Act.54 英雄皇帝に仕えし精霊使い(後編)

 パンパンと法衣の埃を払う様に立ち上がる桃色髪の賢者ミシャリア

 すでに戦闘の必要性が皆無と察した蝙蝠精霊シェンは、いつの間にやら元のサイズへと戻り――戦闘終了を確認したツインテ騎士ヒュレイカフワフワ神官フレードも、供に武器を引いた。


「しーちゃんがまさかの傍観を決め込んだ時には、流石に私もヒヤリとしたよ。私が何か、術式的に失態を犯してしまったかと――」


「ああ……そこは堪忍や、ミーシャはん。ウチもこのシェンから聞いた言う事で、迂闊に出しゃばれん思うて致し方なくな所もあったんや……。つかそれでも——」


「あの攻撃でミーシャはんに何かあったら、……いや。」


「キキーーッ!?」


 ジトリと半目のまま送られた視線にこれは冗談では無いとの警告を感じた蝙蝠精霊も、ビクリと体を震わせ申し訳なさを前面に押し出す。

 そこには風の精霊群からする桃色髪の賢者への、余りある信頼が伺えた。


 体を前後に揺らし……表現としては謝罪と取れるアクションを賢者少女へ送る蝙蝠精霊は、気を取り直して元来の目的となる話へと移行する。


「キキッ……キキー——」


 しかしいかんせんこの状態での彼女は、残念精霊シフィエールの通訳無くしては会話もままならなく——


「なんやまたウチ通訳かいな……。ふむふむ——しゃーない、伝えたるわ。ミーシャはん、シェンが言うにはな?先に聞き及んだ点で、テンパロットはん側に今と同じく主っちゅー奴が向かっとって——」


「そちらと合流して詳しい話をしたい言う事や。まあ多分あっちもいきなり襲撃食らって不満タラタラやろけどな……(汗)」


 そこまで聞いた桃色髪の賢者もふぅと嘆息。

 あらかたが想定できたと返答を返す。


「こちらの実力を測るたぐいの襲撃だ……テンパロット達もただではすまないとは思ったよ?了解した……さあ、私もこの事態の経緯を速やかに聴取したい所だ。殿下からの依頼の件もある——」


「すぐにその主とやらに会わせてもらえると助かるね。行くよ、ヒュレイカにフレード君。」


「分かったわよ~~。全く理不尽な襲撃ねぇ……。」


「ちょっとボク……肝が、冷えたの(汗)」


 賢者少女の言葉へ、着いてきてとのアクションを見せた蝙蝠精霊がクルリと身をひるがえし——すかさず案内を買って出る。

 やれやれ感のまま歩き出す賢者の少女に続き、護衛の少女と騎士隊出向の神官少年もそれにならう。


 そして一行はなし崩しのまま蝙蝠精霊の主と称する者が住まう場所――すでにテンパロット組が呼ばれている、黒妖精ダークエルフの住処へと案内されるのであった。



∫∫∫∫∫∫



 蝙蝠精霊に案内されて30分ほど歩いた私達。

 魔導機械アーレス帝国が誇る国有林の一際開けた箇所へ、そよぐ風に出迎えられる様に踏み入ります。

 そこは人の手が及ばぬ自然の結界……すでに道すがら多くの動植物を目にし、歩く端々で大自然の息吹と溢れんばかりに満ちる精霊力エレメンティウムを感じました。

 それこそ自分が目指すものの姿が突如として眼前に現れた様な――そんな錯覚すら覚えたものです。


 すると先頭を行く蝙蝠精霊さんのシェンが、透き通る湧き水を湛える泉を前に向き直り――


「キキッキー!」


 と声を発したので、何となくそこはその意味を予想し「ここが目的地かい?」と問うと――ちょっと驚いた様に単眼をパチクリさせて、何度も頷く様なアクションを取る蝙蝠精霊さん。

 意思疎通が叶ったのが嬉しかったのかい?


