3.夏陽を覆う。

 

 夏は嫌いだ。どこもかしこも活気に溢れていて、陽射しで潰れそうになる。

 次の日に本を返してから、僕は一度も図書室へ入らなかった。少し退屈なものだが、家にも本はあるのだし、雨を感じるのはそれで十分だった。それよりも、カナと話したくなかった。

 カナはときおり、何かを言いたげに視線を投げかけてくるけれど、休み時間のたびに誰かに話しかけられるから避けることは難しくなかった。

 そうして梅雨が過ぎ、夏が来て、夏季休暇になった。学業から解放された同級生たちは精力的に夏を楽しむらしく、それはカナも例外ではない。教室で、なんども遊びに誘われていた。

 だが、まぁ、僕はそれほど外に出る予定もなかった。当たり前だ。友人と呼べるものはいないのだから。

 

 特にやることもない長期休暇なんて、煩わしいだけのものだ。余計なことまで考えてしまう。冷房の効いた部屋に篭っていてもなお差し込んでくる光のせいで、なおさら。


 天井を見ながら、僕は寝転がったベッドのシーツを握る。階下から音が聞こえないから、両親はすでに仕事へ行ったのだろう。部屋から出なくとも特に心配はされない。満点を取っていれば何も言わないというのを、僕はすでに学んでいる。

 彼らが気にすることは世間体と、僕の成績にある五段階評価、それと定期考査の点数だけだ。それが、当たり前だ。


 だから、だろうか。僕がとても臆病なのは。百点を褒めもしないくせに、九十九点を執拗に嫌う。なぜ出来ないのか、と訊かれても返す言葉なんてない。出来なかったのが結果で、その理由は全て言いわけになるから。

 だから、僕は諦めたんだ。中学生のころまでは、まだ頑張ろうとしていた。でも、ダメだった。波長が合う人物もいたし、友人にもなれたかもしれないけれど。人間関係じゃ僕は失敗続きで、頭を悩ませているうちに知識は抜けて、点が取れずに怒られて。

 僕はそうしてわかったはずだ。きちんとした正解のない〝人〟よりも、解答があるテストの方が失敗しない。限られた時間を費やすならば、効率のいい方を選ぶべきだと。


 目を閉じて深呼吸をした。瞼を抜けて入り込む光が鬱陶しくて、腕でそれを遮った。

 ――カナを見ていると、気持ちが揺れるんだ。カナが転校するときだって、僕は選択を間違ったのだと思っている。でも、いつだってカナは笑顔で受け止めるから、赦された気分になるんだ。

 諦めたはずのものが手に入る気がして、そのたびに僕には無理だと諦めて、そんな自分が嫌で。


「死にたく、なる……」


 冷房から出た風が足先に当たって、寒かった。自分の殻に閉じこもるように、布団を抱きしめて丸くなった。

 そう、諦めるんだ。赦されるなんて幻覚だから、僕は完璧になれないのだから、せめて出来ることだけはやらなくちゃいけない。

 暗闇が、心のうちにある泥に似ていた。底なし沼に沈んでいくように、僕は微睡みへ落ちていく。


「……だから、夏は嫌いなんだ」


 こんなこと、日々をやり過ごしていれば考えないのに。そうだ。最近空を見ていないからダメなんだ。どうせ今夜は眠れない。気分転換に夜空でも見に行けば、いつも通りの、今までの僕に戻れる。


 きっと、そのはずだ。


 くぐもった呟きは、溺れているように聞こえた。

 

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