第40話  魔女狩りの血統審判官――ザ・ヘクセンハンター その2


「シャ……シャーロット・クランブリンって……えっ?」


 いきなりクランブリン王国の王女と言われたシャーロットは、呆気に取られてポカンと口を開けた。そして目の前に座っているザルキンとクレアを呆然と交互に見たが、2人は真剣な表情で自分をじっと見つめている。嘘や冗談といった気配は欠片もない。


 その2人の鋭い視線から逃げるように、シャーロットは手元の分厚い本に目を落とした。すると、サイラス・クランブリンの名前の下には7人の王子たちの名前があり、その端には『シャーロット・クランブリン』という名前がはっきりと血文字で書きこまれている。しかしそれが自分の名前だとは、シャーロットにはとても信じられなかった。


「こ……これはなにかの間違いです。だって、わたしはシャーロット・ナクタンです。生まれてからずっとナクタンの家に住んでいたし、お父様もお母様もちゃんといます。わたしがサイラス陛下の娘だなんて、そんなことあるはずがありません」


「それでは貴女あなたは、私の魔法が間違った結論を出した――。そう言いたいわけですか?」


「はい、そうです」


 ザルキンが淡々と訊き返したとたん、シャーロットは即座にこぶしを握ってうなずいた。するとザルキンも目に力を込めてさらに言う。


「あー、それはつまり、48年という長きに渡って血統審判官を務めてきた私の魔法が間違った結論を導き出したと、貴女あなたは本気で思っているわけですか?」


「はい。そのとおりです」


「えー、ということはつまり、クランブリン王国の司法を担当する護法ごほう公務院の中でも特別な権限を持つ血統審判室において、最高の実力と権力を持つ首席血統審判官であるこの私が――」


「はい、間違っていると思います」


 シャーロットはザルキンの言葉が終わる前に力強く言い切った。その自信満々な少女の顔を見て、ザルキンはあごをなでながら淡々と口を開く。


「……なるほど。その頑固な態度は、たしかにサイラス陛下によく似ていますな」


「いや、ですから、わたしはナクタンの人間です。王家の血なんて引いていません」


「では貴女あなたは、この国の王になりたくないと言うのですか?」


「はあ? そんなの当たり前です」


 シャーロットは思わず呆れ果てた声を漏らした。


「えっとですね、自分で言うのもなんですけど、わたしは頭が悪くてそそっかしいんです。シスタールイズにだって――あなたはもっとよく考えてから話しなさい――って言われるぐらいなんです。こんなダメダメなわたしがサイラス陛下の娘のはずがありませんし、王になんかなれって言われたって絶対ムリです。万が一にもそんなことになったら、この国が滅んじゃうかもしれません。というか、滅びます」


「ふむ……。どうやら嘘はついていないみたいですな」


 ザルキンはシャーロットを見つめて呟きながら、黒いローブの内側から1枚の紙を取り出した。それは中央に複雑な魔法陣が描かれた魔法刻紙マギアスクロールだ。ザルキンはその魔法刻紙マギアスクロールを広げてテーブルの上に置くと、淡々と魔法を唱える。


「それでは最後に……第4階梯、ひかり精霊せいれい合成魔法シンセマギア――魔女狩ヘクセンハント


 その瞬間、魔法刻紙マギアスクロールは光の粒となって跡形もなく消え失せた。その光の粒が完全に宙に溶けるのを見届けたザルキンは、隣のクレアに向かって一つうなずく。それからテーブルの上の黄金のさかずきと短剣、それと王室家系図の分厚い本を足元のカバンにしまい込むと、おもむろに立ち上がり、シャーロットに向かって口を開く。


「……さて。これで私の仕事は終わりました。よいですか、シャーロット・クランブリン王女殿下。貴女あなたは間違いなくクランブリン王家の一員であり、それは揺るぎない事実です。そして我々血統審判官は、王家の血筋さえ守ることができれば、誰が王座おうざに就こうがどうでもいいのです。それがたとえ、どれだけ頭の回転のにぶい娘であろうとかまいません。なぜならば、この世に万能な人間はいないからです。つまり、あとは貴女あなたの心次第――。それでは、失礼致します」


