第81話  土曜日のこむずかしいお茶会――レッドパラソル&シークレット・プリンセス その2


「へぇ。それじゃあアムちゃんは、クルースさんのお手伝いをしてるんだぁ~」


 アムと知り合った経緯いきさつをメナから聞いたシャーロットは、思わず感心した声を漏らした。


「わたしより若いのに警備軍のお仕事を手伝うなんて、アムちゃんはすごいんだねぇ~」


「まあな」


 シャーロットから尊敬のまなざしを向けられたアムは、車椅子の上でふんぞり返りながらケーキをパクリと一口食べた。


「我とネンナはクルースの家で寝泊まりしているからな。食費分くらいは知恵を貸してやろうと思っただけだ」


「そうなんだぁ。でもそうすると、アムちゃんとクルースさんは兄妹きょうだいじゃないってこと?」


「うむ。ただの親戚だ」


 アムは淡々と答え、空になった皿にフォークを置いた。


「まあ、厳密にいうと、血のつながりはないけどな」


「でも、一緒の家に住んでいたら、それはもう家族だよねぇ」


「たしかに、多くの時間をともに過ごせば家族といえないこともない。そう考えると、クルースは出来の悪い弟というところだな」


「あはは。アムちゃんの方がお姉さんなんだぁ」


「当然だ。クルースはまだまだ未熟で――」


 軽く笑い声を上げたシャーロットにアムがうなずいたとたん、不意に窓の外から激しい音が響いてきた。何か硬いものが何度もぶつかり合うような重たい音だ。それで、テーブルを囲んでいたアムとメナ、そしてシャーロットとネンナは思わず小首をかしげながら窓の方に顔を向けた。


「ずいぶんと騒々しいな。ネンナ。ちょっと様子を見てこい」


「かしこまりました、お嬢様」


 ネンナはすぐに立ち上がり、窓に近づいて外を眺めた。そのとたん、もう1度首をかしげた。


「どうやらクルース様が、誰かと剣の稽古けいこをしているようです。ですが……」


「どうした」


「お相手が、コバルタス家のクレア様かと」


「なに? クレア・コバルタスだと?」


 窓際に立ったまま報告したネンナを見て、アムは思わず訊き返した。そのとたん、シャーロットはビクリと肩を震わせて、気まずそうな顔でうつむいた。


青蓮せいれん騎士団の団長が、なぜメナの家の前でクルースと剣の稽古をしているのだ?」


「理由はわかりません。ですが、クレア様はシャーロット様と同じ制服をお召しになっていらっしゃいます」


「あの男勝りの女騎士が学生服だと? ますますわけがわからんな」


「え~? 騎士団の団長さんが学院の制服を着ているんですかぁ? それはぜひとも見てみたいですぅ~」


 アムが困惑顔で眉を寄せたとたん、メナが勢いよく立ち上がり、興味津々の顔付きで窓際に駆けていった。しかしシャーロットだけは気まずい顔のまま背中を丸め、ちびちびとハーブティーをすすっている。


「うわぁ~! なにこのひとぉ~! すごいですぅ~! ものすごい美人さんですぅ~! シャロちゃんも見て見てぇ~!」


「そ、そうなの?」


 メナに猛烈な勢いで手招きされたシャーロットは、素知らぬ顔で窓際に足を向けたが、内心では完全に焦りまくっていた。おしゃべりに夢中になってクレアの存在をすっかり忘れていたうえに、まさかアムとネンナがクレアの正体を知っているとは夢にも思っていなかったからだ。


「うわー、ほんとだー、すっごくきれいな人だねー」


「でしょ~? わたし、こんな美人さんを見たのは初めてですぅ~」


 剣のさやでクルースと戦っているクレアを見て、シャーロットは平坦な声で感想を口にした。しかしメナはシャーロットの棒読み口調に気づくことなく、目を輝かせてクレアを見つめている。そしてメナとシャーロットの背後では、アムとネンナが視線を交わし、無言でうなずき合っていた。


「いやぁ~、世の中にはあんなにきれいな人もいるんですねぇ~」


 なりふりかまわず戦う姿すら美しいクレアをたっぷりと眺めて満足したメナは、再びテーブルに戻ってお茶を飲んだ。シャーロットも何食わぬ顔でメナの隣に腰を下ろしたが、胸の中ではクレアについて質問されないかとドキドキしていた。だからシャーロットは、何とか話題を逸らしたいと思いながら周囲を見渡したのだが、そのとたん、何かきらりと光るものが目についた。


