第4話   伝説の特殊魔法核――レジェンダリー・エクスコア その4


「――第1階梯光魔法、魔光ライト! 魔光ライト! 魔光ライト! 魔光ライト!」


 ネインは光魔法を連続で唱えながら両手に握る真紅のナイフでガルデリオンに斬りかかっていく。既に前足の爪の半分以上を斬り飛ばされたガルデリオンの動きは最初に比べてかなりにぶい。


(しかし……こちらもそろそろ限界だ……)


 ネインは体中から大粒の汗を流しながら周囲を素早く見渡した。魔光ライトの魔法で発生した光の球は既に数え切れないほどあふれ返っている。いくら精神力に負担の少ない第1階梯魔法でも、これだけ使えばさすがに疲れる。下手をしたら体が動かなくなる前に意識が飛んでしまうかもしれない――。


魔法遮断陣マギアブレーカーが発動したらそこで終わりだ……。ならばやはり――余力があるうちにケリをつけるっ!)


 ネインは一瞬で決意を固めた。


 同時に全力で短距離ダッシュ――。ガルデリオンの巨大な前足を風のように駆け上がり、敵の頭上高く飛び上がる。そして空中で体勢を整えながら真紅のナイフを二本とも鞘に戻し、ガルデリオンの頭部目がけて落下しながら必殺の魔法を唱える。


「第1階梯電撃固有魔法ユニマギア――起電エレク・絶対マー――ぐはぁっ!」


 瞬間、ガルデリオンの長い尾がネインの背中を強打した。ネインの細い体は小枝のように弾き飛ばされ、黒い石畳に激突して転がっていく。


「ネインくんっっ!」


 エマの鋭い悲鳴が響き渡った。


 しかしネインの耳にその声は届かなかった。全身を貫いた激しい衝撃で意識が一瞬飛んだからだ。それほどまでにガルデリオンの一撃は半端ではない威力だった。石畳に叩きつけられたネインの体はボールのように弾み、派手に何度も転がっていく。しかしその激痛によって意識は即座に回復した。


(く……まずい……。距離がいた……)


 ネインはよろけながら立ち上がり、顔を上げる。すると数十メートル先でガルデリオンが口を大きく開けていた。それはまさに地獄のふただった――。巨大な精霊獣ののどの奥から灼熱の炎が噴き出し始めている。


(間に合えっ!)


 ネインは頭を低くした体勢で爆発的に走り出す。さらにそのままガルデリオンに突進しながら魔光ライトの魔法を連続で唱えまくる。すると突然ガルデリオンの額が黄金おうごん色の光を放ち、口の中の炎が一瞬でかき消えた。


「――はっ! そうかっ! そういうことかぁっ! ネイン・スラートぉっ!」


 不意にアーサーが声を張り上げた。


「ど、どうしたのアーサー?」


魔光ライトだ! ネインは魔光ライトの魔法でガルデリオンの火炎魔法を封じていたんだ!」


「え? そ、そうなの? でも、どうして光魔法でそんなことができるの?」


「おそらくあの化け物は一時的に、敵が放った魔法と同じ属性に体を変化シフトさせて防御力を高める性質があるんだ。それで俺のエクスカリバーがぶっ放した光の斬撃も無効化しやがったに違いない。つまりネインはその特性を逆手に取って戦っているんだ。あいつは光魔法を使うことでガルデリオンを光属性に固定し、火炎魔法を使えないようにしているってことだ」


「な、なるほど。たしかにあの炎の魔法を使われたらひとたまりもないから、それはかなり有効な戦術ね……。でも、アーサー。それってつまり……」


「ああ、そうだ。ネインはホノマイトの武器を準備してきたうえに、ガルデリオンの魔法を最初からきっちり抑え込んでいやがる。そんなことは事前に研究しなければできるはずがない。つまりあいつは、


「やっぱり、そういうことだよね……。でもなんでネイン君はそんなことを知っていたんだろ? ネイン君っていったい何者なの?」


「俺も詳しくは知らん」


 戸惑いの表情を浮かべているエマに、アーサーは淡々と言葉を続ける。


「今回の仕事はクランブリン王室直々の依頼だ。紅薔薇騎士団の派遣隊がダンジョンで全滅した可能性が高いから、俺たち聖剣旅団にモンスター掃討作戦の引き継ぎ依頼がきた。その時に、照明係ライトマンとして同行させるように王室から押し付けられたのがネインだ」


