Act.88 異獣を率いる魔獣 ジャバウオック

 闇夜に紛れる二筋の眼光。

 その背に巨大なる蝙蝠とも思える翼を広げ――

 長い鉤爪かぎづめと口元を怪しく飾る無数の牙を晒し、その脅威は咆哮を上げる。


『ウゴオオオオオッッーーッッ!!』


 宵闇も近い街道へ響いたそれに応える様に、異獣の群れが戦列を組んだ。


「ボクは、守備隊への配属前――少しは実践経験も積んだ、なの。けどこんな……魔族系魔獣の指揮する異獣の軍勢――そんなものの相手をした事は、一度もないの!」


「案ずるな……と言うのはいささか変であるな。どの道この様な異常事態は、世界の名だたる軍備を有する国家でもまずない事だ!」


「そんなは、いやなの(汗)」


 今まで数に任せて襲い来た異獣の動きが、突如として精度を増すや――

 闇夜の天空からは編隊を組んだ禍々しき怪鳥ステュムパリデスが……そして地上を疾駆する猛犬ヘルハウンドが隊列を組んで襲い掛かる。

 さしもの巨躯の精霊ジーンフワフワ神官フレードすら、劣勢を覚悟せざるを得なかった。


 だが――


 そんな脅威を眼前に捉えるはずの巨躯の精霊が、したり顔で最後方の闇夜の魔獣ジャバウォックを睨め付けた。


「ふむ……どうやらお主はこの程度の異獣の群れで、我等を狩る事が叶うと思考している様だな。くくっ――」


「笑止っ!!このそれがしの如き上位精霊が、何の気まぐれでこの様な場所で立ち回ることがあろうか!その事に気付けぬ様ではまだまだ魔族とやらも大したモノではないな!」


 鋭き眼光はまさに大自然の脅威を体現せし者。

 さらに放った言葉には魔族すら眼中に無きとの煽りをまぶした。


「その通り、なの!至高神ソート様はこんな状況下ですら……何を諦める必要があるのかと笑っておられるの!それはボク達が、何がために戦いを成しているか理解しておられるからなの!」


