Act.93 精霊を統べし大賢者

「シフィエールに同感であるな。我らの主がその様な下賎な言い草でおとしめられるは、それがしにとっても屈辱の極み。」


「だな。少なくとも俺達が尽くしたいと心から願ったオリアナ嬢——その人生を救ったのは間違いなく、賢者ミーシャだ。今の俺達がここで居られる事自体が、そのお陰でもある訳だからな——ファッキン。」


「そうサリ!ミーシャさんはオリアナさんの、大切な恩人サリ!それを罵倒するなんて、精霊として許せないサリ!」


「……何なの!?こんな——こんな事がある訳ないだろっ!アタイの知ってるひと種が、こんなに精霊からの加護を受けるなんて……こりゃ何かの間違いさね!」


 輩な水霊ディネが驚愕に揺れる中——

 彼女の口にした桃色髪の賢者ミシャリアへの罵倒に次々反論を飛ばす、法規隊ディフェンサーの擁する精霊達。

 輩な水霊としても信じられぬ光景。

 驚愕を湛えた双眸のまま、動揺しがなり散らす。


 その状況を静観した桃色髪の賢者がおもむろに口を開く。

 ……眼前に飛び込む重要なもう一点——蝙蝠精霊シェンが捕らわれ、吊るし上げられている現実に対する口撃をけしかけた。


「輩なネエさん……君がひと種を憎む点は今更弁解の余地も無い故、その罵倒に甘んじるとしよう。けどね——」


「それを差し引いても、怒りしか浮かばないね?」


 放たれた言葉の意を重んじた共にある精霊達が道を開ける。

 その中央を歩みでた賢者少女は言い放つ。

 言葉の羅列へ、——


「そこで今吊るされ、辱めを受けている闇の精霊 シェンはね……まだ一度とは言え共に戦場を駆け抜けた素晴らしき仲間だ。」


「それもそんじょそこらの戦いではない——生態系の頂点と称されるあの古代竜種エンドラ……だよ。」


 飛ぶ言葉の羅列が輩な水霊へと突き刺さる。

 それは素晴らしき仲間と言う点……そして——古代竜種エンドラ討伐と言う点がである。


「……はっ?え——はあぁぁっ!?ちょいと待ちなあんた!今古代竜種エンドラ討伐とか——」


 驚愕が斜め上をぶっ飛んだ水霊は、首の捥げる勢いで吊るしている精霊それの方へ視界をぶん投げる。

 そこにはいつの間にか心細さから解放され、救世主でも現れたかの羨望を単眼に宿す蝙蝠精霊がいた。

 そう——

 蝙蝠精霊にとって桃色髪の賢者はまさに、救世主に他ならなかったのだ。


 今の今まで力無く項垂れていたはずの精霊の変貌。

 それが意味する事をさしもの水霊も理解してしまう。

 精霊たる存在が、ひと種の姑息な精神操作の類に染まらぬのを知る彼女——そんな精霊が口を揃えてひと種を讃える姿は真実を悟るには十分過ぎた。


「ちっ、ちくしょう!いいよ、分かったよ!ったく……どうやらこのアタイが折れるのが筋ってもんさね、こりゃ。」


「このかわいこちゃんが怯えるどころか、救世主でも現れた様な目をしてやがる。つまりはそっちのどチビ――ああ、そりゃ禁句か……賢者の嬢ちゃんが精霊達を強制召喚してないのは明白さね。」


 未だ納得がいかぬ体。

 が――筋をとチラつかせるあたりは、本質的な所では会話が成り立つ精霊であるのが見て取れる。

 ……。


 そんな輩な水霊は怒りの矛先を下げるのと同時に目配せをする。

 察した周囲を囲むニンフも手にした武装を降ろし……法規隊ディフェンサー一行としては連戦かと思われた稀に見る珍事を、事なきで乗り越えたのであった。



∫∫∫∫∫∫



「全く……とんだ面倒を引き摺り込んだと思ったんだからね?シェン。でもまあ、あの黒ジイさんが裏に噛んでるのは想像に難く無い。そこはありがたいと礼を贈っておくよ。」


「キキッ!キキィーーッ!」


 警戒を解いた輩ネエさんが程なくシェンを解放し、よほど不安だったのだろう——シェンが私目掛けて飛び付いて来ます。

 その相変わらずの、抱き締めるだけで至極の時を得られるね。

 などと感傷に浸る前に……事が穏便に進み掛けている眼前の件を優先する事にしよう。


 本っっ当に名残惜しいんだけどね……。


「て事でどうやらこちらの誤解は解けた様だから……さあ、皆戻った、戻った。まだ君達十分な精霊力エレメンティウムの回復を見ていないだろう?特にジーンさんにしーちゃん——」


