Act.85 都の守護者、水の精霊ウンディーネ

 水の都〈アヴェンスレイナ〉への道のりは、休火山デュナス活火山ラドニスの合間を抜けるトロス街道と……火山帯を迂回するハイヌ街道が存在する。

 魔導機械アーレス帝国が制定した距離単位で言うkmカスミートに換算すれば、フェルデロンドからトロス街道では軽く見積もっても70kmカスミートの道のりを行く。

 対し……ハイヌ街道は火山帯を迂回する最短ルートであり、さらには距離にしても30kmカスミート前後となって40kmカスミート以上も早く辿り着く事が叶う。


 しかし——帝国首都へ抜ける正規ルートはトロス街道であり、火山帯は兎も角それ以外の道は整備され……異獣被害を考慮し近隣集落周辺へ帝国所掌の警備隊詰所が備わっていた。

 言うに及ばず、近道となるハイヌ街道はそのいずれも存在していない魔の地帯。

 さらにはその先に水の都アヴェンスレイナへと通じる運河が存在し、その運河を守護する者が都へ入り込む異獣への睨みを利かせている事で有名であった。


 その睨みを利かせる者こそかの水の精霊——ひと種とは、風の精霊以上に親しき間柄であるウンディーネであった。


『主も本当にお人が良いですキ。ワザワザあの懐柔し易い様な次善策を打つなんて……法規隊ディフェンサーは信頼されてますキ。』


 蝙蝠精霊シェンは長き道のりも、浮遊の叶う体躯で難なく移動が可能である。

 が、法規隊ディフェンサー一行が魔の地帯を行くと想定した英雄妖精リドの指示のもと——ハイヌ街道をバッサバッサ滑空していた。

 と言うのは、その地帯をあの小さな体躯でか弱く飛行していたならば獰猛な異獣の餌食ともなり得る——故に彼女本来の姿で街道を進んでいた。

 異獣の中に精霊の姿隠しすら感知する魔法生物が近世代より存在している故である。


 まさに彼女の思惑通り――

 中型異獣の類……それも魔法生物に属する異獣が、大きく異形とも言える蝙蝠精霊本体を視認するや近場の森林へ警戒する様に逃げ込んで行く。

 翼を広げた全幅6mに達する体躯は、有する異獣除けの効果をまざまざと見せ付けていた。


 その体躯から来る飛行速度の増加もあり、半日と立たずに水の都アヴェンスレイナへ通ずる運河付近へと差し掛かる蝙蝠精霊。

 ようやく巨大な体躯を元のマスコットよろしくな姿へ戻し姿隠しを発動する。


「キッキー。」


 そんな蝙蝠精霊の視界には堅固な造りの砦が飛び込んだ。

 街道上の魔の地帯を抜けた先には運河への通行に際し、通行許可を取り付けるための関所が設けられ――しかしそこへひと種の気配すら存在しない巨大な施設が全容を現した。


 火山帯から北に向けて流れ出す河川は、赤き大地ザガディアスでも稀に見る大河へと繋がっている。

 その大河が〈東イザステリア海〉から〈西イザステリア海〉へと繋がる、言わば海洋横断の近道となる航路が存在していた。

 それが生まれた目下の理由としては、東西の海洋を大きく迂回した際いずれもかなりの遠回りとなり――且つその航路が暗黒大陸が擁する絶海イグザロス近海を通る事となる故だ。

 

