第42話  転生者領事館――ハービンジャー・コンスレト その2


・まえがき


■登場人物紹介


・ザジ・レッドウッド  40歳

            特殊な転生者。

            転生者たちを管理・支援する転生者管理官。

            表向きはハーブショップの店長。

            南方大陸のシャルム女王国で転生したので、

            その時に冒険職アルチザン協会に登録したことがある。


            所有する個人認識票タグプレート

            冒険職位はランク4の紫鋼スティール


            名前   ザジ・レッドウッド

            職業   弓使い - アーチャー

            登録番号 ZYCL - 2172 - 0101 - 6146

            出身地  シャルム - テレス


***



 そこは石の家が並ぶ狭い通りだった――。


 男子たちと別れたヨッシーはフウナと2人で小さな噴水がある広場を抜けて、石畳の道をしばらく歩いた。そしてふと1軒の店の前で足を止めると、入口の扉の脇に置いてある立て看板に目を向けて、小さな口をわずかに動かす。


「ステータス・オン……」


 そのとたん看板の前の空間に、普通の人間には見えない文字が浮かび上がった。その横書きの文字列にヨッシーは素早く目を通し、1つうなずく。


「ハーブショップ、ハーメルン――。どうやらここが、クランブリン王国の転生者ハービンジャー領事館コンスレトみたいね」


「ふーん、そうなんだぁ~」


 隣に立っていたフウナは年季の入った店構えを眺め、小さな息を吐き出した。


「でもさぁ~、シンプリアの領事館もショボかったけど、ここはまた一段とショボいねぇ~」


「そお? あたしはこういう古いお店、けっこう好きだけど。それに領事館なんて、どこの国もこんなもんでしょ。あたしたち転生者なんて秘密組織みたいなもんだからね。世界の片隅でコソコソしているぐらいでちょうどいいのよ――」


「……そうだな。その意見には激しく同感だ」


「えっ!?」


 不意に低い男の声が漂ったので、ヨッシーとフウナは反射的に振り返った。すると2人の背後に、いつの間にか中年男性が立っていた。黒縁メガネをかけた背の高い男だ。


「い、いつの間にそこに……?」


「別に。普通に歩いてきただけだが」


 驚いて目を見開いたヨッシーに、男は通りの奥の方を指さした。そしてぼさぼさの短い黒髪を面倒くさそうにかきながら店に近づき、鍵を取り出してドアを開ける。


「ほら、おまえたちも中に入れ。俺に話があるんだろ」


「あ、はい」


 男に手招きされたヨッシーは慌てて返事をして、フウナと一緒にハーブショップの中に足を踏み入れた。


「へぇ……。中はけっこうきれいなんだ……」


「今さらおだてても何も出んぞ。それより、ドアに鍵をかけてくれ。客なんか滅多にこないが、余計な邪魔が入ると面倒だからな」


 男はぶっきらぼうに言い捨てて、店の奥へと向かっていく。指示されたヨッシーはすぐに扉に鍵をかけて、それから奥のカウンターに足を向ける。そしてカウンターの奥に座った男が向かいの椅子を指さしたので、フウナと2人で腰を下ろす。同時に男は2人を見ながら口を開く。


「ま、ステータスを見ればわかると思うが、一応自己紹介しとこうか。俺はザジ・レッドウッド――。このクランブリン王国の領事館を預かるゲームマスターだ。正式名称は転生者管理官ミドルマンなんだが、ゲームマスターの方がおまえらにはわかりやすいだろ。で、おまえらは?」


「あ、はい」


 男に訊かれて、ヨッシーは思わず背すじを伸ばした。


「えっと、あたしはヨッシー皆本みなもと。こっちの子はフウナ数見かずみ。他に5人の仲間と一緒に、シンプリアから来ました」


「ほぉ、シンプリアか。それじゃあ、おまえたちの担当女神は誰だ?」


「エタルナです。エタルナ・エキュール。あたしたち7人はエタルナに転生させてもらいましたから」


「へぇ。ってことは7人とも、この中央大陸を転生先に選んだのか。こんな地味な大陸を選ぶなんて、ずいぶんと物好きだな」


「それは女神にも言われましたけど、あたしたちは穏やかに暮らせればそれでじゅうぶんですから」


「なるほど。そいつは殊勝しゅしょうな考え方だな」


 ヨッシーの答えにザジは軽く肩をすくめ、それから後ろの棚に手を伸ばす。そして小さな革袋を引っ張り出し、中に入っていた白銀のコインをカウンターの上にすべて落とした。片面には五弁の花びら、もう片面には山の模様が精巧に刻まれたコインだ。ザジはそのコインを1枚つまんで2人に言う。