「二人はと違い本体がほぼ霊体なんだ。無理は禁物だからね?」


「いやいや~~。ミーシャはんが罵られるのを聞いとったら、何やめっさ腹が立って来てな?」


「ふむ……お嬢の今までを知るものとしては、流石に黙ってはおれんかった。許せ。」


 と——取り敢えず養生のために霊体へ変化する寸前まで、私をおもんばかる二人に恥ずかしさしか浮かばず「いいから、行った行った。」と自分でも分かる程に真っ赤になって追い返します。

 それを堪能する二人の風と、便乗した熱い親子はニヤニヤとこちらを見ながら霊体へと姿を変え……再び異なる世界の住人と化しました。


 その一部始終を確認した輩ネエさんも、漸くこちらが精霊に対して危害を加える者ではないとの扱いへ変更しつつ言葉を投げてきます。


「これはアレだな。かわい子ちゃんがアタイに持ちかけた情報は真実だった——つまりはそう言う事だね?」


「キキキッ!キキッキキッ!」


「何だい?シェンはすでに彼女へ、その件についてを報告済みだったと?」


「キキ~~(汗)」


「はあ……それはとんだ行き違いだったね。けど無事で何よりだよ。」


 先の輩なネエさんとのやり取りから、如何いかにシェンがキャッチボールで四苦八苦したかがうかがえたね。

 その私がシェンと雰囲気でやり取りをする様を見た輩なネエさんが、目を見開いて質問して来ます。


「ちょいとあんた!?精霊言語を話すこの子とやり取りが出来るのかい!?そんなひと種聞いた事も——」


「やり取り……と言うほどのものでもないんだけどね。けれど精霊もひと種や他生命種と同じ様に、喜怒哀楽があり……物事を思考する理性がある。」


「それは仲間として共にある、しーちゃんやジーンさんから教わった事だ。それは身振り手振りや言葉への感じ方である程度想像出来るものだよ?。」


「……ほぇ~~。こんなひと種もいるもんなんだねぇ——って……ちょっと待ちな。誰が輩ネエさんだって?」


 驚愕に揺れる輩ネエさんに、シェンとのやり取りが叶う経緯を話す中……もはや定番でもある初対面からの弄りを交えれば——

 ネエさんが凄んできました。


 けれどこちらも言い返すだけの大義名分が揃っている訳で……已む無しだね。


「ああ、それはね――」


「眼前で精霊を人質に取った挙句、その精霊の言い分も聞かずに吊るし上げ……その仲間が吊るされた精霊を助けんと交渉を試みれば、交渉すら聞く耳持たずに「あんたらやっちまえ!」みたいにけしかけて来た、水の精霊ウンディーネさんの事だよ?」


「なっ……ぐ。チッ——こいつは面倒な賢者様だね。。アタイの一番苦手なタイプだよ。」


 ここぞとばかりに口撃で畳み掛ける私。

 それを口を挟む事なく見やる仲間達は、事精霊に対応するためには私がまず矢面に立つとの想いを理解してのもの。

 全く——精霊達も素敵に頼もしいけれど、やはり生命種組の仲間も頼りになる。


 そんな羨望を乗せ仲間達を一瞥していたら……それはある意味お約束の事態が良いタイミングで到来したのです。


 静まり返る一帯へグウゥゥぅと鳴り響いた

 すかさずその犯人をキッ!と睨み付け「ここでなのかい!?」と言葉を贈って置きます。


「うわ……オリアナやらかしたわね。ある意味ご馳走様。」


「レーベンハイト家のご令嬢さんよ……もうちっと?」


「ばっ……!?うるさいわね!て言うか、腹の虫にもお淑やかさって意味わかんないし!?」


「オリアナお姉ちゃん……シリアスブレイカー——乙なの。」


「オリアナさんの腹の虫はシリアスを壊して行くスタイルな感じね。」


「フレー……ペネまで弄ってくるのっ!?」


「と言う訳だよ……。私達との会談を設けて欲しいんだけどね、輩ネエさん。何——別に先のそちらがやらかした分は、構わないよ?」


「……あんたら(汗)仕方ないね!ニンフ共、このひと種を関所内の食堂へ案内してやんな!」


「「「イエス、マム!!」」」


 シリアスは確かにぶっ壊してくれましたが……いい感じに事を丸められる最高の働きを見せたオリアナに賞賛を送りながら——

 輩なネエさん案内の元、ようやく運河関所への立ち入り許可を取り付けたのでした。

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