Act.87 異獣の群れを穿て!法規隊総力戦!

 すでに並ぶ料理は大半がさらえられ、天然素材由来の簡易食器をまとめて洗うため――近くの沢より水をすくって来たオリアナが……メイド喫茶の店員よろしく食器洗いを始めます。


 ペネが奮う料理補佐の際、メイド衣装の方が落ち着くからと借金してまで購入した新しい作業用のそれを纏いお手伝いしていたのですが——

 言ってて気付かなかったのでしょうか——欠片も見当たらなかったね。


 こちらとしても、新たにお披露目したメイド姿を堪能出来るため事を進めていました。

 デレ黒さんが小気味良い鼻歌混じりで食器を洗う姿は、何やら「俺の嫁!」的な雰囲気を振り撒いており——横にこっそり忍び寄って来たヒュレイカと二人で赤い物を滴らせつつ首肯しあっていました。


「何か、オリアナさんを見る目が怖い事になってる感じね(汗)趣味嗜好もここまで来ると異常な感じだわ。」


「ああ、そうだな。言ってやれよペネ、ズバッと——ってよ。」


 少し離れた場所では、にエサを与えつつ毛並みを整えるテンパロットとペネ。

 お初の旅にもかかわらず頑張ってくれた新たな動物の仲間達を労わりつつ——こちらには労わりなどない辛辣しんらつな言葉を投げています。


 お料理の内、警戒組であるフレード君には冷めても美味しいペネ特製のオニギリとお惣菜を準備しており——

 いつでも彼との見回り交代準備は万端な、次の順番であるテンパロットと私……加えてサラディンがそれに合わせて身支度を整えます。


 ペネとオリアナはすでに炊事部門で大活躍のため……先にゆっくりお休みをと、そのメンツで控えていたのですが——


 明かりのため用意した松明の火も届かぬ街道。

 それもこれより向かう方角にほど近い荒野。

 夜目に遠目が利くテンパロットが……騒つく様な異変を知らせて来たのです。


「おい……これ——マジかよ。」


「何だい?フレード君が夜道の見回り中に、ご馳走となる獲物でも獲って——」


、ミーシャ。でないと、。」


「……はっ?」


 私のおふざけに返したのは、いつもの情けない方の護衛さんでは無い——帝国皇子直下の諜報部隊である忍びキルトレイサーでした。

 同時に……視界の先に必死でこちらへ飛んで来る小さな影を視認した時——


 私は一向へと叫んだのです。


「皆、しーちゃんがこちらへ急行している!フレード君には精霊が出られぬはずの籠を渡していたはず!それが彼女一人で帰って来てると言う事は——」


「何らかの—— 十中八九、異獣の襲撃と見た!すぐに火を消し戦闘準備だ!」


「ミーシャはーーん!ヤバいで……シャレにならんでっ!?魔の街道から異獣の大群が雪崩れ込んで来たんやーーっ!!」


 こちらが声を上げるが早いか、しーちゃんの慌てふためく言葉が遠方より響き——

 同時に皆の気が一層引き締まります。


「見回り、正解な感じね!」


「そうサリ!やっぱりこの先は危険サリ!」


「ファッキン……だがここはかなり距離があるはず——」


「……って、もしかして——活火山ラドニスでの竜討伐がこっちにも影響してるとか!?」


「止めてよヒュレイカ……。それ絶対ビンゴだし(汗)」


 それぞれの考えを口にしつつ、素早く武器を取る信頼に足る仲間達。

 直後——しーちゃんの素早き連絡と、後で聞いた異獣の群れを足止めしていたジーンさんにフレード君のお陰もあり……食事中を襲撃される事態だけは免れた私達は対異獣戦へと突入します。


 先の古代竜種エンドラとの戦闘に続く……法規隊ディフェンサー全員による総力戦へと——



∫∫∫∫∫∫



 ハイヌ街道にほど近い開けた街道付近。

 先にフワフワ神官フレード巨躯の精霊ジーン残念精霊シフィエールを退避させたそこにて――

 すでに一人と一柱の足止めでは限界が訪れていた。


 それもそのはず――

 足止めに徹する神官と精霊を囲む様に襲い来る異獣は、総数にして五十を数えていたのだ。


「ジーンさん、これ――いくら何でも多すぎる……なの!こんな数の……わっ!?」


「油断するでないぞ、フレードよ!これはまさに、上空からのステュムパリデスと地上のヘルハウンド――数と速度に物を言わせた群れ成す狩りに等しい!」


「虚を突かれれば一瞬でこやつらの餌食ぞっ!」


 荒ぶる風の障壁を纏い巨躯が咆哮する。

 風車の様に銀戦鎚ウォーハンマーを振り回す少年も、善戦を見せていた。

 風の上位精霊らしく剛腕に爆風を待とう巨躯の精霊は、天空から銅のくちばしで襲い来る怪鳥を払い除け――銀戦鎚ウォーハンマーの旋回に任せた縦横無尽の立ち回りで、フワフワ神官も大地を疾駆し襲い来るヘルハウンドを尽く打ち散らしていた。


