08.大都市ミソロギア

 ――中立国アイリスオウス最大都市ミロソギア。

 ミソロギアの背面は大きな山に覆われており、山の左右から流れる川はミソロギアの中心で交差し、大陸の海岸部にある東の港町ミステルと西の港町マルガリタに続いている。

 川の左右にある東西の門から続く道は商業路となっており、特に商人の馬車が行き来が多い。町にある商会所有の小型の貨物船を使い、川を利用すれば半日で新鮮な魚介などを届けることができるため、港町の商人は川を利用することがほとんどだ。無論、旅人も多く立ち寄るため、露店や宿屋も充実。

 唯一の難点といえば娯楽施設がないことだが、中央の正門を抜けた道は娯楽の町ジャサントに続いている。ここに住む富裕層は自分たちの所有する馬車があるため、それほど問題というわけではない。むしろ娯楽施設がまったくないというのは、この都市の治安維持にも繋がっていた。


「これがミソロギア。すごいね、お姉ちゃん」

「そうね」


 ミソロギアの街並みを見ても何の感想も言葉にしないシンカは、どこか心ここにあらずといった様子だ。

 何かを考えているのか、ミソロギアまでの道中もずっと上の空だった。そのせいで、無理せず歩いたとしても四日で着くはずの道のりに五日も要していた。

 姉の頭が何でいっぱいになっているかなど、妹でなくとも、ましてや頭の中を覗かなくてもわかることだろう。

 カグラは足元へ視線を下げながら、小さな声で問いかける。


「……ロウさんのこと考えてたの?」

「違うわよ」

「ロウさんが言ったこと……」

「だから違うってば」

「言い過ぎたって後悔してたんでしょ?」

「そんなんじゃないわよ」

「……」


 頑なに否定するシンカからそっと目を逸らすと、カグラは周囲をゆっくりと見渡した。

 今二人がいるのは商業区画だ。ミソロギアの中心で交差した川から南が商業区画、東西が主に居住区画となっており、北側が軍用区画となっている。

 甘い香りや芳ばしい香りが漂う中で活気ある声が入り乱れ、行き交う人は老若男女に民間人から商人、警邏けいら中の軍人と様々だ。

 ただ共通している事といえば、この町の人々がとても笑顔だということだろう。


「こんなにもす大きな町がもうすぐ消えちゃうんだね」


 周囲の活気とは裏腹に、沈んだ声で言ったカグラの顔に影が差した。


「だからこそ、今は私たちのできる精一杯のことをしないと。変えるわよ……この悲しみしか生まない運命を」

「うん」


 決意を新たにするシンカを見て、カグラも力強く頷き返す。

 お人好しの男のことが気にならないわけではない。問いかけたカグラも、それを否定したシンカも、彼の微笑みは脳裏にこびりついたままだ。

 しかし、彼女たちには成さねばならない使命があった。

 救わなければならない。

 変えなければならない。

 なんとしても――すぐそこまで迫ったこの国の滅びという運命を。


「じゃあまずは二人を訪ねて……の前に腹ごしらえね」

「そうだね」


 そう言いつつ頬をかくシンカの顔は、少し赤く染まっていた。

 そんな姉がとても可愛く見えたのだろう。カグラは思わずくすっと笑みを零した。


 



 お腹を満たした二人は、すぐさま軍の施設へと足を運んだ。リアンとセリスを尋ねるが、どうやらタイミングが悪く今はミソロギアにはいないらしい。代わりに誰でもいいから上層部の人に話を聞いてもらおうとしたが、取り合ってはくれなかった。

 それもそうだろう。二人の少女の戯言など、誰が耳を貸してくれるというのか。

 それでもシンカとカグラは必死に訴えたが、神隠しに関しても少女の出る幕ではないの一点張り。降魔こうまにいたっては夢だろうと言われる始末。

 普通の人間が降魔に敵わないというのなら、降魔に遭遇し、生き残った者は一人もいない。それこそが神隠しの真実である以上、降魔のことを信じて貰えるわけがないのも当然だといえるだろう。目撃者自体がいるはずないのだから。


