第9章  魔女狩りの血統審判官――ザ・ヘクセンハンター

第39話  魔女狩りの血統審判官――ザ・ヘクセンハンター その1


・まえがき


■登場人物紹介


・ザルキン・ボンド  66歳

           クランブリン王国の首席血統審判官。

           王家の血筋を厳粛に守護する役目を担う、王権の守護者。

           王になりすまそうとする邪悪な者どもを、様々な特殊魔法

           を駆使して完全に排除する。

           ただし、興味があるのは王家の血筋を守ることだけ。

           血筋さえ確かなら、王になる人間の性格はどうでもいいと

           考えている。

           ある意味、プロ中のプロ。



***



 そこは広大な王都の中でも、特に長い歴史を持つ立派な教会の1つだった――。


 見上げるほど高い石造りの教会の前は広い石畳の道になっており、遠くに見える大きな鉄柵門の外へとつながっている。そして教会に近い方の道の脇には広い馬車止めがあり、立派な馬車が2台並んで止まっていた。


 その大きな客車を何気なく眺めながら、制服姿の少女がゆっくりと歩いていた。金色の髪を肩まで伸ばした細い体つきの少女だ。


 少女は朝日が輝く青空の下をまっすぐ進み、教会の正面入口に足を踏み入れる。そして人気ひとけのない教会の中を静かに歩き、祭壇の手前を右に曲がる。すると不意に奥の通路から長い黒髪の少女が姿を現した。金髪の少女は軽く驚いたように目を開き、足を止めて黒髪の少女に声をかける。


「あれ? ジャスミン? どしたの、こんなところで」


「あら、シャーロット」


 透き通るような白い肌の少女も足を止め、金髪の少女に微笑みかけた。


「私はシスタールイズに呼び出されたの。国のお父様から護身用のけんが送られてきたから、受け取りに来なさいって。……これね」


 ジャスミンは片手にげていた白い鞘の剣に目を落とした。つられてシャーロットも剣に目を向けたが、そのとたんパチクリとまばたいた。


「うわぁ、なにその剣。すごくきれい」


「護身用の剣だからね。切れ味よりも、見た目の方が大事なのよ」


 そう言って、ジャスミンはクスリと笑う。それから剣をシャーロットに差し出した。


「よかったら触ってみる?」


「え? いいの?」


「ええ、もちろん。刀身とうしんも真っ白だから、けっこうきれいなのよ」


「へぇ、そうなんだぁ。それじゃあちょっとだけ……って、うわ! おもっ! うきゃ!」


 ジャスミンが軽々と片手で持っていたのでシャーロットも片手で受け取ったが、そのとたん、予想外の重さで前のめりに倒れ込んだ。シャーロットは反射的に何かにつかまろうとしていている手を振り回したが、そのまま床に倒れて四つん這いになってしまった。


「あっ、ごめんなさい、シャーロット。大丈夫?」


「……ああ、うん、だいじょぶ、だいじょぶ。こっちこそごめ……ンンンっ!?」


 シャーロットはそのまま床にへたり込み、心配そうな声をかけてくれたジャスミンを見上げた。しかしその瞬間――両目を限界まで見開いた。なぜかすぐ目の前に立っているジャスミンの制服の下半分がなかったからだ。さらに慌てて自分の手を見下ろすと、何かの布を全力で握りしめていた。


「うっきゃあああああああああああああーっっ!」


 シャーロットは自分の手の中のモノを凝視しながら全力で悲鳴を上げた。それはジャスミンの制服のスカートだった。


「ごっ! ごめんねジャスミンっ! わたしっ! なんてことをっ!」


 シャーロットは慌ててスカートを両手でつかみ、ジャスミンの細い腰まで引っ張り上げた。しかし引きずり下ろした衝撃でスカートの横が大きく裂けてしまい、固定することができなかった。