「ねぇ、メナちゃん。あれはなに?」


「ほえ?」


 シャーロットが不意に壁際の机を指さしたので、メナはキョトンとしながら目を向けた。そして観察台の上に置いてある白銀のコインを見て、「ああ」と軽い声を漏らした。


「あれはいま分析中のコインですぅ」


「へぇ、そうなんだぁ。なにか貴重なコインなの?」


「ちょっとある人に頼まれて分析しているので、あまり詳しいことは話せないんですがぁ――」


 メナはおもむろに立ち上がり、小さなトレーにのせたコインをテーブルまで持ってきた。


「じつはですねぇ、このコインには何らかの魔法の力が込められているみたいなんですぅ」


「ということは、魔道具ってこと?」


「分類的にはそうなりますねぇ~」


「ふ~ん。でも、なんだかすごくきれいなコインだねぇ~」


 シャーロットは目の前に置かれたコインを興味深そうにまじまじと見つめた。魔道具を目にする機会なんて滅多にないし、お世辞抜きで本当に美しいコインだったからだ。


「これ、触っても大丈夫なの?」


「はぁい。なんの問題もありませぇん」


 メナのお墨付きをもらったシャーロットは、コインを指先でつまみ上げた。すると、普段使っている金貨や銀貨よりもずっしりとした重みが感じられる。さらに、片面には山の模様、もう片面には何かの花の模様が精巧に刻まれていて、見るからに高級感が伝わってくる。


「なんだかものすごく価値がありそうなコインだけど、この金属ってなんだろ? 白銀のコインなんて初めて見たんだけど」


「それはですねぇ、ほとんど流通していないのですがぁ――」


「シムリウムだな」


 シャーロットの疑問にメナが答えようとしたとたん、それまで黙って聞いていたアムが横から口を挟んだ。


「さすがアムちゃん。一目で見抜いちゃいましたかぁ」


「べつに大したことではない。前にシムリウムの採掘地に行ったことがあるからな」


 アムがそう言いながらシャーロットに片手を向けたので、シャーロットはコインをのせたトレーをアムの膝の上に運んで置いた。するとアムはコインをつまみ、興味深そうに見つめながらさらに言う。


「シムリウムというのは、神聖な土地で採掘される希少金属レアメタルだ。魔力のみなもとである精神共鳴元素シメレントとの融和性が非常に高く、魔法に反応しやすい特性がある。その特性を利用して、ロザリウムやダークリウム、ホーリウムなどの魔法金属が作られるのだが、このコインはそのどれでもない。一見すると純粋なシムリウムに見えるが、わずかにホーリウムの色が見える。そうなると、これはかなり珍しい魔法金属に加工されているということだな」


「そうなんですぅ。わたしも初めて見る魔法金属だったので、まずは素材であるシムリウムの採掘場所から調べてみようとおもったんですぅ」


 アムの推測を聞いたメナは、瞳を輝かせながら話し始めた。


「シムリウムが採掘できる土地は、世界中でも数十か所ほどしかありませぇん。そして採掘された土地ごとに融和性が高い魔法が異なるので、反応率が高い魔法を調べれば、採掘された土地を特定することができます。その方法で分析した結果、そのコインに使われているシムリウムは、北方大陸ハイバインで採掘されたものだとわかりましたぁ」


「となると、このコインの生産地はアマリス帝国の可能性が高いということか」


(う~ん、どうしよう……。なんだかちょっと、話についていけなくなってきたんだけど……)


 メナとアムの会話を横で聞いていたシャーロットは、思わず渋い顔でお茶をすすった。何気なく口にした質問から、こんなに難しそうな話になるとは思ってもいなかったからだ。しかし2人は黙り込んだシャーロットを気にすることなく、さらに話を進めていく。


「それで次に、どんな魔法が込められているのか調べようとおもったんですけど、そこでちょっとつまずいてしまったんですぅ」


「なるほど。魔道具に込められている魔法は、実際に発動してみないと特定するのは難しいからな」


「そうなんですぅ。だけどそのコインの魔法を発動させるわけにはいかないので、それでどうやって特定しようか悩んでいたところなんですぅ」


「ほう? どうしてのだ?」


「そっ、それは、そのぉ……」


 アムに訊かれたとたん、メナは思わず言葉に詰まった。なぜならば、このゲートコインを使うと1度だけ生き返ることができるのだが、そうすると、コインは消滅するとネインから聞いていたからだ。


