第15話  謎の第11階梯魔法――サモン・オブ・ザ・カオスゲート


 明るい月が浮かぶ夜空の一点に、突如として黄金色の光が発生した――。


 その温かな光はすぐに大きな球となり、中から神と天使が姿を現した。それは黄金色のローブをまとった絶対神と、ロゼ色の長い髪を持つ五熾天使ごしてんしフロリスだった。


 この宇宙の絶対なる神と美しい天使は、地上よりはるか上空に留まったまま、眼下の土地に目を落とす。その超常の存在たちの瞳に映る光景は異常だった。直径数キロに渡って――。まるで巨大な球がすべてを押しつぶしたような荒野を見つめながら、絶対神は淡々と天使に訊く。


「フロリス。ここには何があった」


「少々お待ちください。イグラシアの管理領域に移動したホローズと接続して確認致します。――お待たせ致しました」


 フロリスは瞬時にホローズから情報を受け取り、眼下に向かって手をかざす。すると突然、一つの都市が現れた。それはフロリスによって空間に投影された巨大な立体映像だった。陥没して荒れ果てた大地が瞬時に消え去り、中央に立派な城を持つ大きな街がまるで本物のように佇んでいる。


「ここにはモナス王国の王都がありました。中央大陸アンリブルンの中西部、クランブリン王国とペトリン公国の間に位置する小国です。対外的には独立国ですが、実質的にはクランブリン王国の属国です」


「ふむ。それが跡形もなく消滅しているということは、カオスゲートが開いたのはここで間違いないな」


「はい」


 フロリスは一つうなずき、眼下にかざした手をすぐに引く。すると空間に投影されていた王都の映像は即座に消え去り、元のくぼんだ大地に戻る。その草木の一本も見当たらない広大な荒野を、絶対神はゆっくりと眺めながら口を開く。


「フロリスよ。我はバルバエルという名の天使にここの調査を命じた。しかし何者かによってバルバエルの存在はこの宇宙から完全に消去された。その謎の敵がまだ潜んでいるかもしれん。警戒を怠らずに情報を集めてくるのだ」


「かしこまりました」


 フロリスはロゼ色の長い髪を揺らしながらすり鉢状の大地へと降りていく。同時に絶対神は黄金おうごん色の瞳ですべてを観察しながら思考を開始する――。


「……ふむ。まず気になるのはカオスゲートの規模だな」


 絶対神は北と西にそびえる高い山々に目を向けて、それから東と南の平野を見下ろす。


「カオスゲートはこの宇宙で最上位レベルの第11階梯魔法――。深淵なる混沌につながる門を開き、異相次元いそうじげん回廊かいろうからあふれ出すエネルギーを利用して万物を破壊することが可能な魔法だ。その威力は惑星の1つや2つどころか、時空間すら砕くことができる。たとえ出力を最低限度に抑えたとしても、この周囲の山々ぐらいなら簡単に飲み込めるはず――。それほどの破壊力がある魔法を、たった一つの小さな街を消すためだけに使うとは理屈に合わぬ……」


 絶対神は黄金色の眉を寄せ、さらに考える。


「この程度の王都を消滅させるのが目的なら、カオスゲートを使わずとも他にいくらでも方法はある。それがなぜ、わざわざ我や惑星神の注意を引くような魔法を使ったのか……。それともカオスゲートを使わなくてはいけない特別な理由があったのか……? もしくはヴァルスの注意をわざと引き、おびき寄せることが目的か……? だとすると、狙いはバルバエルではなくヴァルスだったということか……? それともヴァルスに気づかれないようにするために、わざと威力を最低限度に抑えたのか……?」


 上空の冷たい風が黄金色のローブをわずかに揺らし、吹き抜けていく。しかし絶対神は欠片も気にすることなく、くぼんだ大地の周囲を見下ろしながらさらに思考する――。


「……そもそも第11階梯魔法を使用できる存在は限られている。この惑星ヴァルスの現能世界リアリス安息神域セスタリアで使用できるのは我が許可した者だけのはず。それともまさか異世界種アナザーズが、我の許可すらもイグラシアを通じて改ざんしたということか……? いやしかし、人間が扱える精神共鳴元素シメレントの量では第11階梯魔法の発動は絶対に不可能。ということはやはり、異世界種アナザーズをこの世界に送り込んでいるのは異世界の神々であり、そ奴らが影で暗躍していると考えるのが妥当か――。うむ。たしかに神の能力がなくては、イグラシアの情報改ざんやバルバエルを消滅させることなどできるはずがない。そうなると、異世界種アナザーズというのはもしや――」


『――アグス様』


 不意にフロリスの穏やかな声が絶対神の耳に直接届いた。


「どうした」


『人間の死体を大量に発見致しました。おそらくこれが手がかりになると思われます』


「わかった」


 絶対神は短くこたえ、黄金色のローブをひるがえす。そのとたん淡い黄金色の体は光と化し、瞬時にフロリスの隣に移動した。


 絶対神は地面に降り立ち、ゆっくりと周囲を眺める。その場所はすり鉢状の大地から少し離れた森の手前だった。周囲にはたしかに人間の死体が大量に転がっている。それは男も女も、子どもも老人も関係なく、見渡す限り点々と、長い弧を描くように果てしなく散らばって倒れている。