「たぶんシンプリアのゲームマスターから聞いていると思うが、このクランブリン王国に転生者はほとんどいない。というか、はっきり言うと今は3人しかいない。だからご覧のとおり、予備のも7枚しか用意していない。おまえたちは7人といっていたが、何枚必要なんだ?」


「ああ、いえ、コインは必要ないです。みんな1枚ずつ持ってますから」


 ザジに訊かれて、ヨッシーは慌てて両手を左右に振った。するとザジは怪訝けげんそうに眉をひそめ、さらに訊く。


「コインは必要ない? それじゃあなんでここに来たんだ?」


「えっと、実はあたしたち、転生して9か月しか経っていない新人なので、シンプリア以外の国に来たのは初めてなんです。だから一応、領事館に顔を出しておこうかなって思いまして」


「ほぉほぉ、なるほど、そういうことか。それはいい心がけだ」


 ヨッシーの言葉を聞いたとたん、ザジは感心した声を漏らした。


「転生者ってのは普通、ゲートコインがなくなった時以外は領事館に近づこうとしないからな。シンプリアのゲームマスターは、おまえたちにずいぶんと丁寧なガイダンスをしたんだな」


「ああ、いえ。実はあたしたち、収容所アサイラムで3か月ほど再教育を受けたので……」


「ああ、なるほど。そういうことか」


 顔をしかめて言いにくそうに話したヨッシーを見て、ザジは納得顔でうなずいた。


「つまりおまえたちは、転生してすぐにセブンルールを破ったわけだ。いったいどのルールに引っかかったんだ?」


「えっと、1番です……」


「ふーん、1番か――」


 ザジはコインを1枚指で弾いて宙に飛ばし、淡々と口を開く。


「セブンルールの1番は、大量虐殺の禁止。1度に100人以上の殺害は、転生管理神または転生者管理官の許可が必要。破った場合は速やかに報告しなければならない――。しかしそれだと、普通は1か月ぐらいの監禁で済むだろ。1度にいったい何人殺したんだ?」


「244人です……」


「はっ。そいつはまた、ずいぶんとヤンチャをしたな」


 落ちてきたコインを握りしめたザジは思わず鼻で笑った。そしてすべてのコインを革袋に戻し、後ろの棚に放り投げてさらに言う。


「それだけ殺したら、番人センチネルにかなり絞られただろ」


「はい……。でもそこは盗賊の村で、襲ってきたのは向こうからだったんです……」


「ああ、いいっていいって。俺に言い訳なんかする必要はない。それより、どうしてわざわざこんな地味な国まで足を運んだんだ?」


「仕事です」


 軽く身を乗り出して訊いてきたザジに、ヨッシーは即答した。


「実はちょっとした仕事の依頼があったので、今日から1か月ほど、この王都に滞在する予定なんです。それでこの国のゲームマスターに一言挨拶しておこうと思いまして、会いに来ました」


「ほほぉ、仕事か――」


 その単語を耳にしたとたん、ザジはわずかに目を細めた。そしてヨッシーとフウナを交互に見ながら言葉を続ける。


「そいつはちょうどいい。実は俺の方もちょいとばかり立て込んでいてな、人手を探していたところなんだ。そういうわけでおまえら、俺の代わりにちょっとダンジョンに行ってきてくれ」


「えっ? ダンジョン……?」


 唐突なザジの言葉に、ヨッシーとフウナはパチクリとまばたきした。


「そうだ。実は、このクランブリン王国を活動拠点にしている転生者の1人と連絡が取れなくなってな、そいつの安否確認をしろっていう命令がきたんだ。しかし同時にガイダンスの準備命令もきたから困ってたんだよ。そういうわけで、安否確認はおまえらに任せていいよな?」