 つまりメナは、ゲートコインには『復活の魔法』が込められていることを知っているが、それを他の人間に話すわけにはいかなかった。それなのに、『魔法を発動させるわけにはいかない』と、アムの前でつい口が滑ってしまった。これは致命的なミスだった。なぜなら、『発動させるわけにはいかない』というのは、『発動させる方法を知っている』という意味の裏返しだからだ。そして『発動させる方法を知っている』のであれば、その『魔法効果も知っている』と暗に認めているのと同じなので、メナは返答にきゅうしてしまった。


 しかし、そんなメナの困惑をアムは一目で見抜いていた。だからわずかに頬を緩め、あえて淡々と口を開いた。


「まあ、たしかにコインの形をした魔道具なら、1度使うと消滅する可能性が考えられるからな。分析が目的なら、そう簡単に使用するわけにはいかないだろう」


「そ、そうなんですぅ~」


 それがアムの助け舟とは気づくことなくメナは即座にうなずいて、ホッと胸をなで下ろした。


「しかしメナよ。このコインに既知きちの魔法が込められているのであれば、特定するのはそう難しいことではない」


「えっ? そうなんですか?」


「うむ。メナはまだ教わっていないようだが、王立研究院の教授プロフェッサー名誉教授イメラタスならばその方法を知っているはずだ。メナはこのコインに使われているシムリウムの原産地を特定するために、反応率の高い魔法を調べたと言ったが、その逆をすればよいのだ」


「逆ですか? それはつまり……もしかして、魔法波動?」


「正解だ」


 アムは自力で答えを出したメナを見つめて、満足そうにうなずいた。


「まずはこのコインの前提から考えるのだ。これは高純度のシムリウムで作られていて、特定の魔法が込められている。そして、このコインに刻まれている模様はほぼ間違いなく疑似魔法陣だが、この山と花の模様はなかなか見事な彫刻だ。こんな彫刻をするということは、このコインには相当な価値があるということを一目でわかるようにするためだと考えられる。つまり、このコインはかなりの手間と技術で製造されている。ということは、その手間に見合うほどの高度な魔法が込められていると見て間違いないだろう」


「なるほどぉ。コインの造形から価値を推定するということですかぁ……」


「今のはべつに大した話ではない。手間がかかっているものにはそれなりの価値がある。それだけのことだ」


 アムは手のひらを上に向けて、軽く肩をすくめてみせた。


「それでは次に、このコインに込められた魔法をどうやって特定するか――。メナはおそらく、このコインから削り取ったサンプルに各種の疑似魔法薬を反応させて、融和性の高い魔法を調べることでシムリウムの採掘地を特定したはずだ。ならばそれとは逆に、このコインが放っている魔法波動を分析すればいい。魔法は基本的に12大魔法のどれかに属し、各属性の魔法波動には固有の特徴がある。つまり、魔法波動のデータを総当たりで比較すれば、時間はかかるが確実に絞り込めるはずだ。ただしこの方法には、王立研究院に保管されている魔法波動のデータが必要になる。だから、データの記録がない魔法は特定できない」


「それで既知の魔法なら、特定できるということですかぁ」


「そういうことだ。しかし魔法波動は属性ごとに類似のパターンを示す。つまり――」


「属性さえ絞り込めれば、あとは消去法で特定できる」


「うむ。そしてそれでも特定できない場合は、人類にとって未知の魔法ということだ」


(うーん、どうしよう……。わたしにはぜんぶ未知のお話なんだけど……)


 途中から完全に置いてきぼりを食らったシャーロットは、呆然とした面持ちでケーキを食べた。メナは何やら興奮した顔でアムの話に耳を傾けているが、シャーロットには話の内容がサッパリ理解できなかった。しかし、嬉しそうに微笑んでいるメナを見ると、シャーロットも何だか嬉しくなってきた。それで思わずメナの横顔にニッコリと微笑んだのだが、そのとたん、アムがシャーロットを見て首をかしげた。


