Act.94 運河を纏めし者、ディネ

「おひけぇなすって!アタイの名はディネと申しやす!生まれは水を司る精霊ウンディーネであり——」


「おおっ!?これうめぇじゃねぇか!」


ひと種を散々嫌ってた割には、ひと種に合わせた料理のお味が中々な感じね。ふむ……淡水魚のアメガナ——なるほどこのまま塩焼きがいい感じなのね。」


「この佃煮、美味……なの。海洋が近いから、フェルデロンド産みたいな味を想像してたのだけど——塩加減と相まったこれは甘み?甘辛な味付けなの。」


「って!?アタイの名乗りを聞かねぇかい!」


「いや(汗)何かこう、凄く不穏な名乗りだからね?ちょっと無視させて頂いた訳だよ。」


「おい、かわい子ちゃん。あんたホントにこんなひと種に希望見てんじゃ無いだろうね。」


「キ~~(汗)」


 満を持して通された運河の関所。

 やぐらを囲む砦の様な物々しさの建物群一角で、ニンフ達案内の元食事にありついていた私達法規隊ディフェンサー

 本来であれば早急にこの運河をさらに越えて北……水の都〈アヴェンスレイナ〉へと向かわなければなりませんが――先の騒ぎへの謝罪も含まれる、振舞われた食事を堪能しています。

