネインを見つめながらさらに言う。


「悪いな、ネイン。せっかくのお誘いだが、俺はおまえに協力できない」


「なぜだ」


「そんなの決まってるだろ。この俺も、血に飢えた獣として生きてきたからだ。今さら別の道を歩いたら、俺が俺を許せなくなるんだよ――」


 ジャコンはゆっくりと顔を上げて、遠い星空に目を向けた。


「……だから俺はおまえを殺す。そして今までどおり世界中を旅して歩き、多くの人間を殺しまくる。男も女も関係ない。老人だろうが子どもだろうが見境みさかいなく殺し続ける。なぜならば、それが俺というニンゲンだからだ――。だから、ネインよ。おまえが本当にこの世界の人々を守りたいというのなら、ここで俺を止めてみせろ」


「……そうか」


 深い想いのこもったジャコンの言葉を聞いたネインは、白銀のコインを見つめる瞳に悲しみの色をにじませた。そして、ジャコンがゲートコインを投げ捨てた理由を察しながら、深い息とともに心をこぼした。


「アンタは本当に不器用なんだな……」


「うるせーよ。おまえも似たようなモンじゃねーか」


 ジャコンはネインを指さしてニヤリと笑い、さらに言う。


「だが、勘違いするなよ? 俺はおまえに負ける気はない。ゲートコインを捨てたのは公平に戦うという意思表示だ。たまには正々堂々と殺し合うのも悪くはない――。そういうカッコつけも、俺はキライじゃないからな」


「そうか。ならばオレも、アンタの強さに敬意をひょうし、全力を尽くして戦おう――」


 そう言って、ネインは1歩前に踏み出す。そして、無限の虫どもを背にして立つジャコンに向かって胸を張り、堂々と名乗りを上げた。


「オレはクランブリン王国、アスコーナ村のネイン・スラート」


「ふっ。そうきたか――」


 ジャコンは思わずクスリと笑い、すぐに表情を引き締めた。そしてやはり1歩前に進み出て、名乗り返す。


「俺はイグタリネ王国、ノジルの泉から来た泉人族エルフ、ジャコン・イグバだ」


「では、いくぞ。ジャコン・イグバ」


「ああっ! いつでもこいっ! ネイン・スラートぉーっ!」


 ジャコンは再び両手を天に突き出して、全身全霊の魔力を青い指輪に注ぎこんだ。


「うっしゃぁーっ! 冥土めいどの土産だっ! 俺のとっておきの全力戦闘を見せてやるっっ! うおおおおおおーっ! 転生武具ハービンアームズっ! 第二種HCS・フ魔回接続ル・ブーストっっ!」


 その瞬間、闇を切り裂く鋭い光が指輪から解き放たれた。そしてその青い光に照らされたとたん、巨大蟻きょだいあり巨大蜂きょだいばちは、さらに倍以上の巨体に膨れ上がった。


 しかし、ネインは冷静だった。


 もはや大魔獣と化したありはちを見つめながら、ネインは精神を鋭く集中させていく。そして瞳の中に黄金色おうごんいろの輝きを走らせた瞬間、絶対のスキルを発動した。



「――DCS・神聖絶対神降臨天光アクベリス



 その刹那――ネインの全身から黄金色おうごんいろの光がほとばしった。


「なっ!? なにぃぃーっっ!?」


 ジャコンは思わず絶叫しながら手で目元を覆い隠した。ネインの全身から放たれた閃光は、昼間の太陽光線よりも強烈なものだったからだ。そしてそのまばゆい光の波動の中、ジャコンは目を細めながらネインを見た。その直後、ジャコンは鋭く息をのみ込んだ。ネインの全身が、揺らめく黄金のオーラに包まれていたからだ。


「なっ!? なんだそりゃぁ!? なんなんだっ! その黄金のエネルギーはっ!?」


「――これが、この世界の神の光だ」


「かっ!? 神だとぉぅ!? バカなこと抜かしてんじゃねーぞコノヤローっ! そんなこけおどしの化けの皮なんざぁーっ! 俺のこの目で見抜いてやるっっ! ウオラァーッ! ステータス・オーンっっ! ――って、そんなバカなぁぁーっっ!」


 ジャコンは特殊スキルを発動して、ネインのステータス画面を凝視した。そのとたん、目玉が飛び出さんばかりに目を剥いて絶叫した。


「なっなっなっなっ!? なんだこりゃぁーっ!? なんなんだそのステータスはっ!?


 力と! 機敏と! 器用と! 知力と! 精神力と! 運が!


 すべてっ! 


