第23章  4月30日 [2] 狂気――インセイン・マッドネス

第98話  押し寄せる狂気――クルオルガール VS ホワイトソード その1


「――よーしっ! 引き受ける! 思い切って引き受けてやるっ!」


 ソフィア寮の316号室で、金色の髪を肩まで伸ばした少女がこぶしを握りしめて声を張り上げた。それは、つい先ほどまでネインのベッドに寝転がっていたシャーロットだった。石造りの部屋の真ん中に立ったシャーロットは固めたこぶしを前に突き出し、声に力をこめてさらに言った。


「そうよ。よーく考えたら、女王なんてべつに難しいことをするわけじゃないんだから楽勝じゃない。玉座ぎょくざで毎日偉そうにふんぞり返って、ニコニコ微笑んでいるだけでいいんだから、誰にだってできる簡単なお仕事でしょ。というかむしろ、なにもできないわたしこそが、この世でもっとも女王に向いているといっても過言ではないはずよ。――ね? メナちゃんもそう思わない?」


 シャーロットはくるりと振り返り、机の上に置いていたメナの似顔絵に話しかけた。


「……まあ、わたしが女王になったら、メナちゃんはきっとビックリ仰天すると思うけど、王立研究院で一番偉い役職にしてあげるから許してね。それと、メナちゃんをイジメていた悪い人たちは、お給料を減らしてらしめてあげるから。ふっふっふ。女王様は偉いんだぞぉ~。……なんてね」


 シャーロットはメナの似顔絵に微笑みながら、腰に手を当てて偉そうに胸を張った。それから軽い足取りでガラスの扉にまっすぐ向かい、小さなベランダに出て顔を上げた。


「はぁ~、きれいな青空……。クレアさんが来るのは夕方って言ってたから、まだちょっと時間があるか……」


 シャーロットは緩やかに流れていく白い雲を眺めながら、胸いっぱいに外の空気を吸い込んだ。


 

 シャーロットがクレアと初めて顔を合わせてから、明日でちょうど7週間――。王位継承権者に名乗りを上げて女王に即位するかどうか、シャーロットは今日までひたすら悩んできた。そして、その間に起きた様々な事件と苦悩の日々を思い出し、シャーロットは悲しそうに微笑んだ。


「ねえ、ポーラ……。わたし、がんばるから……。一生懸命に生きている人たちが安心して暮らせる国になるように、なんとかがんばってみるから。だからおねがい……。ポーラの元気をわたしにわけて……」


 シャーロットは不安で震える手を固く組み、空の彼方に目を向けた。そして胸の中に親友の笑顔を思い浮かべ、くじけそうになる心を必死に支えた――。それから肩の力を抜いて大きな息を1つ吐き出し、ベランダの手すりに胸を当ててだらりと寄りかかった。


「……あ~、だけどやっぱダメかもぉ~。女王なんて自信ないわぁ~。これっぽっちも自信ないわぁ~。……しかもさぁ~、クレアさんってほんとに美人だから、わたしの専属騎士になって横に並ばれると、ぜったい顔とか比べられちゃうよねぇ~。あ~、ほんとブルーだわぁ~。あの人って、ある意味オンナの敵だよね、マジで……。――って、うん?」


 シャーロットは不安をごまかすようにグチをこぼしながら、何気なく地上に目を落とした。すると、遠くにたたずむ教会の方から、ソフィア寮に向かってまっすぐ歩いてくる2人の少女の姿が見えた。長い黒髪を頭の後ろで結わえた少女と、金色の髪を頭の左右で短い房にした少女だ。


「はて……? 見かけない格好だけど、もしかして、新入生かな……?」


 シャーロットは2人の少女を遠目に眺めて小首をかしげた。2人とも、王立女学院の制服を着ていなかったからだ。さらに、その少女たちの服装がはっきりと見えたとたん、シャーロットは困惑顔で眉を寄せた。2人とも腰に剣らしきものをげていて、まるで冒険者アルチザンのように見えたからだ。


 すると、ソフィア寮東棟の玄関前にいた3人の女性も、近づいてくる2人の少女に気づいて体を向けた。それは、花の水切りに使った道具の後片付けをしていた寮監りょうかんのシスタールイズと、寮長のカリーナ、副寮長のアンナだった。


