Act.55 火蜥蜴と黒妖精 切なる逃走の物語

 時は〈勇敢なる英雄隊ブレイブ・アドベンチャラー〉が赤き大地ザガディアスを駆け抜け、その時代以前に訪れていた世界的な未曾有の危機を辛くも凌いだ頃――

 さらにそこから僅かの時を挟み、黒妖精リドが皇帝直属の仲間と言う契約を終え己が住処への帰郷を模索していた頃までさかのぼる。


 当時は先の未曾有の危機により、乱れきっていた国々の治安も落ち着きを取り戻し――それはまさに英雄隊の活躍の賜物と、世界各地の至る所から賞賛を送られていた。


 しかし――

 赤き大地ザガディアスいにしえより伝わる歴史文献……世界の中でも、歴史的に長命な国家群にのみ細々と伝わるそれによれば――


 ――悲しき歴史は、連綿と繰り返される――


 その記述はあらゆる文献のいずれにも残っており……全てが終息した世界へ、暗示された様な新たな火種が大火を伴い猛り始めていた。

 それが最初に巻き込むは弱き者共の住まう場所――

 当時すでに魔導機械文明が赤き大地ザガディアスへ広がりを見せる中……地位や存在が真っ先に脅かされたのは――精霊界ではない、物質界に身を置く精霊達とその住処であった。


「よいか!ワシが奴らの注意を引く――その隙に何としてでも、お主はサリュアナを連れて逃げるのじゃ!」


「ファッキン!この老いぼれがっ……てめぇ一人に任せて逃げたんじゃ、この火蜥蜴サラマンダー様の名が廃るって奴だぜクレイジーっ!!」


「そうサリ!じっちゃまだけおいて逃げるなんて――あーしには出来ないサリっ!」


「ったく、この頑固親父がっ!さっさと行けと言っておろうに――」


「それはてめぇだぜファッキン、この頑固じじいっ!」


「パパもじっちゃまも、ケンカはダメサリ!皆で逃げるサリっ!」


 世界の混乱に乗じた勢力の一部にて、廃れた世界でのし上がるための魔導機械導入を急かす国々……が、世界でも列強の最上位に位置する魔導機械アーレス帝国を始めとした国家群に敵う術も無く――

 弱小を甘んじて受け入れて来た国々の一部が目に付けたのは、精霊を強制的に支配下へ置き……そこから搾取した精霊力エレメンティウムを用いて武力強化とすると言う、軍事強攻策であった。


 それは魔導や精霊と供に発達して来た魔導科学文明と言う、新時代の新たな文明基盤を悪用・乱用するひと種のおごり以外の何物でもなかったのだ。


 その事態を想定した魔導機械アーレス帝国は、訪れる悲劇を回避せんと世界の精霊を保護する臨時政策を打ち出し――ひと種とはあくまで契約上での共闘を貫いていた妖精族……それもすでに契約解除となっていた黒妖精にもお鉢が回って来ていた。


「この愚か者がっ!あ奴らは、人として手にすべきではない物へ手を伸ばそうとしておる!ここでお主らを捕らえさせるなど……このワシにとっては己の死よりも辛い絶望――」


「最愛の友人であるお主らへ、絶対あの愚か者共には手出しさせんと誓ったのじゃっ!」


 弱小国家でも卑劣な手口で有名ななりあがり国家。

 その軍隊を前にただ一人、盟友であり戦友でもある火蜥蜴サラマンダー親子を守るため――国よりの依頼などではない……己の意志で、刺突剣レイピアを構え立ちはだかる黒妖精。


 が――如何に黒妖精が英雄隊と呼び声高き冒険者であったとしても、たった一人で精霊親子を守りつつ戦うは無謀とも言えた。


 それでも――


「我は〈勇敢なる英雄隊ブレイブ・アドベンチャラー〉が一人――褐色の精霊使いブラックシャーマンのリド・エイブラ!この守るべき者のためにかざせし刺突剣レイピアのサビになりたい奴は、どこからでもかかって来るがよいっ!」


