Act.58 小さな一歩は、反旗の証

「さあ、布の敷物は準備した。オリアナをこちらへ……。」


「ええ、りょうかーい。てか……万が一どころか本気で危なかったわね~~。」


「お前全然逼迫感ねぇな……。けど何にしろ、オリアナが無事で良かったじゃねぇか。」


 白黒少女アリアナが意識を手放してから僅か後。

 一行は一先ず少女を介抱するためと——そこに同行していた炎舞う幼き精霊とのやり取りのため、崩落の恐れが軽微の頑丈な高台へ移動した。


 手厚く保護された炎揺れる少女サリュアナも、精霊に対し蛮行を振るうひと種しか知り得なかった事もあり……自身が置かれた状況が理解を超え——ポカンと口を開たまま尻を地へ着けへたり込む。


 直後、響いた声に反応した炎揺れる少女がすっくと立ち上がる。

 周囲で白黒少女散策に当たっていた英雄妖精リドの姿が、同時に視界へと映っていた。


「……どうじゃ、オリアナ嬢の容態は——っと!?サリュアナ!?何故お主が此処に——」


「じ……爺っちゃまサリ~~!怖かったサリ……チカラが吸い取られるかと思ったサリ~~!」


 緊張が解けた炎揺らす少女は、英雄妖精の姿を見るやワンワンと泣き喚きながら飛び付いた。

 しかし少女が発した言葉に含まれた「力が吸い取られた。」との点へ、何かを察した英雄妖精——少女の頭を優しく撫で上げつつ……つい先ほど残念精霊が吹き飛ばしたばかりの崩落した岩石を睨め付けた。


