第72話  恋する錬金術師と壁の穴――ロマンスハート&シークレット・オブザーバー


 晴れ渡った青空の下、石畳の道を歩いていた少年が唐突に背後を振り返った。


 それは大きな荷物を背負ったネインだった。いきなり足を止めたネインは視線を飛ばし、歩いてきた道を素早く見渡す。しかし、特に変わったものは見当たらなかった。


 ネインの目の前にあるのはきれいに整えられた歩道と、のんびりと散歩している歩行者たち、それと通りの左右に建ち並ぶ石造りの家々だけだ。そのありふれた街並みを眺めたネインはわずかに首をひねった。するとネインの隣で足を止めた小柄な少女――メナもキョトンとしながら口を開いた。


「どうかしましたかぁ、ネインさん」


「……いえ、何でもありません。誰かに見られている感じがしたのですが、どうやら気のせいだったようです」


 ネインはメナに淡々と答え、再びゆっくりと歩き出す。そしてまっすぐ前を向きながら言葉を続ける。


「ですが、メナさんもしばらくは周囲に注意を払っておいた方がいいと思います。あの5人の男たちは倒しましたが、ヤツらに仲間がいる可能性もありますから」


「なるほどぉ……。それはたしかにそうかもしれませんねぇ……」


 ネインの言葉を聞いたとたん、メナはおそるおそる周囲を見た。


「だけど、まさかあの人たちが、イラスナ火山まで追いかけてくるとはおもいませんでしたぁ」


「そうですね。あそこまで執念深いとはオレも想定していませんでした。おそらくヤツらの頭の中は、普通の人間には想像もできないほど歪みまくっていたと思われます」


「ほんとですよねぇ~。どうして同じ世界に生きているのに、あんなに乱暴な性格になっちゃうんでしょうかねぇ~」


「たぶんヤツらは、オレたちとは違う世界の存在なんです」


「なるほどぉ、違う世界ですかぁ~」


 ネインが呟くように言った言葉に、メナは真面目な顔でうなずいた。


「つまり人間というのは、一人ひとりで見ている世界が違うということですかぁ。ネインさんは考えが深いんですねぇ~」


「いえ、そこまでは考えていません。ただの思いつきです。それより、メナさんの家につきました」


「あっ、ほんとですぅ~」


 ネインが道の先にある1軒の家を指さしたとたん、メナは明るい声を上げた。それからすぐに鉄の鍵で自宅のドアを開けたメナは、軽い足取りで薄暗い居間へと駆け込んでいく。


「たっだいまぁ~。ようやく我が家に到着ですぅ~」


「お仕事、お疲れ様でした」


 続いてメナの家に入ったネインも大きな背負い袋を床に下ろし、小さな息を1つ漏らした。するとメナはカーテンと窓を開け放ち、床に散らばる分厚い本や実験道具を器用に避けながら奥の台所へと向かっていく。


「ネインさんもお疲れさまでしたぁ~。すぐにお茶をいれますので、ゆっくり休んでいてくださぁ~い」


「ありがとうございます」


 ネインはメナの小さな背中を見送ると、暖炉の中に火をおこし、銀色に輝く大きな宝石と白銀のコインをテーブルに並べて椅子に座った。そうしてようやくメナの護衛を終えたネインは、暖炉から漂う温かい熱を感じながら、肩の力をそっと抜いた。


 そのリラックスしたネインの様子を、廊下の角からメナがこっそり見つめていた。そしてそっと顔を引っ込めたメナは台所に戻り、かまどの火にかけたばかりのヤカンをじっと見つめた。


「どうしましょう……。ネインさんとなんの進展もないまま帰ってきちゃいましたぁ……」


 先ほどまでの明るい笑顔はどこへやら、メナは呆然と突っ立ったままボソリと呟いた。そして、かまどで燃える赤い炎に目を落としながら考え込んだ。


 今回のカエンドラ観察の旅にかかった日数は往復で17日――。それは王都を出発する前から想定していたスケジュールとおおむね同じだった。だからメナには最初から、1か月の半分以上をネインと2人っきりで過ごすことはわかっていた。そしてその旅の間に、メナはネインとの仲を限りなく深めるつもりで満々だったのだが――。


