第10章  急転の3月14日――ザ・デイ・オブ・ダーク&ライト

第41話  転生者領事館――ハービンジャー・コンスレト その1


 晴れ渡った青空の下、大勢の人たちが王都クランブルの大きな門を次々にくぐり抜けていく――。


 それは様々な荷物をのせた荷馬車やほろ馬車、貴族を乗せた洒落た馬車、大きな背負い袋を担いだ行商人や旅人たちだ。そしてその人混みの中に、7人の若者の姿があった。いずれも眉目秀麗びもくしゅうれいで、防寒用のマントを羽織ったグループだ。


 そのうちの1人は長い金髪を頭の左右で結わえた筋肉質の少年で、すれ違った人のほぼすべてが思わず振り返ってしまうほどの異彩いさいを放っている。しかし本人とその仲間たちは人目を気にすることなくゆっくり進み、王都の中に足を踏み入れた。そして次の瞬間、緑色の髪をおかっぱに切りそろえた少年が、両手と一緒に元気な声を張り上げた。


「――王都クランブル、とうちゃ~くっ!」


 その声と同時にスキンヘッドとロングツインテールの男子も楽しそうな声を上げ、頭の上で互いの手のひらを叩き合わせた。しかしそのとたん、先頭を歩いていた長い黒髪の少女が首だけで振り返り、声を上げた3人をじろりとにらんだ。


「うっさい、このバカ3人組。無駄にテンション上げてんじゃないわよ」


「はぁ~い。早速のごほうび、ありがとうございまぁ~す」


 怒鳴られた緑髪のおかっぱ少年は、なぜか楽しそうにニヤリと笑う。すると金色の髪を頭の左右で短い房にした細身の少女が、小さな息を漏らして口を開く。


「ねぇ、ヨッシー。塚原に怒鳴っても意味ないよ? あいつ、本物のエムだもん」


「そんなこと知ってるわよ。でも怒鳴らないと調子に乗って、さらにアホなことやるんだからしょうがないじゃない。それともフウナ。あんた、何かいい考えでもあるの?」


「うーん、そうだねぇ……」


 不意に訊かれたショートツインテールの少女は、ちらりと後ろを振り返った。すると緑髪の塚原がニヤニヤと笑いながら、両方の手のひらを上に向けて手招きしている。まるで――もっと怒鳴ってくれ――と言わんばかりの態度だ。その仕草を見たとたん、フウナは半分白目を剥いて言葉を漏らした。


「わかった。もうあいつ、そこら辺に埋めちゃおっか」


「そうね。そもそも塚原はあんまり戦闘の役に立たないし、頭数が1人減ればその分お金も早く貯まるしね」


「いやぁ~ん。厳しいお言葉、どうもありがとうございまぁ~す」


 ヨッシーとフウナの会話を耳にした塚原は、自分の体を抱きしめて腰をくねらせる。その満面の笑みを見て、他の男子たちもニヤニヤと笑い出す。するとヨッシーは再び男子たちをにらみつけ、短い赤髪あかがみを逆立てた少年を指さした。


「ちょっと宮本っ。後輩のしつけはアンタの仕事でしょ。一緒になって笑ってんじゃないわよっ」


「いや、なんでオレッチが怒られなきゃならねぇんだよ」


「なによ。なんか文句でもあんの?」


「あー、はいはい、わかりましたよ。注意すればいいんだろ」


 宮本は思わず渋い顔で肩をすくめ、すぐ後ろを歩くスキンヘッドの少年に声をかける。


「おい、滝沢。おまえ、あとで腕立て1000回な」


「うええっ!? なんでおいどんだけ罰ゲーム!?」


「ヨッシーを怒らせたらそうなるんだよ。それに罰ゲームはおまえだけじゃねぇ。――柳生。おまえは明日までツインテール禁止な」


 宮本は続けてロングツインテールの少年を指さした。その瞬間、体格のいい金髪少年の顔が絶望の色に染まった。


「ごぶっふ……。そ、それだけはどうかご勘弁を……。わがはい、ツインテールにしてないと、明日あしたに向かって羽ばたけないっす」


「いや、意味わかんねぇから」


 宮本は柳生に1歩近づくと素早く手を伸ばし、髪を結わえていた紫色のリボンを引いてほどいた。その瞬間、柳生は頭を押さえて苦しそうな声を漏らした。


「ぐああああああ……髪がぁぁぁ……髪の毛が長くてウザイぃぃぃ……」


「だったら切れよ」


 宮本は苦笑しながらリボンを丸め、顔面を歪めて悶えている柳生の口に突っ込んだ。それから最後の1人、緑髪の少年に目を向ける。


「さぁて、それじゃあ最後は塚原だな。おまえは、そうだなぁ……」


「ぎくり」


 宮本と目が合ったとたん、塚原は思わずたじろいだ。その引きつった顔を眺めながら、宮本は意地悪そうにニヤリと笑う。


「そうだなぁ。おまえにはナンパをしてもらおうか」


「……へっ? ナンパっすか?」


 言われたとたん、塚原はホッと息を吐き出した。


「なぁーんだ、ビビッて損したぁ。それならボクチンの独擅場どくせんじょうじゃないっすか。ナンパの1つや2つぐらいよゆーっすよ。というか、ちょーよゆー。へそでポップコーンが天ぷらになっちゃうぐらいよゆーっす」