 神隠しの真相、この国に待つ未来。それらを説いたところで、妄想からでる妄言など彼女たちの年齢層にはよくみられることだ。

 要は、ごっこ遊びならよそでやりなさい。……笑えない。

 これがただの妄想なら、ただの妄言ならどれだけよかっただろうか。すべてが自分たちの夢で、そんな未来など存在しなければ……どれだけ。

 誰も……そう、誰一人として、もうすぐこの平和が終わることを信じてはくれなかった。

 もし仮にこの平和が終わっても、いつまでもこの平和が続くと信じていた、などと言う言葉がでることもないだろう。続く続かない以前に、終わる可能性そのものを考えてすらいないのだから。

 今の彼らは、いつまでも平和が続くと信じているわけじゃない。

 今の彼らにとって、この世界が平和であることが当たり前なのだ。

 しかし数百年もの間、大きな争いが起こっていないこの国とって、いや、この世界にとって、それが当然の反応であることは仕方がないことなのかもしれない。

 このとき、二人の少女に浮かんだのは一人の男の顔だった。


 ――ロウなら信じてくれたのだろうか


 そう思っても今さらだ。

 仮に信じてくれたとしても、やはり巻き込むわけにはいかない。

 幾度の説得を試みて、気がつけばすでに七日が経過していた。

 二人の少女に残されたのは、リアンとセリスという人物に頼る道だけとなる。

 それはロウに紹介された人だから、という理由だけではなく、二人にとって大きな根拠となる理由があった。

 今朝方、カグラのカードが導きを指し示したのだ。そしてこそに浮かんだ文字はまさにその二人の名前だった。ただの偶然なのかはわからない。

 それでも確実に言えることは、それが示すのは彼らが世界の運命を変えるために必要な、重要な人物であることに他ならないということだ。

 しかし、軍へ行っても門前払いをくらう今、リアンとセリスがいつ戻って来るかという情報を得ることができない二人は途方に暮れ、街角にあるオープンカフェのNAGIナギという店で頭を抱えていた。

 



        

