第15章  イラスナ火山の決戦――ダーティーボーイズ VS ガッデムファイア

第64話  イラスナ火山の決戦――ダーティーボーイズ VS ガッデムファイア その1


「――ぺぷちっ!」


 灰色の曇り空の下、大きな黒い岩の上でうつ伏せになっていた小柄な少女が、かわいらしいクシャミをした。茶色い髪を2つのお下げに結ったメナだ。メナは思わず額の汗を拭いながら、左右をキョロキョロと見渡した。


「はて? どうしてこんなに暑いのに、クシャミなんか出たんでしょ……?」


「王都にいる友達が噂話でもしたんじゃないでしょうか」


 メナと同じように岩の上でうつ伏せになっていたネインが、はるか先の溶岩の池を眺めながら淡々と口を開いた。


「見送りに来てくれたあの人は、メナさんのことをかなり心配していましたから」


「ああ、シャロちゃんのことですかぁ。たしかにシャロちゃんなら、わたしの話をしていてもおかしくないですねぇ~」


 メナはとたんに納得顔で何度もうなずき、灼熱のマグマが噴き出している池に目を向けた。そこは岩壁に囲まれた広い窪地くぼちになっていて、山腹から流れ出る溶岩が大量に溜まっている。そしてそのマグマの中に、体長1メートル前後の大きなトカゲの姿が無数に見える。


「それで、ネインさん。カエンドラの数はどうですかぁ?」


「そうですね……やはり何度数えても同じですね」


 ネインはマグマと同じ色をした無数の大トカゲを見渡しながら答えた。


「となるとやはり、去年より1割ほど増えていることになりますねぇ……。う~ん、なんでだろぉ……?」


「個体数が増えていると、何か問題があるんですか?」


「ああ、いえいえ、それ自体に問題はないんですぅ。ただ、10年前から減少していたカエンドラの生息数が、なんで急に増加傾向に転じたのか、その理由がさっぱりわからないんですぅ」


 メナは首を左右にひねりながら、周囲の景色を見渡した。


「ここはイラスナ火山の中腹で、山腹さんぷく割れ目噴火を起こしている場所の1つなんですけどぉ、見てのとおりカエンドラ以外の魔物や動物はいませんし、植物すら生えていません。つまりカエンドラに影響を与える外的な要因がまったくないんですぅ。それなのに、なんで個体数が増減するのか、その理由が誰にもわからないんですよねぇ」


「誰かがカエンドラを殺していたという可能性はないのでしょうか」


「それはこの前も少しお話ししましたが、やっぱり不可能だとおもいますぅ」


 ふと訊いてきたネインに、メナは首を横に振った。


「カエンドラは灼熱のマグマの中に生息していますから、近づくことすらできません。火山の高熱地帯にはマグスパイルという熱に強い特殊な蜘蛛もいますが、それでもマグマの中に入ることはできません。それにカエンドラ自体もマグマと同じ超高熱の体なので、人間どころかどんなに硬い武器でも簡単に溶かしてしまいます。なので、どうやっても倒すことはできないとおもいますぅ」


「なるほど。ですが、武器がダメなら氷の魔法で倒すことはできないんでしょうか」


「あ~、それならまだ可能性はありますねぇ」


 メナは答えながら黒い岩と砂だらけの大地を指さした。


「ですが、カエンドラはマグマの外に出ることは滅多にありませんので、やはり難しいとおもいますぅ。それに、どうにかマグマの外に引きずり出したとしても、おそらく第7階梯レベルの氷撃ひょうげき魔法が必要になるので、ふつうの魔法使いでは倒せないとおもいますぅ」


「ということは、大賢者なら倒せるということですか」


「そうですねぇ。カエンドラについてはかなり詳細な記録が残っているので、おそらくかなり昔の大賢者がなんとか倒して、研究したのではないかと言われています。えっと、カエンドラの額の部分を見てください」


 メナが溶岩の池の縁に上がってきたカエンドラを指さしたので、ネインも視点を合わせて目を凝らした。


「……あのトカゲの額は、なんだか目のように見えますね」


「はぁい。あれがカエンドラの魔法核マギアコアで、目のような形をしているから『カエンドラの瞳』と言われているんですぅ。あの魔法核マギアコアには、目の前の物体や現象の情報を取り込んで、カエンドラの肉体に反映させる能力があると言われています。つまりカエンドラは、溶岩の情報を自分の体に反映させることで、マグマと同一化しているということなんですぅ」