 て言うか――今の意図は何となく理解出来たけど、いまいち頷くと言う表現に繋がらず……正直分かり辛い事この上ないね。


「おう!シェンよ、どうやらそちらも招待が承諾されたようじゃの。さあ方々をこちらへ案内せよ。」


 などと思考していると、いやにアンバランスな声が木々の上から響いて来ました。

 声色はこう――……

 そう思い至った瞬間、浮かんだ言葉を全部ひっくるめた短縮名が口を突きました。


「……なんだい?この……ショタジジイっぽい感じは――」


 と言い放ったのが早いか……言葉に反応した様に木々の上からガサガサッと何やら落下して――そのまま地べたに、人ほどの塊がどさりと墜落します。

 そしてガバッ!と体?を起こしたそれが、それはもう凄い剣幕で憤慨をぶつけて来たのです。


「初対面のお主らにまで、ショタジジイ呼ばわりされるいわれはないわっ!?ちいとそこに直れぃ!!」


「……ショタね。確実に(汗)」


「おじーちゃんでも、あるの……(汗)」


「貴様らっ!?」


 目にした姿が私の発した言葉へ疑いも持てぬと、ウチの護衛さん達がこぞって言葉を洩らします。

 そしてダメ出しに憤慨したショタジジイ――よく見ると尖る耳先と艶やかな褐色の肌に気が付いた私は、ジジイと言う言葉への確証待った無しの事実に辿り着いてしまうのです。


「ダークエルフって……詳しい年齢は知らないけれど、ショタジジイな点を疑いようがないじゃないか。しかし――」


「エルフの見目麗しきならまだしも、ではと言う物がないだろう……全く。」


「お主は何の話をしとるんじゃ!?」


 憤慨からの怒髪が天を突いた黒妖精ダークエルフなショタじいさんが、天を突きつつ地団駄を踏み……最早その様相で天地鳴動の怒りを体現し始めた時――

 背後から聞きなれた声が含みのある言葉を乗せて聞こえてきました。


「あ~ミーシャ?とりあえずその方を前にそれ以上の暴言は……寿程ほどにしといた方が身のためだと思うぞ?」


「ああ、こちらに呼ばれて居た様だね。聞き及んだ通りでちょっと安心したよ、テンパロット。しかしだね――君のと言う呼び方には詳しい説明を所望するよ?」


「確かに長命な種である妖精族ではあるだろう……けれど種族的に人種と同列のはずである存在に一体どの様な――」


「……予想通りの反応やな~~(汗)ここはシェンはんの主さんとやら……そうそうに自己紹介しといた方がええ思いまっせ?」


 唐突にオリアナを従え現われたツンツン頭さんが、またを零すものだから……こちらも意見せざるを得ないと返すと――

 今度はしーちゃんまで何やら含みを込めて、黒妖精ダークエルフさんへ自己紹介をと進言する始末。

 何だか事に置いてけぼりを食らった様なはがいましさが浮かんだ私。


 直後に黒妖精ダークエルフより語られた身分の詳細を聞き――度肝を抜かれるとはこういう事を指すのかと、それはもうしたたか打ちのめされたのです。


「致し方あるまい。暫く身分を程よくぼかして――と思っておった所じゃが……よかろう。娘子よ、その耳でしかと聞き止め脳裏に刻むがよい。ワシの名はリド・エイブラ――」


 身なりを整え立ち上がった黒妖精ダークエルフ

 けれど先の子供の様な、そして老人の様な癇癪の気配が霧散した彼が――私も今まで感じたことも無い様な器からの、圧倒的な気配を叩き付けて来たのです。


「今は亡き十二代目魔導機械アーレス帝国皇帝……最後の輝皇帝ファイナ・エル・カイゼルアーレス・ラステーリ。あ奴と民の安寧のために世界を駆けた冒険者パーティーが一人にして、現皇帝ゼィーク・ラステーリが后である皇后ロアラ・ソーザー・ラステーリの盟友――」


「かつては勇敢なる英雄隊ブレイブ・アドベンチャラー褐色の精霊使いブラックシャーマンの異名を欲しいままにした黒き白の善性者――それがワシの素性と、話しておこうかの。」


 僅かな沈黙。

 両目をはち切れんばかりに剥いたのは、実は私だけではありません。

 ともすれば詳細を聞き及んでいたはずのテンパロットまで、そのお目々が飛び出ん程の勢いでひん剥かれ――


「え?えええええええええええーーーーーーーーーっっっ!!?」


 と声を上げるが早いか、私にテンパロット――そしてヒュレイカに至るまでが、驚愕のまま卒倒してしまったのです。

 何で詳細を聞いてるはずのツンツン頭までビックリ仰天してるのかと、突っ込む事すら叶わぬ私が卒倒したのを他所よそに……詳細が把握出来ないオリアナとフレード君は、ただこの醜態をケラケラ笑い転げながら堪能する残念な精霊さんを尻目に――


 「誰か状況を説明して……」との視線で、詳しい説明が語られるのを待ちぼうける事となるのでした。

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