第23話  ソフィア寮316――ザ・ルーム・オブ・デスティニー


・まえがき


■登場人物紹介


・シャーロット・ナクタン

 14歳(今年15歳)

クランブリン王国の王都クランブルにある、ソフィア・ミンス王立女学院の女学生。金色の髪を肩まで伸ばした女の子。

現在は学院内のソフィア寮316号室で生活している。

貴族のナクタン家の御令嬢だが、おっちょこちょいであわてんぼう。

自分のことを、頭が悪くて運動神経も鈍いと思っている。

第一部は、闇の因果に直面するシャーロットの物語でもある。



・メナ・スミンズ

 18歳

シャーロットの大親友。

以前はソフィア寮316号室でシャーロットのルームメイトだった。

現在はランドン王立研究院で、正規の研究者として働いている。

見た目は13歳の18歳(←←←)。犬耳族ドギアのかわいこちゃん。



・ルイズ・パルネラ(シスタールイズ)

 26歳

ソフィア寮の監督を務める、ベリス教のシスター。

26歳の若さだが、けっこうおばさんくさい。あと説教くさい。

でも心優しいお姉さん。



・ジャスミン・ホワイト

遠い異国の地から、クランブリン王国まで留学に来た長い黒髪のお嬢様。

シャーロットの隣の部屋、315号室で生活する。

冷静沈着で、気配り上手の美少女。

しかし、彼女の行動には常に不可解な点が……。



・ポーラ・パッシュ

 14歳(今年15歳)

ソフィア寮317号室で生活する少女。

貴族のパッシュ家の御令嬢で、お金持ち。

カフェ巡りをしてケーキを食べるのが大好き。

いくら食べても太らないという驚異の体質。

明るく元気なかわいこちゃん。



・ナタリア・クランブリン

 15歳

ソフィア寮で生活する女学生。

実はクランブリン王国の王位継承権者の一人。



***


「たっだいまぁーっ!」


 勢いよくドアを開けた学生服姿の少女が、いきなり元気な声を響かせた――。


 しかし、そこは無人の部屋だった。石の床に石の壁の広い部屋には、ベッドと机、それと衣装箪笥いしょうだんすたながそれぞれ二つずつ置いてある。明らかに二人部屋なのだが、向かって右側のベッドはきれいに整えられていて、わずかな乱れも見当たらない。右側の机の上もガランとしていて、小さな木の枠に収まったかわいらしい少女の似顔絵だけがぽつりと置かれている。


「……って、誰もいないのは知ってるけどね。はぁ……メナちゃんがいないとさびしいなぁ……」


 今度はいきなり気の抜けた声で少女はボソリと呟いた。それから首に巻いていたマフラーと手提げかばんを左奥の机に置き、壁のガラス扉を手前に引く。そのとたん、わずかに冷気を含んだ風が部屋の中に吹き込んだ。


 少女は肩まで伸ばした金色の髪をなびかせながら狭いベランダに足を進める。そして胸の高さまである石の手すりに体ごと寄りかかると、分厚い雲に覆われた空を眺めてぽつりと呟く。


「……ほんと、一人部屋は気が楽なんだけど、たまぁに寂しくなるんだよねぇ~」


「――あら。そうなんですか?」


「ふぁぁーっっ!?」


 突然横から漂ってきた声に少女は驚き、素っ頓狂な声を上げながら顔を向けた。するといつの間にか隣の部屋のベランダに制服姿の少女が立っていた。長い黒髪に、透き通るような白い肌の美少女だ。


「だっ、だれ!? そこは空き部屋なんだけどっ!?」


「どうやらそうみたいですね。ですからこの部屋に案内されたのだと思います」


「えっ!? ど、どゆこと!? まさかお掃除のメイドさん!? こんなに美少女のメイドさんなんていたっけ!?」


「――少し落ち着きなさい、シャーロット・ナクタン」


 軽い錯乱状態に陥った金髪少女の前に、今度は大人の女性が姿を現した。黒い修道服に身を包んだ、短い栗色の髪の女性だ。少女たちより一回りほど年上の女性は黒髪少女の横に立ち、ベランダの手すり越しに話し始める。


