第99話  押し寄せる狂気――クルオルガール VS ホワイトソード その2


「――なにぃっ!?」


 轟音とともに石の破片が勢いよく室内に飛び散った瞬間、黒髪少女はとっさに腕で顔をかばい、シャーロットは悲鳴を上げて頭を押さえた。さらにその直後、黒髪少女は反射的に刀を跳ね上げた。石の壁に開いた大きな穴から何かが部屋に飛び込んできて、高速で突進してきたからだ。


「くっ――!」


 細かく砕けた石が薄い煙となって漂う中、黒髪少女は目の前に迫った白い何かを刀で弾き、さらに連続でバク転して素早く後ろに飛び退いた。そしてすぐさま刀を構え、部屋の入口に視線を飛ばす。するとそこには――シャーロットと同じ制服姿の少女が立っていた。白い剣で武装した、長い黒髪の少女だ。


「……あんた誰?」


外道げどうに聞かせる名などない」


 突然の乱入者に、緑の刀を構えた黒髪少女は怪訝けげんそうに眉をひそめながら質問した。しかし白い剣を持つ少女は、ベランダを背にして立つ2人の少女を見据えて淡々と言い捨てた。すると床にへたり込んでいたシャーロットが唐突に声を張り上げた。


「ジャっ! ジャスミン! 逃げてっ! この人たちっ! 人殺しなのっ!」


「そんなことは知っている。外の死体はさっき見た。だが、私に逃げるという選択肢はない――」


 必死に声を振り絞ったシャーロットに、長い黒髪の少女は感情の消えた顔で淡々と答えた。


「この程度の害虫どもにおくれはとらん。2匹とも、この場で速やかに斬り捨てる」


「え……? ジャスミン……?」


 ジャスミンの返事を聞いたとたん、シャーロットは思わず呆然とした。白い剣で石の壁を砕き、部屋に飛び込んできたのは間違いなくジャスミンだ。しかし、ジャスミンの口調や身にまとう雰囲気は普段とはまるで違う。だからシャーロットは困惑して顔を曇らせながら、ゆっくりと立ち上がった。


「ど……どうしたの、ジャスミン? なんだかいつもと雰囲気が違うんだけど……?」


「今はそんなことを気にしている場合ではないだろう」


 ジャスミンは目の前の敵を見据えながら口を開いた。


「シャーロットは逃げろ。ここにいたら邪魔だ」


「で、でも、わたし1人で逃げるなんて――」


「もう1度だけ言う。邪魔だ」


 思わず言葉を返したシャーロットに、ジャスミンは声に殺気を込めて言い放った。その瞬間、シャーロットはビクリと震えた。ジャスミンの全身には、言葉では言い表せないほどの強烈な怒りが満ちあふれている――。それがはっきりと伝わってきた。だからシャーロットはすぐに覚悟を決めて返事をした。


「わ、わかった! すぐに助けを呼んでくるから!」


 シャーロットはジャスミンの背中に声をかけて、すぐさま廊下に飛び出した。すると、それまで黙っていた黒髪少女がジャスミンをにらみながら口を開いた。


「……あんたさぁ、今、私たちのことを害虫って言ったでしょ。それ、どういう意味?」


「そのままの意味だ――」


 ジャスミンはシャーロットの足音が遠ざかっていくのを聞きながら剣を構え直した。


「その怪しげな色の刀を見れば嫌でもわかる。おまえたちは、我らの世界に土足で踏み込んできたけがらわしい存在だ。ならば、害虫以外になんと呼ぶ」


「ふーん。つまりあんたは、私たちがだって知ってるんだ」


「それじゃあ、ヨッシー。こいつがあたしたちを狙っている組織の一員ってわけ?」


 青い刀を抜いていた金髪少女も、ジャスミンに鋭い視線を投げつけた。すると黒髪少女も瞳の中に力を込めながらうなずいた。


「そう考えて間違いないでしょ。とりあえず、フウナはさっきの子を捕まえてきて。あの子はネインの仲間だって言ってたからね。あの子を人質にしてネインをおびき寄せた方が、捜す手間が省けるでしょ」


「オッケー。それじゃ、ちょっと行ってくるねぇ~。転生武具ハービンアームズ、妖刀・空姫そらひめ発動――」


 ヨッシーの指示を受けたフウナは、すぐに青い刀を振り払った。するとフウナの体がその場でふわりと浮き上がり、さらに次の瞬間、猛烈な速さで壁の穴に向かって飛び出した。しかし――部屋の入口には、すでにジャスミンが移動していた。


