第56話  憂いの森の捜査班――レッドパラソル・アサシネーション


 小雨が降り始めた暗い森の一本道を、1台の馬車が走っていた――。


 が沈んだあとの森の中は、ただひたすら黒かった。空を見上げると、暗黒のような分厚い雨雲がどこまでも広がっている。深い森の中を切り開いて作られた幅の広い土の道には、いくつものわだちが刻まれ、そこに雨水がたまっていく。そして、見るからに立派な馬車の車輪は止まることなく回り続け、わだちの水を弾きながら森の奥へと走っていく。


 すると不意に前方が明るくなった。森の中に不自然に現れたその光源は、いくつものかがり火だった。数百メートルに渡って設置された無数のかがり火の間を、馬車は速度を落としてゆっくり進み、通行規制している大勢の警備兵の前で停車した。そしてすぐに、馬車の中から3人の人物が姿を現した。


 1人は軍服姿の若い男性。もう1人は革製の雨合羽を着た若い女性。そして最後の1人は、フリルの付いた白いドレス姿の少女だった。若い男はすぐさま客車の後ろに足を運び、固定していた車椅子を地面に下ろす。すると若い女性が少女を抱きかかえて近づき、車椅子にそっとのせる。そして赤い傘を広げて椅子の上に固定してから、車椅子をゆっくりと押して歩き出す。


 若い男は短い茶色の髪をかき上げながら2人の前を歩き、警備兵に話しかけた。そして状況の報告を聞いてから、近くにある死体の山を迂回して、その奥で停止している大きな馬車の前で足を止めて振り返った。


「さてと。アム、ネンナさん。ご覧のとおり、ここが現場です。何かわかることはありますか?」


「「ねむいから帰りたい」」


 男の質問を耳にしたとたん、少女と若い女性は口をそろえて淡々と言い切った。


「いや、2人ともついさっきまで馬車の中で寝てたでしょう……」


 男は思わず額を押さえ、長い息を吐き出した。すると車椅子に座った少女が、赤い傘の下で大きなあくびを1つしてから口を開いた。


「ふわ~あ~、クルースはわかってないなぁ~。揺れる馬車の中でぐっすり眠れるわけがなかろぉ~」


「いやいや、ここに来るまでの3時間ほど、ほとんどずっと寝てただろ」


「たかが3時間程度、我にとっては1秒も同然だからなぁ~」


「そのとおりです、クルース様。3時間など、私にとっては0・1秒ほど……Zzz……」


「いや、だからネンナさん。話している途中で寝ないでください……」


 小雨が降る道の上で、いきなり寝息を立て始めたネンナを見て、クルースは再びため息を吐いた。しかしすぐに気を取り直し、ポケットから小さな包みを2つ取り出す。そして2人の前に差し出しながら言葉を続ける。


「えっと、2人の好きなスイーツショップ、オルクラで焼き菓子を買ってきましたので、よかったら召し上がってください」


「「いただきますっ」」


 アムとネンナはすぐさま包みをひったくり、茶色い紙に包まれていたクッキーを食べ始めた。


「ふむふむ、いいぞぉ~、クルースよ。これはなかなかいい心がけだ。次はオレンジケーキを用意するがよい」


「いや、こんな場所でケーキなんか食べ始めたら、さすがに怒られるだろ……」


 クルースは通り過ぎてきた死体の山に目を向けて、首を小さく横に振った。それから雨の中でクッキーを食べ続ける2人に向かって、ゆっくりと話し始める。


「えー、それではとりあえず今回の事件の概要を説明します。本日の午後、王位継承権第9位のカトレア・イストン姫殿下が、王位継承権者会談に出席するため王都に向かっている途中、この場所で何者かの襲撃を受けました。護衛隊の指揮をっていた白百合騎士団のアルバート・グロック殿は、襲撃の寸前に王都の警備隊に応援を要請しましたが、警備兵が駆けつけた時には戦闘はすでに終了。カトレア姫とアルバート殿のほか、護衛の騎士100名もすべて斬殺されてしまい、生存者は1人も見つからなかったとのことです」


