5.紅葉落ちれば。

 ◇

 

 冬は春へ移り、夏が過ぎれば秋が来る。しかし、人は季節のようにそう簡単には変われない。逆の立場で問いかけられて、数年越しに馬鹿げた問いの答えを見つけても。

 けれど、変われない、変わらないからこそ、得られるものもあるのだろう。人はそうして何かを得て、変われないことを受け入れたときに、はじめて変化が訪れるのだと思う。


「あのさぁ、カナ」


 夕暮れどき。僕は秋の寒さが入ってこないように教室の窓を閉めて、隣のカナに話しかける。


「何、どうしたの沙夜」


 カナは読んでいた本から視線を上げて、笑顔で僕を見る。


「大したことじゃないけどさ。君、僕なんかに構ってて何も言われないの」


 あの日からカナは僕と一緒にいる時間が増えた。四六時中と言っても過言ではなく、それは春の様子からは想像出来ないものだっただろう。

 カナは、んー、と数秒考えて、にっこり笑って言った。


「大丈夫だよ。説明してあるから。沙夜と俺は幼なじみで、最近仲直りして、ずっと一緒にいることにした、って」


 不安で仕方がない。カナは人気者だし、顔も整っているから要らぬ嫉妬を招くんじゃないだろうか。思わず溜息を吐く。


「大丈夫ならいいんだけどさ。……それにしてもそこだけ聞くと」


 プロポーズしたみたいだな、と口の中で呟いたら、なぜだかすごく恥ずかしくなった。頬も耳も熱を持って、聞いたことのない鼓動が鳴っている。

 カナが、心配そうにこちらを覗き込んだ。


「どうしたの? 風邪?」

「い、や……なんでもないよ」


 深呼吸して、外を見る。これは一体、どういうものなのだろう。なんだか僕が僕じゃなくなるような予感がするのに、それが案外悪くないんじゃないかと思っている。これは一体、なんと呼んだらいいのだろう。

 窓の外では、紅葉が秋風に攫われていた。落ちて積もった葉と共に、少しの距離を前へ進んだ。

 

 次の冬が来る前に、この気持ちの名は見つかるだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る