「まずは1匹――」


 ジャスミンは迫り来るフウナに向かって、目にも止まらぬ速さで白い剣を突き出した。その鋭い切っ先は、高速で飛翔するフウナの体を完全に捉えている。しかし次の瞬間――激しい火花が飛び散り、フウナがジャスミンの脇をすり抜けた。ジャスミンの前まで一瞬で踏み込んだヨッシーの刀が、ジャスミンの剣を弾き上げたからだ。


「――あんたの相手は私でしょ」


 ヨッシーはさらに攻め込み、連続でジャスミンに斬りかかっていく。しかしジャスミンは冷静にすべての攻撃を弾き返し、大きく後ろに跳んで距離を取った。そして壁の穴に視線を投げたが、すでにフウナの姿は消えていた。


「ほら、どうしたの? かかってこないの?」


 緑色の妖刀を構え直したヨッシーが、ジャスミンをにらみながらニヤリと笑った。


「それともまさか、この程度の害虫におくれを取って、恥ずかしくなっちゃった?」


「……べつに」


 明らかに侮蔑ぶべつを込めたヨッシーの言葉を、ジャスミンは淡々とした顔で受け流した。それからゆっくりと腕を上げて、指につまんでいた紫色の布をヨッシーに向けた。


 その瞬間、ヨッシーはハッとして、自分の腰にげていたさやに目を落とした。紫色のリボンは七天抜刀隊しちてんばっとうたいの仲間の証で、全員が刀の鞘に結ぶことになっている。しかしヨッシーの鞘には、そのリボンが見当たらなかった。


「あんたぁ……今すぐそのリボンを返しなさい」


 リボンをかすめ取られたと悟ったヨッシーは、いかりのまなざしをジャスミンに向けた。するとジャスミンは、リボンを軽く揺らしながら口を開いた。


「どうした。まさかこんな布切れを取られたぐらいで恥ずかしくなったのか?」


「このクソヤロウが……」


「それはこちらのセリフだ」


 挑発の言葉をまるごと返されたヨッシーは、猛烈な殺気を込めてジャスミンをにらんだ。しかしジャスミンはその鋭い視線を澄ました顔で受け流し、リボンを床に落として足の裏で踏みつけた。その瞬間、ヨッシーは必殺の気合いを込めて刀を構えた。


「……決めた。あんたは楽には殺さない。全身を穴だらけにしてぶっ殺す」


「たかが布切れごときでそこまでいかるとは、もしかして、殺された仲間の形見だったのか?」


「うるさい」


滑稽こっけいだな。薄汚い害虫どもが、仲間を殺されて怒りを覚えるとは――。どうせおまえの仲間とやらも、おまえのようなクズだったんだろ? だったらゴミのように死ぬのは当然だろうに」


「うるさいって言ってんでしょうがっ!」


「どうした。そんなに顔を真っ赤にして。図星をさされて恥ずかしくなったのか?」


「……もういい。黙れ」


 ヨッシーは唇を固く閉ざして腰を落とし、刀に怒りを集中させた。そしてジャスミンをにらみながら、緑色に光る妖刀を石の床に突き立てた。


転生武具ハービンアームズ、妖刀・薄緑うすみどり発動。……あんたはもう、死んじまいな。石速剣ストレイトソード――百刺突ハンドレッドソーン!」


 瞬間、部屋の床と壁と天井から石のトゲが無数に飛び出した。


 その槍のような細いトゲは一瞬で鋭く伸びて、四方八方からジャスミンに襲いかかった。ジャスミンも瞬時に白い剣を構えたが、全方位からの一斉攻撃を防ぐことはできなかった。高速で飛び出した石のトゲはジャスミンにすべて命中し、さらに続々と突き立っていく。そしてジャスミンの細い体は、あっという間に石のトゲに包み込まれ、見えなくなった。


「……ふん。この世に地面がある限り、私に殺せない人間なんていないんだから」


 ヨッシーは床から妖刀を引き抜いて鞘に収めた。


「ま、私たちに敵対する組織の情報を引き出せなかったのは惜しいけど、ネインを締め上げれば何か出てくるでしょ」


 そう呟きながら、ヨッシーは石のトゲに覆い尽くされたジャスミンに近づいていく。そして床に落ちていた紫色のリボンを拾い上げて、ベランダの方に足を向けた。


 しかしその瞬間――ジャスミンを覆っていた石の塊が爆発した。


「なにっ!?」


 室内に爆音が響き渡ると同時にヨッシーは反射的に振り返った。そのとたん、砕け散った石の破片とともに何かが腹に直撃し、ヨッシーは吹っ飛ばされて壁に激突した。しかしすぐさま体勢を立て直し、腹を押さえながら視線を飛ばす。すると、砕けた石の中にジャスミンが立っていた。