「結局、なにもなかったって、どゆこと……?」


 メナはこれ以上ないほど真剣な顔で両目を見開いた。


 メナがネインを恋愛対象として意識したきっかけは、やはり最初の出会いだった。冒険職アルチザン協会で見知らぬ5人の男たちに襲われかけた時、ネインが颯爽さっそうと助けてくれたからだ。しかもネインの体つきは細く、顔立ちは凛々しいのに、どことなく女の子みたいなかわいらしさを合わせ持つという、メナの好みのど真ん中を貫く美少年だった。


 そんな男の子に助けてもらった時点で、すでにメナの胸は高鳴っていた。だから少々強引だとは思いつつも、泣きながらネインに抱きつき、しばしの幸せを噛みしめた。しかし、いくら好みのタイプであっても、出会ったばかりの相手に告白するなんて到底できるはずがない。


 それでメナは、後ろ髪を引かれながらもネインの前から立ち去ったのだが、運命は再びその日のうちにやってきた。どのような星の巡り合わせなのかはわからないが、メナの自宅を突き止めて押しかけてきた5人の男たちから、またしてもネインに助けてもらったのだ。だからメナは直感的に確信した――。


「これはもう、運命的な出会いに間違いないですぅ……」


 メナはかまどの中ではじけた火花を見つめながら、低い声で呟いた。


 そう、これは運命なのですぅ――。メナはもう1度、同じ言葉をそっとこぼした。研究にしか興味がなかった自分が、生まれて初めて異性を意識したからだ。そして、これはもはや愛の女神のお導きだと思ったからだ。


 しかもネインは、男性にしては小柄な方なのに、メナを軽々と抱き上げるほどの力があるし、5人の乱暴な男たちに追われていたメナをとっさに隠してかばうほど機転も利く。さらには強力な魔法を駆使して巨大なシルバーゴーレムを鮮やかに撃破し、そのうえ殺す気で襲いかかってきた5人の暴漢たちを返り討ちにしてしまうほどの強さまで持っている。


「こんなのもう、れるなという方がムリですよぉ……」


 メナはヤカンから噴き出し始めた白い蒸気を見つめながら、悲しそうに顔を曇らせた。


 そう。メナは悲しかった。ほとんど一目惚れで好きになった男の子と2人きりで旅をするという、おそらくメナの人生で2度起こりえない最大のチャンスが訪れたというのに、それが何の進展もないまま終わってしまったからだ。危機から脱するためにネインに抱きかかえられたことは何度かあるが、それ以外はただの1度も手をつないだことすらない。


「ああああああああ……この17日間、わたしはいったいなにをしていたんでしょう……」


 メナは思わず両手で顔を覆い、その場にうずくまってしまった。さらのそのまま床に倒れ、台所の中をゴロゴロと転がり始めた。


「あうううううぅ~、ばかぁ、ばかぁ、わたしのばかぁ~。このままなにもしなかったら、今日でネインさんとはお別れになっちゃうじゃないですかぁ~。でもでも、いきなり告白するなんて、そんなのぜったいムリに決まってますぅ……」


「――告白って、なんのことですか?」


「うぎゃあああああああーっ!」


 いきなり台所に入ってきたネインを見て、メナは思わず絶叫した。


「ネッネッネッネッ!? ネインしゃん!? どっどっどっどっ!? どうかしゅましゅまま!?」


「いえ、何かいきなりドタンバタンと音がしたので、ちょっと様子を見にきたのですが……」


「ハゥワッ!」


 ネインに言われたとたん、床に転がっていたメナは一瞬で跳び起きた。さらにすぐさま乱れた服をきれいに整え、茶色い髪を高速でなでつける。そして深呼吸してからネインの方に振り返り、何事もなかったかのようにニッコリと微笑んだ。