「ということはもしかして、ネイン君は王室騎士団の一員ってこと?」


「そうだな。その可能性はたしかにある。ホノマイトの武器なんて個人で準備できるはずがないからな。それにネインが使った魔法刻紙マギアスクロールだって安いものじゃない。第4階梯の魔法刻紙マギアスクロールなら一枚1,000ルーン以上はするはずだ。そこらの探索者シーカーが気軽にポンポン使えるような代物じゃ――って! ああっ! そうかっ! くっそぉーっ! ホォリィシィットっっ! なんてこったっっ!」


「えっ!? きゅ、急にどうしたのっ!?」


 唐突に声を張り上げたアーサーに、エマは思わず目を丸くした。


「騙されたっ! 俺が王室の担当者から依頼されたのはモンスターの掃討作戦だけだっ! この最下層に隠された秘密の扉を開けるように言ったのはネインだっ! 俺はそれを王室からの極秘の依頼だと思い込まされていたんだっ!」


「思い込まされていたって、いったいどういうこと!?」


「つまりあいつは俺たちを利用したってことだ! ドチクショーっ!」


 アーサーは悔しそうに顔を歪め、胸の前で拳を叩き合わせた。


「ネインは自分の目でガルデリオンの特性と実力を見極めるために、俺たちを捨て駒にしやがったんだ。元々そのつもりで俺たちをここに連れてきやがったに違いない。クッソー、あンのサノバビッチが。かわいい顔してとんでもないことをしてくれやがる」


「捨て駒って、そんなぁ……。それじゃあネイン君は私たちだけじゃなく王室も騙していたってこと……? でも、なんでそんなことまでして……」


「答えなんか考えるまでもない。ネインの目的はただ一つ。あのレジェンダリー・ハイネイチャーを――たった一人で倒すことだ」


 アーサーは腕を前に伸ばし、猛烈な速度で走るネインに牙を剥く巨大な精霊獣を指さした。


(――よしっ! 間に合ったっ!)


 ガルデリオンの口の中から炎が消えたのを見て、ネインはさらに加速して突進しながら腰のナイフを一本だけ引き抜いた。


(……しかし、あいつの頭上で魔法を使う隙はなかった。仮にあの長い尾を封じたとしても、他の迎撃手段を持っている可能性は高い。それにオレの体力もそろそろ限界だ……。もう一度ダメージを受けたら再び立ち上がることはかなり厳しい。ならばここは一撃必殺ではなく――)


 ネインは右手のナイフを逆手に握り直し、右のこぶしを左の手のひらに押し当てながら魔法を唱えた。


「第1階梯電撃固有魔法ユニマギア――起電エレク・身体インナー・超加速ストリーム


 そのとたん、弱まっていた青い電撃が再びネインの全身を力強く駆け巡る。ネインは荒い呼吸を無理やり整え、黒い短髪から汗を飛び散らせながらガルデリオンに突撃していく。


 しかしガルデリオンは既にネインの動きに慣れていた。全身傷だらけでありながら、なお素早い動きでネインの攻撃を瞬時にかわす。さらに左右にステップを繰り返し、いまだ健在の鋭い爪で攻撃を繰り出してくる。


 ネインは攻撃を仕掛けるタイミングを見計らいながら、精霊獣の力強い連続攻撃を紙一重でかわしていく。しかし前足に隠れて伸びてきた赤い尾の強烈な一撃は避け切れなかった。とっさにナイフで受けたが、衝撃が強すぎた。ネインの右手から真紅のナイフが弾け飛んだ。


 しかしその瞬間――。


 ネインはとっさに左手でもう一本のナイフを引き抜いた。さらにそのまま体を回し、赤い尾の先端を一瞬で斬り飛ばした。同時にガルデリオンの足が止まった。精霊獣の巨大な口から苦悶くもん咆哮ほうこうが飛び出し空気を激しく震わせる。ネインはその隙を待っていた――。


(よしっ! いまだっ!)


