Act.78 黒妖精の記憶は霊位妖精と共に

 魔導機械アーレス帝国十二代皇帝アーレス・ラステーリが皇位に君臨する数年前。

 世界へ飛び立った冒険者——まだ皇子であったアーレス率いる勇敢なる英雄隊ブレイブ・アドベンチャラーが成した偉業に、近隣諸国も両手で賛美を送っていた頃。

 冒険途中で交わした契約が終了を見た妖精に属する仲間達が、各々の住処へと帰郷をと動いていた。


 だが——赤き大地ザガディアスの世界全てが英雄隊の行いを賞賛していた訳ではなく……少なからずその行為への異論を唱えるものも存在した。

 詰まる所それは、魔導機械アーレス帝国の政治的な越境を侵略と捉えていた国家に属する者達である。


 その中でも国家の政治的な考察に基づくものでは無い……個人的な恨み辛みを糧に敵意を募らせる者が——帰郷を見た妖精達を襲う事となった。


『クヒヒッ……辛くも奴らの毒牙から逃れられた様だが——我は何度も警告したハズだ。奴ら人種ひとしゅとは決して相容れぬとな。』


「確かにお主はそう言った。じゃから信の置けぬ人種ひとしゅとは接触を避け……一時の契約の約束でアーレス皇子に協力したのじゃ!お主との条件を違えては——」


「ええんおす、リドはん。わらわが望んで支配を受け入れるて……そう決めたんおすえ?そない悲しい顔せんでおくれやす。」


「ティティ!じゃが——じゃがこのままでは、サラディンとももう会えぬかも知れんのだぞ!?お前はあの熱い男を心底気に入っておったのではなかったのか!?」


 己が私利私慾に駆られた人種ひとしゅが英雄隊から離れた妖精達を強襲――それも一国家の軍隊レベルの戦力が、である。

 当時の英雄妖精リドは同じ英雄隊に属していた霊位妖精ティティを連れ立っている所を強襲され――しかし辛くも逃げ果せる事となった。


 そんな中——冒険の最中手を借りざるを得なかった、狂気を司る精霊〈サイクリア〉…… 一時的とは言え共に歩む上での条件を黒妖精へ提示していた。

 その内容とは……狂気の精霊が手を貸している間、万一人種ひとしゅと言う存在が蛮行、愚行に及んだ際は契約不履行として――

 術者である英雄妖精ダークエルフ霊位妖精ハイエルフいずれかを生贄として貰い受けた後、速やかにたもとを分かつと言う物だった。


『そうだ。あのアーレス共は確かに我に危害を加える様な事は無かった——が、問題だ……クヒッ!』


『まあお前が否定し、ティティ・フロウが受け入れるというなら——我は我の贄となるのがどちらであろうと構わんのだがなぁ。』


「……ま、待ってくれサイクリア!ワシがあの人種ひとしゅへ目に物を見せて——」


 しかし狂気の精霊サイクリアとしては、限定された人種ひとしゅの対応が善意に溢れたとて……赤き大地ザガディアスに未だ蔓延はびこ人種ひとしゅが牙を向けば同じ事との意見を曲げずにいた。

 赤き大地ザガディアスにて——精霊は人種ひとしゅと言う世界でも最多の種族を監視し、戒める役を待つ存在である。


 そのことわりに逆らういわれは——英雄妖精にとて存在していなかったのだ。


『クヒヒッ!もう手遅れだ、ダークエルフ リド・エイブラ!契約を違え、あまつさえ己が身を捧げる事を否定したお前に変わり——このティティ・フロウを我の贄とする!クヒヒヒッッ!!』


