第5話   伝説の特殊魔法核――レジェンダリー・エクスコア その5


「はっはぁーっっっ! はーっはっはっはっはっはぁーっっ! そぉかっ! ネインっ! そぉきたかぁーっ! こいつは面白いっっ! いいぞぉーっ! この展開はぁーっ! サイッコーにおンもしろいぞぉぉーっっっ! ィィィィヒャーッハッハッハッハッハッーっっ!」


「あ……アーサー?」


 ネインの言葉を聞いたとたん、いきなり狂ったように笑い出したアーサーを見て、エマや団員たちは心配そうに顔を曇らせた。しかしアーサーは腹を抱え、一人で高らかに笑い続ける。それから不意に口を閉じたかと思ったとたん、いきなり真面目な表情でネインの顔に指を向けて、低い声で言い放つ。


「……そうだ、ネイン。たしかに俺はこの世界の人間じゃない。俺はおまえたちが住むこのだ」


「……やはりそうでしたか。では、どうしてオレたちの世界に来たんですか?」


「別に。特に理由はない」


「理由がない?」


 アーサーは顔の横で面倒くさそうに手を振って言葉を続ける。


「ああ、そうだ。理由なんかねーんだよ。俺は中二の時に交通事故であっさり死んだ。ちょっと慌ててコンビニを飛び出したら、アホそうなババアの車がいきなり突っ込んできやがったんだ。いや、ほんと、マジでショボイ人生だったぜ。しかしあの世とやらにってみたら、心優しい女神が俺を憐れんで、この世界に転生させてくれたんだ。それで俺は女神に作ってもらったエクスカリバーを使って、思う存分俺TUEEEして遊んでいる――。ただそれだけのことだ」


「遊ぶ……? あなたは遊ぶためにこの世界に来たんですか?」


「あぁん? だったらなんだ? 文句でもあんのかゴラ」


 急に眉をひそめたネインに、アーサーは目を吊り上げた。


「テメーはいったい何様だ? 不謹慎だとでも言うつもりか? 冗談じゃない。俺が俺の人生を面白おかしく生きて何が悪い。転生者ってのはそういうふうに自由気ままに生きるのがお約束なんだよ。最初から高いステータスと強い武器を持ってるチーター様なんだよ。死んだって何度でも復活できる特権階級様なんだよ。意味もなくオンナにモテモテのフェロモンマシーンなんだよ。なんてったって俺たちは、あのスゲー女神たちに選ばれた特別な人間なんだからなぁ。NPCごときが文句いってんじゃねぇ、このボゲがっ」


「何度でも復活できる……? それはつまり、あなたたち転生者は絶対に死なないということですか?」


「ふん。いちいちテメーの質問に答えてやる義理はねぇんだよ、このドアホウが」


 アーサーは唾を吐き捨て、エクスカリバーをゆっくりと引き抜いた。そして鋭い切っ先をネインに突きつけ、さらに言う。


「ま、たしかに俺は異世界からの転生者だが、。だからおまえに出ていけと言われる覚えもないし、そんなつもりもサラサラない。そういうワケで話は終わりだ。その特殊魔法核エクスコアをさっさと渡せ。さもなければ、今すぐ殺す」


「……そうですか。あなたの考えはよくわかりました。他の人たちも同じ考えですか?」


 ネインはアーサーに淡々と答え、その場にいる全員に目を向けた。聖剣旅団の団員たちは困惑した表情を浮かべているが、誰一人としてネインに味方をする者はいない。エマも顔を曇らせたまま、ネインから離れるように一歩下がった。


「……わかりました。では、ここで決着をつけましょう」


 敵対は避けられない――。そう判断したネインは後ろに歩いてじゅうぶんに距離を取り、振り返ってアーサーをまっすぐ見つめる。そのとたん、アーサーは邪悪な喜びに顔を歪ませてネインをにらみ、狂喜の声を張り上げた。