「よいですか、ナクタンさん。こちらは外国からの留学生、ジャスミン・ホワイトさんです。ホワイトさんは本日よりソフィア・ミンス王立女学院に編入し、このソフィア寮の315号室で生活を始めることになりました。年齢はあなたと同じ、今年で15。つまり、あなたの同級生になります」


「あ、そ、そうだったんですか……。すいません、ホワイトさん、シスタールイズ……」


「まったく、あなたという人は」


 恥じ入るように肩を縮めたシャーロットを、シスタールイズは厳しい目つきで見据えながらさらに言う。


「ナクタンさん。あなたと同じ制服を着た相手を使用人呼ばわりするとは何事ですか。あなたは少々落ち着きが足りません。以前にも言いましたが、あなたはもう少し考えてから口を開くようにしなさい」


「ふぁい……すみませんでしたぁ……」


「よろしい。ではナクタンさん。夕食までまだ時間があります。あなたはホワイトさんに学院内を案内して差し上げなさい。よろしいですね?」


「はぁい……」


 シスタールイズににらまれて、シャーロットはしょんぼりと首を縦に振る。するとシスタールイズはジャスミンにも顔を向けて一つうなずき、すぐに315号室をあとにした。ジャスミンは部屋のドアが静かに閉まるのを見届けてからシャーロットに顔を向け、にっこりと微笑んだ。


「えっと、それではナクタンさん。改めまして、ジャスミン・ホワイトです。今日からよろしくお願いしますね」


「あ、はい。シャーロット・ナクタンです。よろしくね、ホワイトさん」


 シャーロットが慌てて挨拶を返すと、ジャスミンはくすりと笑って口を開く。


「ジャスミンでいいですよ、シャーロット」


「あ、うん!」


 ジャスミンに名前を呼ばれたとたん、曇りがちだったシャーロットの顔が輝いた。その笑顔に、ジャスミンも嬉しそうに頬を緩める。


「それじゃあジャスミン。学院を案内するね。廊下で待ってるから」


「ありがとう、シャーロット。すぐに行きますね」


 シャーロットはジャスミンに軽く手を振ると、すぐに部屋の中に駆け戻った。そして外出用のポシェットを斜めにかけて、赤いマフラーを首に巻き、急いで廊下に飛び出した――瞬間、甲高い声が廊下に響いた。


「きゃっ!?」


「あっ! ごめんっ!」


 ドアを勢いよく開けたシャーロットは廊下にいた女生徒とぶつかりそうになり、反射的に足を止めて謝った。すると、金色の髪をあご先で切りそろえた女生徒は、目を丸くしながら呆然と声を漏らす。


「あ~、ビックリしたぁ~」


「ごめんね、ポーラ。ほんとごめん。ケガしてない?」


 シャーロットは胸の前で両手を合わせ、女生徒の顔をのぞき込む。女生徒はシャーロットと目が合うと、手を軽く横に振り、微笑みを浮かべながら口を開く。


「ああ、だいじょぶ、だいじょぶ。ちょっと本気で心臓が止まりそうなほどビックリしたけど、罰としてお茶に付き合ってくれればだいじょぶだから。というか、グッドタイミングよシャロ。ちょうどカフェに行くところだったからね。そういうわけで、さあ、お夕飯の前に一杯飲もうぜぇ~」


「うぐぐっ、やはりそうくるか……」


 いきなり親指を立ててお茶に誘ってきたポーラを見て、シャーロットは思わず苦笑い。そのまま廊下に出てドアを閉めて、再びポーラに顔を向ける。するとポーラはシャーロットを見つめながらニヤリと笑い、さらに言う。


「さぁ~、シャロシャロぉ~、観念しなさぁ~い。今日はオルクラのスイーツがあるカフェだからねぇ~。おいしいケーキを死ぬほど食べられるわよぉ~」


「いや、お夕飯の前にそんなに食べたらシスタールイズに怒られちゃうって」


「平気よ。お夕飯も残さずぜんぶ食べればいいんだから」


「だから、そんな無限の胃袋持ってるのはあんただけでしょ」


「ふっふっふ、うらやましかろ~。この腰のくびれがうらやましかろ~」


 ポーラはいきなり細い腰のくびれに両手を当てると、左右に軽くひねってポーズを決めた。するとシャーロットもすぐさま細い腰に手を当てて、ポーズを決めながら言い返す。


「べっつに~。わたしだってそんなに太ってないから、ぜんぜんうらやましくないもん。というか、あんたはなんで毎日ケーキ食べて、そんなにやせてんのよ。ほんとは体の中に魔獣でも飼ってんじゃないの?」


