Act.57 人と精霊、生まれたのは絆

「みんな、無事かい!?」


「ああ……つかこれは今までに無いほどにデカかったな!」


「むぅ——ワシも長くこの地へ足を運んでおるが、これ程の地揺れが襲った事はなかったぞ!?」


 法規隊ディフェンサー一行は火蜥蜴サラマンダー説得の作戦会議の前に、まさかのパーティーとはぐれると言う珍事件を起こした白黒少女オリアナ散策を行っていた。

 ただの小高き山程度であれば、異獣襲撃さえ無ければ一行もそこまで案ずる事は無い——が、そこはそれなりの標高を持つ山々の一つとして知られ……切り立った岩と、所々に生い茂る原生林の様な自然が広がっている。

 それは事と次第では、白黒少女が遭難してもおかしくは無いと言う状況があったのだ。


 そこに来て手を付いて立つのがやっとの地揺れ——魔導科学的見地からする所の地震と呼ばれる自然現象が、さらに事態を重くさせていた。


「其処彼処で大岩が崩れ落ちてるわよっ!?あの子大丈夫かなっ!」


「何が起きても、ボク……準備は出来てるの!」


「縁起でも無い……と言いたい所だけど、万が一手遅れになるといけない!その時はフレード君の治癒術に任せるしか無いね!」


「お任せ……なの!」


 そして一帯の揺れが収まる頃を見計らい、すかさず桃色髪の賢者ミシャリアが指示を飛ばす。


「しーちゃん!君の通れる幅の崩落箇所——その奥に、あのおバカさんが居ないか確認をお願いするよ!もし負傷している様なら内側から合図ののち、崩落入り口を風の術式で吹き飛ばして!」


