Act.100 悲劇の呪いを食い破れ!

それがしが付いていながら、申し開きの余地もない!だがシフィエールはまだ無事だ!」


「当然だよっ!?しーちゃんがこんな事で、消えてしまうはずはないからねっ!!」


「旦那よ……風の精霊たるあんた達がなぜ先行してたのかは、今更俺達に語る必要もねぇ!だから今は――しーちゃんの事を頼む!」


かたじけない、テンパロット殿!」


 悲痛にまみれた桃色髪の賢者ミシャリアの声が響く。

 一行としても、これほど悲痛と焦燥に駆られた彼女は初めてと言えた。

 それは言うに及ばず……彼女にとっての


 同時に——それほどまでに精霊への愛情を注ぐ賢者少女の姿は、輩な水霊ディネの心でさえも動かす事となる。


「おい、風の旦那!アタイがニンフらに命じて水瀑結界を張る!どの道その身体で無理は効かないだろうさね!」


「……水霊嬢、構わぬと!?」


「アタイもバカじゃねぇさね!賢者様があんな顔してんだ……そのちっこいシルフが、あのお嬢さんにとってかけがえの無い存在である事ぐらい分かる!それに——」


「賢者様が、どれ程精霊への労りを向けているのかもね!」


「すまぬ!恩にきる!!」


 目配せで速やかにニンフへと指示を送った輩な水霊。

 ニンフらとしても、いつに無く鎮痛な水霊の指示に緊急性を感じ対応。

 それを一瞥した水霊が瘴気を一層振りまく見知った存在を見つめた。


「こんな事態を予測してあの霊大樹セフィロティア精霊力エレメンティウムに賭けたんだろうけど——こうなっちゃ元も子もないさね、あんた達。」


 かつて持てはやされた霊大樹セフィロティアの加護が、暴走する精霊にかかる呪いに打ち勝てず——今の惨状を導いた事をほのめかす水霊。

 それ程までに事態は深刻であった。


「……って、これ!呑気に構えては——」


 輩な水霊の言葉に耳を傾けつつ警戒を張るツインテ騎士ヒュレイカが吼える。

 暴走した精霊は確かに脅威——しかしツインテ騎士の視界には、さらなる脅威がその双眸へ映り込んでいた。


『キヒヒヒヒッッ!どうした?斬られたいのだろう?切り捨てられたいのだろう?キヒッ……キヒヒヒヒヒヒッッ!!』


 狂気の高笑いと共に振り上げられた片刃刀剣。

 漆黒の刀身と噴き出る瘴気を率いてそれは振り下ろされる。

 だが——それはただいたずらに刃を振るう体とは明らかに異なっていた。


「おいっ、ヒュレイカ!それをまともに受けるなっ!!」


「……これは、マズイの!霊位妖精さんの剣術が、そのまま――」


 狂犬テンパロットフワフワ神官フレードの叫びが早いか、瘴気纏う斬撃が大気を引き裂き舞い飛んだ。

 それも……打ち放たれたのだ。


「っきゃっっ!?」


 その斬撃を大剣グレートソード越しで、真正面から受け止めてしまったツインテ騎士。

 斬撃が生む強烈な衝撃で後方へと弾き飛ばされ、街の廃屋へと叩き付けられた。


「こ……このっ!よくもヒュレイカをっ!」


 すでに一行と仲間として過ごすウチ、並々ならぬ家族の絆が生まれていた白黒令嬢オリアナ

 その仲間が何もできずに攻撃の餌食となった事にいきどおり……彼女自慢の愛銃を抜き早撃ちにて応戦する。


 が——


『キヒヒッ!!』


「なっ……弾を切り裂いてっ!?」


 マズルフラッシュからの弾丸襲来。

 白黒令嬢が放つ弾丸は刹那で狂気の巫女を脅かすはず。

 はずが……踏み込む巫女の剣閃が、弾丸を紙の様に分断した。


 令嬢の弾丸命中精度は一行でも折紙付き。

 故にその事態を引き寄せてしまったのだ。


 折紙付きのガンナーが放つ弾丸相手ならば、目標も定め易い。

 達人級の剣士であれば、弾道を見極め弾く——果てはそれを切り裂く事も叶うのだ。

 しかしあくまでそれが叶う一級の武具を持ちえし剣豪に限られるのだが……奇しくも眼前の霊位妖精ティティはそこに達した者であったのだ。


「避けろ、バカやろうっ!」


「きゃんっ!?」


 狂犬の瞬時の判断ではね退けられた白黒令嬢が、尻餅をつく様に地へ落ちた。

 ガンナーがいると悟るや、近接にてそれを穿ちに来た霊位妖精の妖刀と……狂犬の得物である〈風鳴丸かなきりまる〉が金属音と共に火花を散らす。


「……絵空事だと思ってたが、妖刀〈死紋朧月しもんおぼろづき〉——まさか実在しやがるとはなっ!」


