異世界戦記・転魔撃滅ガッデムファイア ~ 地球から来た転生者どもはすべて倒す! 絶対神の魂を宿した最強の復讐者が、魔炎をまとって敵を討つ超必殺・撃滅譚!
第22話 闇の幕開け――ビギニング・オブ・ザ・ダークネス
第6章 王都クランブルの異変――マスマーダー・イン・ザ・カロンパレス
第22話 闇の幕開け――ビギニング・オブ・ザ・ダークネス
・まえがき
■登場人物紹介
※今回の第6章では、クランブリン王国の王都クランブルで発生する大事件と、第1部の中核を担う重要人物たちの様子が描かれます。
・ジャコン・イグバ 38歳 北西大陸ジブルーン出身の
世界中を旅して回る放浪者。
・メグリア・スタッカート 18歳 王室付きの侍女。
天才騎士の姉に対して劣等感を持つ。
***
そこは石造りの巨大な都市だった――。
石畳の通りが東西南北にいくつも走り、石造りの建物が無数に建ち並ぶ街並みには、きれいに整備された住宅街や打ち捨てられた貧民街など、様々な顔がある。そしてそれらのすべてを見下ろすかのように、石の都市の奥には堅固な王城が揺るぎなくそびえ立つ――。そこはクランブリン王国の王都クランブル。春の訪れを目前にしたその巨大な王都には、多くの人間が集まり活気に満ちあふれていた。
もうすぐ正午を知らせる鐘が鳴り響くこの時間、中央広場には多くの露店が立ち並び、誰もが商売と買い物に精を出していた。その広場を囲む建物には大衆食堂やカフェが
「――おやおや。王様が死んで、わずか2週間でこの賑わいか。どうやらここは俺好みのいい国みたいだな」
男はそう呟き、かすかに笑う。それから大通りをゆっくりと走る馬車の列の切れ目を狙って道を横断し、街の景観を眺めながら北西へと足を向ける。
王都クランブルには、見上げるほど高い位置に長細い
「……この様子だと下水も整備されているな。こっちの世界の街にしては悪くないインフラだ。今度の仕事が終わったら、しばらく暮らしてみるか」
ふと足を止めたフードの男は石畳を軽く踏みつけ、再び前へと歩き出す。すると、かなり大きな噴水がある広場に到着した。まるで闘技場の観客席みたいに積み上げられた石段がゆるい弧を描き、楕円形の大きな噴水を半分だけ囲んでいる。その丘のように盛り上がった石段には多くの人が腰を下ろして休憩しているので、どうやらここは
石段の向かい側に目を向けると、少し離れた先に大きな鉄柵門が見える。門の前には青い鎧を装備した騎士が数名立っていて、門のずっと奥には何やら大きな建物が曇天の下に佇んでいる。
「……さて。誰かに道を聞いてみるか」
男はゆっくりと鉄の門から目を逸らし、噴水の方へと足を向けた。すると、石段の一番下に座っていた若い女性が目に入った。質素だが小奇麗なローブに身を包んだ女性だ。しかし女性はなぜか細い肩を落としてうなだれて、黒い髪を前に垂らしたまま固まっている。
「あれは……なるほど。そういうことか」
男は女性が手にしているものを見たとたん、小さな息を吐き出した。そしてそのまま
「……父親か?」
「えっ?」
まだ少女の面影が残る若い女性は反射的に顔を上げて驚きの表情を浮かべた。どうやら男が隣に座ったことに気づいていなかったようだ。しかし男は気にすることなく、女性が握る明るい金色の
「それは父親の
「ああ、いえ……」
その言葉で男の質問とその意図を察したのだろう。女性は再び
「姉です……。
「姉の年齢を聞いてもいいか?」
「……28です。いえ、28でした……」
「なるほど。その年でランク6のライトゴールドということは、かなり優秀だったんだな」
「はい、とても優秀でした……。私と違って……」
女性は長い息を吐き出し、口をつぐんだ。その様子を横目で見た男は、おもむろに頭に手を伸ばし、フードを脱いで口を開く。
