Act.86 異獣の巣窟、ハイヌ街道を抜け

 夕闇――

 アーレス帝国標準制定時刻で21:00を前に、私達は火山帯を抜けた先……ハイヌ街道の危険地帯に入る前の岩場を見つけた所。

 周辺へ魔術的な結界を展開する私と野営用のテントを張るテンパロットにヒュレイカ――そして料理担当のペネとオリアナが石を組み上げたかまで、遅い夕食準備に取り掛かります。


 加えてしーちゃんとジーンさんに付き、フレード君が周囲の警戒を買って出てくれていました。

 ああ――私としても、最近精霊召喚サーモナー・エレメント術式に於ける初級召喚術鍛錬がおろそかな事もあり……しーちゃん達にはちゃんと術式展開の後に出てきて貰いました。

 そうやって人が術の研鑽に暮れている所に、しーちゃんの「いちいちここから出て来るんはメンドイわ~」と言う心無い言葉を受け――漏れなく彼女を、使フレード君に預けた訳ですが。


 ついでに火起しにはサリュアナ達が協力を申し出てもくれましたが、流石にそんな事で精霊力エレメンティウムは消耗させられないと――テンパロットが便利道具の自動火起しを使用した所です。


「サリ~~!アーレス帝国の街ではこんな便利な道具を売ってるサリ!?あーしびっくりしたサリ!」


「そういやサリュアナは、このライティング・ジッパーは見た事もなかったな……ファッキン。」


「なんなら見てみるか?ああ、火は付けない様にな?お前さん達は言わば火種……このジッパーは中にあるオイルを吹く原理だから、油断すると消し炭になっちまうぜ?」


「き、気をつけるサリ(汗)」


 便利道具に興味深々なサリュアナを見やる私。

 何か違和感があると思ったら、まだサリュアナに愛称をあげていなかった事に至り——結界を展開し終えた私はそれとなく切り出してみます。


「そう言えばまだ、サリュアナに愛称をあげていなかったね。どんなのがいいかい?」


「サリ?愛称サリ?う~ん……よく分からないサリ。」


「愛称?賢者ミーシャはそういや、精霊を皆愛称で呼んでいるな。」


「そうだね、精霊との意思疎通を容易にするための手段ととって貰って構わないよ?サラディン。ああ、。今決めた。」


「……それはケンカ売ってんのか(汗)?てか——そもそも俺の名前がどこにも入ってねぇだろ、ファッキン。」


「パパはサリ!?いつもしてるみたいで、かっこいいサリ!」


「よし!賢者ミーシャ、俺はそれで行くぜ!」


「「「「チョロい……(汗)」」」」


 説明のどさくさでサラディンが入って来たので、ついでに弄る感じで名付けたらムッとした燃え親父さん。

 しかし直後に幼き娘の純真な思いが炸裂するやを披露します。

 思わず作業中ながらに突っ込む一同……そしてグッジョブ!愛娘!


 と……思考しながらふと偶然脳裏を過ぎった名前を、サリュアナへと贈る事にしたのです。


「サーリャ……サーリャ!うん、これが良い!どうだいグラサンにサリュアナ!?」


「サーリャ……だって?」


「サーリャ、サリ?」


「「「……か——可愛いぃぃぃーーっ!!?」」」


「って、何で君達が反応してるんだ(汗)」


 思いついた愛称はサーリャ。

 この上なく絶妙な名を発案したと思ったら、本人を差し置いて反応するおバカ騎士とロリドワーフに……デレ黒さん。


 半目でそちらを一瞥しつつ炎の親子へ視線を戻せば——ウルウルの瞳で私を見つめる小さなマスコットが視界を占拠します。

 止めないか……危うく一瞬で堕とされる所だったじゃ無いか(汗)