「やめろっってんだよ、この老いぼれがっ!俺達のためなんかに、てめぇが命懸けてんじゃねぇぞこらっ!このファッキン野郎っっ!!」


 襲い来る欲望に塗れたひと種から、火蜥蜴サラマンダー親子を守り続けた黒妖精は……親子と共に命からが逃げ仰せ――

 やがてひと種と関わらぬ山々の奥深くへと身を隠し、愚かなるひと種の振るう脅威から逃げる様な日々を送る事となったのだ。



∫∫∫∫∫∫



 泉のほとりに佇む一軒の丸太小屋。

 かく言う伝説級の偉人殿が現在住まう場所にて、私達はその招きを受け……情報提示を受ける事になったのですが——


「どうじゃ、泣ける話じゃろう?そしてワシは暫く人里から身を隠して、ひと種と関わらぬ様に生きて来たのじゃ。」


「唐突に話し始めた思たら昔話かいな。まぁそれはええとして――」


「むっ?とやらは、ワシの身の上話がお気に召さぬと――」


「言うたな!?このショタジジィ、ウチの事言うたなっ!?ミーシャはんならまだしも、初対面の妖精さんからそんなおとしめ食らうたぁ……さしものウチも――」


「ばっ!?しーちゃん、止めないか!?この方は現皇帝陛下とも――ちぃ!テンパロット、をっ!」


「アイっ、マムっ!」


「のわあーーっ!?ここで籠とかっ、止めんかいなーーっ!?」


 直前のお涙頂戴話の重さが一気に吹き飛ぶいつものバカ騒ぎ。

 しかし今回ばかりは面倒な方へ限りなく突き抜ける事態に、さしもの私も残念な精霊さんをガチで籠に閉じ込めるも待ったなしです。


「……そんな……。ミーシャはん――マジでウチを籠に閉じ込めるやなんて……。」


「ふぅ……シフィエールよ。流石に今回は、それがしでもお主のおふざけが過ぎる様に感じたぞ?しばしそこで反省しておれ。」


「……ふぇい。」


「ジーンさんの言う通りだね。今日ばかりは私も本気を出させて頂いたよ。では改めて――」


「リド・エイブラ殿、重ね重ねの無礼をご容赦願います。」


「堅いのぅ……まあ今までの精霊をおとしめんとしたひと種と比べるまでも無く、精霊をおもんばかる点を踏まえ――今はその硬さも譲歩としておこう。」


 自業自爆でならぬとなった残念なしーちゃん——て言うか、その籠は精霊力エレメンティウムを奪い拘束する様なたぐいではないただの籠。

 そんな籠相手なら実体を自在に変化させられる精霊であれば、抜け出そうと思えばいくらでも抜け出せるはずなのに……それをしない所を見ると結構それなりに反省してる様で——


 嘆息の中可愛い所もあるじゃないかとしーちゃんを一瞥しつつ、すでにいくら重ねたか分からぬ非礼を皇帝陛下の家系に関わる偉人殿へ謝罪として明示します。


 そして——重要なのはここから。

 リド卿が語った昔話に確実に入り込んだ火蜥蜴サラマンダーくだり。

 それはまさに今私達が得んとする情報に他ならず、あつらえた様な卿の襲撃を思い返し——さらに思考へ過ぎったのはサイザー殿下が口にしたと言う言葉。


 思考に描いたままを私は卿へと問う事にします。


「リド卿……あなたがこの様なタイミングで、私達の実力を見定めんとした経緯——やはりそこには皇子殿下からの依頼などが絡んでおいでなのでしょうか?」


 かく言うテンパロットにヒュレイカも、すでに察した様に卿へと視線を送り——それを受け平然とした面持ちの卿が……事の詳細真相へと踏み込んで行く。


「いかにもじゃ。ふむ……あのが気をかけるのが分かった気がするのぅ——鋭き観察眼、ワシが火蜥蜴サラマンダーの話をほのめかしただけでそこへと辿り着くとは。いやはや……。」


 饒舌じょうぜつに語る卿が零したひよっ子——それがあの皇子殿下を指していると想像しただけでも、もはや眼前の黒き妖精ダークエルフが伝説の偉人殿であると言う事実が否応無しに伸し掛かって来るね。

 と、眼前の殿……畏怖のあまり萎縮していると——


 彼が下げた声のトーンで放ったのは……予想もしない言葉だったのです。


「あの頑固親父と小さきお嬢も……お主達の様な者にならば、任せられるやも知れんの。と言う事でここからは、ワシ立っての頼みじゃ——」


「ワシもできうる限りの支援を惜しまぬゆえ、どうか悲しき定めに翻弄された火蜥蜴サラマンダーの親子を——お主達の手で救ってやってはくれまいか。この通りじゃ……。」


 そして……伝説になぞらえる偉人殿が私達へ深々とこうべを垂れ——しかし放った言葉には、並々ならぬ悲痛が込められていたのでした。


 同日——

 すでに夜のとばりに包まれた湖のほとりの丸太小屋で、夕飯をご馳走になり……偉人殿より出された食事時には、流石に殊勝だったおバカさん達に安堵した私——

 偉人殿同行の元、まずはその火蜥蜴サラマンダー親子の住まう休火山デュナスへと向かう算段を付けたのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る