「ほぉ、自信満々じゃねぇか。だったら、成功するまでちゃんとやれよ?」


「えっ……? せ、成功って……え? うそ。まじで……?」


 言われたとたん、塚原は青い顔で息をのみ込んだ。その顔に宮本は指を向けながらさらに言う。


「おう、マジだからバックレんじゃねーぞ。というかおまえ、ナンパして成功したことないだろ。いっつも相手にののしられてそれで満足してるからな。だから罰ゲームだ。おまえはナンパを成功させろ」


「いやいやいやいや、ほんとちょっ、待ってくっさいよ。そんなのマジでムリに決まってるじゃないっすか。見てくださいよ、ボクチンの髪型を。こんなウザイ頭をしたヤローに声をかけられて、引っかかる女子なんているわけないじゃないっすか」


 塚原は思わず真顔で宮本に抗議した。しかし宮本はさらにニタリと顔を歪め、あごを上げて言い放つ。


「ダメだ。やれ。やらなきゃおまえ、今後一生、おこぼれはナシだからな」


「しょ……しょんな殺生せっしょうなぁ……」


 塚原は思わず涙目になり、ガックリと肩を落とした。同時に宮本は隣を歩く長い黒髪の少年に親指を立ててみせる。すると塚原も、黒い長剣を腰にげた少年に、救いを求めるような目を向けた。


「佐々木パイセェ~ン、たすけてくっさいよぉ……。ボクチンにナンパを成功させるなんて、もう1度生まれ変わったってムリに決まってるじゃないっすかぁ……」


「安心するでござる。ムサイはこう見えて面倒見がいいでござるからな。いざとなったらきっと助けてくれるでござる」


「それってつまり、絶対やれってことじゃないっすかぁ……」


「それはそうでござる。そうしないと、ムサイがヨッシーに怒られるでござるからな」


「うーわ、まじか……。どうしよう……。ストレスで頭ハゲそうなんだけど……」


 塚原は半分白目を剥いて、両手で頭をかきむしった。その絶望に染まった塚原の顔を見て、ヨッシーとフウナはそろってニヤリと顔を歪ませる。そして男子たちの先を歩き、幅の広い水路に架かる長い橋へと向かっていく。すると不意に宮本が佐々木の腕を肘で小突いた。


「……ん? なんでござる?」


「見ろよ、イジロウ。あの欄干らんかんのとこ」


 言われて佐々木は、宮本の視線の先に目を向けた。そこは頑丈そうな石の欄干で、その上に1人の少女がぽつんと腰を下ろしていた。金色の髪を肩まで伸ばした制服姿の少女だ。少女は欄干に座ったまま、青い空を呆然と眺めている。そしてその制服のスカートの裾が、欄干の内側に垂れていた。


「……ああ、なるほど。そういうことでござるか」


 そのひらひらと揺れるスカートを見たとたん、佐々木は1つうなずいた。同時に宮本は他の3人の少年たちにも目配せする。すると塚原と滝沢と柳生もすぐにその視線の意味に気づき、ニヤニヤと笑いながら欄干の少女に目を向ける。


「それでは、景気づけに1発かますとするでござるか」


 佐々木もニヤリと顔を歪め、腰の剣に手を伸ばす。そして素早く踏み込みながら黒い剣を瞬時に抜き放つ。


ディメンションスラッシュ――洋服裁断ドレスシュレッダーっ」


 刹那――目に見えない次元の刃が、数十メートル先で揺れる少女のスカートを切り裂いた。その無数の斬撃は少女の肉体を一切傷つけることなく、スカートの後ろだけを縦に細く切断した。同時に春の風が軽く吹き抜け、スカートはまるですだれのようにひらひらと揺らめき出す。その光景を見た男子たちは思わず腹を抱えて大爆笑した――。


「さっすが佐々木パイセン! ちょ~ウケるぅ~」


 塚原が大笑いしながら声を張り上げると、刀を鞘に収めた佐々木が親指を立ててこたえる。それから4人の男子たちが一斉にこぶしを横に突き出したので、佐々木は1人ずつとこぶしを合わせてニヤリと笑う。


 その賑やかな様子に、周囲を歩く大勢の人たちは何事かと男子たちに目を向けながら通り過ぎていく。橋の欄干に座っていた少女も笑い声につられ、スカートを切られたことに気づかないまま軽く振り返って首をひねっている。


