Act.99 死紋朧月の呪い

 法規隊ディフェンサー一行が水霊との情報交換に向かう一方。

 すでに不穏を大気に満ちる精霊力エレメンティウムの乱れから察した残念精霊シフィエール

 透く羽をはためかせ、森の入り口へと差し掛かっていた。


 同伴した巨躯の精霊ジーンも警戒を緩めぬままに残念精霊へと追従する。

 しかし近付くほどに強まる乱れ——あまつさえ姿隠しの術に影響が出るほどの事態に、一層の険しさを面持ちへと浮かべていた。



「こりゃアカンで、ジーンはん。まだ森の入り口や言うのにこの精霊力エレメンティウムの乱れっぷり——もう霊大樹セフィロティアでさえ、それを抑えきれん状況なんやあらしまへんか?」


「うむ……。それがしも、この様に乱れた精霊力エレメンティウムが舞う大地は久しい——」


 精霊力エレメンティウムの塊である彼らは、眼前の瘴気渦巻く森を視界に捉えるまでもなく——

 大気をかき乱す精霊力それの異常で、詳細は範疇に無くとも事のあらかたを悟っていた。


 だが精霊とて、迷いの森と称されるそこへは立ち入るのを躊躇する。

 乱れた力の種類によっては、精霊すらも迷路に閉じ込める魔宮——それこそが迷いの森メイジアと称される所以でもあるのだ。


 二人の風に属する精霊も、すでに危険度合いが桁外れに跳ね上がる状況を確認し……早々に以降を賢者少女らへ引き継ぐ。

 そう思考しきびすを返そうとした。


『キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッッ!』


 突如としてそこに響くは、狂気をむき出しにした様な声。

 それが別次元から放たれた様に木霊した。


「な……なんやねん!?この明らさまに狂った様な笑い声はっ!?」


「シフィエールっ!警戒を怠るな——」


 狂気舞う声。

 それを耳にし、警戒を最大限に引き上げた残念精霊と巨躯の精霊。

 その二柱がいる周辺の木々を——疾風の如き斬撃が刹那の間ではしり抜けた。


『キヒヒヒヒッッ。ワレはティティ——いや?ワレはサイクリア。キヒヒッッ……もうそのどちらでもないな……。キヒヒヒヒヒヒッッ!!』


 斬撃は周囲の木々を易々と切り倒し、瘴気は疾風で凪がれ——暴風が駆け抜けた様に草木が舞い飛んだ。

 警戒を引き上げていた事が幸いした残念精霊と巨躯の精霊。

 だが——


「シ……シフィエールっ!?」


「……アカンて……これは。ウチがこないな、精霊力エレメンティウムガン篭りの一撃——避けられるはずないやんけ……。」


 一撃は

 だがその程度は

 残念精霊の、てのひらに乗る御姿でそれを避けきるのは無謀と言うものであった。


「くっ……それがしが出し抜かれるとは!シフィエールっ!」


「ジーンはんの……せいやあらへんて。ウ——ウチかてこないな事態は……——」


「そのままにしていろ……!今喋れば無用に精霊力エレメンティウムを消費する!」


 木の葉が舞い散る様に落下する残念精霊を、労わる様に受け止める巨躯の精霊。

 その背を容赦なく穿つは精霊力エレメンティウムを乗せた斬撃。


 襲撃者を睨め付けるも——斬撃が、悟る巨躯は歯噛みする。


 睨め付けた先にゆらりと立つは、双房ふたふさに結われた黒の御髪を怪しい瘴気で舞い上がらせる女性。

 さらにその双眸が紫炎を思わせる瘴気でギラつき、無用なまでに首を斜めに傾ける。


 〈アカツキロウ〉で言う神の巫女にあてがわれる巫女服の様相。

 手にした漆黒の刀身がさらなる瘴気を撒き散らす。

 かの〈ヒイヅルオウルス〉皇族の血統を引きし霊位妖精ハイエルフ——ティティ・フロウの姿がそこにあった。


『物好きな御仁らだ、キヒヒヒッ……。わざわざワレに斬られに来るとは——すでにワレは己で己を制御出来ぬと言うのに。キヒヒヒヒヒッッ……悪く思うなよ?』


「ぬうおおおおっ!?シフィエール、少しの間我慢せよ!お嬢の——くっ……お嬢の元へ帰り着くまで!」


 蒼炎が揺らぎ、狂気がほとばしる。

 放たれる大気を引き裂く斬撃の嵐。


 だが斬撃の一撃一撃に乗せられるは、ままならぬ現実への悲痛。

 それを感じ取ったからこそ——巨躯の精霊は反撃を断念し、斬撃をその背に受けながら撤退を図ったのだ。



∫∫∫∫∫∫



 聞き及んだ言葉は寝耳に水。

 けれどフレード君から存在を知らされていなければ、自ら業に駆られていた所。

 私としても、まさかこの様な所で己が古巣でもあるアグネス宮廷術師会 支局の名が出てこようとは……さすがに思っても見なかったね。