「あぁ~! 休みが待ち遠しいね!」

「そうね、みんなに会うのは久しぶりだもの」

「俺らは卒業してもここ住んでるけど、たいていの奴は違う町にいっちまったからな」

「全員集まってほしいもんだぜ」


 カフェの一角で賑やかに話す四人の集団。

 少女二人と男が二人、楽しそうな表情を浮かべながら丸机テーブルを囲んでいる。

 小柄で元気な少女は癖っ気のあるキャラメル色のショートボブ。可愛らしいクリンとした大きな瞳が特徴的だ。

 もう一人の少女の背中まである長い髪は艶やかな桔梗色。感情の色が見えづらい達観したような瞳は、その容姿と相まって少し大人びた印象を受ける。

 フレームのない眼鏡をかけた男は一見、冷静で知的なようにも見えるが、その瞳の奥には無邪気さが見え隠れしていた。

 最後の男は短い茶髪を固めて立てた外見にその口調から、この中のムードメイカーといったところだろうか。

 そんな仲の良さそうな四人の集団は、シンカよりも少し年上といったくらいだろうか。そこに、一人の中年の男性が話しかけた。


「しかし、あの問題児たちがはたして来るのかね~」

「あっ、先生!」

「おぉ~プネブマ」


 プネブマと呼ばれる中年の男は少し小太りで髭を生やした男だった。

 どうやらこの集団の先生のようだ。卒業した、といっていたことから、元先生といったほうが正確か。


「ローニー、お前卒業してから急に態度でかくなったな。まぁ確かにもう先生ではないが、もっと恩師を尊敬してだな」


 プネブマは目を閉じて顎の髭を撫でながら答える。


「恩師って自分で言うなよ」

「誰もそこまで思ってないと思うのだけれど」


 眼鏡をかけた男と、大人びた少女が冷静な突っ込みを入れた。

 そのうち、ジト目を向けた少女の方に至っては、半ば呆れている様子が伺える。


「元生徒にそこまで言われると俺はとても悲しい……」

「まぁまぁ先生、そんな落ち込まないでよ。なんだかんだでみんな先生が大好きなんだからさ」

「ん~。そうか? そうなのか? やっぱりそうなのか? そうだよなぁ~!」


 小柄な少女がフォローを入れるとすかさず立ち直るプネブマだが、そこに浮かべた笑顔は何故か妙にイラつかされるものだった。……実に素直な男だ。


「そんなこと言うとすぐ調子乗るから駄目だって……」

「相変わらずプネブマはプネブマだぜ」

「まぁ、元気でやってるようでなによりだな」


 男二人が溜息混じりに言うものの、プネブマは四人を見ながら満足そうにニッとした笑みを浮かべた。


「あっ、そんなことより先生聞いてよ! ぼくたちもうすぐ結婚します!」


 満面の笑みで、小柄な少女が眼鏡の少年の腕に抱きついた。

 抱き着かれた眼鏡の男は頬を朱に染めながら、顔を思い切り引きつらせる。


「ばっ、プネブマに言ったらからかわれるのわかって――」

「キャロとホーネスが……? ほ、ほんとうか!?」


 ホーネスと呼ばれた眼鏡の男の言葉を遮るように、プネブマが両手を丸机テーブルにつき、身を乗りだして迫りながら、驚きと喜びを両立させたような声を上げた。


「か、からかわないのかよ」

「当たり前だ! 自分の生徒の結婚を喜ばない先生がいるか! 本当におめでとう、式にはこのプネブマ・ルチアーノも絶対に呼ぶんだぞ!?」


 突然の報告に心の底から喜んだ笑顔を浮かべ、興奮気味な声。

 まるで自分のことのように浮かれるその姿は、先生という立場でありながら子供のようだ。きっと良き先生だったのだろう。


「あたりまえじゃん! ねっ?」

「おっ、おう」


 その返事を聞いて満足げに頷いたプネブマは、服のポケットから拡声石を取り出した。

 拡声石とはその名の通り、魔石に向かって発した声や音が大きく広がり、遠くまで届けることができるという代物だ。


「……なんだか嫌な予感がするのだけれど」

「あぁ、奇遇だなエヴァ。俺もだぜ」

 

 丸机テーブルに肘を尽きながら額に手を当てるエヴァと、両腕を組みながら柄にもなく深刻な表情を浮かべるローニー。部外者である二人が目の前の光景を見て、思い浮かべたことはおそらく同じだった。


「この昂ぶる幸福な気持ちを!」


 そう言って拡声石を口にあて、突然叫びだすプネブマ。


「ご町内の皆様! 大変喜ばしいご報告があります! なんと! なんと私の可愛い可愛い元教え子がついに! ついにけっこ――ぐへっ!」

「やめろ!」


 最後まで言わせまいと、ホーネスがプネブマへ強烈な蹴りをぶちかます。

 靴のつま先がお尻へと深くめり込んだ。


「おっ……お前……先生にむかって……がくっ」


 当たりどころが悪かったのか、プネブマが力尽きたようにその場に倒れ込む。

 お尻を抑えながら倒れる中年の男は、なんと言い表せばいいだろうか……とにかく滑稽だった。


「はぁ、まったく……」


 頭を掻きながら溜息を吐くホーネスをよそに、その光景を見ていた他の三人も、通りすがりの町の人たちも笑っている。

 それは誰の目から見ても平和な光景だった。




「騒々しいわね。ゆっくりお茶も飲めやしないわ」

「でもなんだかいいな」

「……そうかしら」


 そう言いながらも、少しだけ寂しそうにその様子を横目に見ていたのはシンカだ。

 その姿はまるで、騒いでいる五人を羨んでいるかのようにも見えた。 



    

「おい、プネブマのやつ起きないぜ?」

「やりすぎたようね」

「自業自得だろ。お前たちは他人事だからいいものの、俺はとんだ赤っ恥だ」

「う~ん、でもこのままじゃ周りに迷惑になっちゃうよね」


 そう言いつつ、この倒れたプネブマをどうするのかを皆で考えていると、


「よし、ここはぼくにまかせなさい!」


 どんっと自分の胸を叩くキャロは、とても自信有りな表情を浮かべた。

 そして倒れたプネブマの傍にしゃがみこむと、そっと耳打ちをする。

   