「ぃよぉーしっ! おまえらぁーっ! 三日月陣だぁーっ! あのクソガキをぶっ殺せば一生遊んで暮らせるぞぉーっ! 今日から俺たちは大金持ちだぁーっ! 好きなだけ酒を飲めぇーっ! 好きなだけオンナを抱けぇーっ! それが俺たちのジャスティスだぁーっ! イエェェェーイっっ!」


 その欲望にまみれた大言たいげんに団員たちの心も一瞬で黒く染まり、全員が一斉に歓喜の声を上げた。そして即座にアーサーを中心にした弧を描いて並び立ち、未来への明るい希望にギラつく眼差しでネインをにらみつける。


 その殺意がこもった無数の視線と邪悪な圧力を、ネインは感情を消した黒い瞳で淡々と受け流す。そして静かな声で、究極の魔法を解き放つ――。



「第00ゼロゼロ階梯絶対魔法――DCS神聖全能覚醒波動アクレイン



 瞬間――ネインの全身から黄金色の電流が放たれた。電流はネインの体を瞬時に駆け抜け、淡く輝く光の膜となってネインを包んだ。


「なっ!? なんだぁっ!? ネインっ! テメーっ! 今度はいったい何をしやがったぁーっ!」


 明らかに雰囲気が一変したネインを見てアーサーが思わず声を張り上げた。その顔はさらに醜く歪み、理解できない事態に対する怒りに満ちあふれている。そんな感情が制御できない傭兵団の団長に、黄金の炎を瞳に宿したネインは落ち着いた声で語り聞かせる。


「……オレには目的があります。アーサー・ペンドラゴン。あなたが異世界からの侵入者ではないかとオレは最初から疑っていました。だからクランブリンの王室に依頼して、あなたをこのダンジョンの同行者に指名したんです」


「なっ!? なんだとぉぅっ!? それじゃあおまえは最初から俺を狙っていたってことかぁっ!?」


「はい。そして、こういう結果になることは予想できていました。あなた以外の人間を巻き込むつもりはありませんでしたが、オレに敵対するというのなら仕方がありません。聖剣旅団の団員たちがあなたと一緒に命を散らす道を選ぶのなら、オレはその意志を尊重します」


「へっ! なーにが尊重するだゴラァッ! たかが14のクソガキが生意気こいてんじゃねぇーっ! いいかっ! どんなに強い人間でもなぁっ! 体が疲れたら能力値は絶対に下がるんだっ! つまぁーりっ! いくらテメーが強がったって俺の目はごまかされねーんだよっ! このボケがぁーっ! オラァーッ! ステータス・オォーンッ! ――って、ファァァーッッ!? ぬぁにぃぃぃぃぃっ!?」


 アーサーは特殊スキルを発動してネインに目を凝らしたとたん、驚愕のあまり絶叫した。


「どっ!? どうしたのっ!?」


 アーサーのあまりの驚きぶりに、隣にいたエマが反射的にアーサーの肩を揺さぶった。


「ありありありありっありえねぇーっ! あいつっ! あいつのステータスがぁぁーっっ!」


「す、ステータス!? ネイン君のステータスがどうしたのっ!?」


「さっさっさっさっ3倍以上に跳ね上がっていやがるぅーっ! あれはぁーっ! あのステータスはぁーっ! もはや紫金しきん天位クラスっっ! あいつはぁぁーっっ! 深淵探究者パープルシーカーだぁぁーっっ!」


「ぷぁっ!? パープルゴールドっ!? うそでしょ!?」


「こんなに絶叫しながら嘘つくヤツなんているワケねぇだろぉーっ! クソがぁーっ! あいつはいったいなんなんだぁーっ! ありえねぇーっ! こんなのぜってぇありえねぇーっ! しねぇーっ! クソガキがぁーっ! テメーなんかしんじまえぇーっ! ふんぬおおおおおおおーっ! ィィィィエクシュウゥゥゥ――シェイバァァァァーッッ!」