「俺の名はジャコン・イグバだ。特に理由はないが、世界中を旅している。この街には二日前に着いたばかりだ。あんたの名前は?」
「私は……えっ?」
女性は返事をしようとして顔を上げたとたん、男の顔を見て息をのんだ。その細身の中年男性の両耳は、上に細長く突き出ていた。
「あなたはまさか……
「そうだ。俺は
ジャコンは灰色の短い髪を軽くかき上げ、もう一度訊く。
「で、あんたは?」
「あっ、すいません。エルフの方を見たのは初めてだったので、ちょっと驚いてしまいました。えっと、私はメグリアです。メグリア・スタッカートと申します」
ジャコンの長い耳を凝視していた若い女性は慌てて答えた。するとジャコンはメグリアから目を逸らし、再び噴水を眺めながら口を開く。
「たぶん知っていると思うが、エルフの多くは北西大陸のジブルーンに住んでいる。俺もジブルーンのイグタリネ王国に住んでいた。ノジルの森っていうものすごい田舎だ。あんたはイグタリネについて何か聞いたことがあるか?」
「いえ、すいません。私、他の大陸のことはあまり興味がなくて……」
「そうか。まあ、別に謝るようなことじゃない。こっちの世界の人間は世界旅行なんてしないからな。ほとんどの奴は生まれた土地で一生を過ごし、死んでいく。だったらよその国に興味がなくても当然だ」
「こっちの世界……?」
「ああ、何でもない。気にしないでくれ。それでだな――」
ふと首をかしげたメグリアに、ジャコンは軽く手を振って言葉を続ける。
「俺はノジルの森に住んでいた。しかしある日、イグタリネ王国とスコイル
「……えっ?」
メグリアはパチクリとまばたいた。あっさりしゃべったジャコンの話がすぐには理解できなかった。
「奥さんと娘さんって……まさかご家族全員を……?」
「そうだ。俺は天涯孤独の身だったから、妻と娘たちが俺のすべてだった。だから俺は怒りと憎しみに心が燃えた。そして、その我が身を焦がす激しい炎が消えたあとは、意味もなくただひたすら歩き続けている。だからわかるんだ。大事な人をなくした悲しみってヤツがな。だからあんたに声をかけた。――あんたにとって、あんたの姉はどういう人間だったんだ?」
「私にとって、姉は……」
訊かれてメグリアは少し迷った。しかしすぐに腹をくくり、思い切って口を開く。
「私は姉のことを――
「……そうか。それで?」
「それで……とにかく、私は姉が大嫌いでした」
淡々としたジャコンの声に促され、メグリアは心の内に秘めていた想いを言葉に変えて吐き出した。
「……姉はすごい人でした。すごく強い人でした。私よりも10も年上だから何でもできて、誰からも頼りにされる人気者でした。うちは没落した貴族だから騎士学院には入れないのに、そんなことはぜんぜん気にしない心の広い人でした。それで15歳で
再びうつむいたメグリアの瞳から、ぽたりと涙がこぼれ落ちる。
「うちの両親は、姉のことをすごく自慢するんです……。あの子は天才だ、希望の星だ、あの子がいれば我が家も再び貴族になれるって……。私はそういう言葉を聞くのがすごく嫌だった……。私には期待していないって言われているみたいで、ほんとうにすごく嫌だった……。でも、出来の悪い私には実際なんにもできなくて、姉のように両親を喜ばすことができなくて、もう、私なんかいなくてもいいんじゃないかって思えてきて、それで……それで……私は姉のことを嫌っていたんです……」
頬を流れる涙が筋となったメグリアの悲しみと後悔を、灰色の髪のエルフは静かに口を閉じて聞いている。なくしてから初めて大切な存在に気づいた黒髪の女性は、さらに心を振り絞るように小さな口から想いをこぼす。