「え? いや、そんなの急に言われても困ります」


 ヨッシーとフウナは慌てて首を左右に振った。


「あたしたちにもやらなきゃいけない仕事がありますし、今はこの王都を離れるわけにはいきませんから」


「でも、おまえらは7人いるんだろ? だったら1人か2人をダンジョンに送って、行方不明の転生者を探すことぐらいできるだろ」


「いや、こっちも7人全員で手分けしないと――」


「駄目だ。これはゲームマスターの命令だ」


 何とか断ろうと身を乗り出したヨッシーに、ザジは手のひらを向けて黙らせた。そしてヨッシーをまっすぐ見つめて口を開く。


「たしか皆本とか言ったな。おまえ、セブンルールの7番を言ってみろ」


「7番は……転生管理神と、転生者管理官の指示は絶対厳守……」


「そうだ。それを破ったら、ゲームマスターの裁量でペナルティを与えることができる。今ここで俺の指示に従わないというのならペナルティレベル4を適用して、おまえたち7人全員のゲートコイン使用権限をはく奪してもいいんだぞ?」


「そ、そんな……」


 ザジの言葉を聞いたとたん、ヨッシーとフウナの顔が青ざめた。


「さあ、どうする? を捨てて、で生きてみるか?」


 ザジは2人を見つめて、意地悪そうにニヤリと笑った。同時にヨッシーは顔を強張らせながら、ごくりと唾をのみ込んだ。そして厳しい表情のまま、首を小さく縦に振った。



「……さてと」


 再びハーブショップの外に出たザジは、入口の扉に鍵をかけて、ヨッシーとフウナに顔を向けた。


「それじゃあ、俺はガイダンスに必要な素材を探しに行く。おまえたちも、きっちり仕事をしてくれよ」


「はい……」


 言われたとたん、ヨッシーは不満げな顔でうなずいた。


「あたしたちは、ヴァリアダンジョンというダンジョンに潜って、アーサー・ペンドラゴンとかいう転生者を探せばいいんですね?」


「そうだ。あいつはちょうど1か月ほど前に、40人ぐらいの部下をつれてヴァリアダンジョンに向かったそうだが、それっきり連絡が取れないらしい。おそらくダンジョンをのんびり攻略しているとは思うが、女神には何やら気になることがあるんだろ。ま、とにかくアーサーの安否確認さえすれば、おまえたちの仕事はそれで終わりだ」


「わかりました」


 ヨッシーは短く答え、軽く息を吐き出した。それからザジをまっすぐ見上げて質問する。


「それで、そのダンジョンはどこにあるんですか?」


「ああ、場所をまだ教えてなかったな。えっと……この王都から北に徒歩で5日ほどのところに、ヴァリア峡谷きょうこくという谷がある」


 ザジは太陽が真上に昇った青空に顔を向け、北の方を指さした。


「ヴァリアダンジョンは、その峡谷の奥にある。それとあそこはクランブリン王家の聖地と言われていて、近くの村には見回りの警備兵が常駐しているそうだ。そいつらに道を聞けば迷うことはないだろ」


「そうですか……。それで、そのダンジョンはあたしたちでも攻略できるダンジョンなんですか?」


「さあな。おまえたちが帰ってこなかったら、1か月後ぐらいに俺が探しに行ってやるよ。だから安心して行ってきな」


 不安そうな顔をしたヨッシーに、ザジは手のひらを上に向けて淡々と答えた。そしてすぐに歩き出し、広場の方へと去っていく。その遠ざかる背中をヨッシーは鋭くにらみ、舌打ちをした。


「まったく……。大人ってのはほんと、自分勝手なんだから……」


「でも、どうする、ヨッシー」


 フウナがおそるおそる尋ねると、ヨッシーはぶっきらぼうに言葉を返す。


「こうなったら仕方ないでしょ。の方は男子たちに任せて、ダンジョンにはあたしたちだけで潜るわよ。男子たちにダンジョンの方を任せたら、いつまで経っても帰ってこないに決まってるんだから」


「それはたしかにそうだと思うけど、でも、本当に男子だけにを任せてもいいの……?」


「それはもちろんあたしもかなり心配だけど、他に選択肢がないでしょ。それに……」


 ヨッシーは苦虫を噛み潰したような顔で青い空をにらみ上げた。


「あたしたちが受けたは、――。たった7人ぐらいなら、男子たちだけでも何とか殺せるでしょ」


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