「なるほどな。で、敵の正体はわかっているのか?」


「いや。残念ながら不明だ」


 アムの質問に、クルースは即座に首を横に振った。


「警備兵に応援を要請に来た騎士は敵の姿を見ていないらしい。しかし待ち伏せしていたのは5名で、そいつらはあの大木で道を塞いでいたそうだ」


 クルースは言いながら、遠くに横たわる倒木を指さした。その木は道の脇に置かれているので、警備兵がどかしたのだろう。するとアムも大木を眺めながら口を開く。


「ふーん。ということは、少しばかり面倒な話になりそうだな」


「ん? 面倒な話というのはどういう意味だ?」


「べつに。そのまんまの意味だ」


 アムは指についたクッキーのカスをなめて、言葉を続ける。


「この前の王位継承権者会談の暗殺事件から、今日でちょうど1週間が経つ。そして再び王位継承権者が暗殺された。しかも暗殺者の数が5名ということは、前とは異なる犯人ということだ」


「なんでそんなことが言い切れるんだ? 先週の事件の犯人像は凄腕の精霊魔法使いが1人と言っていたが、それが間違っていた可能性もあるだろ。本当は今回と同じ5人組だったかも知れないじゃないか」


「殺し方がまるで違うだろ」


 アムは軽く呆れた顔で死体の山を指さした。クルースも無数の騎士と馬の死骸を遠目に眺め、渋い顔で1つうなずく。


「それはまあ、たしかにそうだけど……。でも、同じ犯人が、わざと手口を変えたということも考えられるんじゃないか?」


「その可能性はたしかにあるが、そんなムダなことをしてどうする。しかも前回は宮殿にいた人間をすべて殺して自分の痕跡を一切残さなかったヤツが、自分の目撃情報を残すと思うか? それに今回の殺し方を見れば、間違いなく異なる暗殺者だと言い切れる」


「殺し方?」


「簡単なことです、クルース様。今回の暗殺者は、殺しを楽しんだ痕跡があります」


 ふと首をかしげたクルースに、クッキーを食べ終えたネンナが横から淡々と声をかけた。そして車椅子をゆっくり押して死体の山に近づき、続きを話す。


「ご覧ください、クルース様。死体の山は2つあります。1つは人馬もろとも滅多切りにされた山。もう1つは少し手前のこちらの山で、複数の殺し方をされています」


「なるほど、たしかに……」


 クルースは騎士たちの死体を見てうなずいた。目の前にある死体は、老人のように顔や体がやせ細っていたり、金属の鎧もろとも肉体を溶かされていたり、剣でめった刺しにされていたりする。


「この状況から推測すると、護衛の騎士隊は暗殺者に対し波状攻撃を仕掛けたのでしょう。まずは半数が攻撃を仕掛け、そのあとに残りの半数が追い打ちをかけようとしたと思われます。しかし最初の半数は、たった1人の敵に殲滅されました。そして残りの半数は、4名の敵に撃破されました。それは殺し方を見れば一目瞭然。特にこの――」


 ネンナは鎧が溶けている死体を指さした。


「超高熱で鎧と肉体を溶かしたと思われる殺し方は非常に特徴的です。まるで泥をかき混ぜるかのように肉体がこねくり回されていることから、人殺しを楽しんでいたことは間違いありません」


「なんという残虐なことを……」


 遠くのかがり火でほのかに照らし出された死体から、クルースは思わず目を背けた。するとネンナが再び車椅子を押して移動したので、クルースも慌ててあとについていく。ネンナは道の上で大の字になって倒れている死体のそばで足を止め、じっくりと観察する。その横に立ったクルースは胸の前で両手を組んで祈りを捧げた。それから低い声で言葉を漏らす。


「……こちらが護衛隊の指揮をされていた、白百合騎士団のアルバート・グロック殿です」


「なるほど……。グロック様はどうやらかなりの使い手だったようですね」


 短い銀髪の騎士の死体を見ながら、ネンナはぽつりと呟いた。それから周囲の黒い地面を見渡し、雨でにじんだ血痕に目を凝らす。


「クルース様。この現場から運び去った死体はありますか?」


「いえ。ここを封鎖した警備兵は、何も手を触れていないそうです」


「そうですか……」


 クルースの返事に、ネンナはわずかに首をかしげた。そして車椅子から少し離れて地面の上に膝をつくと、血と雨で濡れた大地に手のひらをつけてじっくりと観察する。さらに周囲の地面と落ちていた短剣を念入りに調べてから、車椅子まで戻ってきた。