 アーサーは恐怖に恐れおののき全身を震わせながら、いきなりエクスカリバーを全力全開で振り抜いた。さらに何度も何度も、何度も何度も無我夢中で純白の剣を振りまくる。その一振りごとに黄金色の斬撃が撃ち出され、光撃こうげきが雪崩を打ってネイン目がけて襲いかかる。


 その瞬間――ネインは胸の水晶クリスタルを握りしめ、凛とした声を大気に放った。



「――こいっ! ガルデリオン・ファイアっっ!」



 刹那――ネインの全身から灼熱の爆炎が噴き出した。そこにアーサーが撃ち出した無数の光の刃が連続で突っ込んだ。


 10発――20発――30発――40発――。


 圧倒的な破壊力を持つ光の斬撃が轟音とともに次から次へとネインを撃つ。撃って撃って撃ちまくる。その衝撃波で床に積もっていた石の粉が再び激しく舞い上がる。大量の粉塵ふんじんは即座に白煙と化し、ネインの姿を覆い隠した。


「どっ! どぉだぁぁーっっ! さすがにこれだけ撃ち込めばぁぁーっっ! だろぉぉぉーっっっ!」


 合計60発以上の光の斬撃を撃ち込んだアーサーがようやく剣を止めた。聖剣旅団の面々は、全員固唾をのんでネインが立っていた位置に目を凝らす。そして煙が晴れた瞬間――誰もが愕然と目を剥いた。そこには黄金色の光に包まれたネインが無傷で突っ立っていた。


「ファァァァァァーッッ!? ぬぁぁにぃぃーっっ!? だとぉぅーっっ!?」


 立派な騎士甲冑に身を包んだアーサーは、恐怖と怒りであごと膝を激しく震わせながらさらに叫ぶ。


「エッエッエッエッエマぁぁーっ! とっとっとっとっ突撃だぁーっ! 全員であのクソガキを切り刻んでぶっ潰せぇーっっ! 踏んで丸めてウドンにしてやれやぁーっっ!」


「う、うどん? うどんってなに?」


「突っ込むのはそこじゃねぇーっ! あのクソガキだぁーっ! いいからとっとと指示を出せやぁーっ! この役に立たんバカオンナがぁーっ!」


「りょ、了解っ! 総員! とつげきぃーっ!」


 完全に冷静さを失ったアーサーに激しく怒鳴られたエマは慌てて声を張り上げた。同時に団員たちも一斉に雄叫びを上げながらネイン目がけて突っ走る。誰もが血走った目で黄金色に輝くネインをにらみ、必殺の力をこめて武器を振り上げ襲いかかる。


 しかし――ネインは落ち着き払っていた。迫り来る怒涛の暴力を前にして淡々とした表情のまま、今度は狂猛な魔法を静かに唱える。



「第8階梯火炎魔法――獅子心ライオンハート魔炎乱舞・メガフレア



 瞬間――ネインの周囲に無数の炎が吹き荒れた。


 その突如として発生した50を超える炎の塊は揺らめきながら宙を舞い、小型ガルデリオンの群れに姿を変えて聖剣旅団の団員たちに飛びかかっていく。その直後、23名の荒くれ者どもは一瞬で燃え上がり、あっという間に灰となって消滅した。


 アーサーも炎のガルデリオン数体に襲われ灼熱の炎に包まれたが、とっさに腰の鞘を握りしめ、あらん限りの声を張り上げた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおーっ! 神聖超回復エクス・リカバーーっっ!」


 瞬間、エクスカリバーの青い鞘が光を放ち、アーサーの体が一瞬で回復した。全身を覆う炎は即座に消え去り、骨まで溶けかけていた肉体も火傷の痕一つなく完全に治っている。


「はあ、はあ、はあ、はあ……。バカな……。第8階梯魔法だと……? こっちの世界の人間で、第7階梯以上の魔法を使えるヤツがいるなんて聞いてねぇぞ……」


 アーサーはエクスカリバーを床に突き立て、寄りかかりながらネインをにらんだ。その斜め後ろでは、一人だけ炎の攻撃を受けなかったエマが床にへたり込んでいる。どうやら腰が抜けたらしい。エマの細い体は恐怖に震え、尻の下の床には漏れ出た尿が薄い膜となって広がっている。