「先生先生。あのね、実は先生がさっき言ってた問題児たちもちゃんと来るよ?」

「なにーっ!?」


 キャロの言葉に、プネブマは大声を上げながらいきなり体を起こした。

 その光景を見る残りの三人の視線はとても冷ややかだ。


「セリスが乗り気なんだぁ。それでね、リアンのことは俺に任せろって言ってたよ。よかったね、先生」


 笑顔でそう告げるキャロに、プネブマは驚いた反応を見せる。

 しかし、驚いていたのはプネブマだけではなかった。

 セリスとリアンという言葉に、近くの席に座っているシンカとカグラも同じく反応し、そっと耳を傾ける。


「お、俺は別に嬉しくないぞ? あいつらが来たらまた問題起こすに決まっている」


 嬉しそうに顔がにやけながらも否定するプネブマ。

 中年男性のツンデレなど誰が得をするというのか。そのような需要のない代物はとっと仕舞い込んでもらいたいものだ。


「素直じゃねーな」

「うるさい、俺はこれから仕事があるからもう行くからな! 同窓会には絶対にくるんだぞ!」


 そう言い残し、照れながらも笑顔で走りさっていく中年……いや、プネブマ。


「なんか……いい歳したおっさんが笑顔で走り去るってどうなんだよ」

「ま、まぁ先生らしいといえばらしいわね」


 そんなプネブマを四人は苦笑しながら見送った。


「でも仕事って、今日の学院は休みのはずだろ?」

「ここだけの話、先生ってば同窓会を豪華にするために教師以外にも短期でバイトしてるみたいだよ? 問題児が来ると金がかかるから、とか言っちゃってさ」

「やっぱあいつら来るの期待してたんじゃねーか」

「ほんと素直じゃない先生ね。呆れてものも言えないのだけれど」

「まったくだ」

「でもさぁ、みんなに会うのはほんと楽しみだね」

「あぁ、なんだかんだで退屈しなかったしな」

「私も……そうね。確かにいろいろあったけれど、そのお陰で学院生活は……うん、とても楽しかったと思うわ」

「あれ? なによ~エヴァ、初恋でも思い出しちゃった?」

「ち、違うわよ、バカッ!」

「だってエヴァだけ回想がピンポイントっぽいじゃん。誰のことを思い出してるのかなぁ? かなぁ?」


 からかうような口調でにじりよりながら問いかけるキャロに、エヴァは初めて慌てた声を上げた。取り乱すその姿は、大人びた印象からかけ離れて見える。

 赤面するエヴァが迫るキャロから視線を逸らし、硝子杯グラスをぐいっと傾けると、


「でも本当に来るのか? 俺たちと違って、リアンもセリスもかなり忙しいだろ」


 助け舟を出したのはホーネスだった。




「カグラ、聞こえた?」

「うん、確かに聞こえたけど」

「間違いない。カグラはここにいなさい」

「え? ちょっ、お、お姉ちゃん!」


 シンカは席を立つと、四人組が座る丸机テーブルへと足を向けた。




「そうだよね、とくに……」

「話の最中にごめんなさい」


 突然、シンカが四人の会話に割って入ると、


「ん? 誰か知り合い?」


 キャロが他の三人の顔を見渡すが、全員首を横に振りつつ否定した。


「少し訪ねたいことがあって。人を探してるんだけど、横でお茶を飲んでたら話が聞こえてきたから。盗み聞きをするみたいになってしまって、ごめんなさい」


 丁寧に頭を下げたシンカに対して、四人は苦笑して見せた。

 特にホーネスに至っては気恥ずかしそうに頬を掻いている。


「そりゃあんだけ騒げば目立つか」

「大半が先生のせいだと思うのだけれど……騒いでいたのはこっちよ。むしろ煩くしてしまってごめんなさいね」

「まぁ確かにな。で、その探してる人ってのは誰なんだ?」

「名前はリアンとセリスよ」


 シンカの尋ね人の名を聞くと四人は顔を見合わる。

 この町では有名な人物なのか、とても意外そうな表情を見せた。


「ここであの二人を知らないってことはよそから来たのか?」

「ええ、軍に所属してるのは知ってるんだけど」

「あの二人に会うならもうすぐ同窓会だし、ちょうどいいんじゃない?」

「できるだけ早く会いたいの」

「ん~、それは難しいかもな。あいつらは軍の中でも境界警備部隊だからな」

「境界警備部隊……」


 それはミソロギアの軍部にある部隊の名称だ。

 ミソロギアの軍は主に五つの部隊を中心としている。

 中央守護部隊はミソロギアの重要な施設や要人の護衛を。都市保安部隊はミソロギア内、境界警備部隊はアイリスオウスというこの国全土の村や町、領海監視部隊は東西の港町であるミステルとマルガリタを中心に周囲の海域、それぞれ警邏と治安の維持に努めている。総合管制部隊はそれらの統括だ。 