「雨のせいで戦闘の痕跡がかなり薄れていますが、おおよそのことはわかりました。まず、グロック様は4名の敵に囲まれて、全員を斬り殺しました。そしてあとから来た5人目の敵と向かい合った時に、何らかの方法で体の自由を奪われました。それから生き返った4人のうちの3人と、5人目に囲まれて、めった刺しにされて殺されたと思われます」


「斬り殺した敵が、生き返った?」


 ネンナの説明を聞いたとたん、クルースはいぶかしげに眉を寄せた。


「それは、グロック殿に斬られて怪我をした敵が回復したのではなく――」


「はい。地面に流れた出血の量から見て、グロック様は4名の敵のうち、2名の首をはねたと思われます。そして、そこまで敵に容赦のないグロック様が、他の2名を殺さないとは思えません」


「なるほど……。たしかに天秤剣ライブラソードの使い手であるグロック殿なら、4人が相手でも一瞬で斬り伏せることができるはず……。しかし、そんな凄腕のグロック殿の自由を奪うとは、いったいどうやって……?」


「それはおそらく、でしょう」


 思案しながら呟いたクルースの横で、ネンナが近くの地面を指さした。つられてクルースが目を落とすと、土の道に小さな穴が開いているのがかろうじて見える。


「この穴は……剣を突き刺した穴か?」


「はい。グロック様の遺体の位置と、周辺にあった足跡、血痕などを総合的に考慮すると、その穴は戦闘とはまったく関係がありません。しかし、誰かが力を込めて刀を突き立てないと、そこまでの穴は開きません。ということは、何かの目的があって刀を突き立てたということ。そして暗殺が起きた時間と本日の曇り空を考慮すると、その位置にはグロック様の影があったはず。つまり暗殺者の1人は、魔法の効果を持つ刀をグロック様の影に突き立てて、動きを封じたと思われます」


「なるほど、魔法剣か……。ということは、他の死体もすべて――」


「はい。戦闘の痕跡と死体の傷から見て、おそらく暗殺者は5人とも、何らかの魔法剣を所持していたと思われます」


「そうなると、たしかに先週の暗殺者とはまったく異なる暗殺集団の仕業ということか……」


 ネンナの話を聞いて、クルースは眉間に深いしわを刻んだ。それからハッと気づいて言葉を続ける。


「そういえば昨日、王都の路地裏で貴族の少女が殺された事件があったと聞いたが、あれはたしか――」


「はい。その事件なら私も耳にしています。被害者の名前はポーラ・パッシュ。彼女の首は鋭い刃物で切断されて、胴体からは心臓がえぐり出されていたそうです」


 クルースの呟きに、ネンナが淡々と言葉を添えた。するとクルースはあごに手を当てて考え込んだ。


「そんな残酷な事件があった翌日に、この残忍な暗殺事件――。この2つの事件はもしかして、何らかの関係があるのだろうか……? いや、それよりも、王位継承権者を狙った暗殺が連続で発生したということは、まさかサイラス陛下の死も暗殺だった可能性があるということか……?」


「うむ、たしかにその可能性はあるだろう」


 クルースのひとり言に、不意にアムが口を挟んだ。


「しかしな、クルース。もしもその仮説が真実だとしたら、それがどういう意味を持っているかわかるか?」


「意味……?」


 クルースは思わず眉を寄せながら、車椅子に座るアムを見つめて首をかしげた。


「簡単なことだ。サイラス王を病気で死亡したと見せかけて殺し、7人の王子たちをほとんど跡形もなく消し去った。そして今日、この場にいた者を全員無残に斬り殺した――。もしもこれらが一連の事件だとしたら、首謀者は手口の異なる複数の暗殺者を雇ったということになる。そしてそれが意味するところは、極めて緻密な計画があるということ。つまり、その首謀者の真の狙いは――クランブリン王国の滅亡だ」


