第二節『これは死を纏う宴の奉り』
93.語られる三つの世界
途中で何度か休憩を挟みながら、ロウたちはなんとか目的地に到着することができてた。
時刻はちょうど日付が変わる頃だろうか。
夜空には薄い雲に覆われているにも関わらず、荘厳たる白銀と、そして崇高たる金色の入り混じった美しい月が浮んでいる。
一度目の休憩を挟んだ時、リアンのあまりに必至な願いともいえる意見によって、
カグラは終始ロウの服を力強く握っていたせいで、手が固まってしまっていた。
シンカは途中から慣れていたようで、平然としている。むしろ後半からはロウの肩に頭を乗せ、ぐっすりと眠っていたものだから、体調は万全といえるだろう。
リアンはセリスを
カグラにしがみつかれていた上に、シンカにもたれ掛かられ、体をまったく動かせないでいたロウは、体の節々に鈍い痛みが残っていた。
地面に足がつくと、柔軟体操をして凝り固まった体をほぐしている。
とはいえ、以前のように
「どうする? ちょうど日付もかわる頃だけど、ここで野宿して出発は明日にするか?」
「そうだな。セリスもこんな状態だし、そのほうがいいだろう」
スキアとロウで意見を纏めると、皆は寝支度を始めた。
収納石から寝袋を取り出し、火を起こすための枯れ枝を集めていく。
そんな中、スキアは皆から少し距離を取ると、伝達石でアフティへと連絡を取った。一晩野宿して明日には着く、という連絡だろう。
散々小言を言われたのか微妙な表情を浮かべ、後頭部を掻きながらスキアが戻って来るまでには、皆の寝支度は完了していた。
「この島って周辺に少し霧がかかってたし、ちょっと不気味ね」
「う、うん。どのあたりなんだろ」
「スキア、ここはなんていう島なんだ?」
特に道のような道はなく、辺りは大きな木々に囲まれている。船を停泊させた場所も港のように舗装されていたわけではないし、まるで無人島の深い森の中だ。
「ここは
手頃な一本の木を斬り、それを椅子として並んで座るシンカとカグラ、そしてその
「そ、それって陛下が言ってた島じゃないですか?」
「たぶんそうだろうな」
「でも、確かここには満月の夜にしか来れないんじゃなかったの? 今日は満月じゃないわよね?」
「ここには妙な噂が流れていたようだしな。帰らない者もいたと言っていた」
集めた枯れ枝にリアンが火をつけ、記憶を辿りながら言葉を繋ぐが、セリスは真剣味の欠片もなく横たわったまま、端から考えるつもりなどないというように……
「どうなってんだ?」
と、無気力な声でスキアにその答えを求めた。
「その前に……ここに来る間にシンカちゃんが言ってた話、あれは本当なんだよな?」
「えぇ、真実よ。私たちは世界を救うために……導きと共に未来から来たの」
これから行動を共にする以上、自分たちの目的も知っておいてもらったほうがいいと判断したからだ。
国への疑心はあったとしても、スキア個人は信用している。というのもあるが、
当然、スキアはその話に驚いた様子だったが、ロウたちにそんな嘘を吐く理由はないと、とりあえず信じることにしたのだ。
しかしそれを信じるということが、スキアの大きな悩みの種となっていた。
まずは一つ。時を遡る能力を持った
時を遡るということは歴史を
まさに少女たちの目的こそがそれなのだが……
(神がそれを許すのか? いや、これに関しては俺がどうにかできる話じゃねぇな。黙認されているのかどうかは……会って貰えばわかることだ)
だから、未来から来たという話を半ば信じられなくとも、スキアはその件において、先に話を進める為にとりあえず信じるという形で自身の中に保留したのだ。
そしてもう一つ。これがスキアを苦しめている最大の要因だった。
言いたくない。だが、ロウたちの目的を知った以上、言わなければならい。