「ああ、シスタールイズが出迎えるってことは、やっぱり新入生なんだ……」


 穏やかな様子で言葉を交わし始めたシスタールイズと黒髪の少女を、シャーロットは何気なく見下ろした。しかし次の瞬間、愕然がくぜんと目を剥いた。黒髪の少女がいきなり腰の剣を抜き放ち、シスタールイズの首を斬り飛ばしたからだ。


「……えっ!?」


 シャーロットは一瞬、何が起きたのかわからなかった。


 しかし、シスタールイズの体が血を噴き出しながら大地に倒れた瞬間、シャーロットの体は恐怖で震え上がった。するとカリーナとアンナも恐怖ですくみ上がり、腰が抜けたようにへたり込んだ。その2人の姿を見たとたん、シャーロットは反射的に声を張り上げた。


「にっ! にげてぇーっ! カリーナさんっ! アンナさんっ! いますぐにげてぇーっ!」


 そのシャーロットの声が響いた直後、カリーナとアンナと見知らぬ2人の少女は、一斉にシャーロットの方に顔を向けた。すると、シャーロットと目が合ったカリーナの口がわずかに動いた。おそらくシャーロットの名前を呟いたのだろう――。そのカリーナの呟きを耳にした黒髪の少女は、シャーロットを見上げたままうなずいた。そしてすぐに、カリーナの胸に剣を突き立てた。


「なっ……!?」


 その光景を目にしたシャーロットは絶句した。


 同時にアンナの悲鳴がソフィア寮に響き渡った。さらにアンナは狂ったように泣き叫びながら、血を流して地面に倒れたカリーナに抱きついた。すると黒髪の少女は、アンナの背中にも剣を深々と突き刺した。


 とたんにアンナの悲鳴はピタリと途絶え、辺りは何事もなかったかのように静まり返った。そしてアンナとカリーナは、重なり合って息を止めた。


「な……なんで……なんでこんな……」


 シャーロットは思わずふらふらとあとずさった。その体は恐怖で震え上がり、頭の中は真っ白になっていた。だからシャーロットはほとんど本能で部屋に戻り、廊下に向かって駆け出した。しかし膝が震えてしまい、前のめりに転んでしまった。


「あっ! 足がっ! なんでっ! うごいてっ!」


 シャーロットは慌てて自分の膝をこぶしで叩き、何とかよろよろと立ち上がる。そしてふらつく足でドアに向かったが、その瞬間――床から大きな石の壁がせり上がり、シャーロットの視界からドアが消えた。


「えぇっ!? なっ!? なにこれっ!?」


 シャーロットは仰天しながら駆け寄って、石の壁を何度も叩いた。しかし、ドアを覆い隠した分厚い石はビクともしない。まるで元からそこに生えていたかのように、石の壁は床と完全に同化していた。


「うそっ!? なんで!? どういうことっ!?」


「――ムダよ」


「えっ!?」


 出口がなくなって動転していたシャーロットは、不意に背後から聞こえてきた声に度肝を抜かれながら振り返った。すると、さっきまでいたベランダに2人の少女が立っていた。たった今、シスタールイズとカリーナとアンナを無残に殺害した黒髪の少女と、その連れの金髪少女だ。


「なっ! なんでっ!? ここ3階なのにっ! どうやって!?」


「――それはもちろん、空を飛んできたんだよぉ~ん。ビックリした? ビックリしたっしょ」


 驚き慌てるシャーロットを見て、金髪の少女が青く光る刀を軽く振りながらニコリと笑った。同時に黒髪の少女は緑色に光る刀を鞘に収め、部屋の中に入ってきた。


「……あんたがシャーロットってヤツね?」


「な、なんでわたしの名前を知ってるの……?」


 淡々と訊いてきた黒髪の少女に、シャーロットはおずおずと訊き返した。しかし黒髪少女はその質問を聞き流し、部屋の中を見渡しながらさらに言った。


「だったらさぁ、この部屋にネインってヤツが住んでるでしょ。ネイン・スラート。そいつは今どこにいんの?」


「えっ……? ネ、ネインくん? なんでネインくんをさがしているの……?」


「ん~、ひと言で言えば、かたき討ちかな。どうやらそのネインってヤツが、私の仲間を殺したみたいなんだよね」


「ええっ!? こっ! 殺したっ!?」


 淡々と答えた黒髪少女の言葉に、シャーロットは驚愕のあまり思考が一瞬停止した。事態があまりにも急展開すぎて、理解が追いつかなかったからだ。すると黒髪少女はシャーロットの顔を見つめながら、不思議そうに首をかしげた。