「……それがエクスカリバーのもう一つの特殊能力、最大の防御魔法ですか」


「そぉだっ! 恐れ入ったかこのクソガキがぁーっ!」


 淡々と質問したネインに、アーサーは青い鞘を向けて怒鳴りつける。


「このエクスカリバーの鞘はどんな傷でも一瞬で治すっ! どんなに深い傷でも関係ねぇっ! 致命傷だって余裕で治すっ! つまぁーりっ! テメーがどんだけ俺を切り刻もうがっ! どんなに強力な魔法を使おうがっ! 俺を殺すことは絶対にできないってことだぁーっ! どぉだぁーっっ! くやしいだろぉーっっ! ああン!? おおン!? ンンンンざまぁみろぉーっっ! ンンンンざまぁみやがれぇーっっ!」


 アーサーは勝ち誇った顔で吠えまくった。しかしネインは男の顔を見据えたまま、絶対の死を宣告する。


「……そうですか。エクスカリバーの特性を説明してくれてありがとうございます。これで懸念材料はなくなりました。あとはもう、永遠に燃えていてください。第9階梯火炎魔法――」


「ンだっだっだっだっ第9階梯魔法だとぉぅーっ!? ありえねぇーっ! そんなのぜってぇーありえねぇーっ! そんなバカみたいな階梯の魔法なんてぇーっ! でもないかぎりぃーっ! ぜったいに使えるはずがねぇぇぇぇーっっ!」


 ネインが右手をアーサーに向けたとたん、アーサーの顔は狂気と絶望に染まった。その歪みまくった醜い顔をまっすぐ見つめたまま、ネインは淡々と凶悪な魔法を唱える。



「――冥界暗黒エクスヘルズ・影殺魔炎シャドウフレイム



 その瞬間、ネインとエマを除くすべての影から暗黒の炎が燃え上がった。鎧や剣が溶けて固まった塊の陰や、魔法の光さえ届かない天井の暗闇からも漆黒の魔炎が一斉に揺らめき立ち、ヴァリアダンジョンの最下層を闇の炎で染め上げた。


「ッアーっっっ! あっづぅぅーぃっ! あづいっ! あづいっっ! なんじゃこりゃあぁぁーっっ!? なんなんだぁーっっ! この黒い炎はなんなんだぁぁぁーっ!」


 アーサーは自分の影から噴き出した闇の炎に包まれて絶叫した。その顔は、身を焦がす激痛でもはや原型を留めないほど歪みまくって焦げていく。しかも膝が激しく震えているというのに、床に倒れて転げ回ることすらできないほど全身が完全に硬直している。そのせいでアーサーは内股気味の仁王立ちのまま、身動き一つ取れずにひたすら燃やし尽くされていく。


「ンンンンあづいぃぃぃーっ! あづいっ! あづいっっ! おれのがらだがぁーっ! 中と外から同時に燃やされていぐぅぅーっっ! ンンンガァーっっ! ンンンゴォーっっ! えっえっえっえっエグズリガバぁぁぁーっっっ!」


 アーサーは声帯が燃やされる寸前になんとかエクスカリバーの特殊能力を発動した。とたんに美しい青い鞘が光り輝き、アーサーの火傷を一瞬で癒やしていく。既に焼けただれて溶けた皮膚も、ほとんど炭と化していた肉も骨もすべてきれいに治っていく。しかし――。