「アグス様。これらの死体はおそらく、カオスゲートによって発生した衝撃波で吹き飛ばされたものと思われます。ただし、死因は肉体の損傷ではありません」


「うむ。こ奴らはすべて、魂を直接抜き取られているな」


「はい。そしてお気づきだとは思いますが、この付近一帯には


「たしかに。つまりカオスゲートを開いた者は、使


「おそらく」


 フロリスは子どもの死体を見つめて答え、表情を曇らせながら言葉を続ける。


現能世界リアリスの生命体にはすべて魂が宿っております。そして生命体が死亡すると、魂は安息神域セスタリアに移動し、ソルラインに合流して安らぎを得ます。ただし精神が高度に発達した魂は異なる反応を示すことがあります。特に自分の人生に悔いを残して死んだ人間の魂は現能世界リアリスに留まり続けようとします。その魂は死霊しれい――つまりデスレイに変化して、生きている人間の魂や大地を汚染しようとします」


「そして、魂や死霊デスレイにはさらに特殊な性質がある」


「はい。魂は高度な精神体であり、それ自体が高密度の精神共鳴元素シメレントを含んでいます。さらにデスレイは周囲の精神共鳴元素シメレントを吸収して蓄積する性質がありますので、どちらも強力な魔法を使用するエネルギーに転用が可能です」


「つまり、何者かが街にいた人間たちの魂を無理やり引き抜き、その膨大な数の魂と死霊デスレイをエネルギー源にしてカオスゲートを発動させた。そしてカオスゲートに死体を飲み込ませ、さらにイグラシアの情報を改ざんしてすべての痕跡を消す。そうすることで、あとには誰にもわからない謎だけが残る。――いや、イグラシアに情報接続している者の記憶も改ざんできるわけだから、謎すら残さない仕組みと言うべきか……。まったく。よくもまあ、そんな方法を思いつくものだ。しかし――」


「はい。おかげで敵の狙いと手段も絞り込めました」


 フロリスは背後を振り返り、深くくぼんだ大地に目を向ける。


「ここでカオスゲートを使ったことを隠そうとしたのは、すなわちだったということ。そして大量の魂を使ったということは、ということ。つまり神々のような力のある存在は直接的に協力していない証拠。さらにそのような力のない存在が第11階梯魔法を使えたということは、使ということ。そして調査に来た高位の天使を倒したということは、ということ。そして最後に、天使を倒したのとほぼ同時にイグラシアの情報を改ざんできたということは、ということです」


「そうだ」


 絶対神もゆっくりと振り返り、フロリスの隣に立って荒れ果てた土地を眺める。


「ヴァルスの報告を耳にした時、我は異世界の存在なぞいるはずがないと考えた。しかし、我に気づかれることなくイグラシアを操作できる者なぞ、この世界には存在しない。ならばもはや疑うべくもない。認めよう――。我々の世界は異世界の存在に狙われている。しかもその存在は我と同等の実力を持っている。つまり、異世界種アナザーズをこの世界に送り込んでいるのは――だ」


 黄金色のローブをまとった絶対なる神は、天空で輝く星々をにらみつけた。その黄金色の瞳は怒りの炎で燃え上がっている。


「フロリス」


「はい」


「よいか。ここから先は我らと異世界種アナザーズの戦争である。しかし我らは先手を打たれて出遅れておる。敵が我らのイグラシアを操作できると判明した以上、我らは新たな体制を整えなければならん。そのためにもお主は直ちにホローズに連絡し、。それが済み次第、お主は人間の協力者に接触し、異世界種アナザーズに対抗する勢力を作らせよ」


「かしこまりました。――アグス様。ただいまホローズから報告が入りました」


 フロリスは額に指を当てて連絡を取ろうとしたとたん、逆にホローズからの報告を受け取り、口を開いた。


「カオスゲートが発動する直前に、イグラシアの情報が改ざんされた形跡を発見したとのことです。どうやらこの付近で異世界種アナザーズが何らかの活動をしたことは間違いありません。さらに地理的および時間的要素を考慮しますと、その活動はカオスゲートとの関連性が非常に高いと推測されます」


「ふむ。たしかに奴らがカオスゲートを開いた理由は不明のままだ。その手がかりになるのであれば調べる価値はじゅうぶんにあるな」


 絶対神は瞬時に決断し、フロリスに体を向けて命令を下す。


「よし。ゆくぞフロリス。その場所まで我を導くのだ。異世界種アナザーズどもの目的を、我のこの目で直々に見極めてくれる」


「はい、かしこまりました――」


 フロリスは丁寧に頭を下げて返事をし、夜空に向かって優雅に飛び立つ。絶対神も即座に黄金色のローブをひるがえし、星空へと上昇するロゼ色の髪を追う。そして超常の存在である神と天使は、南東の空に向かって流星のごとく飛び去った――。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る