 ありえないっ! なんなんだおまえはっ!? 転生者管理官ゲームマスターを超えるステータスでっ! 星天位せいてんい真理探究者スターシーカーだとぉぅ!? そんなバカなぁぁぁーっっっ!」


「……言ったはずだ。オレは絶対神が作った組織――絶対戦線アグスラインの一員だと」


「ふっ! ふざけんじゃねぇーぞゴラァァァーッッッ!」


 ジャコンはネインをにらみつけながら牙を剥き、両手の青い指輪に魔力をそそぎこんだ。


「だったらっ! その力が本物かどうかっ! この俺に見せてみろぉーっ! おおおおおおおぉーっっ! 転生武具ハービンアームズっ! 蒼穹霊輪ミドラーシュ発動っ! この怒涛どとうの虫どもをーっ! 防げるものなら防いでみろやぁーっっ!」


 ジャコンはネインに向かってあらん限りの声で怒鳴った。その直後、ジャコンの背後を埋め尽くした莫大な数のありはちが一斉に動き出した。それはもはや世界を分断する超巨大な壁と化して、ネイン目がけて押し寄せていく。


 しかし――。


 黄金のオーラをまとったネインの心は冷静だった。


 ネインは迫り来る虫の嵐を見据えながら、胸に下げた封印水晶エリスタルを握りしめる。そして魂に宿る炎を一気に燃やし、鋭い気合いを大気に放った――。



「うおおおおおおーっ! こいっっ! ――ガッデム・ファイアッッッ!」



 その瞬間、ネインの全身から爆炎が噴き出した。


 さらにその灼熱の炎は太い筋となって宙を舞い、ネインを中心にした広範囲に渦を巻く。その姿は、まさに爆炎の龍――。そして全身にまとった黄金色おうごんいろのオーラも炎のように燃やしたネインは、魔炎の魔法を発動させる――。


「出でよ不死鳥っっ! 火炎・第6階梯固有魔法ユニマギア――鳳凰シールド・魔炎オブ・フ結界ェニックスっっ!」 


 ネインは右のこぶしを天に向けて突き出した。


 そのとたん、巨大な魔炎の鳥が夜空に向かって飛び立った。その爆炎の鳳凰は猛烈な速度で上昇しながら2体に分かれ、そしてすぐさま急降下――。1体はネインの元へ、もう1体はハルメルとシャーロットの元へと突っ込んでいく。そして大地に飛び込んだ瞬間、円形の魔炎結界に姿を変えた。


「フェニックスッ! オレたちを虫から守れっ!」


 そのネインの叫びにこたえるように、ネインたちを囲んだ魔炎結界が火を噴いた。そして飛び込んできた無数のありはちどもを片っ端から焼き尽くしていく。それはもはや巨大な爆炎柱ばくえんちゅう――。その完全防御の結界の中で、ネインはさらに魔力を研ぎ澄まし、極炎ごくえんの魔法を撃ち放つ。


「いくぞぉぉーっっ! ガルデリオンッッ! 無限の敵を焼き払えっっ! 第8階梯火炎かえん魔法――獅子心ライオンハー魔炎乱舞ト・メガフレアっっ!」


 爆炎咆哮――。


 その瞬間、ネインの周囲で猛烈な爆炎が巻き起こった。


 その激しい炎は四方八方に舞い上がり、すぐさま魔炎の獅子に形を変える。その姿はまさに小型のガルデリオン――。


 燃え盛る炎の獅子たちは自由自在に夜空を駆け巡り、天まで伸びた虫の壁に襲いかかる。ジャコンが召喚したありはちどもは魔炎の獅子に近づくだけで燃え上がり、瞬時に炭と化して消滅する。


 しかし――。


 それでも、焼け石に水だった。


 膨大な数の虫どもは、どれだけ焼いても続々と押し寄せてくる。魔炎の獅子たちは虫の壁に食らいつき、穴をけて暴れまくる。魔炎結界は近づく虫どもをすべて完全に焼き尽くす。だが虫どもは、ひるむことなく自ら進んで炎の中に飛び込み続ける。


 その光景は、まるで小さな火種ひだねを飲み込みつつある、暗黒の大海原おおうなばらのようだった――。


「ッハァーッ! どうしたネインッッ! そんなちっぽけな花火なんざっ! 俺の虫どもが即座にのみ込み消し飛ばすっっ! オーラオラオラッ! 無限の攻撃とやらはどこにいったぁーっ! ィィィヒャッハーッッ!」


 虫の嵐の中に立つジャコンは、勝利を確信した顔で高らかに笑い出した。すると、魔炎結界の中で決戦用の魔力を練り上げていたネインが、ジャコンをまっすぐ見つめて口を開く。