 今までのではない、がこちらを見つめる姿は壮絶なる破壊力を有していたね。

 すでに可愛いと合唱した女子メンバーズが、堕とされてトロトロになってるよ。


 んでもって、愛娘の愛称が——

 いえ……と言うよりは、——並々ならぬ感慨を浮かべる熱い親父さんがそこにいたのです。

 それは言うに及ばず、精霊である彼らが受けたひと種からの仕打ちへの恐れ——忌まわしき過去を忘れさせる暖かな今を噛み締めての物だと……私も悟ります。


 愛称は兎も角としても、同じ男性として思う所のあるであろうテンパロットも……そんなグラサンを尻目に愛称贈呈の案はベストだ——と、私へ目配せで示してきます。


 そんなやり取りを程なく終えた私達。

 まだハイヌ街道へは距離もありますが……万一に備えた結界の中で、遅めの夕食と洒落込んだのです。


 オリアナがメイド業務の経験を活かしつつ補佐して生まれる、ペネお手製の野営料理の数々は簡素ながら絶品そのもの。

 トロけ落ちた思考……そこへ今度は——街道を行くための英気を養います。


 私自身もここならば、——それはもう高を括っていたのです。


 そう——人はそれを慢心と言うのでした、チャンチャン。



∫∫∫∫∫∫



「参った、なの!」


「うむ、これはちと如何ともし難いな!」


「つかフレードはん!ウチを早よ籠から出してんか!?」


「ダメ、なの!この異獣は……小さな精霊を優先して捕食する種類——しーちゃんさんは危険、なの!」


「何やウチが霊量子体イスタール・バディへ変異できん思たらこれ、やん!? ミーシャはんにハメられた!」


「籠だけに――なの!?」


「フレードはんがボケた!? それは突っ込み待ち言う事やな!? そうなんやな!?」


 それは周囲警戒に当たっていた警戒組のフワフワ神官フレード巨躯の精霊ジーン……そして籠に入れられたままの残念精霊シフィエールを襲った事態。

 ハイヌ街道は確かに数kmカスミート先である——が、警戒を怠らぬ賢者ミーシャの読みを上回る状況が見回り組を焦燥させた。


「許せよ、シフィエール!お前の事だ……迂闊に飛び出て異獣の餌食となる事態を想定し、お嬢に頼み準備してもらった籠だ!だが——」


「この状況……思わなんだがな!」


 見回り組を取り囲むは異獣の群れ。

 しかしハイヌ街道のど真ん中ならいざ知らず……街道に至らぬ場所で街道そこ跋扈ばっこする異獣が群れを成す事態は、法規隊ディフェンサー一行と旅を共にして来た巨躯の精霊とて初めてであった。


 群れ成すその一角……飛来する異形はステュムパリデス。

 青銅のくちばしと猛毒の糞で人里に害を及ぼす禍々しき怪鳥。

 一行のウチ、白黒少女オリアナ英雄妖精リドが出会ったガラッサルバードに並び害獣指定された異獣であり——ハイヌ街道が通る森を住処とする。

 そして地をハヤテの如く疾駆する獰猛なる異獣はヘルハウンド。

 剥き出しの牙で襲い来る猛犬は、同じくハイヌ街道をねぐらとしているのだ。


 そのいずれも赤き大地ザガディアスの歴史では新世代——世界中で知る人ぞ知る〈ギ・アジュラスの砲火〉が大地を焼いた時期から、突如として出現した害獣指定異獣だった。


 さらにこの大地で知られる生態情報としては、それら異獣が霊的な存在を捕食し種族的な急成長を取っているなど……生命の営みを送る者にとっては危険極まりない現状が発生していた。


「飛行の叶うメンバーで、不幸中の幸い……なの! ジーンさん、風障壁で足止めお願いなの! 」


「うむ、心得た! それがしが障壁を盾とし時間を稼ぐ故、シフィエールを頼むぞフレード殿! 」


「お任せ、なの! しーちゃんさんは、ここから離れた後はボクらに構わず……ミーシャお姉ちゃんに緊急事態の報告——お願いなの! 」


「ちっ! また連絡役かいな……まあしゃーないわな! ウチも食われてお終いは、流石に消えても消えきれんわ! 」


 囲む異獣の群れを遮る様に、風を纏う巨躯の精霊が豪腕をかざすと——


風瀑霊陣エアリアルコートっ! 禍々しき群れよ、ここより先は通さぬぞっ! 」


 街道の闇夜へ暴風が吹き荒れ、広域へ風の風障壁が展開される。

 それを合図とし……フワフワ神官が銀の相棒メイスへと祈りを注ぎ、そこへ優雅に腰掛けるや風を裂く様に飛び去った。


 神官少年が危険区域を抜ける様を一瞥した巨躯の精霊。

 障壁前に立つ姿は法規隊ディフェンサー一行と長らく旅した大らかな姿ではない——精霊界で言う風の上位精霊である荒ぶる魔人、〈ジン〉そのものであった。


それがしも最近では護衛ばかりが板に付いて来た所、だがこの腕が鈍るはその護衛にすらも支障を来す。ならば久々に——」


 巨躯を覆う風が嵐の如く周囲を吹き散らし——


「風の上位精霊 ジンとして、存分に暴れさせて貰おうぞっっ!! 」


 上位精霊の真価を見せ付ける様に、荒ぶる風の魔人が一騎当千の足止め戦へと移行していくのであった。

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