 すでに宣言された狂気の精霊の言葉をくつがえす事叶わぬ英雄妖精は——悲痛に苛まれたまま、霊位妖精ティティを見る事しか出来なかった。


「ほんまに堪忍おす、リド。サラディンにもあんじょうよろしゅうお伝え下さい。ほな——今までおおきにな……。」


 絶望の中に沈んだ英雄妖精は、狂気の精霊に呑まれた霊位妖精をただ見送る事となる。

 ——ただ嘆きと共に見送っていた。



 その狂気の精霊が姿を消した悲しみの地は……精霊それの施した呪いと共に——迷いの森としてあらゆる生命を寄せ付けぬ大地となったのだ。



∫∫∫∫∫∫



 アーレスの南東。

 活火山ラドニスからさらに北へ位置するそこが、迷いの森と言われているのは知り得ていましたが……まさかリド卿が絡んだ事件が発端とは思いもよりませんでした。


 昼食から数時間がたった頃に殿下からの再度の呼び出し——それも単独でとのお呼びがかかった私は殿下が間借りするホテルの一室へ赴きます。

 まあそこは流石に皇族が滞在する様にあつらえられた部屋——いままでの豪華さが貧相に見える贅の限りを尽くしてはいましたが……。


 そんな豪華さにほうける間もなく語られた迷いの森に関する情報は、言うに及ばずリド卿の過去に纏わる物であり——

 豪勢すぎる椅子へジェシカ様に隣り合う様に座していた私は、その経緯いきさつから何となしにこれより告げられる言葉を想像していました。


「もしかして殿下……それは詰まる所、新たな依頼に関する情報を提示されたと取っても構わないのでしょうか?」


 考えうる限り、先の暴竜レックシア討伐とは別ベクトルの厄介さを孕むは承知の上で……あえて先んじてそれを切り出します。

 それを察したジェシカ様と殿下が視線を合わせて頷き合うと——まさに私が意図した通りの言葉と……少し意外な人物からの要請としてそれが告げられたのです。


「随分と情報面での鋭さが増したな、ミーシャ。早い話がそう言う事だ。——が、今回はオレからの依頼ではなく……リド卿立っての依頼と受け取って貰えるか?」


「リド卿からの依頼……ですか?」


 依頼主である人物の名が出た時点で私が直感したのは……かの英雄隊に属したダークエルフ殿が、想像以上に私達を買ってくれてる事実。

 同時に、それを踏まえた上での依頼と言う含みが殿下の視線には宿っていたのです。


 それらを考慮するだけでもこの依頼……ないがしろには出来ないとの決に至った私は、その旨を皆に伝える意向で返答する事とします。


「……分かりました、殿下。それは受けざるを得ない依頼と感じますので、私が責任を持って皆に詳細を伝え……依頼承諾の方向で進めたいと思います。」


「そうか……。難事続きで済まないな、ミーシャ。」


 嘆息ながら謝罪を送る殿下はいつもの通り。

 自分に仕える配下だろうが、謝罪が必要とあれば何の躊躇ちゅうちょも無くこうべを垂れる。

 一般的に踏ん反り返った貴族様が台等する世界ではあり得ないこの真摯さが、こう言う場合に有無を言わさぬ説得力を生み——

 結果こちらも事をおざなりに出来ない現状となり……けれどそれが信を置かれている事実と悟る私達法規隊ディフェンサーは、甘んじて殿下の意向に従うのが当たり前となっていたのです。


 リド卿からの依頼詳細を聞き及んだ私は、やり取りを終えるとお部屋からの退出をうながされます。

 そして今度はそれを如何にして伝えようかと——ああ、それは決してお……そう言う事は思考していない訳で。


 と、自分でも分かる様な嫌らしい顔を浮かべていた私は——中々に珍しい……ジェシカ様から呼び止められる事になるのです。


「ミシャリア、ちょっといいかしら?」


「えっ?あ……ジェシカ様、珍しいですね。どんなご用件……もしかしてヒュレイカの件で何か不手際でも——」


 珍しい事は珍しいのですが——

 すでに自分の中では、イコールとインプットしていた事もあり……額へ嫌な汗が噴き出していました。

 そんな私に気付いたジェシカ様から、そうではないとの嘆息を送られ……では一体何がと頭をひねってしまいます。


 そして告げられたのは——


「迷いの森の昔話の下りにあった様に、ティティ・フロウはお二人に取って——いえ……特にリド卿にとっては無くてはならない存在です。どうか——」


「どうかミシャリア・クロードリア……あなたの力でティティ・フロウを精霊の呪縛から解き放ち、リド卿の元へと帰して差し上げて下さい。この通りです。」


 ティティ・フロウと言うハイエルフが、サラディンでは無く……リド卿と深い繋がりがあるとの旨でした。


 さらには本当に珍しい事態——あのジェシカ様がこうべを垂れ切に願う姿に、この依頼には自分が想定した経緯いきさつとはいささか異なる点が含まれるのを察したのですが……今はジェシカ様がわざわざこうべを垂れてまで懇願された姿を尊重する様に、無用な詮索を差し控える事とし——


「分かりました、ジェシカ様。我ら法規隊ディフェンサーが部隊の名にかけ、依頼を遂行してご覧にいれます。」


 アーレス帝国全ての兵が目上の者へ敬意と了承を示す儀にならい、拳を胸前に当てがい片膝を付き……しかと眼前の視線を捧げます。

 それを見たジェシカ様は双眸へ、私への言葉なき返事としたのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る