「えっとぉ、お騒がせしてすいませんでしたぁ~。久しぶりに帰ってきたので、ちょ~っと床のお掃除をしていただけなんですぅ~」


「そうでしたか。なかなかダイナミックなやり方ですね」


「そっ、そうなんですぅ~。わたし、お掃除はちょっと苦手でしてぇ……って! ファーっっ!?」


 適当な言い訳を口にしていたメナは、いきなり素っとん狂な声を張り上げた。ゆっくりと近づいてきたネインが、なぜか突然メナの背中に腕を回してきたからだ。


「ああ、驚かせてすいません。ほこりがついていたので」


「ほっ!? ほこり!? あ、そ、そうですか。それはどうも、わざわざありがとうございますぅ~」


 ネインがメナの背中と肩をはたき始めたので、メナはどさくさに紛れて軽くネインに抱きついた。そしてそのまま超至近距離からネインを見上げ、おそるおそる声をかけた。


「あ……あのぉ、ネインさん。ちょっと訊いてもいいでしょうか……?」


「はい。なんでしょう」


「えっと、そのぉ……ネインさんは、年上の女性はおきらいですかぁ……?」


「いえ、べつに。年齢で好き嫌いを考えたことはないです」


「そっ、それじゃあ、ネインさんより3歳年上の犬耳族で、家に閉じこもって研究ばかりしている、背の低い茶色い髪の女性はおきらいですかぁ……?」


「さあ。見た目だけでは判断できません。嫌いかどうかは、相手の性格によると思います」


「そっ、そうですかぁ……。それはたしかにそうですよね……。好きかきらいかなんて、相手の性格次第ですよね……」


 いつもどおり淡々と答えたネインを見て、メナの顔は微笑みながら引きつっていた。


(ああ……やっぱりネインさんは、シャロちゃんと同じ、にぶい系の人だったかぁ……)


 今の質問は、メナとしてはありったけの勇気を振り絞った告白のつもりだったのだが、どうやらネインにはまったく通じなかったらしい。まるで食べ物の好みでも訊かれたかのような涼しい顔をしているからだ。その感情の変化のない顔を見れば、メナの言葉をただの質問と受け止めたことは嫌でもわかる。それはつまり、ネインはメナのことを恋愛対象として見ていない証拠だった。


(これはもう、完全に脈なしですねぇ……)


 メナはニッコリと微笑んだまま、しかし心の中ではガックリと肩を落としながら、ヤカンをつかんでお茶をいれた。そしてネインと一緒に居間に戻り、椅子に座ってお茶をすする。しかし、今日はとっておきの茶葉を使ったはずなのに、味がまったくしなかった。


 たぶん、このお茶を飲み終わったら、ネインはメナの前から去ってしまう。そして護衛の仕事が終わった今となっては、メナにネインを引き止める理由は何もない。それがわかっているからこそ、メナの心は重く沈んだ。メナはネインに運命的な出会いを感じていたのだが、どうやらそれは一方的な幻想だったようだ――。そう考えることで、メナは自分の心に何とか折り合いをつけようとした。もはやそうするより他に仕方がないからだ。


 しかしその瞬間、運命の風が再び吹いた。


「すいません、メナさん。実はメナさんに、少しお願いしたいことがあるのですが」


「ほえっ?」


 不意に話を切り出してきたネインを見て、メナはパチクリとまばたいた。なぜかネインが言いにくそうに顔を曇らせていたからだ。


「えっとぉ、もちろん、わたしにできることなら何でも言ってください。なんといってもネインさんは、わたしの命の恩人ですから」


「ありがとうございます。実は、これのことなんですが――」


 ネインは軽く頭を下げて、テーブルに置いていた白銀のコインをメナの前に差し出した。


「これはたしか、あの乱暴な人たちが持っていたというコインですね」


「はい。ですがこれは普通のコインではありません。おそらく特殊な魔法が込められた魔道具です」


「えっ!? これが魔道具なんですかぁ!?」


 ネインの話を聞いたとたん、メナは目の色を変えてコインを凝視した。メナはランドン王立研究院の正規研究者で、魔法鉱物を専門的に研究している。そして魔道具の多くは魔法鉱物で作られているので、俄然がぜん興味が湧いてきたからだ。


