異世界戦記・転魔撃滅ガッデムファイア ~ 地球から来た転生者どもはすべて倒す! 絶対神の魂を宿した最強の復讐者が、魔炎をまとって敵を討つ超必殺・撃滅譚!
第10話 ネインの帰郷――ビター&シュガー・チェルシー その2
第10話 ネインの帰郷――ビター&シュガー・チェルシー その2
「ェェェエクスゥゥゥ――セイバァァァーッッッ!」
その瞬間、チェルシーの鋭い気合いが周囲一帯に響き渡った。高速で振り下ろされたエクスカリバーは瞬時に大気を切り裂き、その研ぎ澄まされた剣先を大地の表面に叩き込む。
しかし――純白の剣身からは何も発生しなかった。チェルシーはこれ以上ないほど真剣な表情で大口を開けたまま、完全に固まってぴくりとも動かない。周囲を歩いていた十数人の村人たちは、いきなり奇声を発したチェルシーを遠目に眺めて首をひねったり、指をさしてクスクスと笑ったりしながら通り過ぎていく。すぐ近くに立つネインもチェルシーからそっと目を逸らし、ニヤリと顔を歪ませた。
「ネイン……。あんたぁ、あたしをだましたわね……」
「ああ、そういえば一つ言い忘れていたことがあった」
限界近くまで目を吊り上げて詰め寄ってきたチェルシーに、ネインは淡々と言い訳を口にする。
「その剣の持ち主はこう言っていた。エクスカリバーは自分だけの剣だとな。その言葉が本当だとすると、その剣はあの男以外には使えないということになる」
「あっそう。つまりあんたはそれを確かめるために、あたしを利用したってわけね?」
「まあ、そういうことだ。しかしチェルシー、今のはなかなかいい吠えっぷりだったぞ。エクスゥ・セイバァー。うん、けっこうかっこよかったな」
「もぉっ! しらないっ! ネインのバカぁーっ!」
ネインが親指を立てたとたん、チェルシーは耳を真っ赤にしながらエクスカリバーを叩き捨てた。そして両手でネインの胸を突き飛ばし、一人でさっさと歩き出す。ネインは軽く肩をすくめて純白の剣を拾い、チェルシーの背中を追いかけた。
「……チェルシー。怒っているのか?」
「怒ってるわよっ!」
「でも大声出してスッキリしただろ」
「スッキリなんかしないわよっ! あんな恥をかかされたらムカついて当然でしょうがっ!」
「いや、別に恥をかかせるつもりはなかったんだが、怒らせたのなら謝るよ。悪かったな」
「やめてよ! そんな簡単に謝らないでっ! いま謝ってもらってもねぇ! 怒ってる方はすぐに気持ちが収まらないんだから! あんたはねぇ! あたしが許してもいいかなぁって思い始めた時に謝りなさいよ!」
「いや、それはかなり難しいだろ」
「難しくてもやんなさい! これは注文じゃなくて命令なんだから! あんたはあたしの弟みたいなもんなの! だからあたしの言うことはちゃんと聞かなきゃダメなんだからね!」
「いや、弟っておまえ、オレたちは同い年だろうが」
「なによ! あたしの方が2週間も早く生まれたんだからお姉さんなの! だからネインは弟! なんか文句でもあんの!?」
チェルシーがいきなり道の真ん中で立ち止まり、ネインの鼻先に顔を近づけてにらみ上げた。ネインは思わずキョトンとまばたき――。それから軽く肩をすくめ、首を小さく横に振る。しかし怒りが収まらないチェルシーはネインの胸に指を突き付け、さらに言う。
「いい? ネイン。この際だからハッキリ言わせてもらうけど、あんた、あたしに隠れていったい何をコソコソやってんのよ」
「別に、何も隠してないけど」
「うそ! 隠してるじゃない! 今回だって黙って1か月もどこかに出かけたじゃない! ううん、今回だけじゃない! 5年ぐらい前から、1年のうち4か月は村の外に出かけてるじゃない! あんた! ほんとはまだ探してるんでしょ!」
「探してる? いったい何の話だ?」
ネインが思わず困惑した表情を浮かべると、チェルシーはさらに唇を尖らせる。
「とぼけないで! あたし、この前こっそり盗み聞きしたんだから! あんた、家族を殺した犯人を絶対に見つけてやるって呟いてたでしょ! この耳でちゃんと聞いたんだからね!」
「いや、盗み聞きはよくないだろ」
「ごまかさないで!」
チェルシーはいきなりネインのマントを両手でつかんだ。
「ねえ! ちょっとしっかりしなさいよ! あれからもう7年も経ってるのよ! いいかげん引きずるのはやめなさいよ! おじさんとおばさんとナナちゃんが亡くなったのはたしかに辛いけど! 悲しいけど! あれは事故だったの! 犯人なんかいないの! あんただって事故現場を見たでしょ! それなのに! なんで今さらそんなこと言ってんのよ! なんで今さら! いもしない犯人なんか探してんのよ!」