「ふっふっふ、ついにバレたかぁ~。ならば今夜のデザートはシャロシャロだぁ~」


「なにお~、だまって食われてたまるかぁ~」


 ポーラが急に両手を上げてにじり寄ってきたので、シャーロットも両手を上げて笑いながら威嚇いかくする。そのとたん、横から小さな笑い声が漂ってきた。シャーロットはハッとして両手を下ろし、照れくさそうに肩をすくめる。そしてゆっくりと近づいてくる長い黒髪の少女に向かって口を開く。


「ご、ごめん、ジャスミン。変なところ見せちゃったね……」


「ううん、見ていて面白かったわよ。そちらはシャーロットのお友達ね?」


 ジャスミンはシャーロットの隣に立ち、にこにこと微笑みながらポーラに体を向けた。


「うん。こちらは――」


「あたしはポーラ・パッシュ。そこの――」


 ポーラはシャーロットの紹介を待たずに自ら名乗り、廊下の曲がり角の奥にある部屋を指さした。


「角部屋の317があたしの部屋よ。それで、あなたはどなた?」


「私はジャスミン・ホワイトです」


 ジャスミンも自分の部屋を指さしながら自己紹介する。


「今日から315号室に入ることになりました。年齢は15です。よろしくお願いしますね、パッシュさん」


「お~、それじゃああたしたちと同級生じゃん。よろしくね、ジャスミン。あたしのことはポーラでいいから。――ンじゃ、とりあえずカフェに行こうか」


「いや、あんたはどんだけお茶好きなのよ」


 いきなり初対面の編入生をお茶に誘ったポーラに、シャーロットは苦笑いを浮かべながらさらに言う。


「悪いけどカフェはまた今度ね。これからジャスミンに学院内を案内するの。そうしないとシスタールイズにまた怒られちゃうから」


「え~? 学院の案内なんて明日でもいいじゃ~ん。せっかくだからお茶しようよぉ~、おちゃ~。ね? ジャスミンだってお茶の方がいいでしょ?」


「えっと、そうですね……」


 ポーラにすがるような目を向けられて、ジャスミンも軽く苦笑いしながら言葉を続ける。


「シャーロットがよければ私もカフェに行ってみたいです。ここには先ほど到着したばかりなので、のども少し渇きましたから」


「え? そうなの、ジャスミン? 無理にポーラに合わせなくてもいいんだよ?」


「ええ、嘘ではないです。本当にのどが渇きましたし、それに実は王都見物をずっと楽しみにしていたので、早く街の中を歩いてみたいんです」


「あ、そうなんだ。それじゃあ、今日はお茶にしよっか」


「はい。嬉しいです」


 シャーロットの言葉に、ジャスミンは目元を和らげて一つうなずく。するとポーラが満面の笑みで声を上げた。


「はーい、それじゃあ決まり決まりぃ~。さあ、全速力で1階まで駆け下りるわよぉ~」


「いや、なんで全速力なのよ。まだ3時過ぎなんだから、そんなに慌てることないじゃない」


「ふっふーん。それが残念。慌てる理由があるんです」


「理由……?」


 なぜか得意気な顔のポーラに、シャーロットは思わず首をかしげた。するとポーラは指を一本立てて言葉を続ける。


「実はあんたたちより先に1人誘っていて、1階で待っていただいているのよ」


「あ、そうなんだ。それじゃあ早く行かないとね。で、誰を待たせてんの?」


「姫様」


「は……?」


 その瞬間、シャーロットの口がポカンと開いた。


「姫様って、あんたまさか……」


「そ。ナタリア様」


「はああ~?」


 その瞬間、シャーロットは思わずポーラの制服の襟元を両手でつかんで詰め寄った。


「はいぃ? ナタリア様って、あんたバカ? あんたバカなの? なにやってんの? どういうつもり? どんだけおそれ多いことやってんのよ、このバカポーラぁっ!」