 刀身を軋ませ、耳に付く金属音を立ててつばぜり会う二本の刀剣。

 と……徐々に狂犬が押され始める。


『キヒヒッ!いいね……この死紋朧月しもんおぼろづきと張り合う刀剣に、使い手——心が躍るよっ!キヒヒヒヒヒヒッッ!』


 刹那……狂犬は刀剣の向こうに違和感を感じ、狂気の巫女を睨め付けた。


 そこにあったのは——

 双眸に悲しみと苦しみが渦巻き……「助けて」と声にならぬ悲鳴を上げる、霊位妖精ハイエルフ ティティ・フロウの姿であった。



∫∫∫∫∫∫∫



 私を庇ったテンパロット。

 その体ですぐさまオリアナ援護へと飛んだ彼が、霊位妖精ハイエルフと呼ばれるティティ・フロウとのクロスレンジ戦へと移行します。

 体制を立て直した私。

 そこへ飛んだ視線は……テンパロットがアイコンタクトで送って来たティティ卿の現状。


 ツンツン頭さんがガラにもなく悲痛を込めていたのに、直感が真実を悟らせたね。


 考えるまでもない——

 ティティ卿が……呪いの狂気に蝕まれながらも助けを求めていると言う事。

 さらにはその蝕まれる最中も、ティティ卿と狂気の精霊サイクリアが異常なまでの同調をしている事実に至った私は——揺るがぬ確信を得たのです。


「皆、よく聞いてくれ!今テンパロットと刃を交えるティティ卿は恐らく……いや、確実に調。それは即ち——」


「ティティ卿もまた、切なる決断だ!」


 私が発する言葉に、ヒュレイカ……フレード君——そしてオリアナとペネが真摯なる眼差しをくれます。

 なんの事はない……皆私が言わんとしている言葉など分かっているのだから。


 けれど敢えてそれを宣言しましょう。

 ディネさんが協力の立場にいる今……それを放つ意味は大いにある。

 遥かな未来に私達が目指すもののために——この惨劇を超えて行くために……。


 ディネさんを……そしてサイクリアさえも巻き込み目指す高みのために——

 私はその名乗りを上げてやるとしましょう!


「ならば私が……私達が取るべき行動はただ一つ!眼前で悲劇の呪いに蝕まれる、人の同胞と精霊の同胞を——」


特殊防衛法規隊ロウフルディフェンサーの名の下に、救って差し上げようじゃないか!」


 打ち合う火花散らし、ニヤリと口角を上げたテンパロットへ……同じくしたり顔を返す様に言い放ちます。


 きっとそこからが、私自身の本当の道の始まりだったのです。

 自らそれを名乗る事で……赤き世界ザガディアスの古びた常識をぶち壊す嵐を巻き起こす。

 この——


「今ここに宣言する……!、我が名はミシャリア・クロードリア!ひと種と精霊種が手を取り合う、輝ける未来を招来する者なりっっ!!」


 見習いの衣を脱ぎ捨てて飛翔する。

 それが眼前の悲劇を超えるために必要な、たった一つの手段。


 宣言に合わせた様に顕現した燃える熱い親子を引き連れ——

 悲しき狂気に包まれんとする霊位妖精救済へと、その足を踏み出したのです。



∫∫∫∫∫∫



 瘴気が暴風となって吹き荒れる〈北アヴェンスレイナ〉。

 同時にそれを穿つほどに舞い上がる気運を受け、〈ビックレインビア〉の橋脚天頂で佇む影。

 独りごちる。


「ティティよ……ワシはようやく手に入れたぞ。お前を救うたった一つの方法を……。」


「よくその目で見るがいい。今お主の眼前で奇跡の風を巻き起こす者達こそ、お前だけでは無く——サイクリアまでも救う救世の志士達じゃ。」


 たもとを分かってから積み重ねられた後悔を今……奇跡の嵐が吹き払わんとしている。

 その事実を身を以て感じ取るは——英雄妖精 リド・エイブラ。


 今その思考を占拠するのはかつての絶望では無く……希望。

 無二の友人である火蜥蜴サラマンダー親子所か——己が側に現れた新進気鋭は、愛した女性にまでも救いの手を差し伸べている。


 過去の惨劇を消す事は出来ずとも……未来を照らす光明は、確かに彼を包み始めていた。


「ミシャリア……そしてサイザーが誇りし超法規隊ロウフルディフェンサーよ。ティティの救済が叶った暁には、ワシも——」




 訪れたる事実は英雄妖精リドにとっての——

 新たな旅立ちを促すほどに、世界を輝かしく照らし始めていたのだ。

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