第49話  錬金術師が暮らす家――ガールズ・イン・クライシス その2


 家のドアがゆっくりと開く音が漂ったとたん、5人の少年たちの間に緊張が走った。


 メナの家の居間にいる少年たちは素早く目配せして、左右に広がる。そして腰の刀に手を添えて、抜刀の構えを取りながら廊下の方に目を凝らす。するといきなり音もなく1人の男が姿を現した。短い黒髪の少年だ。少年は廊下で立ち止まったまま居間の中に視線を飛ばし、5人の少年と、泣いている2人の少女を素早く見た。同時に緑髪の塚原が目を吊り上げて怒鳴り出す。


「ああっ!? だれだテメーっ! なに勝手にひとんちに上がりこんでんだっ!」


「……それには理由がある」


 腰に2本のナイフを装備した少年は淡々と答え、床に倒れて泣きながら自分を見上げている少女たちに手のひらを向けてゆっくりとうなずいた。


「オレはメナ・スミンズに会いに来た。しかしドアをノックしても誰も出てこない。家の中には大勢の気配があるのに、これはおかしい。もしかしたら強盗が押し入って、メナ・スミンズの口を塞いでいるのかもしれない。だから勝手にドアの鍵を解除して入ってきたんだが、どうやらオレの予想は当たっていたようだな」


「ああっ!? なンだテメーっ! どンだけエスパーな推理かましてんだゴラぁーっ! テメーは通りすがりの名探偵かコノヤローっ!」


「……いや、待て、塚原」


 吠えながら刀を抜こうとした塚原を、赤髪の宮本が声をかけて制止した。


「こいつの顔には見覚えがある。冒険職アルチザン協会の前で、おまえと話したヤツじゃないか?」


「えっ? ……ああっ! そうだっ! 間違いねぇっ! たしかにこいつっすよ、宮本パイセンっ!」


 宮本の指摘でハッと思い出した塚原は、少年をにらみながらさらに言う。


「テメーっ! ほんとはメナちゃんの知り合いだったんだなっ! だからボクチンたちに嘘の情報をつかませて追い払ったんだろっ! まったく! なんって卑怯なことをしやがるっ! テメーには常識とか良心ってモノがねーのかぁっ!? ああンっ!?」


「……そうだな。おまえの言う常識と良心は、オレには理解できそうにない。しかし誤解するな。メナ・スミンズの名前を知ったのはついさっきだ。ここには冒険職アルチザン協会で仕事の依頼を見て、応募するために来たんだ」