 そして——


「これは……!?あの愚か者めっ……!」


「リド卿?その岩石が一体……ほう——これは……。」


 途端に険しくなる英雄精霊の表情。

 不審に思った桃色髪の賢者ミシャリアが、英雄妖精へ疑問を投げようとし——歪む眉根が睨め付ける先を同じく見やる。

 すると一つの解を得た賢者少女は、次いで白黒少女を視認し——


 傍目にも分かる程に慈愛を宿して、今は少し意識を飛ばしたままの少女を賛美した。


「オリアナ……君は良くやった様だね。この子が火の精霊と見て間違いないとして……自分が身につけた魔法繊維の衣で彼女を守ろうとしたんだろう——」


「ふふっ。どうやら私が目指す夢を寸分違わず理解してくれていた様だ……。これは僥倖以外の何物でもないね。」


 賢者少女の言葉に周囲を見渡す狂犬テンパロットフワフワ神官フレード

 直後、己が護衛する主の言葉を理解した彼らが次々口にする。


「こりゃあ……またとんでもレア霊銀のお出ましだな。反霊力霊銀とか——ここは反霊銀鉱山跡か何かか?」


「オリアナお姉ちゃん……自分が着てた魔法具の服で——その精霊さんが、消滅させられない様にしてたの。凄いの。」


 精霊知識面では共通認識を持つ一行の誰もが、白黒少女はを理解した。


 当然……周囲の岩石に混じる物体を知り得ているであろう英雄精霊も——ようやく落ち着いた炎揺らす少女を撫で上げつつ一行を見渡した。

 そして己ですら未だ計り兼ねていた、法規隊ディフェンサーが何故帝国第二皇子サイザーによって創設されたかを……驚愕で見開く双眸へ映った事実で悟る。

 ——悟らざるを得なかった。


「お主らは、本気でこの者ら精霊と手を取り合うために歩んでおるのか?その様な……誰もが精霊をおとしめんとするこの世界で——」


「本当に……精霊達を尊び——共に歩んでくれると言うのか……?」


 英雄妖精は歓喜に打ち震えた。

 この赤き大地ザガディアスに於いて……力を欲する殆どのひと種が、精霊と言う存在を軍事的に浪費する研究をこぞって推し進める中で——

 眼前に現れた未来ある新進気鋭の冒険者達は、その精霊達を何よりも慮った上でその手を取ろうとしている。

 精霊を無二の盟友に持つ英雄妖精にとって、その行為は信じ難く――しかし何よりもひと種へ望む願いそのものであったから。


 歓喜と羨望を送る英雄妖精が問うて来た言葉—―

 まさしくその通りであるとの揺るがぬ意志で、問うた本人を見定める桃色髪の賢者と一行が英雄妖精の双眸へ映る。


「本当に……お主らが——」


 感極まり……頬を伝う熱い雫に濡れながら、英雄妖精は一行を一望した。

 ——その刹那。


 響いた猛烈なる殺意まぶす怒声。

 英雄妖精含む法規隊ディフェンサー一行が、殺意の気配渦巻く方へ向き直る。

 そこに居たのは——


「てめぇら……俺達の住処を襲撃するだけじゃ飽き足らず——俺様の娘までかどわかすたぁ……。もうひと種との交流など知った事じゃねぇ、ファッキン!!」


「ここにいる奴らだけじゃねぇ……世界の全てのひと種を煉獄で焼き尽くして——」


 話し合い……協力を請うはずであった火の精霊——火蜥蜴サラマンダー親父が立ちはだかる。

 そして……行き違う誤解がすでに取り返しの付かない亀裂を、ひと種と火の精霊との間へ刻もうとしたその時——


「この、愚か者めがーーーーっっ!!」


 襲った殺意を弾く様に放たれた怒気が、英雄妖精から拳へ硬く握られ放たれた——

 舞い飛んだ英雄の拳が……火蜥蜴サラマンダーの頬を殴り飛ばしたのだった。



∫∫∫∫∫∫



 第一皇子失踪。

 その報は帝都を駆け巡り、多くの国民へ不安を振り撒いていた。

 すでに皇位継承権を得ていた第一皇子——アスタルク・ラステーリは言わばアーレス国民の希望とまで言われておった。


 捲き起こる不安が一時は暴動寸前まで発展しかけたが……現皇帝——あの若造ゼィーク・ラステーリめが、すぐさま皇位継承権を第二皇子へと振ったのだ。


 その時点で暴動は起きずとも、違う不安が民を襲う。

 それは第二皇位継承権を委譲されたのが第二皇子……で知られるサイザー・ラステーリだったのじゃから。


「て……めぇ、リド・エイブラ!この俺に手を上げるって事は——俺達の仲もこれまでってことかよファッキンッッ!」


「気付かぬのであればもう一度言ってやろう……この愚か者め!お主はこの状況を見て、よくその様な口が聞けたものだなっ!」


「どうもこうもねぇぜクレイジー……そこにいるひと種が俺の娘を——」


「それ以前に……お主が目を離した隙に、サリュアナが反霊力霊銀の洞穴に侵入していたと——何故気付かん、この馬鹿者っ!」


「なっ……その洞穴——まさか!?」


 当時の第二皇子を知るワシとしては、歴代でも最も弱々しいとまでおとしめられたひよっ子の統治する帝国——その絶望的な未来を憂い、ひよっ子を叩き直さんと彼奴あやつの元を訪れ力技に訴えた。

 が——ひよっ子めはこのワシとの戦いを拒否した……否、


 そこに見たあのひよっ子の未知なる可能性は、今まで武力一辺倒であった帝国の歴史へ吹き荒れる新たなる時代の風であったのだ。


 今しがた殴り飛ばしたサラディンはひと種を憎悪する。

 じゃが——

 眼前でその娘と共にあるひと種の希望は……武力では無い、知略と謀略を携えた新時代の皇子が組織せし超法規隊ディフェンサー一行所属のオリアナ嬢は——かどわかすどころか、サリュアナをその身を懸けて守ろうとしていた。


 そう……このサラディンめが使、何も聞かされずに入り込んでしまった此奴こやつの娘を——


「サリュアナには親心で、卑劣とも言えるひと種へ対する罠と教えなんだのであろう——じゃが、何も知らぬサリュアナはそこへ誤って入り込み……危うくその存在を反霊銀により消し去られる所じゃった……!」


「良いかサラディン!そこに深き傷で横たわる娘——ここに居る者達の家族でもある少女が、お主の娘を命懸けで守ったのじゃぞっ!?」


 すでに拳で殴り付け、地べたを舐めるサラディンの胸ぐらを掴んで戒める。

 己が憎悪に駆られる余り……馬鹿者へ——


「お主ら精霊の使命はこの世界にて、ひと種の様な種族が強欲と憎悪で世界を汚さぬ様監視する事であろう。そのお主が憎悪に駆られては、この大自然の調和が崩れてしまうのじゃぞ——」


「もう一度……その目で眼前の者達をしかと見定めよ。これ程に精霊をおもんばかり……共に歩まんとするひと種を——お前は他の愚物と同様に扱うと言うのか?」


「お…俺は——」


 長き盟友。

 火の精霊サラディンへ……眼前のひと種を見ろと促し——

 その男の視界に映る法規隊ディフェンサー

 さらに法規隊ディフェンサーらとサラディンの間に立ち塞がったのは——命を救われた此奴こやつの愛娘、サリュアナじゃった。


「パパ……。あーしはそのお姉さんに——オリアナさんに命を救われたサリ。オリアナさんは、自分の怪我よりあーしの命を大事にしなさいと叱ってくれたサリ。」


「こんなニンゲンさんが精霊を痛めつけたりはしない……あーしにもそれぐらいは分かるサリ!だからパパ——」


 盟友である炎舞う男の愛しき愛娘が——


「この人達を傷付けるなら……あーしはパパを許さないサリっ!!」


「な……ん!?——サリュアナ……お前——」


 この世に生を受けて初めて……己が父に反抗した。

 それはワシらにとっても、新たなる人生の始まりに他ならなかったのじゃ。

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