彼らが目的を果たす中で、必ず最初に直面する辛い真実。
いずれ知ることになるのなら、今……。
スキアは両眼を閉じ、一度ゆっくりと深呼吸をすると、
「今から俺の言うことは真実だ。信じるも信じないも自由だけどな。でも、この先で必ずそれを信じざるを得ない。先に知るか、後で知るかの違いだ」
「もったいぶらずに話せ」
仰々しく前振りをしたスキアに対し、リアンが話の先を促すと、彼は覚悟を決めたように語りだした。
「まずはこの世界の話だ」
言って、取り出したのは
「そうか、なるほどな」
ぽんっと手を叩き、まるでわかった風に頷くセリスに、皆の視線が集まった。
「今からおやつの時間ってわけ――ぐへっ!」
「お前は少し黙って聞け」
予想できたセリスの発言に対し、リアンはすかさず彼の脳天に拳を落として黙らせた。
痛そうに頭を擦り、目尻に小さな粒を浮かべながら大人しくセリスが頷くと、話の腰を折られたスキアが短く咳ばらいをし、話の流れを元へと戻す。
「こほん、いいか? あくまで分かりやすく説明する為のイメージだが、このドーナツが俺たちがいるこの
スキアが皆の顔を見渡していくと、当然驚愕に満ちた表情を浮かべていた。
が、とりあえず最後まで話を聞くつもりなのだろう。
何も言わないロウたちに小さく頷き、スキアは話を再開した。
「ここと神々の世界の間、ドーナツでいうと実の部分にも世界は存在する。この三つの世界はすべて同じようにできてるんだけど、神々の世界はここのように国から別の国へ、自由に行くことはできない。それぞれの国境となる海域に、決して破られない結界があるからだ。当然、大陸はここと同じく八つ」
そう言ってスキアは手を前に出すと、指を一本一本折り曲げながら言葉を紡ぐ。
「
一度言葉を切り、スキアは手にした
「実際のところ、三つの世界がどう存在してるのかはわからねぇ。ただ中界はかつて
スキアの問いかけに、皆は沈黙していた。
というよりも、あまりに突拍子もない話すぎて、どこから突っ込んでいいのか、どこをどう問い返したらいいのかすらわからないといった様子だ。
いきなりの話について行けるはずもないセリスに至っては、頭からすでに煙が出ている。
実際のところ俄かには信じがたい話だ。
今居る
……とてもじゃないが、簡単に信じられるものではないだろう。
しかし、外界というその言葉には聞き覚えがあった。
「外界……ルインが言っていたのはこのことか」
ロウはぽつりと言葉を漏らすと、そのままスキアへと疑問を投げる。
「スキアの話を信じることを前提として、神々の世界が俺たちのいる内界とやらを創ったとしよう。だが、星というのは神話内だけの話だろ? 夜空に浮かぶ綺麗なものだと把握はしているが、今までに一度も見たことがない。現に今も……」
言ってロウが空を見上げると、皆もつられるように空を見上げた。
薄い雲の流れる夜空には金銀の光を纏う月があるだけで、他にはなにもない。
「星って絵本で見たことあるけど、本物が見れるなら確かに見てみたいわね」
「う、うん。きっと綺麗なんだよね。が、外界では星が見れるんですか?」
興味を引かれたのか、カグラが期待の眼差しでスキアを見つめている。
絵本の中に出てくる星。
ちかちかと瞬く砂金の川、宝石の輝き、氷の欠片のような冴えた光、様々な表現で描かれる星というものは、まさに幻想の象徴とも呼べるものだった。
数え切れないほどの小さな光が夜空に輝くというのは、いったいどれほど美しいものなのだろうか。それを見れるというのなら、心が躍るというものだ。
しかし、スキアの表情に落ちたのは暗い影だった。
そして言い辛そうに言葉を吐き出す。
「……外界に行っても星はみれない。言っただろ? 内界のこの世界は、外界の世界から創り出された。つまり、内界で星が見れない理由、それは……」