「はっ! 嘘つくんじゃねぇっ! 掲示板に貼ってあった依頼の紙はボクチンが破って持ってきたからなっ! 掲示板にない依頼をどうやって目にすることができんだよっ!」


「おまえが依頼の紙を持っていく前に記憶していただけだ。それより、おまえたちはいったい何をしている」


 短い黒髪の少年は、自分をにらんでいる少年たちを順番に見渡した。すると宮本があごを上げて口を開く。


「別に、仲良く遊んでいるだけだが、それがおまえになんか関係あるのか?」


「なるほど。遊んでいたのか。――そうなのか?」


 少年は宮本から目を逸らし、床に倒れているメナとシャーロットに顔を向けた。すると2人の少女は全力で首を横に振り出した。


「つまりあんたたちは、この5人に襲われていたんだな?」


 続けて訊いてきた少年の言葉に、メナとシャーロットは力いっぱいうなずいた。


「……はっ。だったらどうするって言うんだよ」


 少年と少女たちのやり取りを見ていた宮本は、おもむろに腰の刀を抜き放ち、鋭い切っ先を少年の方にまっすぐ向ける。


「こっちは5人。おまえは1人。この人数差で勝てると思ってんのか?」


「別に」


 宮本の鋭い視線を受けながら、少年は軽く肩をすくめてさらに言う。


「オレには勝つつもりも、負けるつもりもない。そもそも今は、おまえたちと戦うつもりも必要もない」


「ああ? なんだと? それはいったいどういう――」


 宮本が怪訝けげんそうに眉をひそめたとたん、少年はいきなり声の調子を整えながら窓に向かって歩き出した。


「あー、あー、あー、あー……」


 少年は声のトーンを段々と上げながら、カーテンと窓を開けた。それから思いっきり息を吸い込み――悲鳴を上げた。


「キャーっ! たぁーすけてぇーっ! 強盗よぉーっ! メナ・スミンズの家に5人の強盗が押し入ったわーっ! ころされるぅーっ! だれかたすけてぇーっ!」


 それはほとんど少女の声だった。短い黒髪の少年は甲高い少女の声色こわいろを作り、表の通りに向かって全力で助けを求めた。すると散歩をしていた住民や郵便配達員がざわざわと騒ぎ始め、何人もの人が警備兵を呼びに駆け出した。その直後、遠くの方で警備兵の笛の音が鳴り響き、呆気に取られて固まっていた5人の少年たちは我に返って慌て始めた。


「てっ、テメーコノヤローっ! 助けを呼ぶなんて卑怯だぞっ! テメーそれでもオトコかよっ!」


「今は女子だ」


 塚原が唾を飛ばして文句を言うと、黒髪の少年は少女の声色こわいろでそう言い切った。


「こ、こいつ……頭がイカれてやがる……」


 堂々と女子宣言をした少年を見て、塚原は愕然と両目を見開いた。それから近くに立つ長い黒髪の少年に顔を向けて、おそるおそる伺いを立てる。


「さ、佐々木パイセン、どうしましょう……?」


「ああ? どうするもこうするもねーだろ。撤収てっしゅうだ」


 訊かれたとたん、佐々木は憎々しげに短い黒髪の少年をにらみつけた。それから塚原の顔面を殴り飛ばして唾を吐く。


「まったく。テメーがグズグズしてっからこうなったんだ。とにかく今はズラかるぞ。こんなところで警備兵とやり合ったら、明後日の仕事が面倒になる。それでもし失敗でもしたら、マジでヨッシーに埋められちまうからな」


「う……ウッス……サーセーンっす……」


 殴られて唇の端を切った塚原は、手の甲で血を拭いながら返事をした。同時に5人の少年たちは玄関へと走り、そのまま大通りに飛び出して姿を消した。


「行ったか……」


 ネインは窓辺に立ったまま、走り去る少年たちの背中を淡々と見送った。そして駆けつけてきた警備兵に事情を話し、窓と玄関を閉めて鍵をかける。それから呆然と立ち上がっていた少女たちに声をかけた。


「2人とも、大丈夫か?」


「あ、はい、わたしは大丈夫です……って、あなたはさっきの――」


「うわぁぁぁん、こわかったですぅ~」


 シャーロットが少年に返事をしたとたん、メナが泣きながら少年に抱きついた。それでシャーロットは仕方なく口を閉じ、血で汚れた顔と手を洗いに行く。それから居間に戻ってみると、泣き止んだメナが少年に向かって丁寧に頭を下げていた。


「――すいませぇん、もう落ちつきましたぁ……。またまたたすけていただいて、本当にありがとうございましたぁ……」


「またまたって、それじゃあやっぱり、冒険職アルチザン協会でメナちゃんを助けてくれたのって、この人なの?」


「うん、そうなのぉ」


 横から声をかけてきたシャーロットに、メナはこくりとうなずいた。


「へぇ、すごい偶然。水路に落ちたわたしを助けてくれたのも、この人なの」


「ほえ? そうなの?」


 軽く驚いてパチクリとまばたいたメナに、シャーロットも1つうなずき返す。


「ふわぁ~、それじゃあやっぱり、あなたはとってもいい人なんですねぇ~。あ、そうだ。すぐにお茶をいれてきますので、ちょっと待っていてくださぁい」


 不意に瞳を輝かせて少年を見上げたメナは、慌ててテーブルのティーセットを持ち上げて奥の台所に駆けていく。その小さな背中を無言で見送った少年に、シャーロットも礼を述べて頭を下げた。