「それでネインさん。このコインにはどういう魔法の力が込められているんでしょうか?」


「それは――」


 メナに訊かれたとたん、ネインは一瞬答えに悩んだ。メナとは半月以上も一緒に旅をしたので、様々な知識を持つ優秀な研究者であり、信頼できる人間だということはわかっている。だから異世界種アナザーズが持っていたゲートコインの仕組みを調べてもらおうと考えたのだが、そうすると、異世界種アナザーズの存在についても話さなくてはならなくなる。しかし、どこまで正直に話せばいいものか、そして異世界種アナザーズのことを知ることによってメナに生じる危険性はどれほどのものなのか、判断に苦しんだ。


 ネインはイラスナ火山から王都に戻る道すがら、そのことを何度も自問自答してきた。その結果、メナの協力を得るためには、可能な限りの情報を伝えた方がよいと考えた。しかし、いざ話そうとすると、やはり少なからずネインの口は重くなってしまった。


「……実は、そのコインに関する事情を話してしまうと、メナさんの身に危険が生じる可能性があるのですが――」


「かまいませぇん!」


 ネインは本題に入る前に、危険性について説明しようとした。しかしメナはすぐさまテーブルに身を乗り出し、声を張り上げてネインの言葉をさえぎった。その瞳は知的好奇心の光で満ちあふれ、一刻も早くコインの説明を聞きたいと語っている。


「じつはわたし、魔法核マギアコアから魔力シメレントを取り出す研究をしているんです。だから魔法の力が込められた魔道具を調べたいとずっとおもっていたんですけど、なかなか手に入らなくて困っていたんです。ですので、このコインに魔法が込められているのでしたら、ぜひ! いますぐ教えてくださぁい!」


「ですが、これは本当に危険な――」


「だいじょうぶです! 黙っていれば誰にもわかりませんから!」


「ですが」


「だいじょうぶです! ぜったいに誰にも話しませんから!」


「で」


「だいじょうぶです! とにかくだいじょうぶですから!」


 身を乗り出しすぎて、もはやテーブルの上にのぼったメナは、じりじりとネインに這い寄りながら言い切った。そんなメナの圧倒的な探求心を目の当たりにしたネインは、思わずパチパチとまばたいた。そして一抹いちまつの不安を覚えながらも、異世界種アナザーズについて知っていることを、慎重に言葉を選びながらメナに語った。


「――そうするとつまり、このゲートコインというのは、別の世界からやってきた異世界種アナザーズと呼ばれる存在が持っているわけですね? そしてこのコインを持っていると、死んでも1度だけ生き返ることができるというわけですかぁ」


「はい。すぐには信じられないかもしれませんが――」


「いえ、信じます。ネインさんが嘘をつくはずありませんから。ですがそうなると、これはすっごく興味深いコインですぅ……」


 ネインの説明を聞いたメナは、ゲートコインを指でつまみ、穴が開きそうなほどまじまじと見つめている。そして思考に没頭しながらぶつぶつと呟き始めた。


「そうですねぇ……もしも本当に生き返ることができるとしたら、このコインには復活の魔法が込められているということになります。ですが、復活の魔法が使える人間なんてこの世にいるとはおもえません。


 復活というぐらいですから治癒魔法に分類されるはずですが、治癒師の最高位である星天位せいてんい神命治聖しんめいちせいでも、第7階梯までの治癒魔法しか使えないと聞いています。それ以上の階梯魔法ハイラギアになら復活魔法が存在するかもしれませんが、それはもはや神々の領域です。つまり、そんな奇跡の魔法をコインに込められるのは、神だけということになります。


 ですが今のお話ですと、その異世界種アナザーズというのはこのコインを大量に所有しているとおもわれます。しかし1枚や2枚ならともかく、神々が同じ魔道具を大量生産するなんて聞いたことがありませんし、そんなことをする必要があるとはおもえません。


