10.未知への事象
リアンたちが案内したのは、軍事施設の中の一室だった。
途中すれ違った人たちが二人に対して敬語で話していたところを見るに、それなりの立場にあるのだろう。
見た目で言えばロウとそう変わらないか少し下の印象を受けたが、その若さで今の立場につけたのだとすれば実力は申し分ないはずだ。シンカとカグラの中に期待が生まれるのも無理はない。
二人は誰に止められることもなく、この部屋まで辿り着くことができた。
「適当に座れ」
「えぇ」
リアンの言葉に軽く返事を返しながら、シンカは周囲を見渡した。
それほど大きな部屋ではなく、部隊別で使う会議室のような場所だ。壁には窓が二つ。並んで二人が座れる
シンカが通路側の椅子に座ると、カグラはその後ろに座った。
するとリアンが通路を挟んだ、シンカの隣の
「外部に話の内容がもれたりはしない?」
「ここは大丈夫だ」
初めから外部に漏れてはいけない大切な話だと感じていたリアンは、だからこそこの会議室を選んでいた。
最終的にシンカは軍全体に協力を仰ぐつもりではあるが、途中で誰かに聞かれて突っ込まれても面倒だ。まずは落ち着いてリアンたちと話がしたかった彼女にとって、彼の気遣いはありがたいものだった。
「じゃあさっそく――」
「まぁ慌てんなよ。茶でも飲みながらにしようぜ」
話を切り出そうとするシンカを止め、セリスがそそくさとお茶の用意を始める。
この施設に入ってからというもの、カグラはじっと固まっていた。このような場所が落ち着かないのか、その顔には緊張の色が見える。
セリスが用意してる間に会話はなく、静かな空気の中、彼の手元の音だけが聞こえていた。
「おまちど~」
それぞれの
湯呑から湯気の立つそれを見たリアンが小さく溜息を漏らした。
「ありがとう」
「あ、ありがとうございます」
お礼を言ってお茶を受け取る二人はこの時初めて、緊張のせいで喉が乾いていたことに気がついた。息を吹きかけ、冷ましながらゆっくりとお茶を飲む。
「よいしょっと」
自分の分も入れ終わったセリスがリアンの後ろ、カグラと通路を挟んだ椅子へと腰を下ろすと、出した本人が誰よりも早く
「おっ、これうめぇな」
セリスはカグラと同じく甘い物には目がない。
口を開かなければ美形であるのだが、口を噤むだけではなく、行動も慎んだ方がよさそうだ。
「こ、このお茶もおいしいです」
「そりゃよかった。お茶の入れ方にはこれでも自信があ――」
「普通だ。世辞の言葉にいちいち反応するな」
自信がある、と言おうとしたセリスの言葉をリアンが冷たく遮った。
「なんだとリアンてめぇ!」
「それにどうしてクッキーに熱い緑茶なんだ。普通なら紅茶が好ましいはずだ。そこにあるんだからな。それか冷たい茶が無難だろう。緊張のせいか喉が渇いているようだからな」
確かに部屋の後ろにある棚の中には、紅茶と緑茶の茶葉が両方置かれている。
そして、棚の横にあるのは氷冷石と呼ばれる魔石の埋め込まれた箱だ。その中にはきっと冷たい飲み物も入っているだろう。
「そ、それはだな」
「大方、新しく入った茶の味に興味があっただけだろ。俺はかまわんが、せめて二人には何にするか聞くべきだったな。お前たちもそう思うだろ?」
「確かにね」
「なっ――!?」
「お、お姉ちゃんだめだよ、せっかく出してくれたのに。すいません、お姉ちゃんって本当にはっきり言っちゃう人で」
はっきりとものを言うシンカのフォローを慌てて入れるカグラ。
しかし、言った本人は気付いていないようだが、カグラの言葉はなんのフォローにもなってはいなかった。
「いいんだ……いいんだよ」
セリスは少し落ち込んだ様子でなぜか遠くを眺めた。
確かに気を遣えなかったセリスの自業自得ではあるものの、それをいうなら途中で止めなかったリアンもリアンだ。
しかし彼は普段から熱い茶を好む。つまりはリアンもセリス同様、新しく手に入ったという茶葉の味が気になっていたのだろう。
リアンとてよもや、シンカとカグラの分まで熱い飲み物が出てくると思っていなかったに違いない。出てきた際の先の溜息は、そういうことだろう。