――星の国がすでに落ちたからだ。
「落ちた? ……戦争があったの?」
一つの大国が滅ぶというのは、そうそうあるものではない。
落ちた、というからにはどこかの国の侵攻にあったのだろう。
内界では想像もしえない、大国が滅ぶほどの大きな戦争が……。
しかし、スキアはゆっくりと首を左右に振ってそれを否定した。
「国同士の戦争じゃない。以前、ずっと昔から俺たちが魔憑で、魔憑は決して珍しいものじゃないって話をしたよな? そりゃ当然なんだよ。俺たち外界の者たちは――ずっと降魔と戦い続けてきたんだからな」
それはあまりに衝撃的な言葉だった。
「そ、そんな。降魔はこの世界を滅ぼすために、さ、最近になってから再び現れだしたんじゃ……ないんですか?」
内界で降魔が現れ始めたのは、ここ数年でのことだと思っていた。
だから最初、ディザイア神話が預言書のようなものだと推測していたのだ。
しかし、パソスの話でそれは預言書ではなく、歴史なのかもしれないと思い始めていたのも事実だ。だが、そういった予測を立てていた以上、問題はそこじゃない。
だからこその驚愕。カグラがスキアに、再び、と問いかけたのはまさにそれだ。
語られるディザイア神話の結末は簡単に言えば、英雄と手を取り合った国々が降魔を滅ぼし世界を救うというものだ。つまり、一度は世界が救われたのだと思っていた。そして再び、滅ぼされたはずの降魔が現れ始めたのだと。
しかし今のスキアの話が本当なら、ディザイア神話はまだ一度も結末を迎えてはいない。
神話が再び動き出したわけではないのだ……その結末はまだ――
ふいに、リアンの脳裏に過った声。
”すべてがってわけじゃねぇが、その神話は真実だ。けどな、その真実じゃないって部分が問題でな……世界はまだ救われてねぇ。――滅びが始まるのはこれからだ”
初めて会った時のエクスィの言葉が、今再び蘇った。
世界は
降魔の戦いは古よりずっと続いており、本格的な滅びが始まろうとしている。
それはスキアの話が真実だと、真に裏付けるものだった。
すると、スキアはそっと地面を指差しながら、
「この島はまさにそれだ。降魔はずっと昔から存在し続けている。外界と内界の間……かつては
つまり、内界の八つの大陸にそれぞれこの月浮島のような孤島があり、外界の八つの大陸にある国が、それぞれに位置する内界の国を護っていたということか。
「俺たちは魔門が開く時、それをある程度は把握できるから事前に防ぐことができる。けどな、近年になって八つの島以外にも
「ミソロギアに開いた
ロウが呟くと、
降魔の巣窟が目の前にある状態のミソロギアは、間違いなく戦場になり続ける。
皆の脳裏に、ミソロギアに残っている人たちの笑顔が過った。
「さっきスキアは、
「外界にも
「――――っ」
その言葉に誰もが悲痛な表情を浮かべるものの、次にスキアの口から出たのは、皆の不安を掻き消すほどの頼もしい声だった。
「だけど、ミソロギアの
はっきりと告げたその言葉に、皆の気持ちは少し穏やかなものへと変わっていた。
スキアの強さは知っている。彼の国が長年降魔と戦い続けてきたという実績があるのであれば、当面は何も心配することはないだろう。
「それで、話を戻すとだな……」
スキアは二人の少女に視線を送った後、地面に目を伏せ、ゆっくりと慎重に言葉を吐き出した。
「神々の七大国が一角だった星国は――降魔に落とされた」
「――なっ」
そんなのはとても信じれない、ではない。とても信じたくない事実だった。
有り得ない。そんなことがあっていいわけがない。
なぜならそれが真実なら、降魔という異形の魔物は……
「こ、降魔にって……そ、そんな……魔憑がたくさんいても、降魔に勝てなかったんですか?」