「えっと、わたしも、また助けてくれてありがとうございました」


「ああ、いや、それは別にいいんだが、それよりその――」


 少年は手のひらを向けてシャーロットの言葉を受け流し、首をかしげながら奥の部屋を指さした。


「メナ・スミンズというのは、あの子のことか?」


「え? うん、そうだけど」


「それじゃあ、本当にあの子が、王立研究院の正規の研究者?」


「ああ、そういうことね」


 不意に困惑した表情を浮かべた少年を見て、シャーロットは思わずクスリと笑った。


「見た目が子どもっぽくて驚いた? あれでもメナちゃん、18歳なんだけど」


「そうか、あれで18歳なのか……。人は見かけによらないってよく聞くが、どうやら本当らしいな」


「まあねぇ。だけどそれを言ったら、あなただって見かけによらないけどね」


「それはつまり、オレが弱そうに見えるってことか?」


「なんだ。自覚してるんだ」


「まあな。村ではいつもそう言われているからな」


 そう言って軽く肩をすくめた少年を見て、シャーロットはもう1度小さく笑った。それから少年をまっすぐ見つめて、右手を差し出す。


「えっと、わたしはシャーロット・ナクタン。あなたは?」


「ネイン・スラートだ」


 ネインも淡々と名を名乗り、シャーロットと握手を交わす。するとネインが首からげている水晶クリスタルの中で、朱色の炎が淡い黄金おうごん色に変化した。


「あら? なにそれ? すごくきれいね」


「ああ、これはちょっとしたお守りだ」


 ガッデムファイアを興味深そうに見つめたシャーロットにネインは短く答え、小首をかしげながら黄金おうごん色の炎を眺めた。するとシャーロットもネックレスの先の青いロケットをつまみ、微笑みながら口を開く。


「ほら、お守りならわたしも持ってるわよ。中になにが入っているかはしらないんだけどね――」


「――おまたせしましたぁ~」


 不意にシャーロットの言葉をかき消すようにメナの元気な声が飛んできた。いそいそと居間に戻ってきたメナはネインとシャーロットに椅子を勧め、腰を下ろした2人の前に茶を注いだカップをそっと置く。それから自分も椅子に座り、にこやかに口を開く。


「それではえっとぉ、あらためまして、メナ・スミンズと申します。今日は2度もたすけていただき、本当にありがとうございましたぁ~」


「ああ。オレはネイン・スラートだ。とりあえず2人とも無事でよかった」


「わたしは鼻血が出たけどね」


 淡々と答えたネインの隣で、シャーロットは苦笑いしながら鼻をなでた。それからネインに目を向けて言葉を続ける。


「それよりあなた、メナちゃんの仕事の依頼を見て応募に来たって言ってなかった?」


「ああ、その件で来たんだが――」


 ネインは茶を一口すすり、メナを見つめる。


「実は、カエンドラというモンスターに少し興味があるんだ。だからもしよかったら、オレを君の護衛に雇ってもらえないだろうか」


「もっちろん大歓迎ですぅ~っ!」


 ネインの申し出を聞いたとたんメナは小さなこぶしを全力で握りしめ、一瞬でネインの採用を決定した。そして頭の上の茶色い耳をせわしなく動かしながらさらに言う。


「こちらこそ、どうぞ末永くよろしくお願いいたしますぅ~」


「え~、なにそれメナちゃん。末永くって、なんか使い方間違ってない?」


「えへへぇ~、たしかにちょっとちがうかもぉ~」


 クスクスと笑ったシャーロットに、メナも照れくさそうに微笑みながら頭をかいた。それから再びネインに顔を向けて確認する。


「それじゃあ、えっとぉ、ネインさん。条件と報酬のことなんですけどぉ」


「ああ、それは依頼書に書いてあったとおりでかまわない。ただし、1つだけ変更してほしいことがある」


 雇用条件の交渉に入ったとたん、ネインは指を1本立ててメナを見つめた。


「出発は来週ではなく、明日の朝にしてくれないか?」


「えっ? 明日ですか?」


 ネインからのいきなりの提案に、メナは思わずパチパチとまばたいた。


「えっとぉ……それはまあ、今から急いで準備すればできないことではないですけど、どうしてですかぁ?」


「理由は2つある」


 不思議そうに小首をかしげたメナに、ネインは立てた指を2本に増やして説明する。


「1つはこちらの都合だ。キミの護衛をしたあとに少し遠出をする予定があるから、できるだけ時間を節約したい。それともう1つの理由はさっきのヤツらだ。あいつらの言動から察すると、またキミを襲いに来る可能性がある。だからしばらくはこの家を離れていた方がいいと思う」


