第84話  錬金術師の最高の日――ザ・デイ・オブ・スーパーハッピー


 薄い曇り空の下、石畳の道を小柄な少女が歩いていた――。


 それは茶色い髪を2つのお下げに結ったメナ・スミンズだった。たけの長い白衣を羽織ったメナは、人通りの少ない住宅街の通りをゆっくりと進みながら、何やらぶつぶつと呟いていた。


「……やっぱり問題はケーキですよねぇ。定番のオレンジケーキと、ブラウン・チーズケーキと、チョコレート・シフォンケーキはもう出してしまいましたから、今度の土曜日はなんのケーキにしましょうかぁ……。アムちゃんはケーキならなんでも好きって言ってましたけど、ゴマのクリームケーキはわたしがあんまり好きじゃないんですよねぇ……。というか、ゴマを好んで食べる人なんて滅多にいないとおもうんですけど、なんであんなケーキが売ってあるのか理解に苦しみますが、それはまぁこの際どうでもいいとして、とにかくなんのケーキにするか、すっごく悩んでしまいますぅ……」


 メナはあごに手を当てて真剣な表情で考え込みながら、ひたすらまっすぐ歩いていく。すると不意に、誰かがメナの背中に声をかけた。


「――メナさん? どこに行くんですか?」


「ほえっ?」


 名前を呼ばれたことに気づいたメナは、ピタリと足を止めて振り返った。そして声の主を見たとたん、パッと顔を輝かせた。


「あっ! ネインさん!」


 それは黒いハーフマントを羽織ったネインだった。メナは思わず飛びつかんばかりに駆け寄って、ネインの腰に抱きついた。


「おかえりなさいですぅ、ネインさぁん」


「えっと……はい、ただいま戻りました」


 ネインは一瞬キョトンとして、それからわずかに苦笑した。つい先ほどカイヤのワインショップに顔を出した時、ユルメが同じように飛びついてきたことを思い出したからだ。そして、9歳のユルメと18歳のメナがそっくりに見えてしまい、それが少し面白かった。


「それで、メナさんはどこに行くつもりだったんですか?」


「わたしは研究院での調べものが終わったので家に帰るところですぅ。ネインさんもよかったら、うちにきませんかぁ? あのコインのこともお話ししたいですし」


「ええ。オレもそのつもりで来たんですけど……でも、メナさんの家はあそこですよね?」


 そう言いながら、ネインは斜め後ろを指さした。その瞬間、メナはパチパチとまばたいて、周囲をキョロキョロと見渡した。それでようやく、自分の家の前を通り過ぎていたことに気がついた。


「あぅ~、もしかしてわたし、またやっちゃいましたかぁ~」


「やっぱりそうでしたか。だったら、声をかけて正解でしたね」


「すいませぇん。お手数をおかけしましたぁ~」


 メナはネインを見上げて照れくさそうに微笑んだ。そしてすぐに道を引き返して家に入り、ネインを居間に案内した。するとネインは手にげていた紙の包みをメナに差し出した。


「土産ではないんですが、ケーキを買ってきましたのでよかったらどうぞ」


「えぇ! やったぁ~っ! ありがとうございますぅ~」


 メナは紙に包まれたケーキを受け取り、これ以上ないほどの満面の笑みでお礼を言った。


「それじゃあすぐにお茶の用意をしてきますので、少しだけお待ちくださぁい」


「どうぞ、おかまいなく」


「いえいえ、全力でおかまいさせていただきますですぅ~」


 ほとんど強引にネインを椅子に座らせたメナは、咲き誇る花のように微笑んだ。それから軽い足取りで台所へと向かい、鼻歌を歌いながらお茶の準備に取りかかった。そしていそいそと2人分の皿を用意して、ネインにもらった紙包みを開けたとたん、メナの鼻歌がピタリと止まった。


「うわぁ……ゴマのクリームケーキだぁ……」


 メナは瞳の中に北風を宿したまま、しばらくのあいだ体が凍りついていた。


 そしてそのまま人形のように黙々とホールケーキを切り分けると、ネインの皿には山のように盛り付けて、自分の皿には芸術的な薄さに切ったケーキの下に砕いたクッキーを敷き詰めて見た目を誤魔化した。