「……言ったはずだ、ジャコン・イグバ。アンタは魔獣の能力に頼りすぎている。それを今から証明しよう。アンタの虫は、1匹残らずオレの光でなぎ払う――」


「だぁーはっはっはっはっはーっっ! ぶぇーっへっへっへっへっへーっっ! ぬぁぁにが1匹残らずなぎ払うだぁぁーっっ! 決め顔でカッコつけてる暇があんならっっ! さっさと今すぐ見せてみろやぁぁーっっ! そのご自慢の光とやらをなぁぁーっっ!」


「ああ、しっかり見ろ。


 大魔法用の魔力準備を終えたネインは両手を前に突き出した。そして体にまとう黄金のオーラをさらに燃やし、光の世界を呼び出した――。


「うおおおおおおぉーっ! 光あれっっ! 第7階梯ひかり魔法っっ! 光柱ライトピラーズ聖域・サンクチュアリっっ!」


 その瞬間、世界に強烈な光がほとばしった。


 それは天地に満ちたまばゆい光の粒だった。その光の欠片たちはきらめきながら寄り集まり、無数の光の柱を作っていく。それは森の木々よりもはるかに高い、黄金色おうごんいろの巨大な柱だ。さらにその柱たちは整然と列をなし、見渡す限りの大地に続々と突き立っていく。その光景は、もはや光の大神殿だった――。


「なっ!? なんだこりゃ!? ただの光の柱じゃねぇかっ!」


 ジャコンは縦横じゅうおうに並んだ膨大な数の柱を見上げ、思わず声を張り上げた。その光の柱の見た目は神々しく、1本だけでもかなりの魔力を放っている。しかし、何十、何百、何千と発生した柱はただそこにそびえ立つだけで、何の攻撃もしてこない。


「あぁっ!? マジでいったいなんなんだっ!? こんなのただのド派手な照明じゃねぇかっ! どういうつもりだネイン・スラートぉぉーっっ!」


「慌てるな。これはただの下準備だ――」


 相変わらず膨大な数の虫どもを焼き尽くしている魔炎結界の中で、ネインは淡々とジャコンに言った。それからおもむろに右手を上げて、星の彼方に指を向ける。


「……さあ。覚悟はいいか、ジャコン・イグバ。おまえの死に場所は完成した。あとはオレの指1本ですべてが終わる――。天地を埋め尽くす無限の魔獣の散りゆく姿、その目にしっかり焼き付けろ」


「はっ! なぁにが俺の死に場所だっ! 俺の虫どもは絶対無敵っ! どんな強力な魔法だろうと体を張って受け止めるっ! それでも自信があるって言うんならっ! ゴチャゴチャ言わずにさっさとやれやぁーっ! そしてムダなあがきが終わったらっ! 俺の虫どもに蹂躙じゅうりんされてっっ! ゴミのようにくたばりやがれぇぇーっっ!」


 ジャコンは足を広げて大地を踏みしめ、両手を天に向けてネインに怒鳴った。その自分の勝利を信じて疑わないジャコンの姿を見据えながら、ネインは決戦の魔法を撃ち放つ――。


「いくぞ。道に迷った闇の男よ。オレの光で目を覚ませ――。はあああああああーっっ! 光・第7階梯合成魔法シンセマギアっっ! 無限インフィニッ紫閃光ト・デスライトっっ!」


 無限裂光――。


 その瞬間、ネインが振り下ろした指先から紫色の光線が放たれた。その死を運ぶ一撃は、光の速さで闇を切り裂き突き進む。そして巨大な光の柱に命中した刹那――光線は無限のきらめきに分裂した。


 それはまさに、天地の狭間はざまで荒れ狂う光の嵐だった――。


 夜空と大地を覆った虫の大群の中を、紫色の光線が乱れ飛ぶ。その必殺の威力を持つ光線は、無数の光の柱に反射して終わることなく増えていく。そしてさらなる光の豪雨と化して猛威を振るい、無限の虫どもを片っ端から撃滅する――。


「――ンなっっ!?」


 ジャコンは紫光しこうに染まった夜空を見上げて絶句した。


 ネインが放った光線は天地のすべてを瞬時に貫き、ほんの数秒で無限の虫どもを1匹残らず消滅させた。さらにジャコンの周囲の柱は無数の光線を集束し、巨大なレーザーを撃ち放つ。


 その超高出力の滅殺めっさつ光線は、ジャコンの背後にいたありはちの大魔獣を瞬時に貫通――。避ける間もなく体に大穴がいた2体の大魔獣は、即座に光の粒となって消滅した。


「バ……バカな……。俺の精霊獣が……絶対無敵の王と女王が……一瞬でやられただと……?」


 ジャコンは愕然と目を見開き、呆然と立ち尽くした。


 どんなに強い相手であろうと確実に暗殺してきたジャコンにとって、それはありえない光景だった。まさに悪夢としか言いようがない――。しかしそれは、揺るぎない現実だった。だからジャコンは震える体で、後ろにふらりと1歩よろけた。


