第62話  進撃の愚者たち――THE・DQN & BBQ


「――総員、抜刀っ!」


「「「「もう抜いてるよっっ!」」」」


 赤く染まった夕焼け空の下、長い黒髪の佐々木が指示を飛ばしたとたん、他の4人の男子たちは口をそろえて怒鳴り返した。そして深い森の四方八方から次々に襲いかかってくる大きな狼たちを、全員で片っ端から斬り殺していく。


「うらぁーっ! 転生武具ハービンアームズっ! 妖刀・光陰裏卜珍こういんうらぼくちん発動っ! 鬼さんこちらっ! 縛影剣ボンデージソードっ!」


 おかっぱ緑髪の塚原が声を張り上げて黄色い妖刀を大地に突き刺し、その周囲を身軽にぐるぐると逃げ回り始める。すると塚原を狙って跳びかかった狼たちは、影が妖刀に触れたとたん動きがピタリと停止する。その止まった魔獣どもの首をスキンヘッドの滝沢と、金髪ロングツインテールの柳生が素早く斬り落としていく。


「おらおらおらおらぁーっ! 転生武具ハービンアームズっ! 妖刀・桃竹鳩宗ももちくはとむね発動っ! 必殺全開っ! 奪力剣イグゾーストソードっ!」


 短い赤毛を逆立てた宮本も鋭く吠えて、素早く前進しながら狼たちに一撃ずつ当てていく。すると魔獣たちは一瞬で老化し、続々と地面に倒れていく。


「おらぁーっ! こっちにもかかってこいやぁーっ! このザコどもがぁーっ! いくぜぇっ! 転生武具ハービンアームズっ! 妖刀・黒光長竿くろびかりながさお発動っ! 次元斬ディメンションソードっ! 適当必殺っ! つばめ返し乱れ切りーっ!」


 佐々木は仲間たちに背を向けて妖刀を構え、一斉に跳びかかってきた狼たちに黒い刃を振りまくる。同時に佐々木の正面にある森の木々が魔獣ともども両断されて、まとめて大地に崩れ落ちた。そうして5人の少年たちは力の限り暴れまくり、100匹近い狼の群れを殲滅した。