 だが彼らが察したこの異獣襲撃の惨状は、一行が経験遭遇した異獣戦のいずれも凌駕する異常が其処彼処に散らばっていた。


「異獣襲撃の群れは通常良くて数匹……それも単種の群れ程度ならばお嬢より聞き及んだ情報――」


「しかしこれは何だ!?確かにフレードの申した様に、複数の種が入り乱れて群れを成すなど――しかも数を数えただけでも五十は下らぬ!」


「そう、なの!やぁっ!……って、数が多すぎて――さばき切れないの!」


 フワフワ神官は流石に正統魔導アグネス王国警備隊へ所属する身。

 相手が異獣であろうと訓練された法術隊式の戦闘術は、地を疾駆する巨大猛犬にも劣らない。

 が――彼にしても眼前の異獣の総数は、経験した事のない群れであった。


「……!?フレードよっ!?」


「なのっ!?」


「ぬおっ!?」


 未経験の恐るべき群れは、さしもの法術隊神官にさえ危機的状況を呼び……咄嗟に風障壁を少年へと展開した巨躯の精霊。

 が――襲い来た怪鳥の攻撃で精霊自身にしても珍しい傷を負う。

 実態化しているとは言え、身体を構成するは紛れもなく風の精霊力エレメンティウムである巨躯。

 傷の増加は、実体化と言う本来精霊には負荷のかかる状態へ悪影響を及ぼしかねないのだ。


「ごめん、ジーンさん!油断した、なの!大丈夫!?」


それがしの心配よりまず己を心配せよ、フレードよ!これしきの傷で実態化が揺らぐなど、それこそ上位精霊の名が無くと言う物――ぬぅおおおおっっ!」


 元来人種ひとしゅを監視する役目を担う精霊が、人種それの危機を庇うなどはあり得ない。

 だがしかし――同じ主に同行し、守る護衛として歩む少年を庇う事に……巨躯の精霊は何の躊躇ちゅうちょもしなかった。

 それは賢者ミーシャと言う――それと供にある者は皆、すでに巨躯の精霊に取っての家族であり仲間であると言わんばかりの気概であった。


 かすり傷をしたり顔で問題なしと神官少年へ送った巨躯は、直後……纏う爆風のまま怪鳥の群れへと突撃し――

 その突撃をまともに受けた怪鳥の数匹がまとめて地面へ叩き付けられる。

 法規隊ディフェンサーが誇る神官と精霊の戦いは一見善戦に映る。

 が……数以上に脅威である速度——特に疾駆する猛犬ヘルハウンドの体躯に似合わぬ俊敏さが、禍々しき怪鳥ステュムパリデスによる空中よりの襲撃脅威度を跳ね上げる。


 異獣が群れを成す。

 それも異なる種同士が争う事も無く。

 この事実は単なる異獣遭遇戦と言う状況へ、疑問符を打ち込むには充分であり――

 そんな事態を悪化させる異変を巨躯の精霊とフワフワ神官が目撃した。

 ……してしまったのだ。


「……ジーンさん!?あれは――大変なの!」


「ぬうっ!?なるほど、そういう事か!」


 足止め組みの眼前を脅かした物――それは、すでに現状の数で押される異獣の群れへの増援。

 さらにその後方へ、忍び寄っていた。


「あれは下位の魔族に連なる魔獣 〈ジャバウオック〉!どうやら新世代の時代に現れたのは、新種の異獣ばかりではなかったようだな!」


「ジャバウオック……それは確か、精霊界と対なる世界――魔界から実態化した魔獣、ってことなの!?古代竜種エンドラよりタチが悪いの!」


 最後方に迫る脅威で精霊と神官少年は悟る。

 かの〈ギ・アジュラスの砲火〉はまさに、この赤き大地ザガディアスへ世界的な異変をもたらす引き金を引いていたのだと―― 

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