第26話 朝治の眠れない夜

 「雫月、陸。さっきの話聞いてた?」

(……まあ、聞き過ごせないよね)

(でも信じられないよ……)


 錆びれた線路を走る電車に揺られながら兄弟と会話する朝治。わりと大きめの声だが他に乗客はいないので問題ない。


(で、どこ向かってんの?)

 「バカなこと聞くなよ。俺達の故郷」


朝治は虚ろな目をしながら気味悪いぐらい優しい表情で答えた。


(兄ちゃん、現実逃避しちゃダメだよ)

(そーよ、あんなとこ行ってもいいことないって!)


当然のように二人は朝治の単純な思考など見透かしている。例え嫌な思い出でも、自分が生まれ育った場所へ行けば、己が人間であることを再確認できると思っているのだ。まったく無駄な抵抗である。



 「いやー、懐かしいなぁ。みんな死んじゃったけどなぁ。……ざまぁみろ」


村の入り口には立ち入り禁止と書かれた黄色いテープが張られている。警察の捜査はいまだに続いている。朝治たちは無田零司が犯人であることを知っているが証拠がない。


(仮に証拠があってもあいつが簡単に捕まるとは……)

(思えないよね……)


 「範一くん?」


村に出入りしていた刑事の一人が声を上げた。朝治も驚いて振り返ったが兄の姿は見当たらない。


少し考えて、自分を範一と見間違えているのだと理解した。


 「……あんた誰です? どうして範一のこと……」

 「先輩が範一くんの知り合いでね。そういう君は?」


蜂鐘とかいう刑事の後輩か。無田零司のせいで自分たちを知っている人間に対して神経過敏になっている。


 「……双子の弟ですよ」

 「そうだったのかぁ、どおりで似てるわけだ。ところでどうしてこんなところに?」

 「故郷に来たら悪いですか?」


刑事は困ったように「疑ってるわけじゃない」と付け加えた。朝治は不機嫌そうにため息をついた。


 「俺達のこと調べました?」

 「……仕事だから一応、ね」


それを聞いて少しイラついた。自分たちの生い立ちを知っていれば疑っていないはずはないのに。どうして疑ってないなどと嘘をつくのだろうか、と。


 「……分かりました。もう帰ります」

 「あ、ちょっと君……」


雫月の言う通り、こんな所へ来てもいいことなどなかった。そんなことは朝治も分かっていたはずなのに、なぜ来てしまったのだろうか。


 「……やっぱり俺の帰る場所ってここじゃないのかな」

(うん、絶対違うと思う)

 「それじゃあ、……雲の上?」

(はい、アホー)

(姉ちゃん、言い方!)


妹にたしなめられてムッとした。彼らの生まれた場所は天界だというのに、他にどこへ帰るというのだろう。


(あるでしょ? 面倒臭い女の子が待ってくれてる場所)

 「……それって初希?」

(他にあった?)


~~~~~~~~~~~~~~~~~


 「なにしてるの?」


 公園のベンチで身を寄せ合う幼い兄弟に、小さな女の子が不思議そうに問いかける。弟の方がぶっきらぼうに答えた。


 「何でもいいだろ。あっち行けよ」


その答えに女の子はぷうっと頬を膨らせた。


 「何それヒドイ! パパとママに言い付けてやる!」


そう吐き捨てて走り去っていった。弟をたしなめていた兄も、そこまでひどいことは言ってないだろうと首をかしげた。


ほどなくして、先ほどの少女が綺麗なスーツを着た男性を連れてやってきた。


 「君たちか。……確かにこれは……」


男性はしゃがみこんで二人を交互に見つめた。兄弟はよく分からないが怒られると思いこんでいた。


 「食事を用意しよう、うちに来なさい。その前に風呂だな、うちの風呂を貸そう」


予想外の展開に二人は驚いた。男は二人を小脇に抱えて立ち上がった。


 「範一、これどういうこと?」

 「僕にもさっぱり……」


抱えられたまま不安そうに顔を見合わせる二人。男の後ろにくっついていた少女が、勝ち誇った顔をその二人に向けた。


 「何だよ」

 「わたしのかちー!」


彼女の言っている意味はよく分からなかったが、ご飯はおいしかった。男は二人が住む部屋も借りてくれた。大家さんも親切な人だった。


 「朝治、あの子はひょっとして僕たちを助けたかったんじゃないかな」

 「…………面倒臭い奴だな」


~~~~~~~~~~~~~~~~~


朝治は電車の天井を見上げた。そして楽しそうに高笑いした。


 「だよなぁ。俺がこんなことで悩む道理ないよなぁ。元はといえば神とやらが俺達を落としたのが悪いんだよな。よしよし、よく分かった」


嬉しそうに何度も頷くと、鋭い目で真上を見据えた。


 「だったらやることは変わらない。神様に復讐だ。そんで皆で一緒に暮らす」

(そうこなくちゃ!)

(元気になってよかった……)


朝治が自宅に戻ったのは日付が変わってからだった。アパートの前では、例の面倒臭い女の子が膝を抱えて座り込んでいた。


 「……ただいま」

 「朝治くん!」


声を掛けると、目に涙をいっぱい溜めた初希が嬉しそうに立ち上がった。朝治は両手を広げて待ち構える。そして、朝治の胸に初希の中段蹴りが飛び込んだ。


 「ぐっほぁ!」

 「もう、心配したんだよ!」


困惑しながら腹を押さえてうずくまる朝治を、初希は優しく抱きしめた。


 「おかえり、おかえり!」

 「……ホントに面倒臭いなぁ」

 「何それヒドイ」

 「うん、でもそこが好きだ」


突然の告白に目を見開いた。そしてそのまま朝治を押し倒して小さな体で覆いかぶさった。


 「私も好き! 大好き!」

 「痛い、痛い! 下コンクリだから!」


(私たち引っ込んだ方がいいかしら)

(心にもないこと言わない方がいいと思うよ)


 「お前ら……ていうか初希は帰らなくていいのか? 親も心配してるんじゃ……」

 「えっと……今日二人とも出張でいないから、平気……」




自分の正体を知り戸惑いながらも、決意を新たなものとした朝治。しかし彼らに最大の試練が迫ろうとしていた。

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六つ目の双生児 ハイマン @highman

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