小さな少女の不安に満ちた表情を変えてあげる事のできる回答を、スキアは持ち合わせてはいなかった。彼に言えるのは、ただ、少女たちにとって辛い真実を伝えることだけだ。
……それだけしかできない。
「そうだ。詳しい原因はわからないけど、聞いた話によるとキング級、エンペラー級の降魔がいたとの報告もあったみたいだ。現状あの国は降魔の巣窟に等しい。さっき言ったように、この内界は外界からできてる。星国が落ちたことで、内界から星が消えたってわけだ」
「ま、待って……そんな……う、嘘、よね? 神の国が降魔に……だなんて……そんな……」
嘘だと言って欲しい。いつもの調子で、冗談だと笑ってほしい。
そうしたら軽く叩くだけで許してあげるから。
だから……だから、そんなに辛そうな顔を向けないで。
だってそうではないか。
それを認めてしまったなら、自分たちのやろうとしていることはまったく……。
少女のそんな祈りにも似た言葉を前に、スキアは無情にも現実を突きつけた。
「シンカちゃん、何度でも言う。内界は、外界の、投影だ。俺たちのいる月国がケラスメリザに位置しているなら、滅んだ星国は内界のどの大陸に位置していると思う?」
「……ま……さか」
「約三百年前に滅びた、カリンデュラ亡国だ。今はもう人の住めない大陸。そりゃそうだよ。星国が陥落し、侵食度の高い
開き切り、固定化された
それはミソロギアにあるものと同じ、中界の見える黒い領域のことだが、”同じ”というのには語弊がある。そう……決して、同じではない。
ミソロギアの魔門は
だが、人の住めない土地となったカリンデュラは違う。その侵食具合は想像を絶するものだろう。過去に調査隊を派遣しても、誰も帰ってこないはずだ。
つまり平和に見えた内界は、ただ平和という皮を被っていただけだった。
脅威はすぐそこにあったのだ。誰も、誰一人としてそれに気付いていなかったにすぎない。
外界の国に護られ、与えられた仮初の平和に浸っていただけなのだ。
「わ、私たちは世界を救うために行動してるの。そ、そんな……神の国を落とすような降魔相手に……ほ、本当に救えるの? ルインだっているのよ?」
少女の口から、か細く弱々しい声が漏れる。
それは誰でもいい、誰でもいいから、大丈夫だと言って欲しい。そういった祈りの込められた悲痛な音だった。
しかし、真実とは残酷だ。世界はそう優しいものではない。
「降魔をすべて倒しきるのは不可能だ。俺は聞かされていないけど、おそらく神々は降魔の発生原因も目的も知っている。少なくとも、俺の国の女神様はな。それを聞かされているのは、上層部でも僅かだ。それでいて尚、外界のみんながずっと昔から戦い続けても、降魔の被害を抑えるだけで精一杯なんだよ。つまり、その……降魔を滅ぼすことで世界を救うなんてのは……残念だが……」
言い辛そうに紡いだ言葉に、シンカの顔が蒼白に染まった。
世界を救うために、まだ幼い子供が親の元から離され、この過去へと来た。
導きを頼りに五年もの間、ずっと二人だけで頑張ってきたのだ。
突きつけられたあまりに残酷な真実を前に、少女の心はそれに耐えきれるほど強くはなかった。
「……お、お姉……ちゃん」
それはカグラも同様で、シンカに寄り添うように苦痛の声を漏らす。
色を失った顔。震える身体。揺れる瞳。
寄り添う二人の姿は、とても痛々しくて見ていられないほどだった。
このとき、スキアもセリスもリアンでさえも、何も言えずにただ黙していた。
大丈夫だ。……何が大丈夫だというのか。
頑張ろう。……頑張ってどうにかなることなのか。
慰めの言葉に意味はなく、まるでかける言葉が見つからない。
最初はスキアの話を半信半疑で聞いていたものの、すぐに気付かれる嘘を吐く