 となると、このコインを作ったのは神々ではなく異世界種アナザーズ自身ということになりますが、しかしそうなると、異世界種アナザーズには神々と同等の能力を持つ存在がいるということになります。ですが、そんな強大な能力を持つ存在は人間とはいえませんし、そんな人知を超えた存在には、そもそも生き返ることができるコインなんて必要とはおもえません。


 それなのに、こんなコインを大量に作って配るということは、つまり異世界種アナザーズの中には『奇跡の魔法が使える存在』と、『強大な能力を持たない弱い存在』がいるということになります。その構図をそのままわたしたちの世界に当てはめてみますと、『力のある神々』と、『力のない人間』という図式にピタリと合致がっちします。


 ということはつまり、異世界種アナザーズというのはもしかすると、『力のない異世界の人間』を、『力のある異世界の神々』が支援しているということになるのではないでしょうか……」


「はい。たぶん、そのとおりだと思います」


 ネインはメナの推測を聞きながら、思わず舌を巻いていた。たった1枚のコインから、異世界種アナザーズの内情をあっという間に見抜いたからだ。それはまさに慧眼けいがんという他に言いようがなかった。やはりゲートコインの分析はメナに頼んだ方がいいと、ネインは改めて強く思った。


「おそらくメナさんの推測どおり、そのコインを作ったのは異世界種アナザーズたちの女神だと思われます。それでメナさんにお願いしたいのですが、そのゲートコインを詳しく調べてもらえないでしょうか」


「えぇっ!? いいんですかぁっ!?」


 ネインに依頼されたとたん、メナはこれ以上ないほど瞳をきらきらと輝かせた。


「はい。オレには魔道具の分析はできませんので、是非お願いしたいと思います。それと――」


 ネインはテーブルに置いていた銀色に輝く大きな宝石もメナの前に差し出した。イラスナ火山のふもとに広がる森の中で倒した、聖銀巨人像シルバーゴーレム魔法核マギアコアだ。


「これは偶然の拾い物ですが、どうぞ受け取ってください。ゲートコインを調べていただくお礼です」


「えーっっ!?」


 その瞬間、メナは驚きのあまり目を丸くした。


「でっ! でもこれ! シルバーゴーレムの魔法核マギアコアですよっ!? この大きさだと、換金したらたぶん数年はよゆうで暮らせるお金になりますよっ!?」


「たしかにこの大きさだとかなりの金になると思います。ですが、ゲートコインの分析にはそれだけの価値があります。それに、メナさんは魔法核マギアコアから魔力を引き出す研究をされていると言っていたので、報酬には金よりも魔法核マギアコアの方がいいと考えました。ですので、遠慮なく受け取ってください」


「はわわわわわわわぁ……」


 メナは銀色の宝石を両手で持って、目を白黒させた。簡単に倒せる弱いモンスターの魔法核マギアコアは指の先ほどのサイズなので、内部に蓄積している魔力シメレントもかなり少ない。しかし、いま手にしているシルバーゴーレムの魔法核マギアコアは、メナの手のひらよりも大きな代物だ。


「こ……これほどの魔法核マギアコアなら、きっと膨大な魔力が詰まっているはずですぅ……。それにあれほど強力なシルバーゴーレムの魔法核マギアコアなら、もしかすると特殊な能力がある特殊魔法核エクスコアかもしれませぇん……」


 メナは思わずゴクリと唾をのみ込んだ。実のところ、ネインがシルバーゴーレムを倒した直後から、この銀色の魔法核マギアコアを調べたいとずっと思っていたからだ。しかしネインが手に入れたものをゆずって欲しいなどと、メナには口が裂けても言えなかった。だから調べたい気持ちをずっと我慢していたのだが、『遠慮なく受け取ってください』なんて言われてしまったら、もはやあらがえるはずがない。だからメナは垂れてきたよだれを慌てて拭い、喜びを隠しきれない満面の笑みでネインを見つめた。


