Act.118 不貞なる者は傲慢にほくそ笑む

 鋼鉄の戦列艦セイルハーケンが接岸して程なく、法規隊ディフェンサー一行の不貞監視組が連れ立ち陸へと足を踏み入れる。

 が——最新の注意を払う一行は、術師会支局所掌の法術隊との接触を避けるため……戦列艦から美貌の卿フェザリナ含めた警備隊本隊が降り立つ頃合いから時間差を設けた上で行動していた。

 

「これはこれは、フェザリナ卿。我らがモンテスタ導師の命によりお迎えに上がりました。ささ……長旅の疲れを癒せる様お宿もすでに手配しております故。」


「まあ、それはお気遣いをさせてしまいました。では案内、よろしくお願いしたします。」


 美貌の卿ほどの存在は支局に取っても一目置く——否、であるのは言うに及ばず。

 支局術士達は己らの狡猾な思考の元、卿を持て成す体である。


 全容は掴めぬともすでに事の火蓋が切って落とされた事実を知る卿も、優雅な帰還を演じつつ……穏やかな視線の先で不穏なる動きの影をつぶさに観察していた。


「(今の所、法規隊ディフェンサーが艦に乗艦していた事には気付かれていない様ですね。ならば――後はお任せします……ミシャリア様。)」


 状況に不手際なき様視線はそのまま、心で桃色髪の賢者ミシャリアへのエールを送る美貌の卿。

 そんな心持ちを汲んだ警備隊の一人によって、一行の監視組は時間差を経て別ルートへと案内される。


 だが——


「うん。何かね?君が来るのではないかなとは想像してたけど……流石に今日はアウタークルックではないんだね? 」


「バカな事を……(汗)。この私が——不肖ディクター・バランがそこまで空気の読めぬ男とお思いか? 」


「なるほど。……読めてはいたかも知れないね。」


「空気の方向性とはなんぞや(汗)。」


 案内を申し出たはまさかの

 ディクター・バランその人である。

 しかしさしものアウタークな彼も、この様な事態に当たり案内である。


「ミーシャ、もういいぜ? このオッサン相手にしてたら、奴らに勘付かれんとも限らねぇ……(汗)。」


「全く……なんでこんなに狂犬と意見が被るかな。まあ私もそれには賛成……って、何よ(汗)。」


後でサインを——」


「こんのバカ騎士……モゴモゴッ!? 」


「今オリアナはんが、自分で言うたばかりおすえ~~? ちょっとお黙りなはれ~~。」


「……モゴッ!? (ヒッ!?)」


「ティティ卿。ファインプレーはいいけどね……あなた今、?お目々がすこぶるヤバかったよ? この状況で精霊の反応は、ガチでご遠慮願いたい所だよ。」


「まぁ~~それは堪忍おす~~。」


 様相は騎士であってもアウタークはアウターク。

 さらりと白黒令嬢オリアナへとアピールも欠かさぬ騎士には、令嬢もツッコミ待った無し——の筈が……まさかの剣の卿ティティがサイクリアの狂気発動と共に抑えにかかる。

 背筋を凍らされた白黒令嬢は白目を剥く勢いで硬直し、桃色髪の賢者も冷や汗が噴き出していた。



 そうして監視組一行がアウターク騎士ディクターに付き戦列艦を離れると……さらにそこから時間を置く様に――

 不貞の裏取り調査組が上陸を待ち構えていた。



 ∫∫∫∫∫∫∫



「しばしお主らは姿を隠しておけ。活躍させられんのが口惜しいが、何……ミシャリアよりここいら港でもやるべき事を依頼されておるじゃろ? 」


「キキ~~。」


「そない落ち込まんと。シェンはんもジィさんの実力は身に染みとるやろ? ウチらはここでちょっとの間依頼遂行後に待機するだけや。」


 闇夜の戦列艦甲板昇降スロープで、出番と足を踏み出す一行――その中心となる英雄妖精リドのそばで蝙蝠精霊シェンが不安を顕として引き止める。


 後続となる裏取り調査組は時間差で……それも港から大半の警備隊員が姿を消した頃合いを見計らう。

 時間帯はすでに夕闇が夜の帳を引き連れた頃。

 警備隊指定の宿を起点に英雄妖精が引き連れる一行は闇夜に紛れて、事の究明に当たる構えであった。


 だが今回は何より……英雄妖精を始めとした一部精霊達に取っても、耐え難き過去と向き会う事態であり——