「なっ!?」


 淡々と話したアムの言葉に、クルースは驚きのあまり両目を見開いた。


「クランブリン王国の滅亡って……その黒幕は、この国に喧嘩を売っているということか……?」


「王族を片っ端から暗殺するというのは、つまりはそういうことだろう。そして非常に残念ながら、我にはその首謀者の目星がついてしまった」


「なんだって!? アム! おまえ、黒幕の正体がわかったのか!?」


「正体はまだわからぬ。しかし、その首謀者がどういうたぐいの存在かは、我の想像どおりでまず間違いないだろう……」


 アムは背もたれに寄りかかり、深い息を吐き出した。そして、赤い傘の下で疲れ切った表情を浮かべたまま、土の道の先を指さした。


「それよりクルース。あの先で倒れているのがカトレアだな?」


「えっ? あ、ああ、警備兵からはそう聞いているけど……」


 不意に訊かれたクルースは後ろを振り返り、かがり火で淡く照らされた道の先に目を凝らす。しかし目に映るのは夜の闇だけで、倒れている死体は見えない。


「そうか。では、ネンナ。迷い子まよいごに道を示しに行くぞ」


「かしこまりました、お嬢様」


 アムの言葉にネンナは1つうなずき、車椅子を押して歩き出す。そして小雨が降る夜の道をまっすぐ進み、少女の死体の前で足を止める。そのとたん、一緒についてきたクルースは思わず顔を曇らせた。


「う……こいつはひどい……。こんな子どもをここまで滅多切りにするなんて、人間のやることじゃないだろ……」


「クルースよ。花も恥じらう少女に向かってそう怖い顔をするでない。……それで、カトレアの年はいくつだったのだ?」


「え? 年? えっと、姫はたしか……13歳になったばかりだったと思うけど」


「そうか、13か……。因果なことだ。我もたしか13の年だったからな……」


 アムは悲しそうにぽつりと呟き、雨ざらしの死体を見つめた。そして静かな息を1つ漏らし、魔法を唱えた。


「第4階梯精霊せいれい魔法――異界透視マルデンサイト


 その瞬間、アムの瞳の中に魔法の光が宿った。アムはそのままカトレアの死体の上に視点を合わせ、優しげに微笑んだ。


「……そうか。痛かったか、カトレアよ。ならば我がその痛みを取ってやろう。だからもう泣くでない。そして迷うことなくソルラインへと向かうのだ。そうすればいつかまた、いとしい者と語り合える日がくるだろう」


「アム、おまえまさか……」


 クルースは思わず口を開いた。しかしすぐに言葉をのみ込み、胸の前で両手を組んだ。アムは黙り込んだクルースに向かってわずかにうなずく。そして夜の闇を見つめて微笑みながら、魔法を唱えた。


「第5階梯ひかり魔法――聖光波動ホーリーライト


 その瞬間、カトレアの死体が柔らかな光に包まれた。その光は次第に輝きを増していき、夜の森を淡く照らす。そしてアムたちの目の前に泣きじゃくる少女が現れた。それは黒いドレス姿の少女――カトレアの魂だった。


 自分の死体の上で泣いていたカトレアの魂は、ふと顔を上げてアムを見た。アムもカトレアをまっすぐ見つめ、微笑みかける。そして小さな両手を黒い夜空にゆっくり掲げる。するとカトレアもアムを見つめてにっこり微笑み、聖なる光とともに夜空に向かって昇っていった。


「……すまぬな、カトレアよ。我が子を守る力のないこの我を、恨んでくれてかまわぬぞ……」


 まっすぐ天へと向かうカトレアの魂を見つめて、アムは悲しみのこもった声を漏らした。そしてその光が見えなくなるまで見送ってから、口を開く。


「案ずるな、クルースよ。我の力はたしかに衰えてはいるが、この程度の魔法ならどうということはない」


「だったらいいけど、おまえ、光魔法や治癒魔法は苦手なんじゃなかったか?」


「うむ。死ぬほど苦手だ。しかし、迷える子どもの魂が死霊デスレイになるのを黙って見ているわけにはいかんだろ。それにカトレアの魂がソルラインに行かねば、騎士たちの魂もこの場にとどまったままになってしまうからな」