「そしてジーンさんはしーちゃんに続いて!風の術式で、しーちゃんが吹き飛ばす箇所の二次災害防止をお願いしたい!」


「むっ!心得た!」


「了解やで、ミーシャはん!ったくあのハラ黒はんと来たら、冒険者として素人レベルのポカやらかしはってから——」


「ミシャリア嬢!今回の地揺れはかなりの大きさじゃ……言い伝えではこれ程の揺れの後は——」


、地震の後の揺り戻しが怖いからね!油断はしないでおくよ、さん!」


「尊い言い伝えを魔導科学的に言い直すな!そしてさんとはワシの事かっ!?それがお主らの流儀か、そうなのか!?」


 事態を重く……そして万一に備える様に指示を飛ばす賢者少女へ——

 置いた全幅の信頼を表す即答で、風に属する精霊達が速やかに行動に移し……見習い賢者を謳う少女へ、年長者たる威厳を博識にて見せようとした英雄妖精リド

 が、その知識をまさかの魔導科学知識で変換論破された上……で呼ばれる始末。


 グイッと上げられた親指サムズアップでドヤ顔を見せた桃色髪の賢者を、ゲンナリした半目で見やる英雄妖精。

 すでに彼は法規隊ディフェンサー一行に関わった事で、その片足を踏み入れてしまっていたのだ。



∫∫∫∫∫∫∫



 法規隊ディフェンサー一行が白黒少女オリアナ散策を続ける中——

 桃色髪の賢者ミシャリアが想定した事態が悪い方へ転がる様に、素人の様なポカをやらかした少女を襲っていた。


「……ニンゲンさん、ケガしてるサリ!酷い傷サリ!」


「——あ……あんたは大丈夫、っ!?」


 激しい揺れが襲った地域は広域であり、むしろ洞穴と言う空間内にいた白黒少女と火の精霊少女こそが甚大な被害を被っていた。

 精霊少女サリュアナの声で呻く様に目を覚ました白黒少女——が、崩落の下敷きは免れた物の落下する岩石までは避けきれず……白と黒のメイド服がみるみる赤に染まって行く。


「そうサリ!これを使えば——」


 精霊少女は自分を覆っていた魔法具の繊維を掴み、炎の精霊術にも僅かながらに存在する再生の術式を行使しようとしたが——


「ば……かね、何してんの!それ……は、あなたの存在を守るための防具——私より……自分の心配をなさい!」


「で……でも、サリ——」


「あなた達精霊は……こちらの物質界で、霊的に深刻なダメージを負ったなら——精霊界にすら帰れず消滅する……くっ!?は……はずでしょ?」


 想定したより深い己の傷に顔をしかめながらも、精霊少女の存在維持を優先する白黒少女。

 桃色髪の賢者に同行する際聞き及んだ、精霊の顕現する仕組みが思考に過ぎった故の判断であった。


 しかし傷が深いと悟った少女は、なけなしの知識で己がメイド服を引き裂くと——傷口となった、陶磁器の様な肌があらわとなる太腿根元を縛り付ける。


 激痛に肩で息をする少女が——吹き出る脂汗に濡れながら精霊少女を見やる。

 彼女が負傷者である事すら忘れる様な、慈愛の表情で——


「あなた、お名前は?」


「サリ……。あーしの名前はサリュアナ……サリ。」


「あなたのお父さんは……ニンゲンは悪い奴だって——そう言ったのね?」


「そうサリ。その悪いニンゲンさんがあーし達を悪い事に使うため、何度もあーし達を襲って来たサリ。」


「そっか……。きっとあなたも——そしてあなたのお父さんも、辛い思いをしたんだろうな。でもね——」


 これまでの過去を思い出し……精霊とは言え小さな幼子に変わらぬ表情は——怯えていた。

 その少女を、己の傷の痛みすら忘れた様に優しく——そして暖かく抱いた白黒少女は語る。

 精霊少女の心を脅かす、悪しき輩共の記憶が吹き飛ぶ様に——


「きっとその場に私の今のあるじ……桃色髪の縦ロールが高貴さを振りまくくせに——。彼女がその場に居たならば——」


「そのサリュアナ達を襲う人間と敵対してでも、あなた達を守る為に立ちはだかってくれるわよ?」


「そ……そんなニンゲンさんがいるサリ!?あーし、そんなニンゲンさん……会った事ないサリ!」


「ふふっ……。」


 信じ難き言葉で恐れが吹き飛び……期待と羨望に満ちた瞳を爛々と輝かせた精霊少女の頭を——己から出た鮮血に濡れた手で優しく撫で上げる白黒少女。

 そのままつむぐ言葉は、白黒少女すらも自慢に思う現あるじであり……パーティーを支えし賢者少女の目指す先——


 こころざし無き者では到達する事さえ叶わぬ、壮大なる夢の話であった。


「ウチの小さな賢者様が目指すのはね……あなたの様な精霊達と手を取り合う事。大自然への畏敬の念を忘れず、ひと種の利権を決して押し付けず——そして契約など一切介さない、精霊種と人種との共存共栄。」


「あなた達を襲った下等で卑劣なる下賤の輩共とは、そもそも格が違うのよ?そしてほら——」


 幼き精霊を撫で上げながら、感じた風の気配がした方を見やり——向けた視線に映るは、今しがた語った壮大なる夢を抱く小さな賢者を慕う風の少女。

 崩落した岩石隙間からヒョイと現れた、ちょっとだけ残念さが弾ける風の精霊シフィエールである。


「大丈夫かいなオリアナはん——て……めっさケガしとるやないか!?待っとり、今ここ吹き飛ばしたるさかい!ミーシャはん!オリアナはん見つけたで!」


「ちょっと緊急や……今すぐここ吹き飛ばすでっ!」


「了解だよ、しーちゃん!みんな下がるんだ!」


「ほな、いっちょ行くでーー!〈風は我……爆轟こそが我——旋風と、陣風となり祖を弾く!爆刺嵐轟陣ブラシュテイナー!!〉」


 白黒少女散策に当たり出された桃色髪の賢者の指示通り、残念精霊が術式を展開。

 洞穴が火蜥蜴サラマンダーとの戦い場所から数m下がるもそこより横穴となり——さらに上方へ登る外界へ続いていた事が功を奏した形で……白黒少女と法規隊ディフェンサー一行との早急な合流へと繋がったのだ。


 巨躯の精霊が張った術式で、爆散した岩石を含めた周辺二次被害を防いだ洞穴入り口……残念精霊が発した緊急との言葉により——火急の事態を想定した賢者少女ミシャリアフワフワ神官フレードが走り寄る。


「全く……色々と今まで体験した事のないベクトルで事を起こしてくれるね、君は!けど崩落に巻き込まれてこの程度……は健在の様だ!フレード君!」


「うん、なの!……オリアナさん、これ——酷い怪我!?すぐに癒しの術式を掛けるの!」


「ごめんミーシャ、それとフレード君。後……よろ……し——」


 駆け付けた仲間に安堵を見た白黒少女は、解けた緊張からか……程なく意識を遠くへ手放した。

 その己の怪我も厭わず精霊の存在を守らんとした白黒少女——

 自分がされた様に頭を優しく撫で返した精霊少女が……思考へ強き想いを宿していた。


「(オリ……アナさん。このニンゲンさんの名前——オリアナさんて言うサリ?)」


「(まるで精霊界に伝わる炎の女神——アナスタシアみたいサリ。あーしの名前に付くその略称アナ……何かあーしと同じサリ。)」


 まるで長年追い求めた真の主を見つけた様な面持ちで、少ないながら持つ知識にある女神と白黒少女を重ね——

 そのまま法規隊ディフェンサー一行に、大人しく保護された精霊少女であった。

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