 そうして粉飾ふんしょく作業をとどこおりなく完了させたメナは、ニッコリと微笑みながらお茶とケーキを居間に運び、何も気づかないネインと一緒に、ゴマのクリームケーキを美味しそうに平らげた。


「……このケーキはなかなか美味しかったですね」


「そ、そうですねぇ、とってもおいしかったですぅ~」


 ネインがケーキをほめたとたん、メナは微笑みながらわずかに視線を横にずらした。


「ネインさんはもしかして、ゴマがお好きなんですかぁ?」


「はい。黒ゴマが好きなので、だいたいいつも持ち歩いています」


「そ、そうなんですかぁ~。たしかに黒ゴマってすっごくおいしいですよねぇ~。わたしも黒ゴマはだいすきですぅ~」


「そうですか。それなら、よかったらこれもどうぞ」


 そう言って、ネインは腰に下げていた小さな革袋をメナの前に差し出した。メナはやはりニコニコと微笑みながら、おそるおそる革袋を開けてみる。すると中には黒ゴマがギッシリと詰まっていた。


「ど、どうもありがとうございますぅ~。わぁ~い、すっごくうれしいですぅ~」


 メナは思わず引きつりそうになった顔面を全力で笑顔に固定しながらお礼を言った。そして両手でカップをつかみ、顔を隠すように茶を飲んだ。すると再びネインが何か小さなモノを取り出して、メナの前にそっと置いた。


「――それと、これも余ったので受け取ってください」


「ぶほぉっ!」


 その瞬間、メナは鼻から茶を噴き出した。さらに、激しくむせ返ったまま椅子から転げ落ち、床の上で四つん這いになりながら慌てて呼吸を整えた。


「だ、大丈夫ですか?」


 ネインは一瞬パチクリとまばたいて、すぐにメナのそばに膝をついた。


「だっ、だいじょ……だいじょうぶですぅ……。お騒がせしてすいませんでしたぁ……」


 メナは白衣の袖で口元を拭い、ふらふらと立ち上がって椅子に戻った。そしてネインがテーブルに置いたモノを改めて見つめながら、ゴクリと唾をのみ込んだ。


「これって……カエンドラの瞳ですよね……」


「はい。雨の魔女には1つでじゅうぶんみたいだったので、2つ余ってしまいました」


 ネインも再び椅子に座り、テーブルの上でオレンジ色に輝く特殊魔法核エクスコアを眺めながら口を開いた。


「残りの1つは世話になっている貴族に渡すつもりですので、メナさんも遠慮なく受け取ってください」


「ということは、魔女さんとは希望どおり、専属契約を交わすことができたということですかぁ?」


「いえ。少し面倒な条件を出されてしまいましたので、それをクリアするまではおあずけです」


「そうですかぁ……。でも、そしたらなおさら、こんな高価なものをいただくわけには……」


 メナはおそるおそる手を伸ばし、カエンドラの瞳をそっとつまんだ。そして目の前まで近づけてじっと見つめると、次第に動悸どうきと息切れと目まいがしてきた。


(どっどっどっど、どうしましょう……。これはちょっとやばいですぅ。ほんとにかなりやばすぎですぅ。だってこれって、1個売れば小さな国が買えちゃうんですよ? 一生どころか1000年ぐらい遊んで暮らせちゃうんですよ? もしもそんなお金が手に入ったら、頭が変になっちゃうかもしれませぇん。だって朝・昼・晩の主食がケーキで、デザートもケーキにできちゃうなんて、まるで夢のような最高すぎる人生じゃないですかぁ……)


「――それはさすがにケーキの食べ過ぎだと思いますけど」


「ハゥワッ!?」


 不意にネインがクスクスと笑い出したので、メナは慌てて口を押さえた。


「も……もしかしてわたし、口に出ちゃっていましたかぁ……?」


「ええ、少しだけ」


「うきゅ~……お恥ずかしいところをお見せしましたぁ……」


 メナは顔を真っ赤にして、頭の上の犬耳を両手で押さえて背中を丸めた。


「大丈夫です。べつに恥ずかしいことではありませんから。それよりメナさん。ゲートコインの方は、何かわかりましたか?」


「あっ! そ、そうでしたぁ~」


 ネインに訊かれたメナは、ハッと我に返って立ち上がった。そしてすぐに壁際の机から、白銀のコインをのせた小さなトレーを持ってきた。


「えっとぉ、それではまず結論から報告しますとぉ、このコインは北方大陸ハイバインの、神聖アマリス帝国で作られたものとみて間違いないとおもいますぅ」


「えっ? もう生産地がわかったんですか?」


 メナの言葉を聞いたとたん、ネインは思わず目を丸くした。コインの分析を頼んではいたが、もっとも知りたかったゲートコインの生産地を、こんな短期間で特定してもらえるとは思ってもいなかったからだ。