「なっ!? なんでっ!?」


 ヨッシーは驚愕して目を見開きながら、慌てて腰の妖刀を引き抜いた。同時にジャスミンは前に伸ばしていた左足をゆっくりと床につけて、剣を構えた。


(あいつは今、足を前に出していた……。ということは、私をぶっ飛ばしたのはあいつの蹴りってことね……。でも、なんであいつは、さっきの攻撃を受けて無事なのよ……)


 ヨッシーは顔をしかめてジャスミンの全身をにらみつけた。


 ジャスミンの着ている制服には無数の穴がき、上着もスカートもあちらこちらが千切れている。ボロ雑巾よりもひどい状態だ。それなのに、ジャスミンの体からは血が一滴も流れていない。白い肌は滑らかで、傷一つ見当たらない――。


「……あんた、いったい何者よ」


 ヨッシーは思わずゴクリと唾をのみ込んだ。するとジャスミンはほとんど半裸のまま1歩踏み込み、自分の顔の横にあごをしゃくった。


「何を今さら。おまえたちはステータスとやらが見えるんだろ? ならば遠慮せずに見るがいい」


(くそ……。最初に見ておけばよかった……)


 ジャスミンに言われた瞬間、ヨッシーは悔しそうに顔を歪めた。


 ジャスミンは今、白い剣を構えてヨッシーの方へとにじり寄っている。もしもこの状況で一瞬でも目を逸らしたら、即座に踏み込まれて斬り殺される――。ヨッシーにはそれがわかっていた。だからヨッシーはジャスミンのステータス画面に目を向けることができなかった。


「どうした。この世に地面がある限り、殺せない人間なんていないんじゃなかったのか?」


「く……。このバケモノめ……」


 ジャスミンはヨッシーを挑発しながらさらにじりじりと間合いを詰めていく。逆にヨッシーは額に冷たい汗を浮かべながら、ガラスの扉の方に下がっていく。すると不意に、ベランダの方から明るい声が飛んできた。


「――ヨッシー、お待たせぇ~。人質ゲットだぜぇ~」


 それはフウナの声だった。青く輝く刀を片手に握ったフウナは、シャーロットを連れてベランダの上まで浮き上がってきた。そのフウナの背後にいるシャーロットは、空中で必死にもがこうとしているが、見えない風に包まれて、身動きどころか声すら出せないでいる。


「ナイス、フウナ!」


 その瞬間、ヨッシーは妖刀の切っ先を石の床に滑らせた。すると再び石のトゲが無数に飛び出し、ジャスミンに襲いかかった。そしてジャスミンが白い剣で石のトゲを粉砕している隙にヨッシーはベランダに飛び出して、フウナの隣に浮き上がった。


「――フウナ! 離脱して!」


「あいあい、りょーかーい」


 ヨッシーの鋭い指示で、フウナはすぐさま上昇を開始した。同時にヨッシーは、ベランダに飛び出してきたジャスミンを見下ろしながら声を張り上げた。


「――あんたジャスミンって言ったわね! この子を助けたかったら! 王都の北東にある廃墟の教会までネインを連れて来なさい! あんたとはそこで決着をつける! 逃げんじゃないわよ!」


「……逃がさん」


 ジャスミンはヨッシーを見上げて低い声で呟き、すぐさまベランダの手すりに飛び乗った。さらに真上にジャンプして壁に剣を突き立て、それを足場にして屋根まで飛び上がる。そしてソフィア寮の屋上を高速で疾走しながら、空を飛ぶ3人を見据えて精神を集中させる。


「風を操れるのはおまえたちだけではない……。我が奥義おうぎを食らって落ちろ、害虫ども。闘竜ドラゴニック――」


「フウナ! あいつを足止めして!」


「あいあーい、まっかせて~。第2階梯風撃ふうげき魔法――魔風斬エアスラッシュ、乱れ射ちぃ~」


 ジャスミンが必殺奥義を発動させる寸前、フウナが一瞬早く魔法を唱えた。同時に無数の風の刃がフウナの周囲から放たれて、ジャスミンに襲いかかった。


 ジャスミンは白い剣を連続で素早く振り抜き、鋭い風の刃を片っ端から打ち砕く。そして最後の一撃を切り裂いたとたん、ジャスミンは足を止めた。シャーロットを拉致らちした奸賊かんぞくどもは、すでに青空の彼方に飛び去っていたからだ。


「シャーロットをさらわれたか……。失態だな……」


 ジャスミンは淡々とした顔で空を見つめ、剣を腰の鞘に収めた。そしてすぐさま振り返り、自分の部屋へと足を向けながら呟いた。


「……だが、いいだろう。ヤツらの命は今宵こよい限りだ。この手で確実に、闇の底に沈めてやる――」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る