 リアンとセリスの二人が境界警備部隊に所属しているのなら、ここ数日ミソロギアから離れていることにも納得できる。が、簡単にアイリスオウスといってもかなりの広さがある。端のほうにある村や町へと出向いているのなら、帰って来るのがいつになるかはわからない。

 しかし、次に言ったローニーの言葉はシンカにとって僥倖だった。


「あぁ、確かリアンとこの第二小隊は西を巡回してるはずだ。あれ? もう帰って来てるんだっけ? 今日って何日だ?」

「馬鹿ね、二十七日よ。帰って来るのは二十九日だから明後日ね」


 エヴァの言葉にシンカは少し思考すると、あらためて四人に視線を送った。


「帰って来てからすぐに会える方法はないかしら? 少しでも可能性があるならどんな方法でもかまわないわ……お願い」


 どうしてそこまで二人に会いたいのかはわからなかったが、シンカのその目からはどれだけ必死なのかがひしひしと伝わって来た。

 真剣な眼差しに切実な声。

 自分たちよりも明らかに年下の少女の願いに、なんとか応えてあげたいという気持ちがあるのだろう。四人は頭を悩ませた。


「う~ん……っても、リアンだしなぁ……」

「セリスをチョコでおびき出すというのはどうかしら? 良い案だと思うのだけれど」

「でもセリスだけじゃ意味ないんだろ?」

「直接二人に会えるタイミング、かぁ~……ん~……あっ!」


 と、キャロが何か思いついたように、はっとした表情を浮かべた。


「どうしたの?」

「セリスと同窓会の予定を話してるときに言ってたんだけどさ。帰って来たら次の日は休暇だって言ってたような気がする」

「ってことはあそこじゃないか?」

「たぶん間違いないな」

「会えるの?」

「たぶんね。ちょっと待ってて」


 キャロはペンとノート取り出し、簡単な地図を描いてシンカへと渡した。

 場所はどうやらミソロギアの北側の軍用区画。そこにある庭園のようだ。

 簡易的な地図の横には、可愛らしいマスコットの絵が描かれている。


「親切にありがとう」


 地図の書かれた紙を受け取ると、シンカは微笑んだ。

 切迫した空気はすでになく、安堵したその表情は年相応の女の子に見える。


「いいのいいの。なんだか真剣だったからさ」


 そんなシンカを見て、四人は笑顔を返した。


「お礼にいいことを教えてあげるわ。貴女たちの楽しみにしてる同窓会がいつかは知らないけど、九月十三日……その日までにはここを離れた方がいい」

「えっ?」


 突然の忠告に、皆は唖然とした表情を浮かべた。

 いきなりそんな意味不明なことを言われても、すぐには飲み込めないだろう。

 しかし、理由を深く説明したところで笑われるに違いない。思い返されるのはミソロギアに着いてからの七日間だった。わかっていたとはいえ、誰にも信じて貰えないというのはあまりに辛く、それでも口にしてしまったのは、無事でいて欲しいというシンカの願いだろう。


「本当にありがとう。貴女たちの無事を祈っているわ」


 そう言い残し、シンカは銀貨を一枚テーブルに置いてその場を去った。

 四人分の代金にしては多い金額だ。情報料、ということだろう。

 しかし、四人の脳内には先程のシンカの言葉が反響し、ただ唖然とシンカの背を見送るだけだ。


「行くわよカグラ」

「う、うん」


 慌てて席を立ったカグラは四人へ一礼し、シンカの後を追いかけた。


「なんだ最後の?」

「いや、わからん」

「その日にミソロギアで何かあるのかな?」

「……そうね」

 

 きょとんとしている三人とは違い、エヴァだけは一人、何かを深く考え込むようにシンカの背中を見送ると、

 

「って、これちょっと多くない!?」


 テーブルの上に置かれた銀貨を見たキャロの驚声が響き渡った。

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