 ネインは再びガルデリオンの前足を駆け上がり、激痛に歪む獅子の顔に向かって跳びかかった。狙う先は感知光センシング・結界ライトレイの魔法で淡く輝く額の一点――。ネインは雄叫びを上げながらナイフを走らせ、その一点を十文字に切り裂いた。そして全身全霊の力を込めた右腕を――額の中に突っ込んだ。


「これでぇっ――終わりだぁーっっ!」


 ネインは力任せに右腕を引き抜いた。その手には黄金おうごん色に燃え盛る炎の塊をつかんでいる。ネインはガルデリオンの顔面を蹴って飛び離れ、黒い石の床に着地。同時にガルデリオンの咆哮が止まり、その巨体が音を立てて地に伏した――。


「はあ、はあ、はあ、はあ……」


 ネインは肩で大きく息をしながらガルデリオンを凝視した。目の前で倒れた精霊獣は完全に沈黙し、もはや動き出す気配は感じられない。


「終わっ……たか……」


 その呟きと同時にネインの左手からナイフが滑り落ちて床に転がる。ネインはすぐに腰の小さな革袋の一つから透明な鉱石を取り出した。それは真紅のチェーンが付けられた、手のひらに収まる縦長の水晶クリスタルだ。その水晶クリスタルを右手に近づけると、黄金おうごん色の炎がゆっくりと水晶クリスタルに吸い込まれていく。


「これが、ガルデリオン・ファイア……」


 水晶クリスタルに宿ったとたん美しい朱色に変化した炎を眺め、ネインは一つ息を吐き出した。それから水晶クリスタルのネックレスを首にかけ、落とした二本のナイフを拾って鞘に戻す。


 すると不意にガルデリオンの体が崩れ始めた。巨大な肉体は光の粒となって崩壊し、ゆっくりと消滅していく。


「……悠久の時を生きた伝説の精霊獣ガルデリオン。悪いが、この命が尽きる時まで、おまえの魂はオレが預かる。オレと一緒に、――」


 ネインは崩れゆくガルデリオンの頭に優しく触れてささやいた。そして目を閉じ、心を込めて祈りを捧げた――。


「――どうやら終わったみたいだな」


 ガルデリオンの巨体が完全に消滅した直後、不意に背後から声をかけられた。ネインが振り返ると、そこにはアーサーとエマを含めた聖剣旅団の生き残り全員が集まっていた。


「……はい。なんとか倒せました」


 ネインは腰の小さな革袋の一つから茶色い粉を手のひらに出し、口の中に流し込む。その様子を見てアーサーはいぶかしげに口を開く。


「そいつはなんだ?」


「砂糖です。さすがに疲れましたから」


「ふん、なるほどな。エネルギー補給の準備もしていたとは恐れ入ったが、ま、そんなことはどうでもいい。おまえには他に聞きたいことが山のようにあるからな。ンだがしかぁーしっ! まずはそいつだっ! とりあえず、おまえが首に提げているそいつをこっちに渡しな」


「……え?」


 ネインは思わず困惑した表情で首をひねった。しかしアーサーは朱色の炎が宿る水晶クリスタルを指さしたまま、意地悪そうにニヤリと笑う。


「だから、それだよ、それ。そいつはガルデリオンの魔法核マギアコア――いや、特殊魔法核エクスコアだろ? それほどのスーパーレアなアイテムなら相当高く売れるはずだ。間違いなく俺たち全員が一生遊んで暮らせるようになる。だからほら。さっさと寄こしな」


「お断りします」


 ネインは即座に淡々と言い切った。


「ガルデリオンにとどめを刺したのはオレです。この特殊魔法核エクスコアを手に入れたのもオレです。冒険職アルチザン協会アソシエーションのルールではオレに所有権がありますし、聖剣旅団のルールでも同じはずです。副団長のクルパスさんからもそう聞きました。だからこれは渡せません」


「そうかそうか。ンで? それがどうした? ああ~ん?」


 アーサーは顔を醜く歪め、ネインをにらみ下ろしながらさらに言う。


「どうやらおまえは何か勘違いしているようだなぁ、ネイン・スラート。いいか? よく聞けこのクソガキが。ルールってのはなぁ、その場で一番強いヤツが決めるんだよ」


「……それはつまり、この場では団長さんの言葉がルールになる、ということですか?」


「そうそう。よくわかってんじゃねーか」


 アーサーはあごを上げて冷たく笑った。


「いいか、ネイン。たしかにおまえは強い。レジェンダリー・ハイネイチャーをたった一人で倒せる人間なんてそうはいないからな。おそらくこのクランブリン王国最強の騎士、蒼銀騎士グリーンナイトのバルト・ブレイデンですら不可能だ。だけどなぁ、今のフラフラのおまえなら俺でも簡単にひねり殺せるんだよ。それぐらい自分でもわかっているんだろぉ? ん~? お~? ああああ~ん?」


