Act.63 未確認竜種、恐竜種

 法規隊ディフェンサー一行が古代竜種討伐会議に根を詰めていた頃——


 すでに飛び交う村々よりの悲鳴は、徐々に彼らの一時待機する村までも忍び寄る。

 活火山ラドニス周辺の集落は数年前には壊滅しており……その惨状が休火山デュナス周辺の村々へ、恐るべき勢いで近付いていた。


 その被害に晒されるのは——両火山近隣で生活を営んでいたアーレスの民達である。


「おい冗談だろ!?もうあんな区域まで来てるのか奴は!?」


「誰か早馬を!このままじゃ、この休火山デュナス集落まで壊滅してしまう!誰か……すぐにアーレスの軍隊に救援を——」


 竜種でも種の特徴によっては、今確認される様な速度で進行するのは稀である。

 街に壊滅的な被害をもたらす種は、決まって翼竜タイプの竜王種ギドゥーラ——理由としてはその翼の有無が、進行速度へ大きく影響していた。


 だが今——村々を震撼させているのは、有翼竜ではなかった。

 それは赤き大地ザガディアスでも希少種であり……未だ生態の詳細に不明な点を幾つも残す、未確認竜種——

 一部の竜種研究の権威のみ知り得るそれは……恐竜ティレクスと呼称されていた。





 朝焼けから時も過ぎた頃、一行は質素なお宿から少し離れた食事処【火山のオソバ】店へと足を運んでいた。

 店構えは中央の建物と、テーブルを幾つか備える開けた木造小屋を持ち——質素ながらも、雨を凌げ……旅人が気軽に足を運ぶのには打って付けの気さくさが持ち味の名店。

 街道側にかかる看板の『早い!安い!美味い!』が、最大の売りである……魔導機械アーレス帝国の誇る名店百選にも選ばれる地方店だ。


「うおっ!?懐かしいなオイ……まだやってたのかよこの店!」


「ボク、知ってるの。アグネス王国でも——帝国の名店百選、その書物でベスト10入りする名店……なの。」


「ふうむ……よもや他国まで名がとどろいておるとは。こりゃケンゴロウの奴も鼻高々じゃて。」


「なんだって?ケンゴロウ……ああ確かこの店の店主——って、リド卿は知り合いなのかい?」


「おお、済まぬの。話してはおらんかったが、ここはワシが頻繁に立ち寄る店でな?食事がてらに訪れては、世間の情報収集に明け暮れておった——」


「この辺境地方での数少ない情報源として、店主に活用させてもろうておるわ。」


「ああ、なるほど。確かに辺境集落での情報源としては打って付けだね。」


 活火山ラドニス近隣の民が流入したとは言え、両集落共に1000人にも満たぬ人口であったため——避難した村の民も暖かく受け入れられ……すでに同じ釜の飯を食べるほどの仲を築いていた。