「ボンド殿。本日はご足労いただき、誠にありがとうございました」


 ザルキンが歩き出したとたん、クレアが椅子から立ち上がり頭を下げた。しかしザルキンは振り返ることなく面会室の扉を開けて、無言のまま姿を消した。そのかんシャーロットも呆然とザルキンの太った背中を見送り、それから立ったままのクレアに顔を向ける。


「あのぉ……それで結局、どういうことになったんでしょうか……?」


「はい、何も問題はありません。ボンド殿が先ほど使用した特殊魔法の魔女狩ヘクセンハントは、この世のすべての変身魔法を無効化する効果があります。つまり、シャーロット様は現時点をもって、クランブリン王国の正統な王位継承権者に認められたということです」


「いや、でもわたし、そんなこと急に言われても、ほんとに何がなんだかよくわからないんですけど……」


「特に難しい話ではありません。シャーロット様は、サイラス陛下の血を受け継ぐ最後のお一人。そして生まれて間もなくナクタン家の養子となり、ご自分の素性を知らされないまま今日こんにちに至ったということです」


「だから養子って言われても、そんなこと初耳なんですけど……」


「混乱されるのも無理はありません。ですが、こちらをお読みください」


 困惑を隠せないシャーロットに、クレアはテーブルに置いていた1通の封書を差し出した。シャーロットが受け取って見てみると、封書の赤い封蝋ふうろうにはよく見知った印が押されている。


「これは、うちの家紋……」


「そちらはモーリス・ナクタン様からのお手紙になります。シャーロット様にお渡しするよう申しつかって参りました。その中には、サイラス陛下からシャーロット様をお預かりした時の経緯が書かれているとのことです」


「そ……そんなまさか……お父様が……」


 クレアの説明に、シャーロットは呆然と目を見開いた。たったいま受け取った封書が父からの手紙だとわかったとたん、それまで話半分に聞いていたザルキンとクレアの言葉が、急速に現実のものとして全身に染み込んできたからだ。そして次の瞬間、シャーロットは思わず封書から手を離し、震え始めた両手を胸の前で固く握りしめた。


「な……なによ……なんなのよ……。養子とか、王家の血筋とか、なんで……なんで今さらそんなことを……」


「それには深い事情と理由があります。4日前に開かれた王位継承権者会談において、サイラス陛下の血を受け継ぐ7人の王子がすべて暗殺されたからです」


 今にも泣き出しそうな顔で封書を見つめているシャーロットに、クレアは淡々と言葉をかける。


「つまり、サイラス陛下の血を受け継ぐお方は、今やシャーロット様ただお一人――。そこでわたくしどもコバルタス家と青蓮騎士団は、シャーロット様にクランブリン王国の王座おうざを受け継いでいただきたく、こうしてお願いに参った次第でございます」


「王座って、そんな……」


 シャーロットは再び呆然とクレアを見上げた。


「それじゃあ……今までの話はぜんぶ本気ってこと……?」


「もちろん本気でございます」


「で、でも、王位継承権者っていっぱいいるんでしょ? うちの学院にだってナタリア様がいるし、亡くなられたセルビス様にも跡継ぎがいるって聞いてますけど……」


「たしかに、ナタリア様とアルビス様も正当な王位継承権者です。ですが、現時点で王位継承権の最高位はシャーロット様になります。そしてもしもシャーロット様が女王に即位されない場合は、ノーランド家のカーク・ノーランドが王になります。そうなると、王室騎士団になるのは我々青蓮騎士団ではなく、金枝きんし騎士団になってしまいます」


「え……? 王室騎士団……?」


 その言葉を聞いたとたん、シャーロットは思わず眉を寄せた。


「それってつまり、あなたは青蓮騎士団を王室騎士団にしたいから、わたしを女王にするってことですか?」


「はい。そういうことでございます」


「な……なにそれ……」


 シャーロットは思わず絶句した。そしてすぐにクレアをにらみ上げてさらに言う。


「ちょっと待ってください。それじゃああなたは、あなたたちの都合のためにわたしのことを調べたってこと? そして聞きたくもない話を一方的にわたしに聞かせて、自分たちのために女王になれって言うの?」