「姉は、王都で働き始めた私にわざわざ会いに来てくれたんです……。騎士団の仕事で忙しいくせに、わざわざ私のために時間を作って会いに来てくれたんです……。それなのに……私はろくに口も利かずに、心の中では迷惑だから会いに来るな、あんたなんか死んでしまえって思っていたんです……。それが……それが最後になるなんて……私、思ってもいなかった……」
メグリアの声は震えていた。そしてその細い肩を震わせながら、メグリアは心を削って言葉をつづる。
「ほんともう……わたし……最低なんです……。ほんと……自分のことしか考えていない最低な……最低な妹なんです……。ごめん……ごめんなさい……ごめんねぇ……お姉ちゃん……」
メグリアは謝った。切ない声で謝った。もはや届けることができない言葉を、心を込めて姉に捧げた。そして涙を流しながら姉の
「――ほら。アメちゃん食うか」
しばらくして、泣き止んだメグリアにジャコンが何かを差し出した。目を赤く腫らしたメグリアが白い手のひらで受け取ってみると、それは茶色い紙に包まれた飴玉だった。
「泣くとけっこう疲れるからな」
「ありがとうございます……」
メグリアは飴玉を膝に置き、ローブの袖で目元を拭った。
「涙だけが人生だからな。泣ける時に泣いておきな」
ジャコンは飴玉が詰まったビンを肩掛けカバンにゆっくり戻す。それから話題を変えるように質問を口にする。
「そういえば、あのでかい建物は何なんだ?」
「え?」
メグリアはジャコンの視線の先に目を向けた。ジャコンは噴水の先にある鉄の門のさらに奥、見るからに豪華な建物を淡々と眺めている。
「ああ。あれは宮殿です。カロン宮殿といいます」
「宮殿か……。なるほど。そう言われてみると、たしかにヴェルサイユっぽい感じだな。まあ、実物を見たことはないんだが。……しかし、あそこは随分と警備が厳重そうだが、やはり王族が住んでるのか?」
「いえ、今は誰も住んでいません。あそこは重要な会談や舞踏会などの会場として使われる宮殿ですから」
「ふーん。ということは、近いうちにそういった
「はい。ちょうど一週間後に、王位継承権者会談が開かれる予定です」
「王位?」
メグリアの言葉にジャコンは軽く首をひねった。
「ってことは、次の王様を決める会議ってことか?」
「基本的にはそういうことです。ただ、実際には第一王子のセルビス様に内定しているので、形ばかりの会談ですけど」
「なるほど。伝統に
「え? 見学ですか?」
訊かれてメグリアはパチクリとまばたいた。
「それはさすがにできないと思います。既に
「青蓮騎士団? この国では警備軍じゃなくて、お飾りの騎士団が警備をするのか?」
「えっと、クランブリン王国の騎士団は厳しい戦闘訓練をしているので、お飾りの騎士団ではないんです。それと、王位継承権者会談の警備を担当するのは、次期国王に内定している方の専属騎士が所属する騎士団と決められているんです」
「へぇ、そうだったのか。何かバカにした言い方になって悪かったな。俺がいたイグタリネの騎士団はお飾りだったから、それを基準にして考えてたよ」
ジャコンはメグリアに向かって軽く肩をすくめて謝った。メグリアも軽く微笑み、首を小さく横に振る。その仕草を横目で見たジャコンは、あまり興味なさそうにさらに訊く。
「それで、その青蓮騎士団っていうのはそんなに強いのか?」
「そうですね。クランブリンの国家騎士団は4つありますが、どの騎士団にも実力のある騎士が何人もいらっしゃるそうです。特に青蓮騎士団の団長であるコバルタス様は、18歳の時に
「へぇ、
「えっと、たしか1つの騎士団につき1500人前後の騎士が所属していたと思いますけど」
「ほぉ、1500か。そいつはすごい。クランブリンってかなり強い国なんだな」
ジャコンは軽く
「しかし、あの宮殿はたしかに大きいが、話し合いの警備に1500人っていうのはちょいと大げさすぎると思うけどな」