「そんなどうでもいいことはさて置き」
「どうでもいいなら最初から突っ込むなよ!」
「俺の名はリアン。このうるさいのがセリスだ。俺たちはこの軍に所属している。主に周辺の町への
セリスが渾身の思いで抗議するがリアンはそれを冷たくあしらい、そのまま話を進めた。
「無視すんな! ってかうるさいって紹介の仕方はひでぇだろ!」
「まぁすでに知ってることを話しても無駄な労力だ。俺たちが話を聞く条件は一つ」
「もういいよ……」
再度の講義を無視されたセリスは、拗ねたように両膝を抱えながらぶつぶつと呟いている。
そんなセリスを見て、少女たちは苦笑いを浮かべた。
「お前たちが出会ったロウと言う人物の情報をすべて話してもらう」
「……ロウさんの? あの人は貴方たちにとってなんなの?」
ロウの名前を聞いてリアンたちの反応が変わった。ロウもリアンとセリスを頼れと言っていたからにはきっと昔馴染みなのだろうと、シンカもカグラもそう考えていた。
しかし、シンカたちをこの二人に合わせてくれると言っていたロウは、きっとこの二人と仲が良いのだとそう思い込んでいた二人の少女は、リアンが返した言葉に耳を疑った。
「憎き相手だ」
「…………え?」
リアンの目はさっきの庭園でロウの名前を聞いた時のように、真剣に思い詰めているようで……どこか恐ろしい雰囲気を纏っていた。
シンカがセリスの方にふと視線を向ける。
このときばかりはセリスもリアン同様、真剣な表情を浮かべていた。
それはリアンの言った言葉は真実だと、十分に感じさせるものだった。
ロウを憎き相手だと答えたリアンと、それを聞いたセリスは昔の光景を思い出す。
そう、あのときだ。ロウが憎き相手に変わったのは、と――
” 炎に包まれた中でリアンとセリスが倒れている。
その周りにも数人倒れていたが、全員意識を失っていた。
かろうじて意識があるのはリアンとセリスの二人だけだ。
二人は朦朧とした意識の中、その視線を目の前の男に向ける。
その視線の先に立っていたのは……ロウだった”
「ロウの情報をすべて話すなら、こちらもお前たちの話を聞こう」
「……わかったわ。でもそんな期待する情報は何もないわよ?」
「それでかまわない。交渉成立だな」
ロウの情報が入ることに満足するかのように、目を閉じながらお茶を飲んだリアンの口元は少し緩んでいた。
しかし、シンカとカグラの心情はとても複雑だった。
憎き相手だと言ったリアンに対して、ロウの情報を本当に渡してもいいのか。自分たちの持つ情報は少ないし、出会った町の名前などを言ったところでロウに辿り着くのは難しいだろう。それにシンカたちにとって一番重要なのは、訪れる悲劇の回避だ。そのためにはリアンとセリスの二人の力がいる。それでもロウを売ることは事実であり、決して正当化できることではない。
浮かんだのはお人好しの微笑みだが、シンカはそれを苦渋の思いで振り払った。
「そういえば私たちはまだ名乗ってなかったわね、ごめんなさい。私の名前はシンカ。この子は私の大切な可愛い妹でカグラっていうの。よろしくね」
「っ、お、お姉ちゃん……あうぅ、よ、よろしくお願いします」
姉に想われて嬉しいといえば当然そうなのだが、平然と可愛いなどと言わないで欲しい。
シンカの紹介の仕方にそういった不満はあるものの、カグラは恥ずかしそうに小さく頭を下げた。
「おう、よろしくな。んじゃさっそく――」
セリスがシンカたちの話を聞こうと先を促した、そのとき――
彼の声を掻き消すように異常なまでの爆発音が響き渡り、この大きな建物が少し揺れる。
そのあまりに大きな音に驚いたセリスが、手にしていたお茶を膝の上に零した。
「うぉあっちゃ! な、なんなんだ今のは!」
立ち上がりながらそう叫ぶセリスをよそに、リアンの瞳は真っすぐにシンカを見据えていた。
その瞳は間違いなくシンカたちが事情を知っているのだと確信している。
「お、お姉ちゃん! これって……」
「まさか……嘘よ、そんなはずない……早すぎるわ」
立ち上がったカグラがシンカの腕を掴む。その瞳は何かに怯えるようで、シンカの腕を掴んだ小さな手が小刻みに震えていた。