「はうう~、やっぱりそうですかぁ……」


 ネインの言葉を聞いたとたん、メナは泣きそうな顔で頭を押さえた。


「なんであの人たち、わたしなんかにこだわるんだろぉ……」


「それはメナちゃんがかわいいからでしょ。あいつら、メナちゃんのこと相当気に入ってたからねぇ……」


 とたんに小さな肩を震わせたメナを見て、シャーロットも不機嫌そうに頬を膨らませた。


「あと、なんか変なことを言ってたよね。メナちゃんが錬金術師だとかなんとか。なんなんだろ、錬金術師って」


「それはたぶん、特殊な職業のことですぅ~」


「特殊な職業? なにそれ?」


 キョトンと首をかしげたシャーロットに、メナは言葉を選びながら説明する。


「えっとですねぇ、一言でいうと、いろいろな道具に魔法の力をこめることのできる職業のことですぅ」


「え? 道具に魔法をこめるって、つまり魔法刻紙マギアスクロールみたいなもののこと?」


「はぁい。イメージとしてはそれにちょっと近いですぅ。でも、魔法刻紙マギアスクロールは1度使うと消えちゃうけど、錬金術で作った道具は何度でも魔法が使えるの。つまり、世界各地にある魔道具を作ったのは、その錬金術師たちって言われているんですぅ」


「へぇ、魔道具って、神様が作ったんじゃないんだぁ」


「うん。中には神様が作った魔道具もあるみたいだけど、ほとんどは人間が作ったって言われているの。ほら、シャロちゃん。ソフィア・ミンスって知ってるでしょ?」


「え? それって、うちの学院の創設者のこと?」


 訊かれたとたん、シャーロットは暖炉の前に干してある制服を指さした。


「そうそう、その人。えっとね、ソフィア・ミンスは大賢者だったんだけど、錬金術師でもあったんだって。それでソフィア・ミンスが作ったものすごい魔道具が、今も学院の中に隠されているって噂もあるぐらいなの」


「へぇ~、そうだったんだぁ。ぜんぜん知らなかった。でもそうすると、あいつらがメナちゃんのことを錬金術師って言ったってことは、メナちゃんも魔道具を作れるってこと?」


「それはむりだよぉ~。だってわたし、魔法なんて1つもつかえないもん」


 ふと訊いてきたシャーロットに、メナは小さな手と頭を左右に振って否定した。


「わたしが研究しているのは魔法核マギアコアから魔力を抽出する方法だから、道具に魔法を込めることとは真逆なの。だからなんで錬金術師なんて言われたのか、ほんとにぜんぜんわかんないんだよねぇ……」


「……別に気にすることはないだろ」


 困惑顔で小さな息を漏らしたメナを見て、それまで黙って聞いていたネインがおもむろに口を開いた。


「あいつらの言葉は支離滅裂だったからな。特に、自分たちのことを棚に上げて――なに勝手に人の家に入っているんだ――と文句を言われた時は、思わずこっちの思考が止まったぐらいだ。あんなことを本気で口にするということは、あいつらはほぼ間違いなく頭が狂っている。そんなヤツらの言葉で思い悩むのは時間の無駄だ」


「ああ、うん、それはたしかにそうだよねぇ。ひとの家に勝手に押しかけてきて、しかもいきなり暴力を振るうなんて、あれはもう人間というよりモンスターでしょ……」


 ネインの言葉にシャーロットは何度もうなずき、もう1度鼻の頭にそっと触れた。するとメナも力強く首を縦に振り、ネインに向かって口を開く。


「わかりましたぁ。たしかにネインさんの言うとおり、しばらくこの家から離れた方が安全だとおもいます。なので今から準備をして、明日の朝に出発します」


「そうだな。そうしてもらえるとこっちも助かる。それではオレも必要な物を調達して、旅の支度を整えてくる。それと、念のため今夜から護衛をしよう。オレが出かけている間は、扉に鍵をかけておいてくれ」


「はい、そうしまぁす」


「それと、あんたも家まで送ろう」


「……へ? わたし?」


 不意にネインに顔を向けられたシャーロットは、思わずパチクリとまばたいた。


「え? そんな、いいよ、わたしは。外はまだ明るいし、1人で帰れるから」


「いや、そういう油断が1番危ない」


 軽く手を振って断ったシャーロットをまっすぐ見つめて、ネインは淡々と言葉を続ける。


「あんたは知らないと思うが、暗殺者というのは時間を選ばない。今のあんたみたいに昼間だと思って油断している人間の方が殺しやすいぐらいだ。特にこの王都には人目につかない路地裏が多くある。さっきのヤツらからすれば、あんたみたいな子どもを殺すことぐらい、3秒もあればじゅうぶんだからな」