「なるほど。それで超高熱のマグマの中でも生息できるということか……」


 ネインはだいだい色に輝くカエンドラの瞳を見つめてうなずいた。


「それでメナさん。あのカエンドラの瞳には、どういう使い道があるんですか?」


「そうですねぇ、応用の可能性は無限にあるとおもいますぅ」


 メナは手帳にカエンドラのスケッチを描きながらネインに答えた。


「たとえば魔法の威力を倍増させたり、魔法を完全に無効化したりすることもできるはずです。魔法研究者の間では、すべての物質を黄金に変換することも可能だと言われていますねぇ」


「黄金変換の能力ですか。もしそれが本当なら、欲しがる人間はかなり多そうですね」


「はぁい。それはもう、魔法研究者にとってはのどから手が出るほど欲しいスーパーレアな特殊魔法核エクスコアですからねぇ。もしもカエンドラの瞳が売りに出されたら、それこそ目の玉が飛び出るほどの値段がつくとおもいまぁす」


「でも、それほどの価値があるものなら、カエンドラを狩りにくる大賢者がいてもおかしくはないと思うんですが」


「それがですねぇ、カエンドラの瞳には、もう1つ厄介な特徴があるんですよぉ」


「厄介な特徴?」


 ネインが首をかしげると、メナは再び灼熱の大トカゲを指さした。


「実はですねぇ、カエンドラを殺してしまうと、ただの魔法核マギアコアしか残らないんですぅ。ですので、生きているカエンドラの額から魔法核マギアコアを繰り抜かないと、特殊魔法核エクスコアにならないんですよねぇ。しかも繰り抜いた直後に適切な処置を施さないと、急速に特殊能力が失われてしまうそうなんでぇす」


「なるほど……。遠くから魔法で殺しても特殊魔法核エクスコアは手に入らない。しかし生きているカエンドラには近づくことができない――。それで、手に入れることはほぼ不可能というわけですか」


「はぁい。だからカエンドラの瞳は、伝説級の特殊魔法核エクスコアと言われているんでぇす」


「たしかにそれほどのレアアイテムなら、魔女が欲しがってもおかしくはないか……」


「そうですねぇ。魔女に限らず、大抵の魔法研究者は欲しがるとおもいまぁす。何しろカエンドラの瞳を売れば、死ぬまで研究費に困ることはありませんからねぇ」


「そうですか。――それではちょっと行ってきます」


「ほえ?」


 不意にネインが岩の下に飛び降りたので、メナは思わずパチクリとまばたいた。


「どうしたんですかぁ、ネインさん。どこに行かれるんですかぁ?」


「ちょっとカエンドラの瞳を採ってきます」


「はい?」


 ネインが遠く離れたマグマの池に足を向けたので、メナは一瞬言葉を失った。それから慌てふためきながら甲高い声を張り上げた。


「えぇっ!? ちょっ! ちょっとネインさんっ! 待ってくださぁいっ! ムリです! ムリムリ! あんな灼熱のマグマの池なんかに近づいたら、体が燃え上がってしまいますぅっ!」


 メナは必死になって声を飛ばしたが、ネインはかまわずまっすぐ進む。そしてゆっくりと歩きながら、首から下げた封印水晶エリスタルを握りしめた。


「……こい。ガッデムファイア」


 その瞬間、ネインの全身から魔法の炎が一気に噴き出した。さらに魔炎は細い筋となってネインの体を取り囲み、淡い光となってネインを包む。ネインはその赤いオーラをまとったまま、マグマの池に足を踏み入れた。


「いやぁーっ! ネインさんっ! 体が燃えていまぁすっ! まってまってっ! ダメダメダメダメぇーっ!」


 ネインが魔炎をまとったとたん、メナは悲鳴を上げて岩の下に飛び降りた。そしてすぐにマグマの池に向かって駆け出したが、強烈な熱気で思わず足が止まってしまった。しかも空気が熱すぎて呼吸すらままならないメナは、涙目になりながらあとずさり、なんとかマグマの池に視線を飛ばす。すると次の瞬間、愕然と目を剥いた。