その席から見える正面の窓を愕然と眺めているシンカは驚愕し、まるでそこにあるはずのない何かがそこにあるかのように目を見開いている。口許が震え、体は動かずに硬直していた。背筋を走る悪寒がシンカの思考を停止させる。
本来、この会議室からでは外の音が聞こえない。にも関わらず響いた轟音。
何が起きているのか確認するため、セリスが鍵をあけて窓を開く。
その瞬間、たくさんの慌てふためく声が聞こえてきた。
「なんだこれ……」
外の光景を見たセリスがぽつりと小さな声を漏らした。
「落ち着け。お前はこの国を救うために俺たちを訪ねた。そうだったな?」
こんな状況にも関わらずリアンの声は冷静だった。
その声にシンカが静かに頷き返す。
「俺たちはミソロギアだけじゃなく、この国を守ることが仕事だ。ならば予想外のことが起きようと、やることは何も変わらん。俺たちも……お前たちもだ」
リアンとシンカの視線が交わる。
彼の冷静な言葉が、その真っすぐな視線が、シンカの停止した思考を動かした。
「ええ、そうね。ごめんなさい、私たちがしっかりしないといけないのに」
そう言ったシンカの瞳から戸惑いが消え、決意に満ちた双眸で言葉を返す。
「カグラ」
「うん……大丈夫」
そっと震える手に自分の手を添えながら、シンカは大切な妹の名を静かに呼んだ。
小さな手はまだ少し手は震えるものの、カグラはしっかりとした様子で頷き返した。
シンカよりも小柄で幼いカグラだが、シンカと目的を同じくしている以上、その芯にはやはり強い思いがあるのだろう。
「先に話を聞いて起きたいところだが、現状がそれを許さない。話は後で聞かせてもらう。今はこの事態をどうにかするのが先決だ」
立ち上がったリアンに呼応するように三人が頷くと、会議室の扉を開ける。
するとあちこちから他の兵たちの声が聞こえた。どうやらこの軍事施設の内部も混乱状態にあるらしい。
四人が出口のほうへ足を進め正面の扉から外に出ると、民衆たちが騒ぎ立てていた。それを警備兵たちが必死になだめている。
「みなさん落ち着いてください!」
「ミソロギアは大丈夫なのか!?」
「あんな音、今まで聞いたことないわ……」
「あぁ、ミソロギアでこんなことが起きたのは初めてだ」
「これって何かやばいんじゃないか!?」
「音や揺れの原因に関しては調査隊がすでに向かっています! みなさんは落ち着いて我々の指示に従って下さい!」
兵士の必死な言葉も民衆の耳にはなかなか届かず、騒ぎは簡単に収まりそうにない。
ずっと平和の続いていた国で突如起こった爆発音と地鳴りは、ここに住む者たちの冷静さをいとも簡単に奪い去っていた。
「みんな混乱してるわね」
「あぁ、やべぇよな」
「人は今までに経験のないことが起こると混乱する。無理もない話だ」
そんな中、リアンとセリスの存在に気付いた一人の兵士が慌てた様子で駆け寄ってくる。
「リアン小隊長!」
「何があった?」
「はい、原因はまだ不明です。音の発生源はミソロギア西門の先。音と揺れの関係性もまだわかってはいませんが、近くにいた都市保安部隊所属の第四小隊がすでに現場へ向かっています」
「……わかった。お前たちは引き続き町の人を頼む」
「はっ!」
リアンの言葉に敬礼を返すと、兵士はすぐさまその場を離れ行動に移した。
「俺たちも急ぐぞ」
「待って」
報告を聞いて駆け出そうとするリアンとセリスをシンカが呼び止める。
「なんだ? 手短に話せ」
「貴方たちは残って」
「どういうことだよ」
シンカの言葉の意図が理解できない二人が、一瞬顔を見合わせた。
遠くの空を見ていたシンカは一度、下唇と小さく噛むと、疑問符を浮かべたままの二人に視線を落とす。
「間違いない。今の貴方たちじゃ、まず確実に勝てないわ。私が行く」
胸に手を当てながらそう主張するシンカに、二人の疑問はますます深まっていく。
軍人である男二人に対してのシンカの言葉は、普通の感性ではありえないものだったからだ。
「勝てない? ってことは敵がいるのか?」
「そうよ」