 すると意外や意外。

 皆口にした通り、あれほどひと種を嫌っていた輩ネエさんが振舞う美味な食事の数々は流石の予想外。

 そう――輩ネエさんが重要でした。


 そして私達が卓に着くや何やら怪しい感じの名乗りを上げ始めたので、ちょっとばかしシカトを贈呈して置きました。


「ネエさんも知ってか知らずか――今名乗りを乗せた口上は、かの〈アカツキロウ〉でも暗部を根城とする〈ゴクドウ〉とやらが口にする物だよ?」


「我々の知る所の以前遭遇した闇ギルドの〈ブラッドシェイド〉も置き去りにする、任侠を極めたわる集団だからね?少し控えた方がいいと進言しておこうか。」


「なっ!?そうなのかい!?」


「知らなかったのかよ……(汗)」


 知ってか知らずかと前置きしたら、本人全く知らなかったね。

 テンパロットすらも突っ込みを持さなかったよ。

 やから風で面倒なお人かと思いきや、もしかしたら案外可愛い感じの精霊なのかもと察したね。

 譲歩出来ない点だけど。


 眼前に並ぶ料理の数々を見ても分かる事実――ひと種を嫌っている割には受け入れてからの対応がやたらと人情味に溢れている感じがしています。

 そこでさっきの名乗りを思い出せば、あながち〈アカツキロウ〉発祥の〈ゴクドウ〉と言う者達との同列扱いも間違いではないみたいだね。


 〈ゴクドウ〉と呼ばれる者の中には、ただの暴力で人を脅かす集団と義を以ってカタギには決して手を挙げぬ〈ニンキョウドウ〉を極めた義賊の様な集団がいると聞きます。


「ミーシャの思考してる事は、案外当たってるんじゃねぇか?」


「おや?どうやらテンパロットには現在の思考が筒抜けだった様だね。」


 と、思い浮かべていた私は顔にそれが出ていたのか――その手の情報に一番詳しいツンツン頭さんが言葉を寄越してきました。


 そこまでの運びで私は〈アヴェンスレイナ〉に向かうまでの道中は、案外すんなり事も運ぶだろうとの解に辿り着きます。

 恐らく問題はそこから――


 かの〈迷いの森〉と、そこで遭遇するであろう狂気の精霊ヒュリアム〈サイクリア〉。

 今回の依頼に於ける最重要課題が、にわかに私の思考を袋小路へと誘い始めていたのでした。



∫∫∫∫∫∫



 半ば強制的に輩な水霊ディネ作のご馳走にありついた法規隊ディフェンサー

 その胃袋を充分に満たし一時の休息に移行していた。

 なりや行動からは想像も出来ぬ水霊の美味しい振る舞いには、先の蝙蝠精霊シェン拉致の事件がなかったかの如く流されていた。


「ディネさんだっけ?このお皿はこっちでいいの?」


「お台拭きはある感じ?ペネがこちらを片しておく感じよ。」


「ああ、その皿はそっちだ。おっと、ちょい待ちな!布巾は確かこっちに——って……そこの御仁らは片付けに協力しないつもりかい?」


 食後の片付けまで傍観と言う訳にはと、すでに炊事班としての立ち位置が定着し始めた白黒令嬢オリアナオサレなドワーフペンネロッタが腰を上げ——

 手は多い方がいいと食後の手伝いを了承した輩な水霊が声を上げる。

 炊事班の動きを


「しないも何も、私は今シェンの肌触りを堪能している所だよ?あ、彼女の身体に怪我がないか確かめてる所だからね?」


「今、ついでって言ったよな(汗)そっちの騎士は——って気持ち悪い顔さね。なんなんだいあんた達は……はぁ。」


 睨め付ける双眸には明らさまに蝙蝠精霊と戯れる桃色髪の賢者ミシャリアに、水霊含む炊事班のまさに「俺嫁!」的な動きへよだれを滴らせたイケナイ顏のツインテ騎士ヒュレイカが映っている。

 男性陣も炊事班の手際の良さに、敢えて手を出さぬ方向に動いていたのだ。


 そうして食後の片付けも終わりを迎える頃。

 実の所輩な水霊は、その作業中もチラチラある方向をチラ見していた。

 水霊としては悟られぬ様にとのカモフラージュを塗したつもりであったが……

 その様な事を見逃すほど、甘い現実の通用するかの賢者様ではなかった。


 ニヤリと口角を上げた賢者少女はここぞとばかりに口を開く。

 戯れていた蝙蝠精霊すら状況を悟った様に嫌な汗を滴らせるのを尻目に。


「輩ネェさん。ひょっとしてフレード君——ああ、そこの薄いブロンドがキラキラ輝く神官様に興味があるのかい?一応言っておくけど、——」


「ばっ……!?そそそ、そんな事は分かってんよ!ア……アタイだってひと種の性別ぐらいちゃんと判別出来るさね!」


「ふむ……?ほう。なるほど——これはこれは。」


「な……何だよ(汗)」


 しかし――

 いじる方向としては、輩な水霊が男性であるフワフワ神官フレードを女の子に見てのものと思考した桃色髪の賢者。

 が……水霊の返した言葉で想定とは違う弄りが必要な状況を悟る。

 そして、脳裏にキラリと閃きが舞い降りた賢者少女がおもむろに言葉を紡ぐ。

 弄りネタの全容を。


「いや何——あなたのチラ見が、だとしよう。という事はだ……ディネさん?あなたはもしや、——」


「うわーーーっ!うわーーーーっ!!言うんじゃねぇ、それ以上言うんじゃねぇーーーっっ!!」


 水霊を貫いた。

 水の精霊にしてはあるまじき紅潮を顔に浮かべて、両手をブンブン振り回す姿は痛恨の一撃が襲った証。

 完全に桃色髪の賢者の、新顔すらも弄って行くスタイルを見せ付けられた炊事班……白黒令嬢にオサレなドワーフも半目で汗を滴らせ——狂犬テンパロットに至ってはもはや遥か遠くを眺める始末。


 弄り対象にされた当の本人フレードも置き去りに、一行お得意のおバカ騒ぎが最高潮に達しようとしたその時——


「あ……あああ、あんたらアタイをこれ以上——これ以上侮辱するってんならりらららああああっっ!!」


「「「「……えっ?」」」」


 それはデジャブ。

 弄られ慣れしていない輩な水霊の紅潮度合いは、顔所か全身に及び……発する言葉の羅列が嫌なほどに支離滅裂を極め始めた。

 同時に膨れ上がる精霊力エレメンティウムたかぶりを感じた桃色髪の賢者が、もはや定番となった事態到来を悟ってしまった。


「……あーごめん、皆。ちょっとやり過ぎたかも——」


 デジャブは法規隊デシフェンサー一行の思考へ、全く同じ結末を抱かせる。

 それは言わずもがな——超法規特殊防衛隊ロウフルディフェンサーがそこへに刻む、である。


 その惨状は……輩な水霊が発する言葉で、遂に現実の物となってしまった。


『水よ猛れ、荒ぶれ!濁流だくりゅう瀑龍ばくりゅうとなりて……瀑落水龍精アクアリア・ドゥラギックっっ!!』


「「「「うっぎゃーーーーーーーーーっっ!!?」」」」



 その日——

 ひと種を手料理でもてなした輩な水霊により、法規隊ディフェンサー一行は食堂ごと……押し寄せる水流によって関所内広場へと放り出されたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る