「…………」


 いきなり下卑げびた心を剥き出しにして脅迫してきたアーサーにネインは何も答えず、アーサーの後ろに立っている聖剣旅団の団員たちに目を向けた。ガルデリオンとの戦いで生き残った人数は、アーサーとエマを除くと23名――。その全員がニヤニヤとした下衆げすな笑みを浮かべている。この場にいる人間は一人残らずアーサーの意見に賛成だ――。欲望に濁った彼らの瞳はそう語っている。


「……クルパスさんも、団長さんと同じ考えなんですか?」


「え? 私? 私はその……」


 不意にネインからまっすぐな瞳を向けられたエマは一瞬言葉に詰まった。しかしすぐに肩をすくめて口を開く。


「そうね。たしかにあのハイネイチャーを倒したのはネイン君だけど、ここにいる全員だって命がけで戦ったでしょ? だったら、価値のあるお宝はみんなで山分けするべきだと思う」


「……そうですか」


「ごめんね。きっと納得はできないと思うけど、ここは団長に従うのが賢い選択よ。集団行動で波風を立てるのはただのバカだって、頭のいいネイン君だったらわかるでしょ?」


「……それなら仕方ないですね」


 ネインは淡々と答え、ネックレスを首から外す。そしてエマの顔の前に差し出した。すると透明な水晶クリスタルに宿る炎は、透きとおった朱色から黒く濁った赤に変化して揺らめき続ける。


「ありがとう、ネイン君。それが正しい選択よ。ネイン君は聞き分けがよくて助かるわ」


 エマは申し訳なさそうに微笑みながら手を差し出した。しかしその指はくうをつかんだ。ネインがアーサーの顔の前に水晶クリスタルを動かしたからだ。


「お? なんだ? 俺に渡すってのか? そいつはいい心掛けだ」


 アーサーはニヤリと笑い、水晶クリスタルに手を伸ばす。しかしネインは一歩下がり、その手を避けた。そして淡々とアーサーに尋ねる。


「……団長さん。この水晶クリスタルの中の炎は何色に見えますか?」


「はあ? 炎の色だと? そんなもん赤に決まって――あぁ?」


 アーサーは目の前で揺らめく炎を改めて見たとたん、思わず首をひねった。さっきまでたしかに赤かった炎が、今はなぜか灰色に変化している。それも濁り切った醜い灰色だ。


「なんだそりゃ? 灰色の炎だと?」


「これはガルデリオンの特殊魔法核エクスコア――ガルデリオン・ファイアです。そしてこの特殊魔法核エクスコアには、魂の属性を見分ける性質があります」


「魂の属性?」


 眉をひそめるアーサーに、ネインは灰色の炎を見せつけながらさらに言う。


「はい。この特殊魔法核エクスコアは近くにある魂の属性に反応して、炎の色を変化させます。聖なる魂なら白。邪悪な魂なら黒。炎の魂なら赤。水の魂なら青――。しかし、灰色に分類される魂はありません」


「はあ? なに言ってんだ? 現に今、灰色の炎が燃えてるじゃねーか」


「そうです。この灰色の炎は、その魂が分類不可能という意味です。つまり団長さん――いや、聖剣旅団団長アーサー・ペンドラゴン。あなたの魂は、ということです」


「……ほほぉ? そいつはなかなか面白いことを言ってくれるじゃねーか、あぁん?」


 アーサーは再び下卑げびた笑いを顔に貼り付け、ネインをにらむ。その顔をネインはまっすぐ見つめ返しながらネックレスを首に戻す。そして秘めた決意を淡々と言い放つ。


「オレはこのガルデリオン・ファイアを手に入れるために7年かけて準備をしてきました。その目的は――アーサー・ペンドラゴン。あなたのような異世界からの侵入者を見つけ出し、一人残らずこの世界から消し去るためです」


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