 ネインが1匹のカエンドラを小脇に抱え、マグマの池から上がってきたからだ。しかも真紅のナイフをカエンドラの額の刺し込み、魔法核マギアコアを繰り抜いて地面に落とすと、何事もなかったかのようにメナに向かって手を振り出した。


「――すいません、メナさん。カエンドラの瞳には、どういう処置を施せばいいんですか?」


「……へっ? って、えっ? えええええええーっ!?」


 パチパチとまばたきながら呆然とネインを眺めていたメナは、我に返って驚愕の声を張り上げた。


「なっ! なんでネインさん無事なんですかぁっ!? なんで体もお洋服も燃えないんですかぁっ!? ええっ!? えええええええっ!?」


「熱にはちょっと強いんです」


「ちょっとってレベルじゃないですよっ!?」


「いえ、ほんとに大丈夫です。それで、これはどうすればいいんですか?」


 ネインは驚きまくっているメナの言葉を軽く受け流し、足下で超高熱を発している魔法核マギアコアを指さした。


「あっ! そっ、そうですねっ! 早く処置しないと品質が落ちちゃいますね! えっと! えとえと!」


 メナは慌てふためきながら周囲を見渡し、それから大地を覆う黒い砂を指さした。


「そっそっそれじゃあ! この砂をカエンドラの瞳にたっぷりとかけてくださぁい! 炭焼き小屋で高品質な炭を作るのと同じ要領ですぅっ!」


「なるほど。急速に熱を奪うことで、劣化を防げばいいわけか」


 メナの説明を瞬時に理解したネインは、光の粒となって消えかけていたカエンドラの死体を地面に落とした。それから黒い砂をかき集め、真っ赤に燃えるカエンドラの瞳に振りかける。すると砂は瞬時に溶けてマグマのように流れていく。ネインとメナは協力して砂を集め、休むことなく灼熱の魔法核マギアコアに振りかけ続ける。そうして2時間ほど作業を続けると、ようやく素手で持てる温度になった。


「できましたぁーっ! カエンドラの瞳の完成ですぅーっ!」


 メナは手の中で輝くオレンジ色の球体を見つめて、喜びの声を上げた。


「これで完成なんですか?」


「はぁい、間違いありませぇん」


 手ぬぐいで顔や手の汚れを拭いたネインが尋ねると、メナはカエンドラの特殊魔法核エクスコアを灰色の雲が広がる空に向けて色を確かめた。


「質の悪いものは灰色になるそうですが、これはマグマのような明るいオレンジ色なので完璧ですぅ。これだけ高品質なカエンドラの瞳なら、本当に国が1つ買えちゃうかもしれませぇん」


「そうですか。それでは少し休憩して、あと2個作ります」


「ふぁーっ!?」


 何気なく呟いたネインの言葉に、メナはびっくり仰天した。


「あと2個って! こんなスーパーレアなアイテムを3個も作ってどうするんですかぁっ!?」


「それは……ああ、そういえばメナさんにはまだ話していませんでしたね。実は、ある魔女と契約するために、このカエンドラの瞳が必要なんです」


「ほえ? 魔女ですかぁ?」


「はい。魔女の情報網を使って、ある人を探したいんです」


「はぁ~、なるほどぉ~。人探しのためですかぁ~」


 メナはわずかに首をかしげながらカエンドラの瞳をネインに渡した。そして、オレンジ色に輝く特殊魔法核エクスコアを小さな革袋にしまったネインを見つめながら、おそるおそる言葉を続ける。


「それでは、えっとぉ、事情はよくわかりませんけど、とにかくネインさんはカエンドラの瞳を手に入れるために、わたしの護衛を買って出てくれたというわけなんですかぁ……?」


「はい。黙っていてすいませんでした」


「ああ、いえいえ、それはべつにいいんです」


 ネインが軽く頭を下げたので、メナは慌てて小さな両手を左右に振った。


「ただ、ネインさんがすごすぎて、わたしちょっとビックリしちゃって……。えっとぉ、一昨日のシルバーゴーレムを倒した時も炎のようなものをまとっているように見えましたが、どうしてマグマの中に入っても平気なんですかぁ……?」