「うーしっ! テメーら、終わったかぁっ!?」


「うっす! 佐々木パイセン! こっちは終わったっす!」


「オレッチの方も全部ぶっ倒したぜ」


 佐々木の確認に、塚原と宮本が声を上げた。


「……ったく、数の暴力はやっぱ強ぇなぁ」


 佐々木は黒い妖刀を鞘に戻し、光の粒となって消えていく魔獣どもの死体を眺めて顔をしかめた。


「ていうか、何なんだよ、この森は。なんでこんなに魔獣に遭遇するんだよ」


「ああ、まったくだ。火山に向かってまっすぐ進んでいるだけで、たぶん500匹以上は倒してきただろ」


「ほんとっすよ」


 佐々木と宮本のぼやきに、塚原もうんうんとうなずいた。


「イラスナ火山までの最短距離で魔獣がこんだけいるってことは、遠回りしたらもっとヤバかったすね。この森のエンカウント率、マジ狂ってますよ」


「ま、ここまで来ちまった以上、今さらボヤいてもしょうがねぇか」


 森のはるか奥にそびえる巨大な火山を佐々木が呆れ顔で見上げると、他の少年たちもうなずいた。


「それよりイジロウ。そろそろ日が沈むが、どうする? もう少し先に進むか?」


「あー、そうだなぁ……」


 宮本に訊かれ、佐々木は周囲を見渡しながら思案した。深い森の中はすでに薄暗く、夜の気配が漂っている。それに戦い続けてきたせいで、さっきから腹の虫も鳴いていた。


「ま、このペースなら、明日には火山に着くだろ。今日はこの辺で飯にするか」


「オーケイ。そんじゃあ早速、そこら辺でウサギでも捕まえてくるか。さっきの狼どもは魔法核マギアコアになっちまって食えないからな」


「ああ、それなら大丈夫だ」


 宮本が渋い顔で足元の青い宝石を拾い上げると、佐々木が森の奥にあごをしゃくった。


「さっき、森の奥にいた鹿を1匹ぶった切っておいたからな。――おう。塚原と滝沢でちょっと行って拾ってこい」


「うっす!」


「了解っす!」


 指名された2人はすぐさま駆け出し、首のない鹿の死体を拾ってきた。


「それではいつもどおり、わがはいが解体してバーベキューにしますかねぇ。ふひ」


「ふっ。拷問好きの変態も、こういう時は頼りになるな」


 喜々として食肉処理を始めた柳生を見て、佐々木はニヤリと頬を歪めた。


「それじゃあテメーら。いつもどおり、キャンプの準備に取りかかるぞ」


 佐々木が指示を出して手を叩くと、他の3人も一斉に動き出した。


 塚原と滝沢は2人でハーブやキノコを採りに行き、佐々木と宮本は丸太や薪を拾い集めて手際よくたき火をおこす。柳生はテーブル代わりの丸太に肉をどんどん切り分けていき、佐々木と宮本は木を削って串やお椀を作っていく。そして戻ってきた塚原がハーブと岩塩で鹿のレバースープを作ると、全員で肉とキノコを焼き始めた。


「ぃよーしっ! テメーらっ! 今夜も恒例のバーベキューパーリーだぁーっ!」


「「「「イエーッ!」」」」


 丸太に腰かけた佐々木が串焼きの肉をつかんで声を上げると、他の4人も一斉にこぶしを夜空に突き上げた。


「いいかっ! キャンプファイアでバーベキューしてっ! ビールを飲んで川で泳いでっ! 溺れて死ぬまでがお約束だぁーっ!」


「「「「イエーッ!」」」」


「肉ばっか食ってるとウンコがカチンコチンになるけどなぁーっ! ンなもん知ったことじゃねぇーっ! 1人5キロは肉を食えーっ!」


「「「「イエーッ!」」」」


「それじゃあいくぞぉーっ! 七天抜刀隊っ! チーム汚闘股おとこぉーっ! サンハイッ!」


「「「「「いただきマッチョーっ!」」」」」


 佐々木の掛け声と同時に、全員がボディービルダーポーズを取った。そしてすぐさま大爆笑――。無数の星々がきらめく夜空の下、深い森の奥で大きなたき火を囲んだ5人の少年たちは幸せそうに焼肉を頬張り始めた。


「うっほぉーっ! やっぱ殺したての肉はうまいなっ!」


「ああ。この鮮度はたまんねーぜ。いくら食っても食い飽きねーな」


 塚原が作ったタレで焼肉を食べた宮本が喜びの声を上げると、隣の佐々木も肉を咀嚼そしゃくしながらニヤリと笑ってさらに言う。


「ほんと、これだけでも、こっちの世界に転生してきた価値があるってもんだぜ」


「まったくだ。今の日本じゃ、外でバーベキューなんかできねーからな。近くの河原で勝手にやったら自治体の職員が注意にくるしよぉ、自宅の庭でやったら隣のババアに包丁で刺されるらしいからな」


「ほんと、マジで何なんだろうな。そんな息苦しい社会のどこが自由なんだよ。ルールでがんじがらめにされた人生しか選べない世界って、ほんとバカすぎるだろ」


 肉の筋と一緒に苦々しい思いを吐き捨てた佐々木を見て、宮本もうなずいた。


「だけどさ、イジロウ。オレッチが思うに、地球はもう限界なんだろ」


「限界?」


「ああ。人類はたぶん、ルールを細かく作りすぎたんだ。それでいつしか人類のためのルールじゃなくなって、ルールを守るための人類に成り下がっちまったんだ」


「あ~、なるほどな。そいつはたしかにそうかもな」


「ほら。映画とかでよくあるだろ? 高度に発達したロボットたちが人類を滅ぼすってヤツ。たぶん地球人はロボットじゃなく、高度に発達したルールに殺されかけているんじゃねーかなぁ」