「ぐあああああああーっ! スカートがぁーっ! ジャスミンのスカートさまがぁーっ! ご臨終になられたぁーっ!」


 シャーロットは金色の髪を振り乱しながら天を仰ぎ、悲痛な声を張り上げた。そしてすぐさま立ち上がり、慌てて自分のスカートを脱ぎにかかる。


「もぉこうなったらっ! わたしのスカートで弁償するからっ! ごめんねジャスミンっ! たぶんサイズは近いと思うからだいじょうぶ! それにこのまえ洗ったばかりだからそんなに汚くないからっ! ちょっとわたしの体臭がしみついているかもしれないけど! 洗濯すればすぐに落ちるはずだからっ!」


 シャーロットは静かな教会の中に甲高い声を響かせながら、あたふたと腰の紐をほどいていく。しかし不意にその手を白い指がそっと押さえた。ジャスミンの指だ。しかもシャーロットがハッとして手を止めると、ジャスミンはスカートの紐を丁寧にわえ直していく。


「……えっ? ジャスミン? どうして……?」


「大丈夫よ、シャーロット。そんなに慌てるほどのことじゃないわ。スカートなんて簡単に直せるからね」


 ジャスミンはシャーロットのスカートを整えながらそう言った。それから破けた自分のスカートと白い剣を拾い上げ、シャーロットに向かってニコリと微笑む。


「この教会から奥の敷地は男子禁制の女子学院だからね。スカートをはいてなくても大丈夫よ」


「えっ? いやいやいやいや、それはさすがにムリムリムリムリ。そんな恰好で外を歩くなんて恥ずかしいでしょ」


「ううん、何も問題はないわ。だってほら、下着はブラウスの裾で隠れてるし」


「そ、それはたしかに、そうかもしれないけど……」


 シャーロットは複雑な表情を浮かべてジャスミンを見つめた。その険しい顔を、ジャスミンはさらりとした笑顔で見つめ返し、言葉を続ける。


「それより、シャーロットはどうして教会に来たの?」


「え? わたし? あ、そうだった。なんかわたしに面会したい人がいるって、シスタールイズに呼ばれたんだった」


「あら。だったらなおさら、スカートなしで行くわけにはいかないわね」


「うぐぐぐぐぐぐ……」


 ジャスミンにクスリと笑われて、シャーロットは言葉に詰まった。


「それじゃあシャーロット。私はソフィア寮に戻るけど、明日のお昼、時間ある?」


「ほえ? 明日のお昼? えっと……うん、たぶん。王位継承権者会談ののせいで、しばらくは授業が休止になったから暇だと思うけど」


「それじゃあ、よかったらポーラと一緒にお茶しない? 実はここに来る前に誘われたの。明日の12時、中央広場のカフェに集合。こないとケーキを持って部屋に押しかけちゃうぞぉ――だって」


「ああ、それはたしかにポーラっぽい言い方ね……」


 ジャスミンがクスクスと楽しそうに話したとたん、シャーロットはじっとりとした目つきで天を仰いだ。


「それじゃあ、シャーロット。明日あしたもし暇だったら、オルクラの隣のカフェに来てね。あの事件のせいでこの4日間は外出禁止だったから、久しぶりにみんなで羽を伸ばしましょう」


「うん、わかった。それじゃあ、たぶん行くってポーラに伝えといて」


「ええ。それじゃ、またね」


 ジャスミンはニコリと微笑んで歩き出し、そのまま教会の外に出ていった。その細い背中をシャーロットは呆然と見送り、ごくりと唾をのみ込んだ。


「うあ……どうしよう……。ほんとにスカートなしで外に出ちゃった……。ジャスミンってすごい……」


 静寂な教会の中に1人残ったシャーロットは、思わず長い息を吐き出した。それから奥の通路に足を向けて、面会室の扉をノックした。



「……失礼しまーす」


 シャーロットはおそるおそる扉を開けて面会室に足を踏み入れた。すると広い室内には2人の人物が椅子に座って待っていた。


 1人は国家騎士の青い礼服に身を包んだ若い女性で、もう1人は黒いローブを羽織った高齢の男性だ。2人はシャーロットの姿を見るとすぐに椅子から立ち上がり、大きなテーブル越しにシャーロットをまっすぐ見据える。