そう、すべてが真実である以上、それを受け入れなければならないのだ。
流れる沈黙。聞こえてくる焚き火の音。
それぞれが複雑な想いを胸に抱え、静寂に包まれた時間だけが流れていく。
思考は何も生み出さず、導き出される答えなどそうそう出るはずもない。
そんな中、突然聞き覚えのある声が響いた。
「ちょっと、どうしたのこれ?」
横に束ねた長い薔薇色の髪をした少女、リンだ。
いきなり瞳に映る目の前の光景に見を丸くしたリンは咄嗟に、膝を抱えて小さく蹲る少女たちへと駆け寄った。
「スキア、貴方……こんな可愛い女の子二人に何したのよ」
「……」
リンが現れたことにも、問うた言葉にも何も答えることはない。
スキアはただ、何も言わずに哀切な色を滲ませた表情で、心の折れた少女たちを見つめていた。
「……リン」
震える声で名を呼びながら、俯いたままのシンカがリンの袖を強く握った。
掠れた声、血の気の引いた肌、握った手から伝わる震えた体。
きっとその心は、涙は出ずとも泣いていた。
「シンカ……」
「あ~、いましたいました。まったく、リンは急に走り出すんですか……ら?」
「もぉ、待ってよ。リンちゃん、置いて行くなんでひどい……よ?」
「アフティとオトネか……お前らも来たんだな」
後から駆けて来たアフティとオトネも、この状況を目にすると同時に最後の言葉が萎んでいく。
あのいつも元気なスキアでさえもがこの調子だ。
リンたちからすれば、この現状は異常以外の何事でもなかった。
「すまん。俺が……話を先走ったせいだ。もっとゆっくり、時間をかけて真実を伝えるべきだったかもしれない……」
スキアが静かにそう告げる中、リンは収納石から薄手の毛布を取り出し、シンカとカグラにそっとかけると、次に
そして少しすると、
それを少女たちに差し出すと、二人は静かでなければ聞こえないほどに小さく弱った声でお礼を言った。
リンは優しく微笑むと、そっと二人の頭を優しく撫で、スキアへと向き直る。
「まずはちゃんと説明しなさい」
「……あぁ」
その言葉にスキアは頷くと、シンカたちの素性も踏まえて、これまでの経緯を説明した。
その間、シンカやカグラはもちろん、リアンとセリスも何一つ口を挟むことなく、静かにそれを見守っていた。
「なるほど、ね……」
「目的と希望を失うのは……確かに辛いことです」
「……うん、そうだね」
話を聞き終えたリンたちが、いまだ俯いたままの二人の少女を見つめる。
とてもまともに会話できる状態ではないだろう。
「こんなときに二人を放っておいて、ロウさんはいったい何をしてるってのよ」
リンが周囲を見渡しながら眉を寄せて言ったその声には、少しばかりの苛立ちが含まれていた。
その言葉に、ハッとしたような表情で皆も周りを見渡すが、ロウの姿がどこにもない。
「そういやいねぇな」
「スキアが話し終わるまでは、確かにいたはずだが……」
「俺も気付かなかったぜ」
スキア同様、リアンもセリスもロウがいなくなったことに気がつかなかったようだ。
誰もが、この真実にどう向き合っていいのか思い悩んでいた。
周囲を気にする余裕などなかったのだろう。
まさか急にいなくなるなど、誰も想像していなかったのだから。
「ロウ……? ロウ……」
シンカとカグラが慌てた様子で周囲をしきりに見渡し、手にした
「二人とも落ち着いて」
「で、でも……ロ、ロウさん……」
「ロウが、ロウがいないと、私……」
リン見つめる不安に満ちた、最早輝きの失われた瞳。
五年間、ずっと二人だけで頑張ってきたシンカとカグラだが、ロウが傍にいてくれるようになってからというもの、二人の心はどれだけ救われただろうか。
少女たちにとって、今のロウは心の支えになっていた。そんなロウが突然、何も言わずに姿を消したのだ。心が折れた上に、支えとなる存在が消えたことで生まれた不安。