「なに、あんた。もしかして、何も知らないの?」


「し、知らないってなんのこと!? というか、あなたたちはいったいなんなのっ!?」


「だから、ネインってヤツを捜しに来たんだけど」


「いや、ネインくんを捜しにって……そうじゃなくてっ! そうじゃないでしょっ!」


 シャーロットはいきなり黒髪少女をにらんで吠えた。黒髪少女と話しているうちに、シスタールイズとカリーナとアンナを殺された恐怖が、不意に怒りとなって沸騰したからだ。


「あんたたちはいったいなんなのよっ! なんでシスタールイズとカリーナさんとアンナさんを殺したのよっ! なんでおんなじ人間なのにっ! あんなひどいことを平気な顔でできんのよぉーっっ! この人でなしぃーっっ!」


 シャーロットはあらん限りの声を振り絞って怒鳴った。しかし、部屋中に響き渡ったその大声を黒髪少女はさらりと受け流し、感情を消した顔で言い返す。


「……べつに。特にひどいことをしたつもりはないんだけど。ネインとあんたの部屋がどこにあるか質問したら、あの3人は素直に答えてくれなかった。だから殺した。それだけだけど、何か文句ある?」


「そ……それだけって……」


 シャーロットは思わず唖然あぜんとして言葉が出てこなかった。黒髪少女が口にした言葉の意味はもちろんわかるが、どうしてそんな思考ができるのかまるで理解できなかった。すると黒髪少女は肩をすくめて話を続けた。


「まあ、いいわ。ネインが何をしたのか知らないってことは、あんたは私たちの敵じゃないってことなんでしょ。だったら、あんただけは見逃してあげる。だからネインの居場所をさっさと教えなさい。言っとくけど、今さらトボけてもムダよ。ネインがあんたと同じ部屋で生活していることは、メナってヤツからちゃんと聞いてきたんだから」


「えっ? メナちゃん……?」


 メナの名前を聞いたとたん、呆然としていたシャーロットはハッと我に返った。そして、胸の奥で急速に渦巻き始めた不安を抑えながら、おそるおそる口を開いた。


「あんたたち、メナちゃんになにかしたの……?」


「べつに。あの子もこっちの質問に素直に答えなかったから、拷問ごうもんして情報を引き出した。そんなの当然でしょ」


 その瞬間――シャーロットは限界まで目を見開いた。


「え……? な……なに……? 拷問って、うそでしょ……? そんなの……うそでしょ……?」


「はあ? なんであんたに嘘つかなきゃいけないのよ」


 黒髪少女は不愉快そうに顔をしかめながら、自分の腹を指さした。


「あのメナって子はかなり頑固だったけど、ジャコンさんが召喚したヤツらにら、けっこうあっさりゲロったわよ。まあ、と同じ方法で両親を殺すっていうおどしが一番効いたみたいだったけどね」


「――ほんとだよねぇ~。あれはけっこうグロかったよねぇ~」


 不意に、黒髪少女の後ろに立っていた金髪少女が口を挟んだ。


「あんなものすごい拷問されたら、誰だって素直にしゃべっちゃうでしょ。あの子なんて最後の方、血とおしっこを垂れ流しながら頭が完全に狂ってたからねぇ~。ネインさぁ~ん、シャロちゃぁ~ん、ごめんなさぁ~い――って、もうそれしか口にしないんだもん。ほーんと、人間ってけっこう簡単にぶっ壊れるんだねぇ~」


「な……なにそれ……? 最後の方って、それ、どういうこと……? あんたたち、まさか、メナちゃんを……」


「そんなもん、もちろん殺したに決まってるじゃない」


 血の気が失せた顔で呆然と訊いたシャーロットに、黒髪少女は当然といった顔で答えた。


「内臓を食いまくられて体中に穴が開いたら、もうどうやっても助からないでしょ。だからひと思いに殺してあげたの。その方が親切ってもんだからね。あんたもそう思うでしょ?」