「…………」
その問いかけに、ネインは何も言えなかった。小さな手でマントをつかみ、今にも泣き出しそうな瞳をしている幼なじみの少女を、ネインはただ黙って見つめることしかできなかった。
「……ごめん」
少しして、チェルシーがマントからそっと手を離した。
「盗み聞きしたのはごめん……。お腹空いてるかと思ってパンを持っていったら、たまたま聞こえちゃったの」
「いや、オレも悪かった。またチェルシーに心配させてしまったな」
「まったくよ」
ぽつりと謝ったネインの肩をチェルシーが軽く叩いた。
「あんたの今の家族はあたしなんだからね。あたしとお父さんとお母さんとコナーがあんたの家族なんだから。家族にあんまり心配かけんな、このバカネイン」
「ああ、たしかにそうだな。気をつけるよ」
「うん。ほんと、そうして……。それで犯人を見つけるって、いったいどういうことなの?」
それは――と呟き、ネインは少し考えた。
「……そうだな。オレは納得したいんだと思う」
「納得?」
「そうだ。オレは自分自身であの事故のことを調べたいと思っている。そしてチェルシーの言うとおり、あれはただの事故で犯人は存在しないと納得したいんだ――」
ネインは一つ息を吐き出し、青い空に目を向けた。
「そうしないと、オレは前に進めない。あの事故はオレの心を過去に縛り付けている。だからオレは、オレが前に進むために、オレが自分の人生を歩むために、納得するまで調べたい。それは今のオレにとって絶対に必要なことなんだ」
「……なによそれ。わけわかんない」
チェルシーは不満そうに頬を膨らませた。
「あんな事故、誰がどう見たって犯人なんかいるわけないじゃない。しかも7年も経ってから、いったいどうやって調べるつもりなのよ」
「それはこれから考える」
「はあ? まだなにも考えていなかったの? 呆れた。あんた、頭よさそうに見えてほんとはものすごいバカでしょ」
「まあな。オレは力も知識も経験もない、ただの子どもだからな」
ネインが苦笑いを浮かべて頬を指でかくと、チェルシーは反対の頬を指で押した。
「ほんとよ。あんたはあたしがいないとまともに食事の支度もできないんだから、あんまりバカなことはしないでよね」
「そうだな。いつも面倒をかけて悪いな」
「まったくよ。おばさんが
「そうだな。いつも世話してもらって助かってるよ。ありがとな」
「ふん。わかってるんだったらさっさと事故のことでもなんでも調べて、さっさと納得して、さっさと村に腰を落ちつけなさい。そしたらあんた一人ぐらい、あたしが面倒見てあげるんだから」
「いや、自分の面倒ぐらい自分で見るよ。父さんが
「あっそ。じゃ、好きにしたら。あんたみたいなズボラに宿屋なんかできるとは思えないけどね」
「そしたらチェルシーのパン屋で雇ってもらうさ」
「残念でしたー。うちにはもうお母さんとクララとジナがいるから、あんたを雇う余裕はありませーん」
チェルシーはネインに向かって思いっきり歯を剥いて、それからにっこり微笑んだ。その優しい笑顔にネインもつられて軽く微笑む。そして二人は再び村の奥へと足を向けた――。
すると田舎村にしては大きな教会が見えてきたとたん、ネインが思い出したように腰の小さな革袋をチェルシーに差し出した。
「ほら。今回も余ったからやるよ」
「あ、砂糖? ありがと~。これでクッキーを焼いたらコナーが大喜びね。でもさぁ、ネイン。あんた、なんでいつも砂糖なんか持ち歩いてるの?」
「砂糖を舐めると頭が元気になるからな。疲れた時には一番役に立つんだ」
「ふーん、そうなんだ。あたしはそういうことよく知らないけど、砂糖はけっこう高いからね。タダでもらえるんなら文句は――」
「あーっっ! ネインさぁーんっっ! おっかえりなっさぁーいっっ!」
チェルシーの言葉が終わらぬうちに、いきなり高い女性の声が飛んできた。
そのとたん、チェルシーは思いっきり顔をしかめ、ネインは淡々と前を見る。すると教会の方から全速力で駆けてくる若い女性の姿が見えた。ベリス教の黒い修道服に身を包み、長い茶色の髪を三つ編みにした女性だ。女性は走りながら両手を広げたかと思うと、そのままネインに抱きついた。それから間近でネインの顔をまっすぐ見上げ、人懐っこい笑みを浮かべながら血色のよい小さな唇を開く。