「つまり、自分で自分の首を絞めるってヤツか」


「ああ、そんな感じだ。ルールもロボットも人間が作ったモンだけどさ、ルールの方は壊しにくいからな」


 宮本はスープを飲み、焼いたキノコを噛みちぎる。佐々木は食べ終わった串をたき火の中に投げ捨てて、新しい焼肉を食べながら夜空の星に目を向けた。


「だったらムサイは、どうすれば地球はよくなると思うんだ?」


「はあ? ンなもん、オレッチにわかるわけねーだろ」


 訊かれたとたん、宮本は肩をすくめた。


「だいたいさあ、オレッチより頭のいいヤツはガチで何十億人もいるっていうのに、それでも地球はゴミだらけのボロボロになっちまったんだ。海に流れたプラスチックゴミの量なんて世界中の魚より多いって言うし、地球規模で発生している異常気象の原因だって、明らかに人間のせいだって言われているからな。今さら何をやっても手遅れだろ」


「つまり、人類は自分たちを管理できていないくせに、ムダに細かいルールばかり作っているってことか。ほんと、どんだけバカなんだろうな」


「だからさ、地球はもう限界なんだよ」


 宮本は大きな肉の塊にかぶりつき、夜空に浮かぶ明るい星に目を向けた。


「オレッチたちをこの星に転生させた女神が何を考えているのかはわからないけどさ、別の惑星に地球人を転生させるってことは、つまり――」


「ああ、なるほどな。つまり女神たちも、地球を見捨てようとしている――ってことか」


 佐々木は呆れ顔で言葉を漏らした。


「だけどまあ、べつにいいんじゃねーか? かねとルールの奴隷と化した地球人なんか、さっさと全員死んじまえばいいんだよ。そんでこっちの星に転生して、セブンルールだけを守って生きていけばいいんだ。そうすりゃあ、みんながみんな、今の俺たちみたいに自由に生きていけるだろ」


「ああ、たしかにそうだな。今のオレッチたちは地球にいた時とはまったく違うからな。仲間同士で助け合って飯を作り、バカ笑いしながら食っている。これが本当の人間らしい生き方ってヤツだからな」


 宮本は、幸せそうに肉を食べている仲間たちを見渡して目を細めた。そんな宮本を見て佐々木もニヤリと笑い、スープを飲む。


「そんじゃあ、明日はムサイのためにあの犬っを捕まえて、人間らしく思いっきり遊ぶとするか」


「おお、当たり前だ。そのためにわざわざ、こんなところまで来たんだからな」


 不意に邪悪な笑みを浮かべた佐々木に、宮本もニタリと笑って唇をペロリと舐めた。すると不意に塚原が口を挟んだ。


「あ、でも宮本パイセン。メナちゃんはたぶん護衛を雇っていると思うっすけど、そいつはどうします?」


「はあ? ンなもん、悩むことないだろ。速攻でぶっ殺せばいいだけじゃねーか」


「だったらそいつ、ムネのおもちゃにしていいっすか?」


 塚原は隣の柳生を指さした。


「なんか新しい拷問を考えついたから、試してみたいらしいっす」


「ああ、なんだ、そういうことか。そりゃあ別にかまわねーけど、柳生もほんと、地球にいた頃より生き生きと笑うようになったな」


 なぜか照れくさそうにツインテールをなでている柳生を見て、宮本は苦笑した。すると佐々木が再び焼肉の串をかざし、威勢のいい声を張り上げた。


「ぃよーしっ! そんじゃあテメーらっ! 明日はイラスナ火山に到着だぁっ! ムサイのために気合いを入れて、あの犬っをとっ捕まえるぞっ!」


「「「おうっ!」」」


「やれやれ……。ほんと、オレッチはいい仲間を持っちまったみたいだな」


 一斉にこぶしを突き上げた仲間たちを見て、宮本はもう1度苦笑い。それから5人の少年たちは思うがままに焼肉を食いまくり、夜の森に明るい笑い声を響かせ続けた。



 それが彼らの、最後の晩餐ばんさんだった。


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