Act.77 英雄妖精の依頼

「どうしよう……私——貴族になっちゃった……。」


「殿下も物凄い決断をしましたね。確かに素性が分からぬ者を部隊に……と言う点は、反対派に与えかねない所ですが——」


「まあ、その辺で苦労した訳だけどな。何分——迂闊に帝国の治世を揺るがす様な行為は避けねばならない。……故の処置と捉えてくれれば構わない。」


 想定外も想定外。

 まさかのオリアナが、テンパロットやヒュレイカの生まれをもすっ飛ばしての貴族への昇格——けれど皇子の口にした通り、素性が知れぬ者より亡命後貴族への養子として迎えられたなら幾分口利きも叶う所。

 しかもレーベンハイト家は武器の製造販売でのし上がった公爵貴族家であり、折紙付の帝国お抱え武器商人——彼女の素性を隠すのは打って付けとも言えました。


 さらには彼女の生まれから来る能力すらもそこには当然含まれており、そこまで思考しただけでも殿下の泣き虫弱虫との酷評が格好の隠れ蓑となる——それだけの素養を眼前の凛々しき皇子殿下に抱きます。


 当のご貴族様となったオリアナは何だか信じられないとの表情で、視線を泳がせていますが——よくよく考えれば、メイド衣装式防具では貴族も何もあったもんじゃないと思い悩んでしまう私でした。


 と、そんな私の思考を読んだかの如く……まさかのテンパロットから意見具申が飛ぶ事となるのです。


「……それはそれとして殿下、オリアナの常用装備でもあるメイド衣装は流石に貴族様としては大丈夫なのか?オレ達としては、オリアナの能力を活かす必須の装備を外すわけには行かない所なんだが——」


「——って!?この狂犬!あんたまで私に〈〉を強要させるつもりじゃ——」


「そこじゃねぇよ!?相変わらずどんな耳してんだよ、お前っ!?」


「「そこでしょ!?」」


「お前らまで反応すんな、萌えメイド肯定組(汗)!」


 とまあ、テンパロットとしては確実に意見具申したのだろうけど……オリアナはそこまで考えが及ばなかったのだろう——

 そして当然私とヒュレイカは、〈ハートの狙撃手オリリンにゃぁ☆〉がいなくなる事態を懸念した訳で……。


 そんなやり取りを、嫌な汗を噴出させつつ見やるサイザー殿下とジェシカ様。

 さらに同じくそこへ、加わり——


?いったいお主らは何の話をしておるんじゃ?」


「ああ、流石にには若者の流行でもあるメイド文化にはうとい所も——」


「貴様!?忘れておったわ!ここでまさかのジジィ扱いが出るとは思わなんだ!そこになおれぃ!!」


「済まない、リドジイさん——話がこじれるから座っててくれ。」


「……っ!?このネタにまさかボンが乗ってくるとは(汗)」


 定番のリド卿への弄りへ、まさかの殿下が乗って来たのにはちょっと私も驚いたけど——

 勢いで椅子を弾く様に立つリド卿が、パクパクと口を開き驚愕しています。

 が、直後……殿下を含む悪ふざけに乗った者全員が戦慄を覚える事となるのです。


「申し訳ありませんが、お集まりの方々?今まさに殿下が設立なされた部隊の今後に向けた会議中です。その中で——場を乱す行為は謹んで頂けるとありがたい所ですね。」


 私が、テンパロットにヒュレイカが……そしてオリアナにリド卿——加えて殿下までもがその声に戦慄し震え上がります。

 地の底よりうねりを伴って吹き出すマグマの如く……それでいて、凛々しきその美しいお顔に——苦言を上げられたのは赤き破邪騎士カースブレイカー ジェシカ・ジークフリートその人です。