 そして私の大嫌いなチート精霊使いシャーマン共の、術師会の名を汚す様な傲慢に……あのリド卿の想い人が巻き込まれると言う惨劇。

 すでに湧き上がった怒りが、赤き大地ザガディアスにあるすべての活火山の噴火を合わせても足りないほどに爆裂したね。


「テンパロット……正直これは申し開きもない事態だけど、事実だよ。同じ宮廷術師会を名乗る身としては——」


 湧き上がる怒りも、まずはその名が出た時点で謝罪すべき存在がいる事に行き着いた私は……視線を向け謝罪と共にこうべを垂れます。


 それは言うまでもなく、私がアーレス帝国の部隊へ仮在籍する以前より国へと仕え続けた——その中でも一番年長である人物 テンパロットでした。


「言うなよ、ミーシャ。そこにお前の落ち度なんてありゃしねぇだろ?むしろそう言う輩が名を汚す事に憤慨を覚えるミーシャを、あの術師会——」


「引いては、それが属するアグネス王国代表のリーサ姫殿下なら誇って下さる。、姫殿下……相当国民には慕われてるらしいからな。」


「そうねぇ……。テンパロットの言う通り、リーサ姫殿下なら絶対今のミーシャと同じくらい激怒してるわね~~。なんせ愛する国民に害なす者には一切容赦ない事でも知られてるし。」


 すると私の言葉に何やら照れ臭くなるお褒めと、殿——次にアーレスでの士官も長いヒュレイカが同調します。

 さらにはフレード君を始め……ペネにオリアナも、耳にしたチート精霊使いシャーマンの蛮行には目に見えるほどにいきどおりを感じました。


 そして当事者に最も近く——且つ長く共にあったシェンの落ち込みぶりを見るだけでも、湧き上がる憤怒が止めどなく暴走しそうだね。


 水霊達を含めたその場にいる者が言いようのない雰囲気に包まれる最中。

 だからでしょう——狂気の荒波に気付けたのは。


「……な、何だい!?この気配はっ!」


 私と同時ぐらいでいち早く反応したディネさん。

 それを感じた方向は今まさに向かわんとする迷いの森方向。

 弾かれる様にその狂気が溢れ出る先を見た私の目に飛び込んで来たのは——


「ジーンさん……に——しーちゃん!?」


 視界を占拠した姿。

 巨大なる体躯の其処彼処に霊的な傷跡を刻み急ぐ彼の手。

 その逞しいてのひらに力無く横たわるのは——私にとっての最初の精霊の友人。

 しーちゃんことシフィエール。


 刹那に心を支配したのは凍りつく様な予感。

 今までおバカなやり取りで互いを想い合った友人の危機的状況が、脳髄に冷たい刃となって突き刺さります。


「お嬢っ!警戒されよっ!サイクリアの暴走だっ!!」


 続いて発されたジーンさんの言葉で、暗転しそうになる視線をなんとかジーンさんの背後に向けた時——


「ミーシャっ!!」


 とっさに危機を悟ったテンパロットに身体を掴まれ横っ飛び——

 今いたその場所を、恐るべき速度と霊圧を伴った斬撃がはしり抜けたのです。


『キヒヒッ……キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッッ!!』


 広場にあった木々や憩いの場となっていたであろうベンチやテーブルが、根刮ねこそぎ斬撃に断ち切られ……衝撃が周囲の建物にハマるガラス窓でさえ叩き割ります。

 さらに斬撃にまみれて響くそれは狂気を絵に描いた様な……それも精霊力エレメンティウムが乱れに乱れた高笑い。


「……くそっ!大丈夫か、ミーシャ!」


「ミーシャお姉ちゃん!」


「これ……ちょい、シャレになってないわよね!?」


「ミーシャは大丈夫ね、切り裂きストーカー!けどこれ——オリアナじゃないけど、シャレどころじゃないわ……!」


「想定外としか言えない感じよっ!」


 皆も斬撃を察し、寸でで回避した所は流石ですが——

 警戒していたはずの皆でさえギリギリの回避で辛くも逃れた時点で……眼前に現れた存在が如何に厄介であるかを突き付けて来ました。


 そんな中……ディネさんは、荒ぶる精霊力エレメンティウムを真っ向から受け止める様に立ち——おもむろに口にしたのです。

 双眸に、眼前の存在への悲痛と……それを導いた愚かなる存在への怒りを込めて。


「すでに飲み込まれてしまったのかい?あんたは。霊位妖精ハイエルフ——〈ヒイヅルオウルス〉の誇りし剣の巫女ソード・シスター……ティティ・フロウお嬢さんよ!」




 私達を斬撃にて襲ったのは、狂気の精霊サイクリアに飲み込まれた……リド卿が愛せし霊位妖精ティティ卿その人だったのです。

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