 名店【火山のオソバ】は、そんな民の憩いの場でもあったのだ。


「へい、らっしゃい!——おお、リドの旦那かい!あん?後ろは見ねえ顔だな……お仲間か?まあいい——」


「せっかく来たんだ!ウチの名物天ソバ——得と味わってけぃ!べらぼうめぃ!」


 響く声はなんとも威勢の良い叫び。

 知らぬ者が聞けばいささか口調が荒いとも取れるが、そこは愛情を込めたが故と湛えた豪快な笑顔で皆が悟る。

 かの〈アカツキロウ〉の一部地域柄である、エドッコと言う特徴を全面に押し出していた。


 ……のだが——


「アカツキロウ風の口調だから、あちら出身かと思えば……なんでまたドワーフなんだい?ちょっと予想外過ぎて笑えないね。」


「こりゃミーシャよ!お主はもう少し歯に絹を着せんか!仲間へのいじりも大概じゃが、初見の者までにもそれとは——」


「良いって事よ、リド卿!その法衣からして、賢者様だろうから——それ程の方からのお言葉ならありがたいってもんでぃ!っとそれより——」


 まさかの初対面から、種族柄へのいじりを暴発させた桃色髪の賢者ミシャリア

 たまりかねた英雄妖精リドも慌ててたしなめるも——エドッコ口調のドワーフが待つ器で事無きを得る。

 そのドワーフ店主ケンゴロウ……言葉の最後に思い付いた様な内容を追加して来た。


「ところでリド卿にお連れさんよ……旅の途中でドワーフの娘に会わなかったかい?器量はこう……艶やかな栗色のフタ房三つ編みに、クリッとした翡翠ヒスイ色の瞳で——」


……!」


「「「「……ドワーフ?絶世?娘??」」」」


 追加された内容へ疑問符を浮かべる法規隊ディフェンサー——賢者少女に狂犬テンパロット……そしてツインテ騎士ヒュレイカ白黒少女オリアナ

 彼らは同時に視線を店主へ向け……さらに絶世の美少女と称された娘とやらの姿


 店主の風貌はドワーフの種族柄に違わずずんぐりむっくり。

 口元から顎にかけて蓄えられる立派なヒゲ面。

 何よりその恰幅かっぷくの良さこそ、ドワーフがドワーフたる所以であり——それは男女共に差異はないと、赤き大地ザガディアスでも認識される。


 共通認識から来る容姿を想像した一行——口を開くや一斉に、ゲッソリ感と共に


「「「「ええぇぇ~~……(汗)」」」」


「「失礼極まりないなお前らっ!?」」


 一行のさしもの反応には、英雄妖精とソバ屋店主すらハモって抗議してしまう。

 そして民には気付かれぬ霊量子体イスターラル・バディで、密かに同行していた蝙蝠精霊シェン残念精霊シフィエール

「やりやがった……。」と他に見えぬ姿のまま、乾いた汗を流しあっていた。



∫∫∫∫∫∫



 ちょっと想定外の……と言うか、それが当たり前になり始めた頃——

 古代竜種エンドラ討伐会議もそこそこに……オリアナにはああ言ったけど、実質一同も朝食がまだである故止む無しと食事処へ足を運びました。


 しかし朝食にあつらえた様な場所を、こんな辺境の村で求める訳にも行かず……辺境故に生まれる名店とやらを、リド卿に紹介して貰った訳ですが——

 何ともこれはこれでアリとも思う次第だね。


「このセルフサービスと言うスタイルも〈アカツキロウ〉発祥だね。うむ——これは存外にありだろう。あっ……私はこのちょっと鼻に付く臭いが特徴の、ネギと言う奴大盛りで。」


「あっ!じゃああたしこの——」


「ほう?ヒュレイカも、食費面で借金候補に立候補かい?」


「一つで……。」


「バカね……こう言うのはまずメイン——オソバから堪能しないと、味わうも何も無いでしょうが。」


「お主ら……早朝からソバと言うシチュエーションでも容赦が無いのじゃな(汗)」


「オレはまあ腹に入ればいいと言うか……って、何だよ(汗)」


「何でもないよ。さあ、朝食を堪能しようか。皆席へ——」


 精霊組でも実体化が主である火蜥蜴サラマンダー親子は、ジーンさんと共に店舗外の林で待ちぼうけ——しーちゃんとシェンは量子体を利用し、興味本位で陰ながらにご同行。

 残りのお腹が減る一行は、美味しくオソバを頂くために店内へと赴きます。


 店主のドワーフがリド卿と知り合いとか、その娘の行方を尋ねられるとかを経て後——セルフサービスと言う〈アカツキロウ〉式のスタイルでオソバを受け取る私達は、朝っぱらからの重めの食事にありつきます。


 そして最後に言葉を放つテンパロットには、食事の何たるかを教え込まなくてはと思考しつつ——何やらリド卿の視線を気にする彼を確認し……腐っても帝国所属の護衛と察したね。

 彼にとってのリド卿はまさに、——その様な者をいじる姿もあったけど、本心ではその威厳に押されてると言う事だ。


 結果……食堂バスターズの素行がなりを潜めた事には、僥倖とも思えたけれど——


 残念ながら私は、法規隊ディフェンサーに災いが向こうから降りかかって来るのを……実質避けようが無かった事に——後になって気付く羽目となるのです。


「うん……このオソバののど越しもさる事ながら、ダシの効いた煮汁が一層の深みを——これはアーレス西のフェルデロンド産、ナンボシの干物とクンブから取った物だね?」


「おうっ!やるなお嬢さん……その通りでぃ!辺境で物が入り辛い所だが……そいつぁこだわって取り寄せた一品でいっ!じっくり味わって——」


 つるりとそそるそのオソバを皆が堪能し——旨味の効いたダシへ賛美を贈らんとする私。

 気前良く返答する満面の笑みな、ドワーフ店主のケンゴロウ氏。

 その食を楽しむと言う贅沢にして至福の時間を……遠くから響く地鳴りの様な音が、徐々に浸蝕していたのです。


「——何だい?何か地鳴りの様な音が……——」


 気付いたのはまさに間一髪と言えたでしょう——

 その直感を放つと同じぐらいのタイミングで……林で待機していたサラディン氏とサリュアナが店舗へと飛び込んできたのです。


「賢者ミーシャっ!まずいぜ、ファッキン!あのヤロウ、俺が休火山デュナスにいない事に感付きやがった!」


「はっ!?サラディンにサリュアナ……一体何が——」


「この村は危険サリ!早く皆を避難させるサリっ!暴竜が……!!」


「はっ……って——えええええええっっ!!?」


 一瞬惚けた顔をしてしまった私は、その事態へ遅れて気付き——


「「「「むぐっ!?むぐーーーーーーっっ!!?」」」」


 未だオソバを頬張っていた一行が皆……皆してソバを噴き出さん勢いで仰天します。


 まさかの——

 と言う事態に。

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