 巨躯の精霊の煽りは隣り合って防衛線を張る神官少年にすら火を着ける。

 負けじと叫んだ可憐であるも凛々しき咆哮は、闇夜を自然と聖域へと変えて行く。


 足止めに徹した者達はすでに察している。

 遥か自分達の背より駆けるいくつもの足音を。

 自分達が何のためにここで奮闘したか……その意味を刻み付ける頼もしき進軍の足音を――


 その刹那、背後より一条の轟音と大気を裂く炸裂音が木霊する。


超振動ビブラス精霊同調スピリア精霊界励起エレメタリオス……舞う風よ、疾き調べを雷精へと昇華させん——』


疾駆雷精衝波ゲイル・レイヴァースっっ!!!』


 風の上位術式。

 精霊への影響を考慮する故中位以下の威力に落ちるも、それは大気へ螺旋を描き――直線状の異獣を掃き散らす様に放たれた。


「馬上からの射撃なんて初めて――って、この狂犬っ!変なトコ触んないでっ!」


「ばっ!?文句言うならここから叩き落すぞ、このガンメイド!」


 同時に反対側の異獣の群れへマズルフラッシュをともない、物騒な得物ガルダスレーヤが弾丸の雨を撒き散らす。

 上空の禍々しき怪鳥数匹が、瞬く間に餌食となって地面に叩き付けられた。


『ゴアッ!?』


 闇夜の魔獣も一瞬表情を強張らせる。

 魔獣としてもこの異獣の大群を前にすれば冒険者などは言うに及ばず、国家の軍隊さえも撤退に追い込めると高を括っていた。

 だが今、眼前の冒険者として取るに足らない神官と一柱の精霊――それを援護する様に二頭の馬で駆け付けた疾風の如き援軍を目撃してしまった。


 そう――その闇夜の魔獣は知り得ない。

 魔獣としては古代竜種エンドラが命を落とした事を悟るや、その隙に乗じて異獣を操り赤き大地ザガディアスへ侵攻せんと繰り出していた。

 それがまさか、命を落とした古代竜種エンドラ……己の前に立ちはだかるなど想像だにしていなかったのだ。


「さすがは鍛えられた軍用馬ね!人を三人乗せてこの速度――フランもやるじゃない!」


「ブルルルッ!」


「それはまあ、――って、ペネは小さくない感じ!?」


「……ペネ。私の突っ込みの役を奪わないでくれるかな(汗)?まさかのノリ突っ込み――出鼻をくじかれ、ちょっと口をパクパクさせてしまったじゃないか。」


 足止め組みの背後より、頼もしくもシリアスになりきれぬ問答の荒れ狂うそれが増援となって駆け付ける。

 つまりは――かの法規隊ディフェンサー本隊が駆けつけたのだ。


「これで形成は、逆転――なの!」


「その通り……!では望まれぬ異界の住人よ……特と我等が誇るひと種の希望との一戦――味わって行くが良いっ!!」


 足止めに素早き連絡網。

 この闇夜の魔獣眼前に現れたのはただの冒険者などではない。

 ドラゴンスレイヤーの名に違わぬ実力と未来を兼ね備えたそれらは、この魔導機械アーレス帝国でこう呼ばれる。


 超法規特殊防衛隊 ロウフルディフェンサーと――



∫∫∫∫∫∫



 駆け付けた私達はさすがにギクリとしました。

 異獣が群れ成してとは、しーちゃんから聞き及びましたが――

 総数が五十を超え……さらなる増援に加え、あまつさえ魔族に属する魔獣が最後方へ控えていたのですから。


「いやぁ、しーちゃん……情報と違うのではないかな!?どう見繕っても聞いていた数を上回っているんだけど!」


「なんやて!?ウチがそんな情報伝達のミスを犯すや思うて――ホンマや(汗)……つか、あんなは知らんがなっ!?」


「ふえぇ~~こんな異獣の群れ……あたし達も遭遇した事のない数よっ!?」


みたいな感じねっ!」


「よさないかペネ(汗)その語呂は、きっとこの上なくよくない並びだから……!」


 などと下らない会話を混ぜつつも、置かれた状況分析に入ります。

 すでに眼前に捉えるジーンさんとフレード君――よくもまあこれだけの数の異獣を相手取って持ち堪えた物だと感嘆すら覚えるね。

 ジーンさんの本気は私にとってもめずらしく……しかしこの様な時こそあの風の上位聖霊の真価が発揮される訳で――

 むしろそれに追従するフレード君の、アグネス王国守備隊としての実力には賞賛すら浮かべる所だよ。


 しかし増援とおぼしき数が彼らを疲弊させているのは事実であり……オリアナの馬上ガルダスレーヤ乱撃が間に合ったのは間一髪とも言えます。

 言うに及ばず私が放った風の上位術式は――そこには期待もしていなかったけれど、支援としては上々です。


「じゃあペネはフレード君達の援護に当たる感じね!」


「ああ、よろしく頼むよペネ!数の上にやたらと速度が乗る進撃だ……これでは私も術式展開の間もあったもんじゃない――」


「しーちゃんはさんの餌食にならない様私の傍へ!ヒュレイカはこのまま馬上からを迎撃――数の優劣と状況によっては精霊共振装填だ!馬上からの大剣グレートソード攻撃でも、これだけ魔犬がデカいと的にも困らないだろ!?」


「心得たでっ!」


「まっかせなさい!」


 素早く戦力分担を伝えると、ペネが舞う様に馬から飛び降り旋風の如く振り回したロッドでデカ犬を襲撃。

 しーちゃんは極力このフランが駆ける周囲に止まらせ――ヒュレイカが振るう疾風の斬撃でデカ犬とバカ鳥を片っ端から叩き伏せます。


 さらには視界の先で、オリアナが馬上射撃で確実に上空のバカ鳥を撃ち落としながら……テンパロットもボージェを華麗に操りつつ――投擲ダガーで急所を狙い撃ちます。


 が――実質この数を相手取るには、が不足している私達。

 けれど肝心の私はそんな都合のいい術式は持ち合わせては居ない訳で――


「あとは後方――炎が舞う親子に任せたからね!」


 そうです。

 いくら数を仕向けたからとて、事前情報がある程度入手出来たならば対処のしようもあると言う物――異獣の増援と後方のデカ物は兎も角……最初の団体さんを出迎える準備はとどこおりなく進めていました。


 すると私の前もって打ち出したタイミングに合わせて――

 背後から闇夜を煌々と照らし出すが渦巻いたのです。


「ファッキンっ……こいつぁすげぇ数だな!だが、森を抜けてこんな燃える物も無い街道へ進軍したのは間違いだったぜ!?お間抜ヤロウ共!」


「その通りサリ!パパとあーしの全力の火焔撃――素敵な主様のオリアナさんとミーシャさんのために、ぶっ放しちゃうサリっ!!」


『『火焔大蛇瀑流ブレイジア・パイソンっ!!』』


 そして――

 囲んで獲物を一網打尽にするはずのバカな異獣さん達は、見事にその火炎蛇竜に巻き込まれ……あっという間に増援を含めた異獣の群れの多くが一掃されたのでした。

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