「まぁ生産地がわかっても、それ以外についてはまだ詳しくわかっていませんので、お恥ずかしい限りなんですがぁ」


「いえ。コインに込められている魔法にも興味はありますが、一番知りたいのはコインを生産している場所です。そこは間違いなく異世界種アナザーズたちの拠点ですから」


「そうですかぁ。それでしたらたぶん、場所を絞り込むことはできるとおもいますけどぉ」


「えっ? 本当ですか?」


「はぁい。えっとですねぇ――」


 メナは足元に積んであった本を一冊手に取って、ネインの前で広げてみせた。そのページには神聖アマリス帝国の大まかな地形図が描かれていて、メナは中央南部にある1つの都市を指さした。


「ここがアマリス帝国の首都、帝都アルダです。そしてここから北東にいったところにシムリウムの採掘地があるんですが、このゲートコインはほぼ間違いなく、ここで採掘されたシムリウムで作られています。それでですねぇ、たしかこのコインは、かなり大量に作られているんですよね?」


「はい。異世界種アナザーズは1人につき1枚は持っているみたいなので、かなりの枚数が作られていると思われます」


「だとしたらやはり、この採掘地の近くじゃないでしょうかぁ」


 メナはシムリウムの採掘地を囲むように、指で円を描いてみせた。


「このゲートコインは高純度のシムリウムで作られていますので、かなり大量の原石が必要になるとおもいます。そんな量の原石を遠くまで運ぶのは、現実的に考えるとちょっとムリがありますので――」


「採掘地の近くでコインに加工している――ということですか」


「そういうことだとおもいますぅ」


 興味深そうに地形図を見ているネインに、メナは微笑みながら言葉を続けた。


「まぁ、やろうとおもえば馬車や船を使って、いくらでも遠くに運ぶことはできますけどねぇ。でも、それならそれで、大量の原石を運ぶ馬車の行き先を調べれば、コインに加工している場所を見つけることができるとおもいますぅ」


「なるほど……。それはたしかにそうですね……」


 ネインは本のページを眺めながら納得顔でうなずいた。


「ありがとうございます。今の情報はかなり役に立ちそうです」


「そうですかぁ。ネインさんのお役に立てたのなら、わたしもすごく嬉しいですぅ~」


 メナは思わず胸の前で手を組んで、幸せそうに微笑んだ。


「それでですねぇ、コインに込められている魔法の分析には、まだちょっと時間がかかりそうなんですが、もう少しお時間をいただいてもよろしいでしょうかぁ?」


「はい、もちろんです。引き続きよろしくお願いします」


 ネインはメナに軽く頭を下げて、本のページをそっと閉じた。そして新しい一歩を踏み出した手応えを胸の中で感じていた。なぜなら、メナはゲートコインの生産地についてあまり関心がない様子だが、ネインにとってはそれこそが最重要の情報だったからだ。


(これは予想以上の収穫だ。やはりメナさんに頼んで正解だったな――)


 ネインは、期待以上の結果を出してくれたメナの知識と能力に心から感服した。そこで、今現在抱えている問題についても相談してみようと思いつき、メナを見つめて話を切り出した。