「ふ……ふざけんなぁーっっ!」


 その瞬間、シャーロットは絶叫した。さらに瞳の中に怒りの炎を燃やしながら両目をつり上げ、黒髪少女に飛びかかった。


 しかしその直後、黒髪少女は逆に鋭く1歩踏み込み、シャーロットの腹にこぶしを素早く叩き込んだ。その強烈な一撃でシャーロットは床に倒れ、あまりの激痛に涙を流しながら動きを止めた。


「……ふざけんなって、それはこっちのセリフなんだけど」


 黒髪少女は石の床に膝をつき、悶え苦しんでいるシャーロットを淡々と見下ろした。


「あんたさぁ、いま私に飛びかかってきたのは、友達を殺されて頭にきたからでしょ? 怒りに任せて飛びかかって、私をぶっ殺そうとしたんでしょ? だったらさぁ、私の気持ちもわかるでしょ。あんたが失ったのはメナって子1人だけど、こっちは大事な仲間を5人も殺されてんのよ。だからもう、気が狂いそうなほど頭にきてんの。今のあんたと同じように、怒りに任せて犯人をぶっ殺したいわけなのよ」


 そう言って黒髪少女はシャーロットの髪をつかみ、自分の目の前まで引き上げた。


「だから、犯人を捜すためにメナって子を拷問したの。そしたら、ネインってヤツがうちの仲間を殺したってわかったわけ。だからさぁ、さっさとネインの居場所を教えてくんない?」


「だれが……いうもんか……」


 シャーロットは苦痛に顔を歪めながら、黒髪少女をにらみつけた。


「ネインくんは……わたしの仲間なんだから……。わたしの大事な仲間なんだから……。あんたみたいな悪い人には、ぜったいに教えない……。殺されたっていうもんか……」


「あっそ。じゃあ、仕方ないか――」


 黒髪少女はシャーロットの頭を床に落として立ち上がった。そして不気味な緑色に光る刀を引き抜き、シャーロットの目の前に突きつけた。


「これは昨日聞いたばかりの雑学なんだけどさぁ、人間の体で一番痛みを感じるのは歯の根元なんだって。だから今から、あんたの歯茎にこの刀を突き刺す――。たぶん奥歯をごっそりえぐり出すことになると思うけど、まあ、死ぬ覚悟があるんならそれぐらい平気でしょ。それと、しゃべりたくなったら左手を上げてね。そしたらすぐにめてあげるから」


「なっ……!?」


 その言葉を聞いたとたん、シャーロットの体はビクリと震えた。淡々と言い放った黒髪少女の声には何の迷いもなかったからだ。


 やると言ったら必ずやる――。黒髪少女の言葉には、そんな不動の意志が込められていた。だからシャーロットは心の底から恐怖を感じ、床に尻をつけたままあとずさった。しかしすぐにドアをふさいだ石の壁に背中がぶつかり、どこにも逃げ道がなくなった。


「それじゃ、最後にもう1度だけ訊くけど、ネインはどこにいるの?」


「ぜ……ぜったいに教えないんだからっ!」


 再び淡々と尋ねた黒髪少女に、シャーロットは声を張り上げて言い返した。すると黒髪少女は呆れたように肩をすくめ、刀を逆手さかてに持ち替えた。そして瞳の中に冷たい殺気を宿しながら、シャーロットの方に歩き出した。


 しかし、その次の瞬間――。


 いきなり石の壁が爆発し、何かが部屋の中に猛烈な勢いで飛び込んできた――。





***



・あとがき


本作品をお読みいただき、まことにありがとうございます。


参考までに、明日の投稿時間をこの場に記載いたします。


引き続きご愛読いただけますよう、どうぞよろしくお願いいたします。


2019年 1月 27日(日)


第99話 01:05 押し寄せる狂気――その2

第100話 08:05 襲いかかる正義――その1

第101話 13:05 襲いかかる正義――その2

第102話 18:05 闇に立ち向かう3つの光――




記:2019年 1月 10日(木)

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