「はい。そういうことでございます」


「ふざけないでっ!」


 シャーロットはこぶしをテーブルに叩きつけた。


「ほんとにもぉ! あなたいったいなんなのよ! わたしはナクタンの人間よ! お父様とお母様の娘よ! それでよかったの! それで幸せだったの! 王家の血筋だなんて言われたって嬉しくもなんともない! 今さらサイラス陛下の娘だなんて言われても迷惑なだけよ! ほんとなんなのよ! なんであなたの都合でわたしが振り回されなくちゃいけないのよ! なんで!? なんでよ! なんでそんな! 知りたくもないことを……いきなり聞かされなくちゃならないのよぉ……」


 シャーロットはクレアに吠えた。やり切れない怒りを腹の底から吐き出した。そして声を詰まらせながら涙を流した。今まで育ててくれた父と母が本当の両親ではなかったことが、シャーロットには悲しかった。そしてその事実を赤の他人から聞かされたことが心の底から悲しかった。


 しかしクレアは悲しみに染まったシャーロットの顔をまっすぐ見つめ、淡々と口を開く。


「では、シャーロット様はご自分だけが幸せならそれでいいとおっしゃるのですか?」


「自分だけって……そんなことは言ってないじゃない……」


「では、ご自分が王家の一員であると知った今でも、これまでどおり何の責任もない気楽な人生を過ごしたいとおっしゃるのですか?」


「そうよ。そんなの当たり前じゃない……。わたしはシャーロット・ナクタンなんだから、今までどおりでいたいと思って何が悪いのよ……」


「すべて悪い」


 鼻声で呟いたシャーロットに、クレアはやはり淡々と言い切った。そして不意にテーブルの横に移動すると、力任せにテーブルをひっくり返した。テーブルは猛烈な速度で横方向に吹っ飛び、石の壁に激突して轟音を響かせた。その突拍子もないクレアの行動にシャーロットは思わずポカンと口を開き、床に転がったテーブルに呆然と視線を落とす。するとクレアはシャーロットの目の前に立ち、さらに言う。


「……よろしいですか、シャーロット様。人間には、生まれついての義務があります。コバルタス家に生まれた自分には青蓮騎士団を導く義務があり、そして王家の血を受け継いだシャーロット様には国民を導く義務がございます。その義務から目を逸らし、祖先から引き継いだ責任に背を向けるのは、人間として許されないことなのでございます」


「な、なによそれ……。それじゃあ、わたしの意志とか気持ちとかはどうなるのよ」


「そんなものは捨ててください」


「す……捨てろって……そんなひどい……」


 辛辣しんらつすぎるクレアの言葉に、シャーロットは息をのんだ。しかしクレアは感情のない顔で言葉を続ける。


「何もひどいことはありません。個人の感情を殺し、国民のために生きる――。それが王族に生まれた者の義務です。なぜならば、この国は多くの血の上に成り立っているからです。クランブリン王国が誕生しておよそ600年、数多あまたの騎士たちが命を懸けてこの国を守ってきたからこそ、今のあなたの命があるのです。そしてその中には、私の兄の命も含まれます。我が青蓮騎士団の騎士たちの命も含まれております」


「お、お兄様の命って……それってまさか、王位継承権者会談の時に……」


「はい。我が兄であるヘンリー・コバルタスは、自らの命を懸けてセルビス殿下をお守りし、そして暗殺者に一矢報いて果てました。私はその兄の意志を引き継ぐことを誓い、今この場に立っています。……ご覧ください、シャーロット様。私が背負っている騎士の魂を」


 クレアは腰の剣をゆっくり引き抜き、シャーロットの目の前で横に構える。


「これは我が兄ヘンリーのつるぎです。この剣はセルビス殿下をお守りするため、ひいてはこのクランブリン王国に生きるすべての民を守るため、我らが祖国に牙を剥いた敵と戦い、そして我が兄の魂を宿したのです――。いかがでしょうか、シャーロット様。この剣を前にしても、我らが私利私欲で動いていると言われますか。この剣を前にしても、ご自分には何の責任もないと思われますか」