「俺たち二人よりお前一人の方が強い。そう俺には聞こえたが」
「ええ、少なくとも今はまだ」
鋭い眼光で見つめるリアンの視線を、シンカは真っすぐ受け止める。
真剣な眼差しを向けながら、開いた口から出た音は力強いものだった。
「人は今までに経験のないことが起こると混乱する。そう言ったわよね? つまりはそういうことよ。今の貴方たちが行ってもどうにもならないわ」
「言いたいことはそれだけか? ならば急ぐぞ」
「……人の話を聞いていたの?」
「聞いていた。だから急ぐと言っている」
言って駆け出したリアンとセリスの背中を、シンカはその場を動けずに見ていた。
音と揺れはただの自然現象ではなく、その背後には敵が存在している。
そして、その敵を相手に二人に勝ち目はないとはっきりそう告げたのだ。
ならばなぜ、その二人は現場へと駆け出したのか。
「っ、カグラは――」
「お姉ちゃん」
数秒で我に返ったシンカの言おうとした言葉をカグラが遮る。
いつになく力強い声と瞳。
カグラはシンカを正面から見据えたまま、次の言葉を吐き出した。
「私に残れなんて言わないよね?」
「……言ったって聞かない……のよね?」
静かに頷く大切な妹。
必ず戦闘になると予想していたシンカはこのとき、心の中ではカグラを置いていきたいと考えていた。まだ記憶に新しいマークイス級との戦闘がシンカを悩ませる。
しかし、カグラを連れていくと決断した理由は当然その能力だ。
決して戦闘向きではないが、万が一のときは必ず必要になる奇跡ともいえる治癒の力。
そしてここは運命の岐路だ。二人の少女はこのときのために旅をして来た。
この戦いで負けるわけにはいかないのだ。
大切な妹を想う気持ちを、シンカは無理やり押し殺した。
「……わかったわ、行きましょう」
シンカとそれに頷き返したカグラの二人は、西門に向けてリアンたちを追いかけた。時間にして一分にも満たない間に、二人の少女がリアンたちへと追いつき横に並んだ。
「はぁっ!? お前ら早すぎだろ!」
「別に私たちが早いわけじゃないわ。普通の人に比べればそりゃ早いけどね。それより、どうして私の言ったことを無視するの? やっぱり信じられない?」
驚愕に目を見開いたセリスをよそに、シンカは質問をぶつけた。
ここ数百年、小さないざこざはあれど、大きな戦争というものは一切ない。軍が本当に必要なのかと疑いたくなるような、本当に平和な世の中だ。そんな中、シンカの言葉をそのまま信じることは確かに難しいだろう。
しかし、リアンから返ってきた言葉はシンカにとって予想外ものだった。
「信じているからこうして走っている」
「……信じてくれるの? ならどうして」
「お前たちを完全に信じたわけじゃない。だが、現場に向かった第四小隊は俺たちの同期だ。敵がいて危険だと言うのなら放ってはおけん。あれに乗るぞ」
リアンの視線の先、西門には二人の門兵の横で紐に繋がれた二頭の馬がいた。
二人を完全に信じたわけでないというのなら、彼はいったい何を信じて走っているというのか。
その理由が少女にはわからなかったが、とりあえず少しでも信じてくれているならそれでいい。まずは今を乗り越えて説明すればいいのだから。そう、納得するように自分へと言い聞かせた。
「言っても聞かなそうね。でも、約束して。仲間の人を見つけたらすぐに逃げるって」
「わかった。おい、お前たち。馬を借りるぞ」
「リアン小隊長? え、えぇ。しかし、何が起きてるのですか? さっきの音は……」
「説明してる暇はない。お前たちは怪しい人物に気をつけておけ」
シンカの言葉にリアンは頷くと、門兵に声をかけて馬へと飛び乗った。
繋がれた紐を手早く解き、シンカとカグラに視線を送る。
「妹、お前がこっちに乗れ。姉はセリスの方だ」
リアンに言われた通り、カグラが彼の後ろに、シンカがセリスの後ろに乗馬すると、手綱を握った二人が馬を走らせた。
爆発音のようなものが聞こえた場所へ向かう途中、四人の間に会話はなかった。リアンたち二人からしてみれば、シンカとカグラに事情を聞いておきたいところだったが、今の彼女たちに聞いてもまともな返事が返ってきそうにない。