「ああ、いえ、さすがに青蓮騎士団全員ではないそうです。たしか会談の当日は500人ほどで警備をすると聞いています」
「なるほど、500か……。それでもまだ多いとは思うが、まあ、王族が集まるならそんなもんか。それよりあんた、騎士団について随分詳しいんだな。もしかして王城で働いているのか?」
「はい。実は私、王室付きの侍女なんです」
「ほぉ、あんた王室の侍女だったのか。そいつはすごい」
ジャコンは本気で驚き、思わずまじまじとメグリアを見つめた。その視線にメグリアは照れくさそうに肩をすくめ、言葉を続ける。
「別にすごくはないです。たまたま空きができたので、父の昔の知り合いに声をかけていただけただけですから」
「いや、謙遜しなくていい。王室からすれば侍女はいくらでも選び放題なのに、あんたを選んだ。つまりあんたは、この国の王室に認められたってことだからな」
「そう……だといいんですけど……」
手放しでほめるジャコンの言葉を耳にして、メグリアは思わず複雑な表情を浮かべた。そして手の中に目を落とすと、分厚い雲の切れ間から
「……さてと」
不意に押し黙ったメグリアの隣で、ジャコンがおもむろに腰を上げた。
「俺はそろそろ失礼する。いきなり話しかけて悪かったな」
「あ、いえ」
メグリアも慌てて立ち上がり、ジャコンの顔をまっすぐ見つめた。
「私もそろそろ城に戻ります。……あの、話を聞いていただき、ありがとうございました」
「気にするな。今のあんたは昔の俺と同じだからな。そして非常に残念だが、あんたの悲しみもいつか癒える。だから、泣けるうちに泣いておきな。涙だけが人生だからな」
「はい……」
メグリアは胸に手を当て、丁寧に頭を下げた。ジャコンはその頭に向かって小さくうなずき、噴水の方に向かって歩き出す。しかしすぐに足を止めて振り返った。
「ああ、そうだ。あんた、ワインパレスっていう店を知らないか?」
「ワインパレス……?」
訊かれてメグリアは即座に記憶を掘り起こした。
「えっと、そういえば南西の裏通りにそんな名前のお店があると聞いたことがあります。たしか噂では、一部のワイン好きの貴族が
「なるほどねぇ。
メグリアの言葉を聞いたとたん、ジャコンは思わずクスリと笑った。
「どうやらその店に間違いなさそうだ。助かったよ。それじゃ」
「あ、はい。それでは失礼します」
再び歩き出したジャコンの背中に、メグリアはもう一度頭を下げた。そしてすぐにジャコンとは反対方向へと歩き出す。そのメグリアの背中をジャコンは横目で見ながらゆっくり歩き、大きな噴水の前で足を止めた。
「さてと。それじゃあ少し早いが、チェックだけでもしておくか――」
ジャコンは噴水越しにカロン宮殿を眺めながら呟いた。そして右手の中指にはめた青い指輪を胸の前に構え、さらに呟く。
「
そのとたん、指輪が淡い光を放ち始めた。ジャコンはその青く光る指輪を見下ろし、軽い口調で命令する。
「ほら、仕事の時間だぞ。さっさと起きて働きな」
指輪の光はジャコンの声に反応するかのように輝きを強め、すぐに消えた。同時に噴水広場のあちこちで無数の小さな影がうごめき始める。その黒く小さな影たちは誰にも気づかれることなく鉄の門の内側に忍び込み、さらに奥の宮殿へと向かっていく。
「よーし、いいぞ。それでいい」
その無数の影の動きを眺めながらジャコンは満足そうにうなずいた。それからフードをかぶって顔を隠し、大通りへと足を向ける。そしてゆっくりと歩きながらぽつりと呟く。
「さっきの娘の姉のように、人間なんていつ死ぬかわからない……。だから悪く思うなよ。涙だけが人生だからな――」
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