「あ、あのぉ、面会と言われて来たんですけど、わたしになにか御用でしょうか……?」


 シャーロットは入口に立ったまま、おずおずと尋ねた。自分を見つめる2人の視線がどことなく鋭かったからだ。しかも長い金髪をアップにまとめた女性の方は今までに見たことがないほど美しい顔立ちで圧倒されたし、太った男性の方は髪の毛が1本もない見事な禿頭とくとうで、何やら重厚な威厳を放っている。2人とも明らかに地位と権力を兼ね備えた実力者といった風貌ふうぼうだ。


「え、えっとぉ、もし人違いでしたら――」


「……貴女あなたがシャーロット・ナクタンですか」


 2人がいつまでも無言のままなので、シャーロットが確認しようとした瞬間、黒いローブの老人が質問してきた。


「え? あ、はい。そうです。わたしがシャーロット・ナクタンですけど……」


「そうですか。では、どうぞお掛けください」


 老人はテーブルを挟んだ向かいの椅子に手を向けた。それから隣に立つ女性に顔を向けて1つうなずく。すると女性もうなずき返し、すぐさまテーブルを回り込んでシャーロットに近づいた。そしてシャーロットの右手をそっとつかむと、そのまま椅子まで連れていって座らせた。


「え? えっと、いったいなんでしょう……?」


 シャーロットはわけがわからないまま、呆然と女性と老人を交互に見た。しかし2人は口を閉じたまま何も答えない。女性の方は相変わらずシャーロットの右手をにぎったままで、老人の方は何やら分厚い本を取り出してテーブルに広げ、黄金のさかずきと黄金の短剣をシャーロットの前に置いた。すると次の瞬間、女性が黄金の短剣を握りしめ、その鋭い切っ先でシャーロットの手のひらを切り裂いた。


「いたっ!」


 シャーロットは思わず声を張り上げて手を引こうとしたが、女性はがっちりとつかんだまま離さない。さらに女性はシャーロットの手を黄金のさかずきの上まで引っ張り、その中にシャーロットの血を何滴も垂らして落とす。その直後、今度は老人が落ち着いた声で魔法を唱えた。


「第4階梯精霊せいれい固有魔法ユニマギア――王室ロイヤル・ブラ血統ッドライン・審判ジャッジメント


 その瞬間、黄金のさかずきの周囲に光の魔法陣が浮かび上がった。さらにさかずきに注がれたシャーロットの血液が細い筋となって宙を舞い、分厚い本の方へと流れていく。その赤い血は開かれたページの端に名前を記すと、すぐに光の粒となってかき消えた。


「……ほう。胡散臭うさんくさい話だと思っていましたが、どうやら真実だったようですな」


「では、ボンド殿。やはりこの方で間違いないということでしょうか」


 たるんだ顔にわずかに驚きの色を浮かべた老人に、若い女性が質問した。すると老人は女性に向かって1つうなずき、それからシャーロットの手に治癒魔法をかけて傷を治した。


「あ……あのぉ、今のはいったい何なんでしょうか……?」


 ようやく右手が自由になったシャーロットは手のひらをさすりながら、元の椅子に戻った女性と老人を交互に見る。すると2人もシャーロットを見つめながら続けざまに口を開く。


「私は護法ごほう公務院の首席血統審判官、ザルキン・ボンドと申します」


「私は青蓮せいれん騎士団の副団長……いえ、団長のクレア・コバルタスと申します」


「はあ……」


 シャーロットは思わずパチクリとまばたいた。


(なんだろ……。血統審判官と青蓮騎士団は知ってるけど、どっちもわたしとはなんの関わりもない世界の人たちだ……。しかも首席血統審判官と騎士団の団長っていうと、雲の上の偉い人たちだよね……。そんな人たちが、わたしなんかになんの用事があるんだろ……?)