「ネインさん、ご無事ですかぁ? お怪我はありませんかぁ? 今回は戻ってくるのが遅くて心配していたんですよぉ。どこまで行ってきたんですかぁ? それよりお腹は空いてませんかぁ? 近所のそこそこ美味しいパン屋さんでパンを買ってきたのでご一緒にお茶しませんかぁ? そしてそのまま私の部屋に泊まって朝ごはんも一緒に食べませんかぁ? きっとそれが神のお導きだと思うんですぅ。というわけで、ぜひそうしましょう!」
「――おことわりしますっっ!」
不意にチェルシーが声を張り上げ、女性をネインから強引に引きはがした。
「ネインの面倒はあたしが見ます! ミーサさんはシスターなんだから教会のお仕事だけしていてください!」
「あら。そこそこ美味しいパン屋さんのチェルシーさん、こんにちは。いつからそこにいたんですか?」
「いや、最初からずっといたでしょ。というか、そこそこ美味しいパン屋って、なんだかほめられてる気がしないんですけど」
「いえいえ、心から賞賛していますよ」
若いシスターはやはり人懐っこい笑みを浮かべ、チェルシーを見つめたままさらに言う。
「それよりチェルシーさん。私、ネインさんに抱きつかないといけないので、そこをどいていただいてもよろしいでしょうか?」
「はぁっ!? どうしてミーサさんがそんなことしないといけないんですか!?」
チェルシーはネインの前に立ち塞がったまま厳しい顔でミーサをにらんだ。しかしミーサは優しく微笑み、穏やかな声で質問に答える。
「実はですね、つい先ほど教えていただいたのですが、若い男性は若い女性に抱きしめられると元気になるそうなんです。ですので私は、ネインさんの疲れを取るために抱きしめなくてはならないのです」
「はあ!? なにそれ!? いったい誰がそんなデタラメを言ったんですか!?」
「そこそこ美味しいパン屋さんで働いているクララさんです」
「あのアホオンナ……。あいつ、マジでクビにしてやろうかしら……」
チェルシーは思わず自分の店の方角に顔を向けて牙を剥いた。それから再びミーサを軽くにらみつけて言い放つ。
「とにかく、それはデタラメです。ネインはそんなことで元気になんかなりませんから」
「あら。そうなのですか、ネインさん?」
「……えっ?」
不意にミーサに目を向けられたネインは言葉に詰まった。すぐ目の前ではチェルシーが、いまだかつてないほどの厳しい顔でにらんでいる。
「そ……そうですね……。女性に抱きつかれて疲れが取れるというのは初耳です。実際にいま抱きつかれても、疲れが取れたという実感は特にないです。おそらくクララの冗談だと思います」
「まあ。それでは私、冗談を真に受けてしまったのですねぇ。ごめんなさぁい、ネインさん。ご迷惑をおかけしましたぁ」
「ああ、いえ。大丈夫です」
照れくさそうに微笑みながら謝るミーサに、ネインは手を横に振る。するとチェルシーはネインに向かって満足そうに二度うなずき、それからミーサに声をかける。
「そういうわけでミーサさん。クララは頭の中がお花畑なんです。クララの言うことはぜんぶ冗談だと思って聞き流してください」
「そうなんですか……。では、あれも冗談でしょうか?」
「あれ……? クララは他にも何か言ってたんですか?」
「はい。若い男性は若い女性に口づけされると、もっと元気に――」
「それも冗談ですっっ!」
チェルシーは唾を飛ばさんばかりの勢いで吠えた。そして素早く振り返り、ネインにも吠えかかる。
「そうよねっ! ネインっっ!」
「いや、どんなことでも実際に試してみないと判断は――」
「そ・お・よ・ねっっ!」
「はい……」
今にも噛みつきそうなチェルシーを目の当たりにして、ネインにはうなずくことしかできなかった。
「ではやはり、クララさんの言葉は冗談ばかりだったのですね……。ごめんなさい、ネインさん、チェルシーさん。ご迷惑をおかけしました」
「いや、オレは別に迷惑だなんて思ってないですから」
「ふふ。ネインさんはやっぱり優しいんですねぇ」
ミーサは心の底から嬉しそうににっこりと微笑んだ。同時にチェルシーは心の底から不愉快そうにネインをじろりとにらみ上げた。
「それではネインさん、チェルシーさん。私は教会に戻りますね。ルター神父が呼んでいるみたいですので」
ミーサは不意に横を向き、教会の方を指さした。ネインとチェルシーが目を向けると、黒い
「それではミーサさん。オレもすぐに教会に行くと神父様に伝えてください」
「はぁい。中でお待ちしていますねぇ」
ネインに声をかけられたミーサは嬉しそうに微笑み、すぐに教会の中へと駆けていく。その背中を眺めながら、チェルシーは大きな息を吐き出した。
「まったく……。なんで教会のシスターって、あんなに世間知らずなのかしら」
「まあ、神に仕える人間ってのはそういうもんだろ」
