Act.79 新たなる依頼前のバカ騒ぎ

 殿下にジェシカ様からと切なる願いを聞き届けた私は、依頼の旨を護衛一行に告げるため当てがわれた部屋へ足を向けます。

 ちょっと足早になるのはこの豪華なホテルで、をやらかさないかが心配な事もありますが……依頼その物のため早々の身支度を整える点も含まれていました。


 何より優先すべきはオリアナの身分証明を立てる諸々の手続きです。

 世の中どう転がるか分からない物——あのオリアナがまさか貴族への養子として迎えられる異例の事態。

 彼女の身の上を案じる者としては、この上ない僥倖とも言える今回の展開。

 加えて——今フレード君が本来私達と同行する理由への、ひと段落とも言える対処が待っていたのです。


「このバカっ広い廊下ならば何があっても遠方から確認出来る所、まだ何も起きていないのは幸いだね。けど早急に皆の所へ向かわないと……——」


 一人で歩くには広すぎる豪勢極まりない廊下。

 足元の絨毯じゅうたんにすら煌びやかな刺繍が施され、足音すら掻き消す質感の高さに舌を巻く所——私達にあつらえられた大部屋が見えて来ます。


 このお部屋と来たら——

 団体様である所もさる事ながら、まさかの一部屋で男女を分けられる程に広い間取り。

 それこそ軽く一軒家がそこに入っていると錯覚するほどです。

 もしこんなお部屋をいつもの食堂の如く吹き飛ばしたならば、


 それを思考し、無事なお部屋に胸を撫で下ろす私の視界へちょうど部屋を出たオリアナが目に止まります。

 ——それも何か妙に慌てた感じで……——


「ちょっ……だから!?近寄んな、この!」


「いえ、私めはとなりたくこの様に恥を忍んで——」


「ウザイっ!キモいっ!!近寄んなっっ!!!」


「ああ、もっと言ってくださ……ぶぎゅっ!?」


「ああすまねぇな、オレも今しがたマジでキモいと思ったぜ?ヒュレイカ。ちょっとその手の冗談は笑えねぇな。」


「うぐっ……あんたの足は望んでいないのよ。どけなさいよ、その汚い足を……!」


「何をやっているんだい、君達は……(汗)」


 オリアナが慌てていたのはその眼前で、何やら頭を床に擦り付け媚びるヒュレイカがおり――そんな彼女らのやり取りで察してしまったね。

 それには流石のテンパロットもドン引きで、ヒュレイカを踏み付け軽蔑の眼差しを送っています。


 すると部屋の奥で嫌な汗に塗れる見目麗しい二人——フレード君にペネが説明を口にします。


「オリアナお姉ちゃんが、御貴族様になるって聞いて——ヒュレイカさん……ずっとこの調子、なの。」


「そうね(汗)こんな方だったのは私も度肝を抜かれた感じだけど……流石に度を超えてると言うか——」


「言っておくけどね、ペネ。君が勢い余って、これから旅路を共にすると口走った一行の正体は……残念ながらこんなだからね?」


「なるほど……要はの集まりな感じね?」


「今ズバッと言ったね君……(汗)」


「……ボクも、一緒くた……(汗)」


 新たな仲間も私達の変態的……ごほんっ!特殊な趣味嗜好を理解した所で——

 これからの旅路に於ける重要事項について切り出す事とします。


「まあそれは置いておくとしてだね——オリアナ……まずは君の身の上証明で一番重要な件を済ませて置く必要がある。リド卿が立会人として同行してくれるから——」


「まずは私と一緒にフェルデロンドの北側……帝国御用達の高級商店区画へ向かうよ?レーベンハイト公はそこへ展開する複数店舗の一角へ早馬で訪れる手筈だからね。」


「え、ええ……分かったわ。改めて口にされると、何か緊張して来た。」


「現状は活火山ラドニスでの暴竜討伐の折、急ぎ準備したその聖女らしい衣服が好都合。そのままでお化粧直しだけは忘れずに。それから——」