「どうやら混乱されているご様子なので、わかりやすく説明致しましょう」


 首を左右にひねって思案していたシャーロットを見て、ザルキンが淡々と説明を始めた。


「今の儀式は一言でいいますと、です」


「魔女狩り……?」


(どうしよう、ますますわけがわからない……)


 シャーロットは思わず渋い表情を浮かべたが、ザルキンは気にすることなく言葉を続ける。


「はい。ご存知のとおり、このクランブリン王国が誕生したのは今より593年前の、ユニ歴1604年のこと――。その当時、中央大陸の中央部を支配していたのはアトラ王国ですが、愚かな女王が即位した結果、国を割る内戦に発展しました。その内戦を制して新たな王国を築いたのがクランブリン家だったのです。そしてその愚かな女王の正体は、悪しき魔女だったのです」


「それは、はい。歴史の授業で習ったことがありますけど……」


「ならばもうおわかりでしょう。魔女や悪魔といった邪悪な存在は、王や女王に姿を変えて王国を奪おうとします。それを防ぐために、我々血統審判官は生まれました。そして我々は魔女や悪魔がどれほど巧みに姿を変えたとしても、その正体を暴き、王家の血筋を確実に見抜く魔法を編み出しました。それが先ほどの特殊魔法、王室ロイヤル・ブラ血統ッドライン・審判ジャッジメントです」


「はあ……」


 どことなく自慢げな顔で話したザルキンを見て、シャーロットは再び首をひねった。


「えっとぉ、今のお話は理解できるのですが、どうしてそんな魔法をわたしにかけたのか、それがさっぱりわからないんですけど……」


「ふむ……。どうやらこのむすめは、頭の回転がにぶいようですな」


(はあ? なんだと、このハゲジジイ……)


 ザルキンが隣に座るクレアにそう声をかけたので、シャーロットは反射的にカチンときた。するとクレアは淡々とザルキンに言葉を返す。


「それは仕方がありません、ボンド殿。ボンド殿の話は回りくどくてわかりにくいと評判ですから。それに私も隣で聞いていましたが、何を話しているのかよくわかりませんでした。聞いている者にわかりやすく説明できないということは、ボンド殿の頭の回転もさほど早くないという証拠です。しんに賢き者というのは、他人を馬鹿にすることなく、自らの言動を厳しくいましめる者のことと存じます」


(おおー。うんうん、そうそう、そのとおり。こっちのものすごーくきれいな人は、見た目どおりいい人そうね)


 クレアの言葉を聞いて、シャーロットは力強くうなずいた。そして諫言かんげんされたザルキンは、軽くあごをなでながら口を開く。


「なるほど。貴重なご意見をありがとうございます、クレア殿。人間というのはどうしても自分の力量を基準にして、物事を判断してしまいますからな。知識も経験も思考も浅い娘を相手にする場合は、たしかにそれなりの配慮が必要――。時間の無駄もいいところですが、噛んで含めるように説明すると致しましょう」


(ぬぅ……。どうしてこのハゲデブジジイは、いちいちカチンとくる言い方するんだろ……)


 シャーロットは思わずじっとりとした目つきでザルキンをにらみつけた。しかしザルキンはシャーロットとは目も合わさず、手元の分厚い本を両手で持ち上げ、向きを変えた。そしてシャーロットの方に差し出して説明する。


「この本はクランブリン王家の家系図を記したものです。そして先ほどの魔法、王室ロイヤル・ブラ血統ッドライン・審判ジャッジメントを使用すると、王家の血筋と判明した者の名前が追加される仕組みになっています」


「王家の血筋……?」


 シャーロットは差し出された本のページに目を落とした。そして、たったいま記入されたばかりの血文字を見たとたん、愕然として目を見開いた。


「え……? な、なにこれ……? ど、どういうこと……?」


「これでもまだわかりませんか」


 ザルキンはシャーロットの顔を見て、小さな息を1つ吐いた。それから新しい血文字の横を太い指でつつきながら言葉を続ける。


「ご覧のとおり、これが貴女あなたの本当の名前です。貴女あなたは第25代クランブリン国王、ヴァリアス17世、サイラス・クランブリンの実の娘であり、クランブリン王国、王位継承権第8位の王女殿下――シャーロット・クランブリンです」


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