「そういえば、たしかメナさんはソフィア・ミンス王立女学院の生徒だったんですよね?」


「ほえ?」


 ネインが唐突に話題を変えたので、メナはパチクリとまばたいた。


「えっとぉ、たしかに2年前まではあそこの生徒でしたけど、それがどうかしましたかぁ?」


「でしたら、少し相談したいことがあるんですが、いいでしょうか」


「それはもちろん、わたしでよければなんでも相談してくださぁい」


 ネインに相談を持ち掛けられたメナは、軽くテーブルに身を乗り出してうなずいた。ネインは再び礼を口にして、メナをまっすぐ見つめながら話を始めた。


「実は雨の魔女に出された条件のことなんですが、その女学院のソフィア寮にあるすべての部屋に、魔法陣を刻むように頼まれたんです」


「えっ? あの寮にですかぁ? なんで魔女さんが、あの寮にそんなことをするんでしょうか?」


「理由はわかりませんが、オレの知り合いの推測だと、おそらく何らかの魔道具を探すためではないかと思われます」


「あ~、そういうことですかぁ~」


 ネインの言葉を聞いたとたん、メナはに落ちた表情で何度もうなずいた。


「たしかにあの寮には、『ブルーソフィア』が隠されているという噂がありますから、きっと魔女さんの狙いはそれですねぇ~」


「ブルーソフィア? それは魔道具なんですか?」


「はぁい。ブルーソフィアというのは、あの学院を設立した大賢者ソフィア・ミンスが作った大魔道具のことですぅ。一部の学者の間では『至宝錬金しほうれんきん』とか『錬金至宝具れんきんしほうぐ』ともいわれていますねぇ」


「至宝錬金……それはかなりすごそうな魔道具ですが、どんな魔法が込められているんですか?」


「それがじつは、よくわからないんですぅ~」


 メナは冷めたお茶を飲み干して、小さな息を吐き出した。


「なんでも、使い方次第ではかなり危険な魔道具といわれているんですが、そういった危険性の高い魔道具の情報は、閲覧えつらんが厳しく規制されているんですぅ。だから、この国でブルーソフィアのことを詳しく知っているのは、王立研究院の名誉教授イメラタスぐらいしかいないんですぅ」


「なるほど、そういうことですか……。ですが、独自の情報網を持つ魔女なら、そのブルーソフィアの能力を知っている可能性はありそうですね」


「そうですねぇ。力のある魔女さんは何百年も生きているという話ですから、むしろ知っていて当然かもしれませんねぇ~」


 メナはアマリス帝国の地形図が描かれた本を再び足元に戻した。それからわずかにニヤリと笑い、ネインを見つめて口を開いた。


「それでつまりネインさんのご相談は、ソフィア寮に入る方法を探している――ということでいいんですよね?」


「はい、実はそうなんです。ただ、あそこは男子禁制で警備も厳しいという話なので、メナさんに知恵をお借りしようと思ったんです」


「わっかりましたぁっ! そぉいうことならまかせてくださぁいっ!」


 ネインがわずかに困った表情で答えたとたん、メナがいきなり小さなこぶしで胸を叩いた。しかも部屋中に響き渡る大きな声を張り上げたので、ネインは思わずパチパチとまばたいた。


「……え? 何かいい方法があるんですか?」


「はぁい! もぉカンペキですぅ! これ以上ないほどカンペキすぎですぅ!」


 ネインが訊くと、メナはすぐさま立ち上がり、階段に全力ダッシュして2階に駆けのぼっていった。そして何やら大きな物音が響いた直後、メナは何かを胸に抱きしめて、ネインの前に駆け戻ってきた。


「その答えはぁ――これですぅ! もぉこれしかありませぇんっ!」


「こ……これはまさか……」


 メナは最高の笑顔でネインを見つめながら、手にしたモノを広げてみせた。そのとたん、ネインは思わず絶句した。そしてポカンと口を開けたまま、目の前に突きつけられた現実を見つめ続けた。