「はあ……。なにやってんのよ、このバカどもは……」


 いきなり湧き上がった笑い声で振り返ったヨッシーは、事情を察したとたん、大きな息を吐き出した。それから鬼のような形相ぎょうそうで佐々木に近づき、全力でにらみ上げながら口を開く。


「もういい。にはあたしとフウナだけで行くから、あんたたちは冒険職アルチザン協会でおとなしく待ってなさい。これ以上バカなことをしてまた収容所アサイラム送りにでもなったら、今度こそ本気で埋めるからね」


「はいはい、わかったでござる。拙者たちはおとなしく、昼飯でも食って待っているでござるよ」


 指を突きつけてにらむヨッシーに、佐々木は軽く肩をすくめて答えた。するとヨッシーは他の男子たちも1人ずつじろりとにらみ、それからフウナと一緒に歩き出す。


「やれやれ……。ヨッシーにはシャレが通じないでござるな」


 2人の少女が長い橋を渡り、その背中が見えなくなるまで佐々木は突っ立ったまま見送った。それから周りにいる男子たちに目を向けて、冷たい笑みを浮かべながら言い放つ。


「……ぃよーし、テメーら。まずは昼飯だ。それから塚原のナンパを見学するぞ」


「うえ~、まじっすか。カンベンしてくっさいよぉ~。ほんとボクチン、自信ないっすよぉ~」


「あ? あんだと、コラ」


 塚原が不満げな声を漏らしたとたん、佐々木は塚原のあごを片手で握りしめた。


「塚原、テメー。サブマスの命令が聞けないって言うのか、あ~ん? 撒き餌まきえにしてそこの水路にバラまくぞ、ゴラ」


「す……すいませんでしたぁ……。ボクチン、女の子をナンパさせていただきます……」


「そうだ。最初から素直に言うこときいてりゃいいんだよ、このボケが」


 佐々木にいきなりすごまれた塚原は、涙目で返事をした。すると佐々木は塚原を石の欄干に突き飛ばし、ヨッシーとは反対方向に歩き出す。同時に他の男子たちも元来た道へと引き返し、無言で佐々木の背中についていく。しかし宮本だけは佐々木の隣を歩きながら、軽く呆れ顔で口を開く。


「おいおい、イジロウ。そんなに後輩をイジメんなよ」


「あ? 別にイジメてねーだろ。今のはかわいがりって言うんだよ」


「まったく……。おまえはほんと、ヨッシーがいないと凶暴だな。というか、いつまで猫かぶってるつもりなんだよ」


「うっせーよ。人間なんてみんなそんなもんだろ」


 宮本に言われ、佐々木は不愉快そうに顔を歪めて唾を吐いた。


「うちのオヤジだってそうだ。警察官で剣道家で外面そとづらだきゃあ立派だが、中身はただのクズヤローだ。剣道の稽古に見せかけて俺がどんだけボコられたか、おまえだって知ってるだろ」


「それは、まあな。たしかにあれは、オレッチの目から見てもひどかった。おまえ、毎年どこかの骨を折られて入院してたからな」


「だろ? あの地獄のしごきに比べりゃ、俺の指導なんてかわいいもんさ。――そうだろ、テメーら」


 佐々木が不意に振り返ったので、後ろを歩いていた塚原たちは慌てて首を縦に振った。そのあからさまな同調圧力を見て、宮本は軽く肩をすくめて声をかける。


「だけどさ、イジロウ。だったらいっそ、オヤジさんとは正反対の人間になったらどうだ?」


「あ? なんだそりゃ? 俺があのクソオヤジと同じことをしてるって言うのか?」


「後輩を脅すのは似たようなもんだろ」


 鋭くにらんできた佐々木に、宮本は手のひらを上に向けて言葉を続ける。


「ここはもう地球じゃない。異世界だ。オレッチたちは新しい体に転生して、人生をやり直すことができるようになったんだ。だったらさ、昔のことなんか忘れた方がいいと思わないか? 何もわざわざ嫌いなオヤジさんのことを思い出して、いちいちイラつくことはないだろ」


「……ふん。さすが、小5の授業中にウンコを漏らしたヤツの言葉は違うな」


「だろ? オレッチはアレで完全に吹っ切れたからな。おかげで立ちションどころか、立ちウンコすら余裕になったこのオレッチに、もはや怖いものは何もない――。だからイジロウ。おまえもオレッチと同じように開き直れ」


「いやいや、立ちウンコなんておまえ以外には絶対ムリだから」


 嫌味をあっさり受け流した宮本の言葉に、佐々木は思わず肩を震わせて笑い出した。その横を歩きながら宮本もニヤリと笑い、そのまま王都の中央通りへと向かっていく。そしてその機嫌よく笑う佐々木の背中を、塚原はじっとりとした目つきでにらみながら、ぼそりと呟く。


「……ちっ。いつまでも調子に乗ってんじゃねーぞ、このクソヤローが……」


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