「うん? どうした、シャーロット。何か悩みごとがあるような顔だな」


「え? うそ? わたし、そんな顔してた?」


「うむ。何だか久しぶりに心から笑ったという顔をしていたぞ」


「久しぶりにって……ああ、そっか……。そういうことか……」


 シャーロットはアムの言葉の意味を理解したとたん、思わず小さなため息を吐いた。つまり自分は今の今まで、心から笑っていなかったということにようやく気づいたからだ。だからシャーロットは、自分以上に自分のことを見抜いたアムに、慎重に言葉を選びながら話しかけた。


「えっとぉ……実はね、アムちゃん。わたし、実家の家督かとくを継ぐかどうかで、ちょっと悩んでいたの」


「それは、ナクタンの当主になるということか?」


「う、うん、まあ、そういうことなんだけど……」


 アムに訊き返されたシャーロットは、視線を横にずらしながら言いにくそうに答えた。そんなシャーロットを、メナが心配そうに見つめていた。


「シャロちゃん、そうだったんだぁ。ごめんねぇ。わたし、ぜんぜん気がつかなくて」


「ううん、大丈夫。そんなに大した悩みじゃないから。だけどほら、わたしって頭が悪いでしょ? だから、人の上に立つなんてぜったいムリだと思うんだよねぇ……」


「なるほど。そういうことか――」


 シャーロットの悩みを聞いたアムは、小さな声で呟いた。そしてカップのお茶を飲み干してから、ゆっくりと口を開いた。


「よいか、シャーロット。その悩みはそれほど難しいものではない。なぜならば、おまえが考えるべきことはたったの2つだけでいいからだ」


「えっ? たったの2つ……?」


「そうだ」


 小首をかしげたシャーロットを、アムはまっすぐ見つめて言葉を続けた。


「人間というのは基本的に、やりたくないことはやらなくていいのだ。なぜなら、この世には人間があふれていて、どんな仕事や立場であろうと、自分がやらなくても必ず誰かがやってくれるからだ。つまりこの世には、『自分がやらなくてはいけない』なんてことは1つもない。そして自分にできることならば、他の人間にも必ずできる。だから、気が進まないことがあったら目を背けていいのだ。責任を放棄して現実から逃げ出してもかまわないのだ。一生懸命に生きることが人生というのなら、いやなことから逃げ出すのもまた人生だからな」


「現実から、逃げてもいいの……?」


「うむ。我もずいぶんと長い間、現実から逃げ続けているが、こうしてなんとか生きているからな。たまに美味しいケーキを食べることができるだけで、我はじゅうぶん幸せなのだ」


 アムは食べ終わったケーキの皿を、少しの間、遠い目で見つめ続けた。


「……しかしな、シャーロット。人間というのは不思議なもので、何かをしても後悔するし、何かから逃げても後悔するのだ。だから、何かについてやるかやらないかで悩んだ時は、どちらを選択するにしても覚悟がいる。つまり、覚悟を決めて逃げるのであれば、それはそれで誰にも恥じることのない立派な選択ということだ」


「覚悟を決めて、選択する……」


「そうだ、シャーロット。おまえが人の上に立つ人間に相応しいかどうかは、実際にやってみなければ誰にも判断できない。だから先のことを考え過ぎて足が止まるのは本末転倒だ。ゆえに、今のおまえが考えるべきことはたったの2つ――。逃げて後悔するか、逃げずに後悔するかのどちらかだ」


「逃げて後悔するか、逃げずに後悔するか……」


 シャーロットは口の中でアムの言葉を繰り返した。それはシャーロットにとって衝撃的な言葉だった。なぜなら、シャーロットは今まで自分に女王が務まるかどうかで悩んでいたつもりだったのだが、それは根本的な理由ではないと気づいたからだ。もちろん、王という重責じゅうせきになえる能力があるかどうかで悩むのは間違っていない。しかし、シャーロットが心の底で本当に悩んでいたのは、自分がということだった。


 王立女学院の同級生たちに比べて、シャーロットは要領が悪く、運動神経も鈍かった。だから自分に自信がないシャーロットは、自分には王になる素質がないと頭から思い込んでいた。しかし、それなら悩むことは何もない。どれだけクレアに頼み込まれても、断ればいいだけのことだ。それなのに、シャーロットは悩んでいた。それはつまり――。


(もしかして……わたし、本当は女王になりたいのかも……)