シンカとカグラの二人が冷静でいられるはずもないだろう。
「大丈夫よ。すぐに帰ってくるわ。二人はロウさんを信じてるんでしょ? 何も言わずにさよならなんてしない。だから、大人しく待ってましょ、ね?」
「……」
リンが優しい声音で宥めると、二人は静かに地面へと座り直した。
そして、ただ深閑とした時間だけが過ぎていく中……
「……こんなときになんですが、自己紹介がまだでしたね。俺はアフティと言います」
アフティが、言い辛そうに声を出した。
こんな状況で自己紹介をする機会もなかったが、いつまでもしないわけにもいかないと思ったのだろう。すると、オトネもそれに続いた。
「私はオトネだよ」
撫子色の丸みを帯びた短い髪に、揃えた前髪。小柄な体型は長身のリンといれば、余計に小さく見える。頭の左側についた大きなリボンが特徴的だ。無邪気そうな丸い瞳は、リアンたちにキャロを思い出させた。
服装はリンたち同様、白を主体に金で縁取られた軍服ではあるものの、彼女のふわりとしたスカートは可愛らしいフリル付だった。
「俺はセリスだ。んで、こっちがリアン。そんで……」
並んで小さく座る少女たちに視線を向ける。
「把握しているので大丈夫ですよ。皆さんが来ると聞いて、出迎えに来たんですけど……まさかこのような顔合わせになるとは思いませんでした」
「……俺のせいだよな」
悲し気に目を伏せたアフティにスキアは呟くと、意を決したようにシンカとカグラを真っすぐに見据え、努めて冷静に、腹の底から声を振り絞った。
「ふぅ…………シンカちゃん。答えにくいだろうが……これからどうする?」
「ちょっと、スキア!」
怒声と共にリンが責めるような瞳で睨みつける。
しかし、スキアがそれに怯むことはなかった。
「リン、これは必要なことだ」
「……けど」
リンは辛そうにシンカたちに視線を送るが、二人はまだ気持ちの整理がついていないようだった。さっきからずっと、誰かを待っているようにしきりに周囲を気にしている。それはまるで、親を探す迷子の子供のようにも見えた。
これだけの真実を前に、自分たちで決断できない事は弱さだろうか。
確かに、弱さであることに違いないだろう。
多くの魔憑を従える神の一角が落ちたのだとしても、今や
絶望を前に心が折れ、目的を見失い、成すべき事を決断できないことは紛れもない弱さだ。
ぱちぱちと弾ける音を立てながら、徐々に小さくなってく焚き火の明かりは、まさに消えゆく希望のようにも見えた。
「……ロウ」
そして、シンカがぽつりと彼の名を呼んだ、その瞬間――
――チリン
突然、ガサッとした音と共に、一人の男が木の上から飛び降りて来た。
「っと、あれ? 増えてるな」
「ブ、ブラッド?」
「た、隊長!」
「違う。こいつがロウだ……似てるだろ?」
驚いた様子のアフティとオトネに、スキアが苦笑しながらロウを紹介した。
「こっちがアフティで、こっちがオトネ。俺の仲間だ」
「「よ、よろしくお願いします」」
重なったアフティとオトネの声には、緊張の色が滲み出ている。
当然だ。自分たちの部隊にいた、隊長に似た人物を前にしているのだから。
「俺はロウ。よろしく――」
「よろしくじゃないわよ。シンカたちがこんなときに、貴方は何をしてたの?」
その声にロウが振り向くと、リンが不満そうな視線を送っていた。
リンのすぐ傍では、シンカとカグラの二人もまた、今にも泣き出しそうな表情でじっとロウを見つめている。
「何って、これだ」
そう言ってロウが差し出したのは、まだ蕾の花だった。
「それは……
スキアの驚いたような声に、ロウは頷き返した。
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