 するとその時、飛び散りながら消えていた光線の一筋が、ジャコンの腹を貫通した。


「ごふっ……」


 その瞬間、ジャコンはわずかに血を吹き出した。そしてすぐに両手で腹の傷を押さえた。しかし、傷口からは血があふれ、みるみるうちにローブを赤く染めていく。その出血は明らかに致命傷だった。


 するとネインは魔炎結界を解除して、ジャコンに向かって歩き出した。


「――無限の虫を生み出す魔獣が消滅した時点で、アンタは戦うすべを失った。それがアンタの弱点だ」


 ネインはジャコンの前で足を止め、淡々と口を開いた。するとジャコンも血の気の失せた顔でネインを見つめ、力のない声で言う。


「……へっ。さんざんデカい口を叩いておいてこのザマとは、俺もヤキが回ったな……」


 ジャコンは血が混ざった唾を吐き出し、ニヤリと笑ってさらに言う。


「ほんと、まいったぜ……。自分の意志を貫けないヤツは、どこまで行っても曲がり道の人生しか歩けない……。だから俺は、自分の転生武具ハービンアームズ蒼穹霊輪ミドラーシュと名付けたんだ……。ミドラーシュとは、捜し求める者の意味……。だけど俺は、結局なにも見つけることができなかった……」


「それは違う」


 体から力が抜けて大地に膝をついたジャコンに、ネインは穏やかな声で言う。


「アンタは世界中の何よりも大切な人を見つけた。そして自分の命よりも大事な家族を手に入れた。それ以上に必要なものなんて1つもない。アンタは探し求めていたものを、ちゃんと見つけることができたんだ」


「……そうだな。俺はとっくに……手に入れていたんだ……」


 ジャコンはもう1度血を吐き出し、遠い星空に目を向けた。


「アミ……サナ……ミミ……。そして、リーン……。俺みたいなクズには……もったいないほどの家族だった……」


 はるか遠い昔に手に入れた幸せを思い出したジャコンは、愛する家族の名前を口にした。そして、はるか遠い昔に捨て去った涙を、ジャコンは死の間際にようやく取り戻した。


「なあ、ネインよ……。この世界で死んだ魂は……ソルラインに導かれる……。俺の魂も……そうだろうか……」


「わからない」


 ネインは静かに涙を流すジャコンに1歩近づき、胸の封印水晶エリスタルに目を落とす。すると、ガッデムファイアは醜い灰色に染まっていた。


「アンタたち異世界種アナザーズの魂がどこに行くのか、オレにはわからない」


「そうか……。ま、訊くまでもなかったな……」


 ジャコンは咳き込みながら血を吐き出し、悲しそうに微笑んだ。


「ヒトをさんざん殺しまくってきたんだ……。俺の魂は地獄行きだろ……」


「そうか。ならばオレも、あとから行こう」


 ネインはジャコンを見つめながら、首を小さく横に振った。そして右手をこぶしに握り、魔法を唱えた。


「電撃・第1階梯固有魔法ユニマギア――起電絶対魂慈葬送ブルーハンド


 その瞬間、ネインの右手が青い電火でんかで覆われた。


「オレの魔法は安らかな死を与える――。最後に何か言い残すことはあるか」


 ネインは低い声でジャコンに訊いた。


「……ない。涙だけが……人生だ……」


 ジャコンは最後の言葉を口にした。


 そして澄んだ瞳で、星を見上げた。それはかつて北西の地で、愛する人と一緒に眺めた光と同じだった。だからジャコンは、心の底から懐かしそうに微笑んだ。


 その安らか表情を見て、ネインは小さくうなずいた。それから大地に片膝をつけて、ジャコンの胸に青い手を押し当てる。


「……アンタの魂がソルラインに導かれ、家族に再会できることを祈る。そしてもしもメナさんに会えたら、オレの分まで謝っておいてくれ」


 ネインはジャコンを見つめてそう言った。


 ジャコンもまた、ネインを見つめてうなずいた。


「……さらばだ。ノジルの泉から来た泉人族エルフ、ジャコン・イグバ」


 ネインは右手に魔力を込めた。


 そして青い電火でんかがわずかに光を強めた瞬間、ジャコン・イグバはこと切れた。


 ネインはジャコンの体をそっと大地に横たえる。


 ジャコンの死に顔は穏やかだった。


「オレの道のはるか先を歩いた先人せんじんよ。アンタの旅は、いま終わった……」


 ネインはジャコンの目をそっと閉じた。


 そして胸に手を当てて、こうべを垂れた――。




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