会議室での反応を見るに、シンカたちにとっても予想外の事態だということは明白だ。ならば、シンカたちに考える時間を与えるべきだ、とこのときの二人は判断していた。
事実、シンカとカグラは戸惑っていた。
二人の少女が言う運命の日が訪れるのは九月十三日、そのはずだったのだ。
しかし、
どこで間違えたのか、どこで未来が変わったのか。いくら考えたところで答えがでることはない。
不可解といえばもう一つ、あの爆発音だ。シンカが驚いていたのは爆発音そのものにではなく、そのときに感じた異様な魔力だった。シンカは以前、森で
しかし、当の魔門はいまだ開いてはいない。急いで行けば都市保安部隊の第四小隊が降魔と遭遇する前に連れ戻すことはできるだろう。
だとすると、あの爆発音はなんだったのか。
いくら考えてもやはり答えに辿り着くことはできなかった。
(でも、やることは変わらない。現れた降魔をすべて倒す。そのために私は……)
シンカは大きく息を吸い込み、それをゆっくりと吐き出した。
その瞳はいまだ不安の色が残るものの、現実に向き合う覚悟の色も確かに浮かんでいる。
途端、二頭の馬が急停止し、大きな鳴き声をあげながら前足を高く上げた。
「ちょ、まっ! ぐへっ!」
「っ!」
「ちっ!」
「きゃぁ!」
セリスが地面に放り出され、潰れたような声を発している隣でシンカが綺麗に着地する。リアンは手綱を強く握り込み、どうにか馬を落ち着かせた。
セリスの乗っていた馬が来た道を一目散に走っていくのを横目に、リアンが何が起きたのか問うようにシンカへと視線を送る。
するとシンカは今はまだ何もない空間を見つめたまま、リアンへと声をかけた。
「貴方たちは行って。早く仲間を見つけてミソロギアに引き返すのよ。今ならまだ間に合うわ」
「何が起こった?」
「動物は勘が鋭いわ。今から現れる敵の危険を感じたんでしょうね」
「あいたたたっ……敵? カグラちゃんはどうすんだ?」
腰を擦りながら起き上がったセリスが尋ねると、シンカはカグラを見つめた。
シンカがたった今感じた魔力の反応は、間違いなくマークイス級降魔のものだ。
しかし、同じ階級の降魔であってもそれぞれに個体差はある。今感じたマークイス級は森で遭遇した個体よりも脅威はなさそうだが、カグラを傍に置いたままではどうなるかわからない。だからといって、まだよく知らないリアンたちにカグラを任せていいものか。
そんなシンカの心の葛藤を見透かすように、カグラはシンカに言葉をかけた。
「お姉ちゃん、はっきり言って。お姉ちゃん一人なら大丈夫……そうだよね?」
「カグラ……」
「私はお姉ちゃんの足手まといになりたくない。リアンさんたちなら大丈夫だよ。カードが導いてくれた人たちだもん。だから……お姉ちゃんは負けないで」
「……っ。リアンさん、カグラを……カグラをお願い」
「あぁ。行くぞ、セリス」
シンカの言葉にリアンは深く頷くと、当初の目的地へと馬を走らせる。
「ちょ! 行くって俺は馬いねぇんだぞ! おい! 聞いてんのか!?」
セリスはリアンへの文句を言いながら全力で走り、必死に後を追いかた。
残されたシンカが視線を向けた先の空間に小さな
シンカの頭の中には、いまだカグラの影がこびりついていた。
「思えば……カグラと離れるなんてこれが初めてかもね」
爆発音のした地点の魔門が開いた気配はまだない。
しかし、感じた魔力の反応はいままでに感じたことのないものだった。焦る気持ちはあるものの今は戦闘に集中し、この場の決着を早急につける必要がある。集中できないまま負けてしまってはそれこそ意味がない。そんな愚行を犯すわけにはいかない。
できるだけ早く目的地へと向かうためにも、シンカは目の前へと意識を研ぎ澄ませた。
そして、小さな魔門から現れた一体のマークイス級降魔を見据え、
「あんたたちの好きにはさせない……」
腰に携えた細剣を静かに抜剣した。
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