「それはそうかもしれないけど、ミーサさんは特にふわふわしてる感じがするのよねぇ。あの人たしかもう19歳でしょ? そのわりに地に足がついていないというか、なんだか子どもっぽいのよ。なにを考えているのかもよくわからないし、見ていて危なっかしいからちょっと怖いぐらい」
「なんだ? チェルシーはミーサさんが嫌いなのか?」
「ううん、別に嫌いじゃないよ」
チェルシーは即座に首を横に振った。
「あれでも毎日村の中を歩き回って、怪我をした人にヒールをかけてくれるからね。基本的にはすごくいい人だと思う。でもあたしには、なぜかそれが義務でやっているように見えるんだよねぇ」
「いや、ベリス教のシスターなんだから義務みたいなものだろ」
「うん、そうだよね。なに言ってんだろ、あたし。ちょっと変かも」
チェルシーはもう一度ため息を吐き、自分の頬を軽く叩いた。
「それじゃ、ネイン。あたしはもう店に戻るから。あんたも日が沈む前にうちに来なさい。お夕飯を用意してみんなで待ってるから」
「わかった。おじさんとおばさんによろしく伝えておいてくれ。あと、コナーにもな」
「うん。それじゃ、あとでね」
チェルシーは軽く手を振り、自分の店の方に向かって歩き出す。ネインも軽く手を上げて、離れていく背中を見送る。すると不意にチェルシーが振り返り、元気な声を張り上げた。
「――言い忘れてた! ネイン! おかえりなさい!」
「ああ。ただいま」
チェルシーは満面の笑みを浮かべ、今度こそ去っていく。その細い背中が見えなくなるまでネインは見送り、それから教会の中に足を踏み入れた。
教会は木製の質素な造りだが、それでも村の中では一番大きな建物だった。中に入ると広い空間の中央が通路になっていて、その左右に横長のベンチが奥に向かっていくつも整然と並んでいる。通路の奥には祭壇があり、その上の壁には美しいステンドグラスが飾られている。ベリス教のシンボルである、円からはみ出た十字架を描いた着色ガラスだ。そこから午後の光が優しく差し込み、教会の中を明るく照らし出している。
祭壇の前には二人の人物が立っていた。一人は黒い祭服のルター神父。もう一人は黒い修道服のシスターミーサだ。二人は硬い表情でネインをまっすぐ見つめたまま微動だにしない。
ネインは中央の通路をまっすぐ歩き、二人の前で足を止める。同時に神父とシスターはその場でひざまずき、深々と頭を下げた。そしてそのまま声をそろえて口を開く。
「「お帰りなさいませ。ネイン様――」」
***
・あとがき
第10話までお読みいただき、まことにありがとうございます。
本作は、タイトルとあらすじに書いたとおり、地球から異世界に転生した『転生者』を、異世界の住人が倒すという主旨の物語です。そしてその『転生者』の規模と、惑星ヴァルスが直面している危機につきましては、このあとの『7年前の真実・第11~18話』で明らかになります。
ネイン・スラートというのはどういう人間で、なぜガッデムファイアを手に入れたのか――。その背景が第11~18話の過去編で描かれております。
また、本作の設定につきましては、第0話の『設定』である程度の情報を開示しております。『設定は飛ばしてください』と書きましたが、ご興味のある方がいらっしゃいましたら、ご遠慮なくお読みください。
本作のメインストーリーはネイン・スラートの物語ですが、第1部『旅立ちの前夜――魔姫覚醒篇』では、作品の背景を描くためにサブストーリーを多めにした構成になっております。
惑星ヴァルスの世界が『転生者』の存在によって大きく揺れ動き、神や悪魔や人間がそれぞれの思惑で行動し始め、『転生者たち』も暗躍を開始する――。その巨大なうねりの中で、ネイン・スラートは多くの戦いと悲しみの果てに、さらなる固い決意をもって、新たな仲間と旅に出るのが第1部の展開になります。
戦闘シーンは意識して多めに書いてありますので、バトルがお好きな方がいらっしゃいましたら、ぜひお読みください。特に第34話と第35話におきましては、文字どおり最強の存在たちが最強の魔法を繰り広げるシーンを描いてあります。また、設定には記載していない『特殊魔法』も随所で登場します。
各話の中には総文字数が1万字を超える話がいくつかありますので、お時間のある時にごゆっくりお読みいただければ幸いです。
それでは最後になりますが、重ねてお礼申し上げます。
ここまでお読みいただき、まことにありがとうございました。
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