Act.98 蝕まれし都〈カーズ・アヴェンスレイナ〉

 ディネさん案内の元、私達は巨大なる大橋を渡ります。

 しかし――かつて多くの観光客の目玉となった〈ビックレインア〉も、北へと足を進める度に観光気分に浸る余裕も無いほどに不穏なる気配が溢れ出します。

 そもそも当初の目的である迷いの森〈メイジア〉への道のりへ、些かの足止めは食った所だけどやっとの前進と胸を撫で下ろした所。


 けどその時点の私でも……その大橋を越えた直後に目にした光景は、遥か想定の彼方と言えたのでした。


「これは……全く持って想像していなかったね。一体なんのドッキリだい?」


「ドッキリたぁ何の事だい(汗)?賢者様が知ってる情景はどんなか知らねぇけど……少なくともアタイが見続けたのは、この惨状が包む都——」


・アヴェンスレイナ〉さね……。」


 輩なネェさんさえトーンを落として語る街の惨状。

 至る所に瘴気が満ち溢れ、華々しき観光名所の影など欠片も見当たらないよどんだ空気。

 すたれているどころの話ではない——完全なゴーストタウンと化した街が私の視界を奪ったのです。


「これは……酷いの。」


「帝国領にこんな場所があったなんて……。」


「こりゃ殿下でも手に負えない件だな。」


 場慣れしている護衛組にフレード君まで惨状に多くを語れず……ペネとオリアナに至っては絶句して言葉を失っているね。


 無理もない——

 実質眼前の街は全滅してる様なもの。

 あの古代竜種エンドラが齎す様な物理的な破壊ではない……未知の力が浸蝕し——人がその場所から離れて行ったが故の今なのだから。


「こっちだよ。けど気を付けるんだ……アタイもこの状況でここへ足を踏み入れるのはそうは無い。それほどまでに危険な状況って事さね。」


 出会った頃とは違う種の警戒を顕とするディネさんも、しきりに周囲を確認しつつ進んで行きます。

 言葉とその行動から、嫌でもそこが危険地帯である現実が突き付けられるね。


 そんな中ディネさんが案内するのは、瘴気が包む大通りを尻目にそこだけ守護の力が包む広場。

 近くに森へ向かって伸びる河川がある所から、そこが元々ディネさんの活躍の場となっていた場所と悟りました。


「……ディネよ、お主何故この様な場所へ?そこなひと種は——」


 広場へと差し掛かる私たちへとかかる声。

 人気すら無い場所で感じたのは、ジーンさん——風の上位精霊にも並ぶ精霊力エレメンティウムほとばしり。

 目を向けた先にゆるりと立っていたのは——


「……?」


「うぉいっ!?あんたは本当に初対面弄りに容赦がないねっ!この方は水の上位精霊クラーケン様さね!ちっとはかしこまったらどうだい!?」


「なんと……ディネがひと種と対話をするなど——これは凶兆の前触れか!?」


「……って、言われてるけど?輩ネェさん。」


「だ……!?ば、か——」


 上半身はひと種の老夫に近しい姿。

 けれどその下半身を水棲生物よろしく無数の触手で覆う様は、ディネさんが発した言葉通り——水の上位精霊クラーケンでした。

 まあそれが、便共感を覚えた所でもあるけれど……。


 そこまで思考した私は我ながらに逼迫した状況を理解してしまった訳で。

 ディネさんが運河の監視に当たっていたのは兎も角、水の上位精霊まで実態化し陣取る事態。

 それは言うなれば、この街が結構危機的現状を抱えているのが傍目でも推測できてしまったのです。


 それを思うままに口にすれば――


「こんな所に上位精霊クラーケンが陣取る状況……この街を包む瘴気の浸蝕はかなりマズイ――って事は間違いないね。」


「このワシを恐れぬ器に、現状を素早く見抜く洞察力。まためずらしく有望なるひと種を引き連れて来たものよのぅ、ディネよ」


「こういうのは神をも恐れぬっていうのさね(汗)」


「いやぁ、そんなに褒めないでくれるかい?輩ネェさん。」


「これっぽっちも褒めてないからね!?あと、アタイはディネだよっ!?」


 タコ爺さんにディネさんと、立て続けにお褒めを頂き恐悦至極だね。

 ディネさんがなにやら戯言たわごとを続けた様だけど、ここは聞えないフリをするも已む無しだ。


 恒例のやり取りを定番の様に続ける私。

 けれど――

 気付いていました。

 それは言うに及ばず、ウチの護衛二人に……果てはペネとフレード君に至るまでがあからさまな警戒態勢を取っていたから。