 その渦中で長きに渡り逃走を続けた英雄妖精こそを、蝙蝠精霊も案じていたのだ。


 そんな彼女を制する残念精霊シフィエール

 風の彼女とて案ずる思いは同じだが……それ以上に、今その魂を揺さぶる現実が不安を無きものとしていた。

 それは、桃色髪の賢者ミシャリアの恐るべき成長の一端を目の当たりにした故である。

 加えて……彼女は未だそれを未熟な研鑽の最中と恥じている。

 その事実が、揺るがぬ信頼へと変換されていた。


 言うに及ばず、その片鱗を供に目撃した巨躯の精霊ジーン

 残念精霊に同じと言葉を続けた。


「シェン嬢……リド卿の言う通りだ。我ら精霊種に、大賢者の頂きも夢ではないお嬢が依頼をしたはずだ。「精霊種にはこの沿岸で、術師会の手の及ばぬ所から他精霊への交渉を進めてくれ」と——」


「相手はチートをうたう者。それを相手に、お嬢がいかな策を取るかと胸踊ったが……その案を聞いたそれがしは全く以って度肝を抜かれたのだ。故に今は、我らに出来ることをやる。違うか?」


 賢者少女が精霊種みなへ告げた想定外の依頼に、魂から揺さぶられる巨躯の精霊。


「正直、正気を疑う依頼さね。けど……あの賢者様なら、出来そうに思えるのがまた怖い所さ。」


「クレイジーもクレイジー。俺達をおもんばかりつつ、そして……かーっ!俺様も流石に燃えたぎるモノがあるぜ! ファッキン!! 」


「サリーーっ! あーしも何だか興奮して来たサリ! ミーシャさんはサイコーの賢者様決定サリっ! 」


 残る水に炎の精霊達までも、賢者少女が提示した依頼の内容で歓喜に打ち震え……並々ならぬ戦意が湧き上がっていた。


「ちょっと、ここで興奮しすぎたらダメだってば!? 皆の存在が術師会に勘付かれるわよっ!? 」


「皆さんのお気持ちが、痛い程伝わって来るの。でも今は……なの。」


「そうな感じね。まずは術師会支局が見えない所で何をやっているか……裏取りが最重要な感じだわ。」


 まさかの戦意みなぎる精霊種を抑える羽目となる生命種組。

 英雄妖精に同行して裏取りに当たる、フワフワ神官フレードツインテ騎士ヒュレイカ——そしてオサレなドワーフペンネロッタが皆へ自重を促した。

 しかしそれこそが、己らが守護する賢者が齎した功績と……誇らしき今を双眸に映して感慨にふける一行。


 程なく精霊種をたしなめた法規隊ディフェンサー生命種……裏取り調査隊が連絡の足となる二頭の馬にまたがり闇夜へと姿を消していった。


 それを見送る精霊種組は羨望を送り――

 集まる視線の先で事の音頭を取ったのは残念精霊である。


「ええか?皆はん。これよりウチらはそれぞれが持つ精霊の長所を活かしつつ……沿岸に舞う精霊力エレメンティウムの大本——その。これはあのチート精霊使いシャーマンうたう支局導師——」


「モンテスタ・ブラウロスと、ウチら法規隊ディフェンサーが衝突した際の起死回生の切り札。ミーシャはんが展開する術式に於けるキーや。ここでウチらが気張らんかったら、あのチート野郎に一泡吹かせられへんよってな! 」


 自信満々で語る残念精霊は、さも己が賢者少女と言わんばかりに場を仕切り——

 そんなひと種の友人を誇る彼女を、眩しげに見つめる精霊種が静聴する。

 桃色髪の賢者がそれ程までに残念精霊を慕い、信頼しているからこそ……策の全容が彼女へ余す事無く伝えられての今であった。


 敵は精霊を道具の様に浪費する

 それに対するは、精霊をいたわり……おもんばかりながら手を取る偉大なる賢者。


 誰もが望んだ未来へ向かうため、まずは越えるべき因果を越えて行く。


「くれぐれも、術師会支局の連中には悟られん様にしなはれや? ほないっちょ、素敵な賢者様のために一肌脱いだるで~~! 」


「「「「脱ぐのは一人でよろしく。」」」」


「……って、脱がへんわーーっ!!? 」



 ……精霊種らは精霊種らのやるべき事へと向かうのであった。

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