「ンなっ!? ンなんだとぉぅっ!? なんでっ!? どしてっっ!? なんで炎が消えないんだぁぁぁーっっ!?」


 アーサーは腹の底から悲鳴を上げた。全身を覆う黒い炎がいつまでたっても消えないからだ。しかもエクスカリバーの特殊能力で体は治り続けながら、暗黒の炎で燃え続ける無限ループに陥っている。それは文字どおり死ぬほどの激痛が永遠に終わらない拷問状態だ。


「その暗黒の炎は、影を持つものを永遠に燃やし続けます」


「かっ! 影だとぉぅっ!? 俺は影がある限り燃え続けるってことなのかぁっ!?」


 絶え間ない激痛のせいでアーサーの顔は狂った獣のように変わり果てていた。肌も肉も神経も焼き尽くされたとたんにすぐ治り、治っては即座に骨まで燃えて溶ける生き地獄――。その終わりのない激痛の中でアーサーは自分の顔や頭をかきむしり、意味もなく身に着けている物を片っ端からはぎ取っては、周囲に放り投げている。もはやまともな思考ができなくなっているのだろう。そんなアーサーに、ネインはゆっくりと近づいて問いかける。


「アーサー・ペンドラゴン。あなたたち転生者の本当の目的はなんですか?」


「あぁっ!? もぐでぎぃーっ!? ぞんなものはねぇーっ! もうごろぜぇーっ! おれをごろぜぇーっ! ごごはゲームのぜがいだぁーっ! おれだちぢぎゅうじんのあぞびばだぁーっ!」


「ゲーム? ゲームの世界とはどういうことですか?」


「げーむはげーむだぁっ! ごのぼげがぁーっ! ごろぜぇーっ! だのむっ! ごろじでぐれぇーっ! おれだちにはゼブンルールだけしがねぇーっ! あどはじゆうにいぎろどしかいわれでねぇんだぁーっ! ッアーっっ! あづいぃぃぃぃ! あああああづいぃィィィィ!」


「あなたはさっき、転生者は死んでも復活できると言っていました。それはどういう魔法を使っているんですか?」


「アアアアアアアーッッッ! あづいぃぃぃ! いやだぁぁぁ! もういやだぁぁぁーっっ! じんでやるぅぅぅ! おれはもぉぉぉ! じんでやるぅぅぅ! いまぁぁっっ! ひっざづのぉぉっっ! おれざまぁぁっっーっっ! ファァァーックオォォォーフッッ!」


 アーサーはいきなり全力で吠えながら光輝く青い鞘を両手でつかんだ。そして残された最後の力を振り絞り――エクスカリバーの鞘を投げ捨てた。


 その瞬間、暗黒の炎が一気に燃え上がりアーサーの体を飲み込んだ。そして黒く燃え上がるアーサーの顔は一瞬で安らぎに満ちあふれ、ネインを見つめてニヤリと笑う。


「ふん……。まったく、ガッデムくそったれな炎だぜ……。だけどまあ……死ぬってのも……けっこう気持ちいいじゃねぇか……」


「……おさらばです。アーサー・ペンドラゴン。あなたの魂が迷うことなく、あなたの世界のソルラインに導かれることを祈ります」


 ネインは拳を胸に当てて、最後の言葉を静かに贈った。その直後、アーサーは一瞬で灰となって燃え尽きた。ネインは床に積もった灰の山を少しの間無言で見下ろす。それから腰が抜けているエマに足を向けた。


「さて、クルパスさん」


「ひぃっ!」


 エマは両手で床を押して何とか逃げようとした。しかし、さらに漏らしまくった尿で手が滑り、その場から動くことすらできなかった。ネインはにおい立つ水たまりを上手に避けてエマのそばにしゃがみ込み、顔を近づけて質問する。


「あなたを生かしておいたのは情報を得るためです。アーサー・ペンドラゴンはさっき、転生者は何度でも復活できると言っていました。それはどういう仕組みなのか教えてください」