「いやぁ~、さっきたまたまナタリア様とバッタリ会っちゃってさぁ、それで試しにお茶に誘ってみたら、あらビックリ。行きたい行きたい~って、ナタリア様おおはしゃぎ。それであたしもテンション上がっちゃってさぁ、部屋まで駆け戻ってお財布持って飛び出したら、シャロとぶつかりそうになって今に至る――って感じなわけ。いやん、ポーラちゃんダブルビックリ」


「あ・ん・た・ねぇ~、そういうことはもっと早く言いなさいよっ! このバカぁっ!」


 まったく悪びれずにダブルピースしているポーラに、シャーロットは思わず怒りの声を張り上げた。すると横で話を聞いていたジャスミンがシャーロットに声をかける。


「ねぇ、シャーロット。そのナタリア様というのはどのような方なのですか?」


「あ、そっか。ジャスミンは外国からの留学生だっけ。ごめんねジャスミン。話がまったくわかんないよね」


 シャーロットはポーラの襟元から手を離し、ジャスミンに顔を向ける。


「えっとね、ナタリア様というのはナタリア・クランブリン姫殿下のことで、この国の王位継承権第13位のお姫様なの」


「それはつまり、王族の方がこの寮で生活しているということですか?」


「そうなのよ」


 ふと首をかしげたジャスミンに、シャーロットは一つうなずく。


「ここは男子禁制の女子学院で、王族の姫様が入学するのは別におかしなことじゃないの。だけどナタリア様はお屋敷からの通学が嫌だったみたいで、このソフィア寮で生活しているのよ」


「そうそう。しかもナタリア様はあたしたちと同い年だからね。チャンスがあったらお茶に誘おうって前から狙っていたわけなのよ、あたしは」


「だ・か・ら! なんであんたはそんなおそれ多いことしてくれてんのよっ!」


 シャーロットは再びポーラの襟元をつかんで前後に揺らした。するとジャスミンが不思議そうな表情を浮かべて口を開く。


「ねえ、シャーロット。そういうことなら、早く1階に向かった方がいいんじゃないかしら? 姫殿下をお待たせしたら悪くない?」


「はうあっ! そうだったっ!」


 シャーロットは愕然がくぜんと目を見開き、ポーラから手を離す。そしてポーラの手をつかみ、慌てて階段に向かって走り出した。


「ほら! ポーラ! さっさと行くわよ! ジャスミンも行こっ!」


「あいあーい、りょーかーい」


「はい」


 ポーラはのんびりと答え、シャーロットと手をつないだまま引きずられるように駆けていく。


 しかし――ジャスミンは動かなかった。


 長い黒髪の少女はその場に突っ立ったまま、遠ざかっていく2人の細い背中を淡々と眺めている。その顔からは一瞬ですべての感情が消え失せていた。数秒前の柔らかな微笑みは跡形もない。透き通るような白い肌の少女は瞳の中に冷たい光を宿らせながら、知り会ったばかりの他人を鋭く見つめ続けている――。


「――ほらっ! ジャスミーン! 早く行こぉーっ!」


 不意にシャーロットが階段の手前で振り返り、声を張り上げながら手招きをした。


「あ、はーい!」


 ジャスミンは即座ににっこりと微笑み、明るい声で返事をする。そして弾むような足取りで、2人の金髪少女の元へと駆け出した。





***



・あとがき


本作品をお読みいただき、まことにありがとうございます。


参考までに、明日の投稿時間をこの場に記載いたします。


引き続きご愛読いただけますよう、どうぞよろしくお願いいたします。


2019年 1月 12日(土)


第24話 00:05 闇がもたらす雨の気配――

第25話 07:05 王位継承権者会談――

第26話 12:05 呼吸をするように怠ける少女と――

第27話 17:05 冷静と野望の天秤――その1

第28話 20:05 冷静と野望の天秤――その2



記:2019年 1月 10日(木)



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