「な、なによそれ。助けてもらったのは感謝してるけど、あなただってわたしと同じぐらいの年齢じゃない。偉そうにひとのことを子どもだなんて言わないでよ」


「でもシャロちゃん……」


 ネインの言葉を聞いたとたん、シャーロットは軽くふてくされて頬を膨らませた。するとシャーロットの手にメナがそっと触れて話しかける。


「わたしもネインさんの言うとおりだとおもう。さっきみたいな乱暴な人たちは滅多にいないとおもうけど、せめて今日だけはネインさんの言うとおりにしてもらえないかな……?」


「そ、そう……。まあ、メナちゃんがそう言うなら仕方ないわね……」


 心配そうに顔を曇らせているメナを見て、シャーロットは渋い顔でうなずいた。


 それからすぐにシャーロットはメナに借りた制服に着替え、別れを告げて家を出た。そしてあとから出てきたネインと一緒に石の道を歩きながら、ふと訊いた。


「……ねえ。1つ、変なこと訊いてもいい?」


「ん? ああ。オレに答えられることならな」


 シャーロットに返してもらった黒のハーフマントを整えていたネインは、すぐにシャーロットに顔を向けてうなずいた。


「えっとね、たとえばの話なんだけど……もしもこの国の王様になれって言われたら、あなただったらどうする?」


「この国の王か……そいつはなかなか難しい質問だな」


 訊かれたとたん、ネインは小さな息を吐き出した。そしてわずかに赤く染まり始めた空を眺めながら、ゆっくりと口を開く。


「そうだな……オレは王になりたいとは思わない。しかし、王の権力はほしい」


「王様の権力? それはつまり、あなたには何かやりたいことがあるってこと?」


「ああ、1つだけある……いや、2つか」


 ネインは淡々と答え、しばらく黙り込んだ。シャーロットも口を閉じたまま並んで歩き、続きを待つ。そしてシャーロットと初めて言葉を交わした長い橋に着いた時、ネインは再び口を開いた。


「……この世には、あんたやメナ・スミンズを襲ったような危ないヤツらが大勢いる。オレの両親もそういうヤツらに殺された。そして妹をさらわれた。だからオレは王の権力がほしい――。そうすれば、力のない多くの人を守ることができる。そして、この世のどこかにいる妹を見つけ出し、オレたちが生まれ育った村に連れて帰ることができる」


「ごめんなさい……。辛いこと訊いちゃったね……」


 ネインの話を黙って聞いていたシャーロットは肩を落とし、橋の外に目を向けた。幅の広い水路に流れる滑らかな水面は、日暮れ手前の柔らかな光を反射してきらめている。その輝きが、シャーロットの瞳の中でわずかににじんだ。


「別にあんたが気にすることはない。王都から離れた村では、オレみたいな孤児なんて珍しくもないからな」


「でも……いきなり家族を奪われるなんて、わたしだったら耐えられないと思う……」


「……そうだな。オレも最初は耐えられなかった。だから父さんと母さんを生き返らせてほしいと神様にお願いしたぐらいだ。だけど神様は聞き入れてくれなかった。でも、今はそれでよかったと思っている」


「え? どうして……?」


 シャーロットは瞳の中に悲しみの光を宿しながらネインを見た。その顔をちらりと見て、ネインは再び夕暮れ間近の空を眺める。


「この世には理不尽な暴力があることを知ったからだ。だからオレは、自分の欲望のために暴力を振るう人間を心の底から憎んでいる。そして、この世界に生きる力のない多くの人たちを守りたいと思っている。この気持ちは、父さんと母さんがのこしてくれたものだ。だからオレは迷わずに歩いていける」


「そうなんだ……」


 ネインの固い信念を耳にして、シャーロットは憂いの息を1つ漏らした。そして石の橋を渡り切るころに、ふと尋ねた。


「それじゃあ……もしもあなたが王様になったら、どうやって多くの人たちを守るの?」


「それはもちろん決まっている――」


 ネインは前を向いて歩きながら、淡々と答える。


「悪いヤツらを1人残らず見つけ出し、全員殺す」


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