「しっ! しらないっ! わたしっ! なにもしらないっ!」


 エマは激しく首を横に振った。


「そうですか。では、あなたも灰になってください」


「うそですごめんなさいっ! しってますっ! コインっ! コインですっ!」


 エマは即座に口を割った。


「コイン?」


「そっ! そうっ! コイン! アーサーはいつも白銀のコインを一枚だけ持っていたの! それだけはどんな時でも肌身離さず持っていた! そのコインがあれば死んでもすぐに復活できるって言ってました!」


「それはどんなコインですか?」


「えっ……? どっ、どんな? どんなって、えっと……たしか片面は山の模様で、もう片面は何かの花の模様で、けっこう丁寧な造りだったと思うけど、私、一度しか見せてもらったことないから……」


「そうですか」


 ネインはおもむろに立ち上がり、つい先ほどまでアーサーだった灰の山に手を突っ込んだ。他の団員たちとは違い、暗黒の炎で燃やされたアーサーは鎧などの鋼鉄すらも完全に燃やし尽くされ灰となっている。だからあまり期待はしていなかったが、やはり灰の中にコインはなかった。


 それから周囲に目を向けると、灼熱に苦しんだアーサーが無我夢中で投げ捨てた装備品がいくつか転がっている。一つずつ調べてみると、鎧の一部や服の切れ端、魔法核マギアコアが詰まった革袋、冒険者アルチザン個人識別票タグプレート、それと純白の剣と青い鞘が落ちている。しかし白銀のコインとやらは見当たらなかった。


 おそらくアーサーと一緒に燃え尽きて灰になってしまったのだろう――。ネインはそう判断し、エクスカリバーだけを拾って再びエマに話しかける。


「それではクルパスさん。ここで起きたことは誰にも話さないと誓えますか?」


「ちっ! 誓うっ! 誓いますっ! ぜったい誰にも話しませんっ! だからおねがいっ! たすけてくださいっ! おねがいだから燃やさないでっ!」


「では、これを飲んでください」


 ネインは左手でエマのあごをつかんで強制的に口を開かせ、腰の革袋の一つからつまみ出したいくつかの黒い粒を無理やり飲み込ませた。


「おほっ! ごほっ! なっ、なに!? なにを飲ませたの!?」


「デスワームの卵です」


「でっ!? デスワームっ!? そんなひどいっ!? うそでしょ!?」


 ネインの一言に、エマの顔面は一瞬で血の気が失せた。


「安心してください。今のは特殊な呪いをかけた卵なので、ある条件を満たさない限り孵化ふかすることはありません」


「ある条件って、まさか……」


「はい。ご想像のとおりです。今日ここで起きたことや、オレにとって不利なことを口にしない限りは安全です。ですがもしもそれを破ったら、卵は一斉に孵化ふかします」


「そ……そんなぁ……」


「ご存知のとおり、体内に入ったデスワームの卵を取り除くことは絶対にできません。今この瞬間も卵は血管に入ってあなたの体内を駆け巡り、頭の先から足の先まで、肉体のあらゆるところに根を張っています。そしてその卵たちが一斉に孵化ふかしたら――│」


 ネインはエマの鼻先まで顔を近づけ、青い瞳をのぞき込みながらささやいた。


「あなたの体は、数千匹のデスワームに内側から食い破られます」


「くい……やぶられりゅ……」


 その残酷な未来を聞かされたとたん、エマは白目をいて完全に気絶した。そしてくさい水たまりの中に倒れ込むと同時に、下半身からにぶい音を噴き出した。


「あっ……。大きい方も漏れちゃったか……」


 ネインは反射的に鼻をつまんで立ち上がった。そして足早にエマから離れ、自分の荷物を即座に回収。そのまま最下層の入口へと足を向ける。すると不意に胃と腸が控え目に空腹を訴えた。


「……そうだな。あれだけ動けば腹も減るか」


 ネインは歩きながら腰の革袋を一つ手に取る。そしてエマに飲ませた黒い粒を口の中に流し込み、ゆっくりと噛み砕いてぽつりと呟く。


「黒ゴマ美味しい……」

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