 オリアナでさえそれを察し、私が定番の問答を続ける姿への嘆息程度で止まっている。

 私達法規隊ディフェンサーに迫る不穏は、今までの物よりはるかに危険と言わざるを得ませんでした。


「……ったく、まあいいさね。――」


 そうタコ爺さんに振ろうとしたディネさんでしたが――

 まさかの爺さん、眉を歪めとてつもなく嫌そうな感を押し出したのを見やり……「あっ、この爺さん私らと同類だ……」との事実に辿り着いてしまいます。


 結果――ディネさんがピンからキリまで話す事に、相成ったのでした。



∫∫∫∫∫∫



 不穏渦巻く〈カーズ・アヴェンスレイナ〉。

 詳細を語ろうとした輩な水霊ディネであったが……まさかの大老水霊クラーケンが、が発覚し——


「アタイが話せばいいんだろ!?アタイがっ!!」


 少々涙目でやけっぱちな水霊を尻目に、大老水霊と桃色髪の賢者ミシャリアが謎の共感で頷き合う中話が進む。


 そんな中にあって法規隊ディフェンサー一行は、賢者少女を除くみなが周囲の異常をつぶさに感じ取る。

 張り詰めた意識は言うに及ばず、賢者少女が無事情報収集を終えるまでの厳戒態勢である。


 視線は水霊達を見据え——しかし思考には、まさに護衛感を全面に押し出す一行へ感謝を送りつつ桃色髪の賢者も情報開示を待つ。


 そして……それは語られた。


ひと種方に話したと思うが、アタイはかつてリド・エイブラの親友たる霊位妖精ハイエルフ……ティティ・フロウをこの森奥にある霊大樹セフィロティア方面へと送り届けたのさ。その時彼女——」


「ティティ卿が零した言葉は、「霊大樹セフィロティアから溢れる精霊力エレメンティウムで、体内の精霊暴走を抑えるためにそこへ向かう。」だったね。」


「精霊暴走……その暴走したとされるのが、かの狂気の精霊〈サイクリア〉と言う事だね?ディネさん。」


 重々しく語られた言葉に推測を提示した賢者少女。

 が——その解が正しくはないと、輩な水霊が首を横に振る。


「残念だけどね、その情報はリド卿へ彼女がせめてもの想いで語った嘘……さね。確かにあの精霊は、ひと種の精神に干渉する事の叶う種類だ。けど——」


「サイクリアは己の意思ではない——ある力で、……ティティ卿は言っていたさね。」


「ある力……?」


 そこまで語った水霊が言葉を切る。

 あらかたを聞き終えた桃色髪の賢者もそれこそが重要と察し、事実が水霊の口から語られるのを待った。


 僅かに法規隊ディフェンサー一行を見定めた水霊は口にする。

 だがその言葉は一行……中でも


「ああ……それは彼女が持つ武器に由来するさね。彼女が振るうかの〈アカツキロウ〉に伝わる片刃刀剣……そこにかけられた呪い。」


「そして——その呪いをかけたと目されるのは、かの ……使さね!」


 瞬間——

 絶句と共に顔面蒼白となる賢者少女。

 さらに……遅れて湧き上がったのは、憤怒であった。


 語られた言葉の真意は、精霊種が元来ひと種を監視する役を得ている故疑いの余地も無い。

 つまりは……チート精霊召喚術の類を振り翳し——精霊と、さらには同族であるひと種までもを貶めた事実に他ならなかった。


「な……何て事だいっ!?術師会を名乗る者が呪いなどと……!」


 憤怒と激昂が賢者少女を包む。

 そんな少女の手に手を重ねて共感したのは……神官少年。

 己の兄を死霊の呪いで失った過去を持つ、フレード・アクアノスである。


「ミーシャお姉ちゃん、ボクもその怒りには共感しかない……の。呪いはボク達に……悲しみや苦しみしか——呼ばないの!」


 普段は少女と見紛うフワフワ神官フレードですら、その奥底に眠る少年としての強き芯が怒りに打ち震える。


 すでに全容を掴んだ一行みなが同様の意識に駆られる中——静観していた大老水霊がおもむろに口を開いた。

 かの、一行に魅せられた精霊達の如き羨望を宿して——


「ディネよ……お前はこの者達へお力添えをせよ。これは上位精霊としての霊命じゃ。」


「あ……アタイがかいっ!?クラーケン様っ!」


 種の上位に位置する精霊が発した言葉に、輩な水霊さえも驚愕を覚えた。


 霊命とは——

 精霊の監視する対象が世界を導く歯車たると見定められた場合に、下位精霊へと下される世界調律を目的とした命令であったから……。

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