 オリアナの身の上を確実とした上で新たな依頼——

 リド卿より請け負った件を話す前に、今後の旅支度も並行して進めるため……身銭を渡して必要な物の買い出しをと思考した私。


 そこへ最もな意見が、テンパロットより提示される事となります。


「ミーシャ、ちょっといいか?また何かしらの依頼を抱え込んで来たんだろうけど……そろそろ俺達一行の手荷物運搬に限界が来てんじゃねぇか?」


「——それは……そうだね。言われてみると、これまの冒険が私とヒュレイカにテンパロットだけだったから気が付かなかったよ。」


 何の前振りも無く、依頼の件を言い当てて来る変わらずの鋭さなツンツン頭さん。

 そして私としても感じていた手荷物の量増加に伴う運搬上の問題。

 言うに及ばずそれは女性陣の衣類や必要雑貨が増えた事——さらには、新たな女性陣の仲間であるペネの事も含めた提案と悟ります。


 かのドワーフ族であっても乙女は乙女。

 おまけにを避けるために、ありとあらゆるを熟しているペネは……そこに要する衣類に雑貨も当然持ち運びたい所でしょう。


 普段は女性陣のその手の情報にはうとい様で、見るべき所はしっかり見ている忍びな護衛さんには頭の下がる所です。


 ふとそのやり取りの中、思い出した様に意見を提示して来たのは——

 すでに仲間として一体となりつつあるフレード君でした。


「ミシャリアお姉ちゃん、ボクから提案……なの。ちょうど今日ぐらいのタイミングで、アグネス警備隊からフェザリナ様が——依頼状況確認のため帝国へ入国する筈、なの。」


「そのフェザリナ様に、貸し出しに問題無ければボジョレーヌとフランソワーズを用立ててほしいと……帝国への旅路の前に依頼しておいた——なの。」


「……って、あの暴れ馬かよ(汗)」


「……一瞬テンパロットと同意見が浮かんだけれど——どこぞの借金シャッキングが重ねた負債の所為で、そんな申し出もありがたい所だね。」


 飛び出したのはあの死霊の支配者ネクロスマイスター リュード・アンドラストとの戦いで奇襲をかけるべく……私達の足となってくれた二頭の暴れ馬の名。

 短くはあるも同じ死闘を潜り抜けた二頭も、別れを惜しむ様にいなないていたのは記憶に新しく——

 この際、見事に傾いた暴れ馬達の協力を甘んじて受ける事とします。


 借金の言葉で口をパクパクさせ、よそよそしくなったテンパロットへ半目を向け——


「借金云々で突っ込まれたくないのなら、君がフレード君と同行して二頭を迎えて来るといいよ。」


 そうして手荷物増大への対処には素早い解決を見る事となった所で……残る点——冒険で必要なもの買い出しを、手が空くメンツへと振る事とします。


「ペネも冒険に必要な物があるだろう。という訳で、ペネはヒュレイカに着いて買い出しをお願いするよ。ああ、それなりの重量物はヒュレイカに任せるといいからね?」


「えっ(汗)?それは大丈夫な感じなの?ヒュレイカさんは女の子な感じ——」


「よく考えてみると良いよペネ……——きっと金輪際こんりんざい存在しないと思うけどね?」


「あっ……それもそうな感じね(汗)改めてあなた達、凄いパーティーな感じだわ。」


 嫌な汗を浮かべるペネに対して、放って置くとしましょう。

 何分事は急を要します。

 少なくともオリアナの身分を早々に確定して置かなければ、それ以降の冒険もあったもんじゃ無いと——その旨を皇子殿下から忠告頂いてもいます。


 そんな訳で各々を急かす様に配した要件遂行へと向かわせます。

 そしてその後——オリアナの件でひと段落となる展開へ向け、私達の大切な時が静かに針を進めて行くのでした。

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