「ああ、なるほど。そういうことか……」


 アムの言葉を聞いたとたん、クルースは後ろを振り返った。そして遠くの死体に目を向けながら低い声で呟いた。


「たしかに、グロック殿はそういうお人だったからな……」


「それで、クルース。おまえはこれからどうするつもりだ?」


「え?」


 不意に質問してきたアムを見て、クルースは思わず小首をかしげた。


「どうするって、それはもちろん今までどおり、王都に戻って暗殺者を捜すつもりだけど。特に今回は相手が5人組だとわかっているからな。怪しい5人組がいたらきっと目立つはずだ。まずはそこから情報を集めた方がいいだろう」


「そうだな。それは捜査方針としては間違ってはいない。だが、それよりも先にやるべきことがあるだろう」


 そう言いながら、アムはネンナを見上げて目配せした。するとネンナは1つうなずき、元来た道へと車椅子を押し始める。同時にアムは横を歩くクルースにさらに言う。


「7人の王子だけでなくカトレアまで暗殺されたということは、他の王位継承権者も狙われているということだ」


「ああ、そういうことか。それならおそらく大丈夫だ」


 クルースは濡れた髪をかき上げて水を飛ばし、言葉を続ける。


「ここに来る前に、他の王位継承権者には使いを出しておいたからな。王都に向かっていた王子や姫は、カトレア姫が暗殺されたことを聞けば、すぐに自分の領地に引き返して守りを固めるはずだ。そうすれば、暗殺者がつけ入るスキもなくなるだろ」


「しかしな、クルース。そうは言っても、敵がブルーハンドを雇っていたらどうするのだ?」


「ああ、あの最強の暗殺者か……」


 アムの一言に、クルースは思わずため息を漏らした。


「たしかにアムの言うとおり、先週と今回の暗殺者は違うみたいだから、ブルーハンドも雇われている可能性はじゅうぶんに考えられる。だけど、それはもうどうしようもないだろ。こちらにできる対策は、上位の王位継承権者を集中的に警護すること。あとは僕たちが暗殺者と首謀者を見つけて捕まえるしかないからな」


「うむ。現実的な対策はそれしかないだろう。しかし、今回の連続暗殺事件の裏にはかなりの闇が感じられる。これは2年前に王都を破壊しようとした、あのラグナロクよりも不気味な闇だ。この闇を切り裂くのは少々難しいかもしれん……」


 アムはかがり火の奥に広がる暗黒の森を見つめ、憂いの息をわずかに漏らした。


「……いざとなれば、我の力を解放する必要があるかもしれんな」


「いや。さすがにそうはならないだろ」


 車椅子の横を歩くクルースが、再び髪をかき上げて口を開いた。


「今回のカトレア姫の暗殺で、次の王位継承権者会談はおそらく延期になるはずだ。複数の暗殺者が潜んでいる今の王都に、自分から近づこうとする王位継承権者なんているはずがないからな。その間に僕たちが暗殺者を1人ずつ見つけ出し、首謀者を逮捕すればいい。そうすれば、ラグナロクの時みたいにアムが前に出る必要はないからな」


「さて。それはどうかな――」


 アムは再び背もたれに寄りかかり、赤い傘を叩く雨音を聞きながら言葉を続ける。


「人間というのは基本的に愚か者だからな。そして愚か者というのは、自らの欲望に目がくらむ。そうなると、正常な判断ができなくなる」


「それはつまり……王座に目がくらんだ王位継承権者が、危険を承知で王都に来るかもしれないってことか?」


「一言でいえばそういうことだ。この国の歴史において、第5位以下の王位継承権者が王座に就いたことは一度もない。しかし、上位の8名が暗殺されたこの機会に便乗して、野心を燃やす者が出てきたとしてもおかしくはないだろう。そうなると……」


 クルースの予測に、アムは淡々と言葉を返した。そして赤い傘の下から暗黒の夜空を見上げ、ぽつりと呟く。


「この闇は、まだまだ長引くかもしれないな――」


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