「そ、それは……」


 シャーロットは言葉に詰まった。目の前に差し出された剣は一瞬だけ光を反射し、きらめいた。その鋭い刃を見つめていると、たしかに何かが感じられる。心の中に染み込んでくる。それはおそらく、騎士の誓い、騎士の誇り、そして、騎士の命と魂――。さらに剣を握りしめるクレアの手がわずかに震え、その深い悲しみも伝わってくる。


「で……でも、そんなこと急に言われても……」


「ご安心ください。考えるお時間ならじゅうぶんにございます」


 シャーロットは両手で胸を押さえ、悲しそうに呟いた。するとクレアは一言ひとこと答え、腰の鞘に剣を収める。そしてひっくり返したテーブルを軽々と持ち上げ、元の位置に戻してから続きを話す。


わたくしどもがシャーロット様にお願いしたいは2つございます。1つは第8位の王位継承権者であることを自ら認め、クランブリンの新しき女王にご即位くださること。そしてもう1つは、わたくしクレア・コバルタスをシャーロット様の専属騎士に任命していただくこと――。その2つをご了承いただければ、我らコバルタス家と青蓮騎士団は、全力をもってシャーロット様にお仕えすることを誓います」


「そ……そうですか……」


 指を2本立てて話したクレアを見て、シャーロットは顔を曇らせた。


「でもわたし……王家の血筋とか養子とかいきなり言われて、ほんとに頭が混乱しちゃって、なにをどうすればいいのかわからないんです……。だけど、たしかにわたしはこの国で生まれました。そしてたぶんあなたの言うとおり、いろんな人がこの国を守ってくれているおかげで、わたしは生きてこれたんだと思います。だったら、この国に生きる人間として、この国のことを考える義務はあると思います。だから、そのぉ、少し考える時間をください……」


「かしこまりました」


 ゆっくりと言葉を紡いだシャーロットを見つめながら、クレアは穏やかな声で言い添える。


「それでは、次の王位継承権者会談は月末に開かれますので、その前日、3月30日までにお覚悟をお決めください。それと、シャーロット様の素性を知る者は先ほどのボンド殿と、我らコバルタス家の人間のみです。他の者には決して口外致しませんので、シャーロット様もお心の内に留め、今までどおりの生活をお過ごしください」


「はい、わかりました……」


 シャーロットは力なくうなずいた。それからクレアを見上げて弔意ちょういを表す。


「それと、お兄様のこと、お悔やみ申し上げます」


「……ありがとうございます」


 その言葉にクレアは奥歯を噛みしめて、丁寧に頭を下げた。


「それではシャーロット様。私はこれで失礼致します。お覚悟が決まりましたら、いつでもコバルタスの家までご一報ください」


「はい……」


 シャーロットは小声でこたえ、頭を下げた。その姿を見て、クレアは静かに歩き出す。しかしクレアが入口の扉を開けたとたん、不意にシャーロットがおずおずと声をかけた。


「あ、あのぉ……」


「はい?」


「最後に、1つだけ訊いてもいいでしょうか……?」


「もちろんです。どのようなことでもお気軽にお尋ねください」


 クレアはすぐに扉を閉じて、シャーロットの方を振り返る。するとシャーロットは言いにくそうに目を逸らし、おそるおそる質問する。


「あのぉ、そのぉ……さっきの専属騎士のお話なんですけど……それって、クレアさん以外の騎士さんを選んでもいいのでしょうか……?」


「駄目です」


 クレアは一瞬で淡々と言い切った。そしてすぐに扉を開けて、面会室をあとにした。


 その背中を呆然と見送ったシャーロットは、ため息を吐いてうな垂れた。そしてクレアに投げ飛ばされて角が砕けたテーブルに視線を落とし、ぼそりと呟く。


「どうしよう……。女王になる覚悟より、あの人を選ぶ覚悟の方が重そうなんだけど……」


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