 それから数時間ほどでネインとメナは計画を練り上げた。そしてネインがメナに別れを告げて外に出ると、夕暮れの空にはすでに夜の気配が漂っていた。


 ネインを見送るために小さな前庭まで出てきたメナは、赤から紫に変わりつつある夕焼けにさびしそうな目を向けた。それからネインをまっすぐ見つめて声をかけた。


「それではネインさん。あとはわたしの方でやっておきますね」


「はい。お手数ですがよろしくお願いします」


「それと……」


 ネインが軽く頭を下げると、メナはおもむろに両手を差し出した。その手のひらの上には、オレンジ色に輝く特殊魔法核エクスコア――カエンドラの瞳があった。


「やっぱり、こんな高価なものをいただくわけにはいきませんので、お返しします」


 しかしネインはカエンドラの瞳を受け取らず、真剣な顔で口を開いた。


「……すいません。オレの言い方が悪かったみたいですね」


「ほえ? それはいったいどういう意味でしょうか……?」


 ネインが不意に手のひらを向けてきたので、メナは思わず首をかしげた。するとネインは両手でメナの小さな手をそっと包み、カエンドラの瞳を握らせながら言葉を続けた。


「オレは昔、何も持っていませんでした。親も、金も、力もない、弱い子どもだったんです。だから自分の道を進むために、ずいぶんと長い時間がかかりました」


「ネインさん……?」


 メナは思わずキョトンと首をかしげたが、すぐにハッと気づいて奥歯を噛みしめた。自分を見つめるネインの瞳が悲しそうに揺らいだからだ。そしてネインの秘めた想いが、優しく包む手から伝わってきたような気がしたからだ。


「メナさんの実家は貴族なので金も力もあると思います。そしてメナさん自身も知恵という強い力を持っています。だけどその力を磨くためには、さらに特別なものが必要だと思います。だからオレは、このカエンドラの瞳をメナさんに渡したいと思ったんです」


「あぁ……そういうことですかぁ……」


 その言葉で、メナはネインの真意をようやく理解した。つまりネインは、メナの背中を後押あとおししたいと言っているのだ。研究の道を進むメナのさらなる成長のために、カエンドラの瞳を使ってほしいとネインは言っているのだ。だからメナは、思わず涙が出そうになるほど嬉しかった。しかし――。


「で、でも、これを売ればかなりのお金になるはずです。そしてそのお金があれば、ネインさんの目的も早く実現するとおもいますけど……」


「金ならすでにじゅうぶんすぎるほど持っているので大丈夫です。今のオレに必要なのは金やモノではなく、信頼できる仲間なんです」


 ネインは瞳に力を込めてメナを見つめた。


「知り合ってまだ日は浅いですが、メナさんはきっと素晴らしい研究者になると思います。そしてオレはそんなメナさんに、これから先もいろいろ相談したいと思っています。だからこのカエンドラの瞳は、その相談料として受け取ってください」


「これから先も……ですか?」


「はい」


 呟くように訊き返したメナに、ネインは力強くうなずいた。だからメナも、真剣な表情で語ったネインをまっすぐ見上げて、瞳をうるませながらうなずいた。


「わ……わかりましたぁ……」


 ネインは信頼できる仲間が必要だと言った。そしてこれからもメナに相談したいと口にした。その心のこもった言葉がメナにはとても嬉しかった。そこまで頼りにされているということが、心が震えるほど嬉しかった。もうこれ以上の幸せは考えられないほど幸せだった。だからメナは覚悟を決めた。ネインの想いを受け止めて、ネインを支えられる研究者になることを心に誓った。だからメナはカエンドラの瞳をしっかりと握りしめ、もう1度うなずいた。


「それではこれは、ありがたく受け取らせていただきます」


「オレの方こそ、ありがとうございます」


 ネインはメナに頭を下げた。そしてすぐに別れを告げて、メナの前から立ち去った。メナはその場に立ち尽くし、遠ざかっていくネインの背中を見えなくなるまで見送った。


「あう~、どうしましょ~。これはもう、ぜったいに運命の出会いですぅ~」


 夕暮れの紫色に染まった空の下で、メナは顔を赤くしながら照れくさそうに呟いた。それから小さなこぶしを握りしめ、気合いを入れてうなずいた。


「よぉ~しっ! それじゃあ早速、ゲートコインの分析に取りかかりますよぉ~」


 メナは力のこもった声で自分に言い聞かせ、白衣の裾を颯爽さっそうとひるがえして振り返った。そして意気揚々いきようようと歩き出し、家の中に戻っていった。



 その直後――。


 メナの家の角から、1人の男が音もなく姿を現した。黒縁メガネをかけた中年の男だ。男は夕闇の中にたたずんだまま、閉じたばかりの玄関ドアをじっと見つめる。そして瞳の中に鋭い光を宿らせながら、低い声で呟いた。


「メナ・スミンズ……。ゲートコインを知っているということは、こいつが俺たちの敵ということか……」


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