 逃げて後悔するか、逃げずに後悔するか――アムはそう語った。それはまさに、シャーロットの悩みの本質をいた言葉だった。そしてその言葉を耳にした瞬間、シャーロットは長い間探し求めていた光をようやくつかんだ――。




「……生きていると、こういう日もあるのだな」


 お茶会が終わり、メナの家をあとにしたアムが、夕暮れに染まる赤い空を見上げながらポツリと呟いた。


「そうですね、お嬢様――」


 アムが座る車椅子をゆっくりと押して歩くネンナもまた、珍しく感慨かんがい深げな声を漏らした。


「逃げて後悔するか、逃げずに後悔するか――。それはたしか、ケイン様のお言葉でしたね」


「そうだ。そして我が母、アリサリスの言葉でもある」


 アムは膝の上にのせた赤い傘を軽く握って目を閉じた。そしてはるかなる時の彼方で、自分が下してきた決断の数々を思い返し、長い息を吐き出した。


「ネンナよ……。お互い、遠いところまで来てしまったな」


「私に比べれば、お嬢様はまだまだでございますけど」


「そうだな……。たしかにそうだ……」


 ネンナの言葉にアムは素直にうなずき、悲しそうに微笑んだ。すると不意に、疲れ切った顔でネンナの隣を歩いていたクルースが口を挟んだ。


「2人が何の話をしているかわからないけど、結局あの子はどうだったんだ?」


「あの子? シャーロットのことか?」


「そうそう。ナクタン家の御令嬢」


 クルースは自分の肩を押さえて痛そうに顔をしかめた。


「いくらボクが鈍くても、あの状況を見ればさすがにわかる。王位継承権者が暗殺された翌日に、モーリス・ナクタンがコバルタス家を訪れた。そして青蓮せいれん騎士団の団長に就任したクレア・コバルタスがシャーロット・ナクタンを護衛している――。そうくれば、答えは1つしかないだろ」


「まあ、その先を口にするのは野暮やぼというものだ」


 アムはクルースを見上げてニヤリと笑った。


「必要もないのに他人の秘密を詮索せんさくしても仕方あるまい。それよりクルース。今日はあの声のでかい娘と、ずいぶんいちゃついていたではないか」


「どこがだよ。ほとんど一方的にボコ殴りにされたんだぞ」


 クルースは痛みに顔を歪めながら、脇腹を軽くさすった。


「クレアさんの技はたしかにまだまだ荒削りだけど、攻撃はとてつもなく荒々しいんだ。できれば二度と剣を交えたくない相手だね」


「それはおまえが手を抜くから舐められただけだ。すれば、あんな小娘ごとき一撃で粉砕できるだろうが」


「剣の稽古でそんなことできるわけないだろ……」


 アムの軽口に、クルースは思わず呆れ顔で息を吐いた。


「まあ、クレアさんの方はどうでもいいとして、問題はシャーロットさんだ。アムの目から見て、あの子はどんな感じだったんだ?」


「そうだな。残念ながら、ごく普通の少女だな」


「はあ? なんで普通なのに残念なんだ?」


「普通と言ったのはお世辞だからだ」


 アムはわずかに渋い顔で、紫色に変わり始めた空を見上げた。


「シャーロットには才覚がない。才能が欠片も感じられない、ただの子どもだったからな」


「そうか……。まあ、アムがそう言うのなら間違いはないんだろ。でも、人間ってのは、才能だけがすべてではないんじゃないか?」


「いや。寿命が短い人間にとって、才能はほぼすべてと言っても過言ではない。――ただし、時には才能よりも大事なものはたしかにある」


「それはつまり、その大事なものがシャーロットさんにはあるってことか?」


「さぁて、それはどうかな――」


 アムは再び膝の上の赤い傘に目を落とし、少しだけ目元を和らげた。


「ただ、何も考えずに道を決めるのは愚か者のすることだ。悩み苦しんで答えをつかんだ者こそが、人の上に立つに相応しい。そして子どもというものは、往々おうおうにして大きく化けることがある」


「なるほど……。それはたしかにそのとおりだな――」


 クルースは一番星のきらめきを遠目に眺めた。アムの言葉はいつも厳しい。しかし今の言葉には、温かい希望が感じられた。だからクルースは、ほんの少しだけ嬉しそうに微笑んだ。


「……まあ、ボクとしては、若くてかわいい女王陛下は大歓迎だけどな」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る