 特に近年絶海イグザロス近海で目撃が多発する大型異獣の群れを前に、自らその地獄へ乗り出す船乗りなどおらず――結果その大河を航行する船で帝国が賑わう事となっていた。

 だがあくまでその大河は淡水であり――そこへ精霊が力添えする事で、淡水である大河を海洋船で航行する事が叶う。

 まさに精霊とひと種が、持ちつ持たれつの良好な関係を築いていた。


 蝙蝠精霊が辿り着いた運河は即ち、東海からの船舶を受け入れる大河の関所と言うべき場所である。


「キー……キキ?」


 人の気配が感じられぬそこで——蝙蝠精霊は感知する。

 ひと種とは違う感覚……ともすれば蝙蝠精霊と同様の精霊か、近しい感覚が彼女を襲うと——

 前方にたたずむ運河を見渡せる物見やぐらより声が響いた。


「あら~~誰か思たらじい様んとこのじゃねえか?アタイの前にその面見せられるって、その神経を疑うわ。」


「キキッキッキッーー!?」


「あー……お前、通訳せいや。」


「はっ!あねさん!シェイド様いわく……「それはもう昔の事ですから忘……」——」


「忘れいでかーーーっっ!!」


「まだ途中ーーー!?」


「……キ~(汗)」


 響いた声の先に水しぶきが巻き起こると、人型を取るや高圧的な言葉をかけて来る影。

 それは流水をまとう美女精霊 ウンディーネ——だがその双眸は、切れ長且つ睨め付ける様な眼差しで蝙蝠精霊を見下していた。


 が——

 精霊同士ならばやり取りが叶うはずの蝙蝠精霊の言葉を、そばに現れたお付きと思しき人型妖精へ通訳を依頼……訳す途中で怒鳴りだす。

 その展開を予想していた蝙蝠精霊も嫌な汗を吹き出していた。


 嫌な汗もそのままに、事情説明を続けんとした蝙蝠精霊だが——それを取り囲む様に複数の影が周囲へと近付いていた。

 流水の美女が引き連れるお付きの妖精に似たそれらは、様々な魔法武具と思しき得物を手にしている。


「キキキッ!?キキッキキッ!」


 状況が悪い方向へ突き進むと悟った蝙蝠精霊は、穏便に事を進めたいと羽を羽ばたかせ必死に身体で表すが——


「……ったく、ひと種との接触が長すぎて精霊言語が理解できやしねぇ。アンタ、通訳!」


「は……はいあねさん!「一先ず落ち着……」——」


「これが落ち着いてらっれかーーっ!!」


「ディネのあねさん、喋らせてーーっっ!?」


 すぐさまお付のニンフが通訳――する暇すら与えられず、またしても怒号が飛んだ。


 せっかちを地で行くディネと呼ばれた流水の美女は、すぐ様平静を装い咳払うと——クイッと上げられた顎を合図に蝙蝠精霊を囲んだ妖精らが動いた。


「いいかい、ニンフ共……このかわい子ちゃんは人質だ。あのじい様は、大方また信用ならねぇひと種を差し向ける腹だろうが——」


「アタイがそう易々と折れると思われるのは我慢らなねぇ!」


「キキキーーっ!?」


 水流の美女ウンディーネ——否、輩な美女ディネが吠えるや妖精ニンフの群れが一気に蝙蝠精霊を捕縛にと走る。

 蝙蝠精霊としても迂闊に抵抗すべきではないと、止む無く静かに捕らわれの身となり項垂れた。


 主の役に立てぬばかりか、希望ある法規隊ディフェンサーへ無用のトラブルを誘い込んでしまった事を悔いる様に——



∫∫∫∫∫∫



「さあ皆準備は整ったかい?今回はかなりの距離を行くから、野営の備えも忘れない様に。」


「「「「おーーっ!」」」」


 連星太陽はすでに落ち、暗がりの街道を魔導機械式の電灯が照らし出す中……私達は帝都であるアグザレスタ南に位置する迷いの森——そのさらに南である水の都〈アヴェンスレイナ〉への旅路へと入ります。


 すると未だ疑問を引き摺る白黒さん……いや?が質問を投げてきました。


「あの~~ミーシャ?ずっと疑問だったんだけど、アーレス帝国はもっと異獣に対する治安は良かったと記憶してるんだけど——」


「ワザワザ昼夜逆転させて旅路に着く必要なんてある訳?」


「ああそうだね。確かにアーレスへの正規ルートとなる街道は防備も宿も万全——旅人も安心して行けると評判だよ。けどね——」


「これから進むルートはそこより近道となる道だ。しかし……いつ異獣が出てもおかしくはない。故にその近隣までに野営し、一番危険な街道区画を朝昼に通過する算段なのさ。」


「あ~~なるほどね。理解し——ん?」


 取り敢えずの説明に納得するも、遅れておかしな点に引っかかる様ではまだまだとも言える

 周りの皆もあえてそれを放置する様に見守ります。

 て言うか、皆反応だね(汗)。


「ちょっと待って……それっていつ異獣に襲われてもおかしくはないって事よね?」


「少し気付くのが遅いけど——有り体に言えばそうだね、。」


「いやそれ危険じゃない!?何でそんなルートを選んで——って、誰がデレ黒じゃい!?て言うか何をどう略したらそうなるのよ!?」


刹那レベルの反応だね(汗)。、シンラストーリーを歩む事となった白とのメイド服が似合う元黒の武器商人ヴェゾロッサのオリリンにゃあ☆ を略したまでだよ?」


「名前、長っが!?」


「おや?しか入っていなかったか。」


「……皆さんいつもこんな事やってる感じね(汗)」


「じきに慣れるわよ。」


「慣れる、なの。」


「だな。」


 弄られるのが定番となりつつあるデレ黒さんを他所よそに、ニヤニヤとニヤける我が法規隊ディフェンサー一行は……言葉には出さないけれどオリアナへの暖かな視線を送ると——いななくボジョレーヌとフランソワーズを撫で上げ出発準備に入ります。


 それを確認した私は少々付け加える旨があるため、一行を見渡すと——


「それと、皆に行って置く事があるからよく聞いてくれるかい。今回の依頼はリド卿からの物であり——それが絡み。」


「即ち異獣などとの戦闘が発生した場合は、そのつもりで。いいね?」


 重要点を放った私を見返して来る皆の双眸は、百も承知との意思を宿します。


 オリアナの養子縁組を終えてこちら、リド卿が別行動を取った事で皆も知り得たと言った所でしょう……その辺はやはり流石は信頼に足る仲間と賞賛を贈って置くとし——

 諸々の荷物も準備した荷車へ積み終わったのを見計らい、新たなる冒険の開始を告げるとしましょう。


「ではフェルデロンドから火山帯麓の村を経由し——向かうはハイヌ街道。そしてその先である迷いの森への通過点……水の都〈アヴェンスレイナ〉が目標だ。いざ!」


 そして程なく、フェルデロンドを後にし暗がりが増す街道を東へと歩み始めた私達。

 その先にある水の都で、まさかの蝙蝠精霊さんが人質に捕らわれている事など知る由もなく——意気揚々と新たな冒険の旅路に着くのでした。

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