「それは、これです」


 ネインは首から下げている封印水晶エリスタルをメナに向けた。すると、水晶の中で揺れる朱色の炎が澄んだ青色に変化したので、メナは思わず目を輝かせた。


「うわぁ~、すごぉ~い。色が一瞬で変わりましたぁ~。すっごくきれいですぅ~」


「これはガッデムファイアといって、身につけていると熱耐性がつくんです」


「なるほどぉ~。つまりこれは特殊魔法核エクスコアなんですねぇ~。……でも、ガッデムファイアという名前は初耳なんですが、なんのモンスターの魔法核マギアコアなんですかぁ?」


「ああ、すいません。ガッデムファイアはオレがつけた名前です。正式名称はガルデリオン・ファイアです」


「……はい? ガルデリオン?」


 その名前を聞いたとたん、メナはパチクリとまばたいた。それからにっこり微笑んだ。


「えへへぇ~、ネインさんも冗談なんか言うんですねぇ~。ガルデリオンって、レジェンダリー・ハイネイチャーじゃないですかぁ~。そんなおとぎ話にしか出てこないモンスターの特殊魔法核エクスコアなんて、この世にあるわけないじゃないですかぁ~」


「ええ。なので、このことは秘密にしておいてください。信用できない人間に知られると、面倒なことになりますから」


「もぉ~、だからそういう冗談はぁ……」


 淡々と答えたネインを見て、メナはニコニコと微笑んでいた。しかしネインの表情は真剣そのもので、冗談を言っている雰囲気は微塵みじんも感じられない。それで次第にメナの顔からも微笑みが消えていき、ほとんど目を丸くしながらガッデムファイアを指さした。


「……えっ? まさかそれ、本当にガルデリオンの特殊魔法核エクスコアなんですか……?」


「はい。ちょうどひと月前に、ガルデリオンを倒して手に入れました」


「倒したって……まさか、ネインさんが1人で倒したんですか……?」


「はい、倒しました」


「でも、レジェンダリー・ハイネイチャーって、おとぎ話の中だと、国を丸ごと破壊するほど強いって言われていますよね……?」


「はい、強かったです」


「そんなものすごいモンスターに、本当に1人で勝ったんですか……?」


「はい、勝ちました」


 ネインは淡々と答えながら、こぶしを軽く握りしめた。そのとたん、メナは思わず頭を抱えてうずくまった。


「す……すみません、ネインさん……。ネインさんの言葉を疑うわけではないんですが、ちょっと話のスケールが大きすぎて、わたしの頭では理解に時間がかかりそうです……」


「そうですか。それではこのまま少し休憩しましょう。すぐに水を取ってきますので――む?」


 荷物を置いた岩に足を向けたとたん、ネインの瞳に緊張が走った。ネインは素早く背後を振り返り、空気の匂いに意識を集中しながらメナに言う。


「――メナさん、気をつけてください」


「ほえっ?」


 ネインの低く鋭い声に、メナはキョトンとしながら顔を上げた。するとネインが周囲を警戒しながら手招きしているので、メナは慌てて立ち上がった。


「急にどうしたんですかぁ、ネインさん」


「何か変な匂いがします。おそらく近くに誰かがいます」


「えっ? こんなところに登山者ですかぁ?」


「いえ、登山者なら気配を消しません。この接近の仕方は、たぶん敵です」


「てっ!? てきっ!?」


 その言葉を聞いたとたん、メナは反射的に首を縮めて周囲を素早く見渡した。しかし動くものは何も見えない。あるのはマグマの池と黒い砂。そして周囲に点在する大きな黒い岩だけだ。それでもメナはネインの言葉を信用した。王都を出発してから今日この時まで、ネインの指示にミスは1つもなかったからだ。だからこそ、メナはおそるおそるネインに尋ねた。


「どっ、どうしましょう、ネインさん……。本当に変な人がいるんなら、ここからすぐに逃げた方がいいとおもうんですけど……」


「そうですね。後ろはマグマが溜まっているので、ここで襲われたら逃げ道がありません。とりあえず東に移動して――」


 その瞬間、近くの岩の上に黒い人影が現れた。さらに人影は素早く走り、ネインに向かって跳びかかった。


「――うらぁーっ! すきありぃーっっ!」


 いきなり響き渡った男の声に、ネインは反射的に顔を上げた。そして襲いかかってくる鋭い刃を見据えながら、淡々と言葉を漏らした。


「……そんなものはない」


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