「「「「は……はい。」」」」


 震え上がる私達は、その返事を最後に一行でもあり得ないほど粛々と……部隊の今後を話し合う事になるのです。

 そんな事態から蚊帳の外を食らったフレード君とペネは、二人揃って嫌な汗のまま私達を静観していたのでした。



∫∫∫∫∫∫



 を終えた一行がヒリヒリとした緊張感にさいなまれながら、ホテル内の豪勢な食堂を後にした頃——


「リド卿、構わないか?」


「うむ?何用かの、サイザーよ。」


 呼び止める声に、と感じた英雄妖精リドもボンとの呼称を避け返答する。

 振り向いた英雄妖精を一瞥した策謀の皇子サイザーは席を立つと……窓の先にある空——否、世界を見渡す様な視線で語りだす。


 それを見た赤き騎士ジェシカは軽く一礼をし、空気を読む様に食堂を後にした。


「どうだい?オレが夢見る国家構想——その先駆けとなる者達を見た感想は。アレでもまだ駆け出しの賢者だが、彼女……ミーシャの周りには良き人材が集まりつつある。」


 口にした法規隊ディフェンサーを纏める少女とその護衛——見定めた真価の程を問う。

 出口壁にもたれれ掛かる英雄妖精は、双眸を閉じ……口角を上げて己が評価を言い放った。


「駆け出しも駆け出し……そもそもその評価をワシに求めるのは間違いじゃ。お主ですらワシらからすればひよっ子の部類——比べるまでもないわ。」


「では彼女達はリド卿のお眼鏡にすら叶わぬと?」


「貴様……分かっていてそれを振ってきておるじゃろ?じゃ、逆。」


 カカッ!と笑いを零した英雄妖精は、双眸を見開き策謀の皇子を見据えた。

 これより語る言葉こそが紛う事なき真実との意思を宿して——


「ワシがあれ程の冒険者を見たのは、かつてアーレスが集めたパーティーをおいて他には無い。ワシが言った駆け出しと言う言葉は、——」


「前人未到――未だかつて無い試練に挑むには、まだまだ駆け出しと言う事。それ故にワシでさえその真価を図りかねておるのが実情じゃ。」


 それはかつてのアーレス帝国十二代皇帝……若かりし頃のアーレス・ラステーリが組織した勇敢なる英雄隊ブレイブ・アドベンチャラー時代まで遡り——

 当時では誰も成し得ぬ偉業に手を挙げた志願者を集め、それを成さんと世界へ旅立った。

 故に一介の冒険者などのくくりでは測れぬ実力を有し……それが事を成した暁には世界がこぞって賞賛したと語られる。


 英雄隊に属していた英雄妖精の真意。

 彼が語ったのは、そのを指す。


 世界の誰もが成そうとすらしない困難に立ち向かう者達に、見合うだけの基準がどこにも存在していないと——だからこその図りかねていると言う吐露である。


 そこまで耳にした策謀の皇子はニヤリとしたり顔を浮かべ、先達である英雄妖精へと突き付ける。

 泣き虫弱虫などと言う世間のあざけりが、遥か地平の彼方に吹き飛ぶ器を翳して——


「それは僥倖です。現在彼女達は法規隊ディフェンサーと言う臨時部隊で独立任務を任せていますが……オレが皇位を継承した暁には彼らを親衛隊である法規隊ディフェンサーから、さらなる上位の帝国特殊部隊——」


「精霊を仲間とし世界に打って出る精鋭。それも……——精霊輝将自衛部隊ジェネラル・スプリガンズ・ディフェンサーを設立する事です。」


 策謀の皇子が言葉を放つ。

 耳を貫いたその名で英雄妖精はゾクリ!と肌が沸き立つのを感じた。

 即ち眼前の策謀の皇子は……宣言したも同然であったから。


「カカカッ!そうか……そう来たか!よもや我らを超えて行くと、構想も定まらぬ内から宣言されるとは——いやはや恐れ入ったぞ、サイザーよ!いや——」


、サイザー・ラステーリよ!お主の部隊ならばワシも喜んで協力させて貰いたい所じゃ!」


 英雄妖精は高らかに笑う。

 カラカラと英雄らしき豪快なる笑顔で……追いすがる新鋭へと並々ならぬ羨望を送った。

 が、直後——そこに覚悟を宿して策謀の皇子へ視線を戻す。


 込められるは悲痛と望みが入り混じる面持ちで。


 対する皇子も、英雄妖精へ真摯に向き合った。

 否——むしろその旨を伝えたのは、……溢れ出るその依頼要請を待つ。


「ならばお主に——いや……あの法規隊ディフェンサーにワシから一つ依頼を要請したい。ワシとサラディンにとっての盟友……あの狂気の精霊に取り込まれたティティ・フロウを——」


、ミシャリアらの力を借りたい。この通りじゃ……。」


 深々と下げられたこうべには、すでに眼前の皇子を——そして今……目覚ましい成長を遂げんとする法規隊ディフェンサーあなどる様な意は含まれていなかった。

 ただ切に——親愛なる友を救いたいと願うおとこのそれであった。


「ええ……。詳細はオレから彼女へと伝えて置きます——リド卿とサラディンが愛した、高貴なる慈愛の化身……誇り高きハイエルフ・テクナティアスの ティティ・フロウを救い出すために……。」


 全容を知り得る策謀の皇子は、迷う事なくそれを承諾した。

 恐らくはそれを成す事が叶う存在は、法規隊ディフェンサー以外にありえないとの羨望を宿して——

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