「そっ! それではせっかくですので! ありがたく受け取らせていただきまぁす!」


「では、ゲートコインの分析はお任せしますので、よろしくお願いします」


「はぁい! まっかせてくださぁい!」


 メナは小さなこぶしで胸をポンと叩いてみせた。いきなり興味深い研究対象が2つも転がり込んできたので、メナはほとんど舞い上がっていた。しかしその直後、もっとも大事なことにハッと気づいて目を見開いた。


「……って、えっ? ということは……? このコインを調べたら、分析結果をネインさんにお伝えするということですよね……?」


「そうですね」


「ということは……? また後日、ネインさんとお会いできるということでしょうか……?」


「はい。オレは明日からオルトリンの森に向かいますので、おそらく3週間ほど王都を離れます。戻ってきたらまたこちらに伺いますので、その時にコインの分析結果を教えてください」


「なんと……」


 その瞬間、メナはポカンと口を開けた。


「これはやっぱり、運命の出会いに違いありませぇん……」


「運命?」


「はぅわっ! いっ! いえっ! なんでもありませぇん!」


 思わず心の声が漏れてしまったメナは、慌てて首と両手を左右に振った。しかしネインと再会できる口実ができたことに、メナは心の中でガッツポーズを取りながら、愛の女神モラに感謝の祈りを捧げまくった。



 そうして、メナにゲートコインを調べてもらうという目的を達成したネインは、別れを告げてメナの家の外に出た。すると玄関の外まで見送りに出てきたメナが、再びありったけの勇気を振り絞り、おそるおそるネインに尋ねた。


「あ……あのぉ、ネインさん。最後に1つだけ、お伺いしてもいいですかぁ……?」


「はい。何でも訊いてください」


「えっとぉ、実はですね、べつにたいしたことではないんですが……」


 メナは胸に手を当てて、ドキドキと高鳴る心臓を押さえつけた。そしてわずかに頬を赤く染めながら、おずおずと口を開いた。


「あ、あのですね、その、ふつうの人と獣人が、け……結婚するのって、ネインさんはどうおもいますかぁ……?」


「結婚ですか?」


「は、はい……。へんな質問で申し訳ないんですけどぉ……」


「いえ、それはべつにかまいませんけど、そうですねぇ――」


 訊かれたとたん、ネインはわずかに首をひねった。てっきりゲートコインか異世界種アナザーズに関する質問だと思って身構えていたからだ。それでネインは軽く拍子抜けしながら、晴れ渡った青空に目を向けて、白い雲を見つめながらほんの少し考え込んだ。


「たしかに、人は人同士、獣人は獣人同士で結婚するのが一般的らしいですけど、オレはどうでもいいと思います。お互いが好きなら何の問題もないと思います」


「そっ! そうですかぁっ!」


 ネインの答えを聞いたとたん、メナはパッと顔を輝かせた。


「そうですよねっ! お互い好き同士なら、なんの問題もないですよねっ!」


「ええ、オレはそう思います」


 ネインは嬉しそうに微笑むメナを見つめてそう言い切った。そして再び別れを告げて、メナの前から立ち去った。


「いやぁ~ん。やっぱりこれは、間違いなく運命の出会いですぅ~」


 メナはネインの背中が見えなくなるまで、デレデレとした笑みを浮かべて見送った。それから幸せそうに鼻歌を歌いながら、羽でも生えたかのような軽い足取りで家の中へと戻っていく。


 その直後――メナが玄関のドアを閉めたとたん、家の角から細い人影が音もなく姿を現した。ソフィア・ミンス王立女学院の学生服に身を包んだ、長い黒髪の少女だ。腰に白い剣をげた少女は家の影の中に佇んだまま、ネインが立ち去った方向に冷徹れいてつな瞳を向けていた。


「……ネイン・スラート。自力でゲートコインの秘密に気がついたか。ならばよかろう。あとはこの目で、おまえの実力を見極めるのみ――」


 そう言って、少女は地面に手を伸ばし、黒い土をつかみ取る。そしてメナの家の壁に開いた小さな穴に土を押しつけて詰め込んだ。それから手についた土を静かにはたき落とすと、何事もなかったかのようにメナの家をあとにした。


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