Act.52 英雄皇帝に仕えし精霊使い(前編)

 お昼を跨いだ昼下がり。

 自分としても珍しいメンツでの情報収集と、懐かしき沿岸表通りを歩きます。

 と言いますか、こんなに穏やかな雰囲気はいつぶりだろうと言う感慨すら湧いている所ですが。


「……あ……ヒュレイカ?あれは何、なの?——お……ミシャリアお姉ちゃん、あれは?」


 その感慨深さをさらに上昇させる要因がこれ。

 このフレード君の……本人は弟的な振る舞いで接しているのでしょうが——私とヒュレイカにとっては幸福に包まれている訳で——


「ああ、アレはねぇ……帝国が誇る海産物店で——ちょうどこの時期、帝国領海名産のフィッツロブスターにローミヌス貝が売りのはずよ?それはもう、ほっぺたなんてすぐにでも……つか、口にしてたらお腹空いてきた。」


「あのねヒュレイカ。お腹がとか……と被るようなネタは——」


「ハラ…黒?——ぷっ……フフっ。オリアナさん……またアダ名増えた、の。」


「「(ぐっ……!?可愛いっ!!)」」


 このお人形かと思える容姿の男の娘は天然さも相まって、少年と少女のいいとこ取りな反応で私達への質問攻めを敢行し……あまつさえ、私の放った新たなオリアナへの愛称に吹き出す姿——

 すでに百合っ百合分野で明るい私達を、ガチで殺しにかかります。


 その愛くるしさに二人して、赤い物を吹き出しそうになりながら……互いを見やり、このメンツ割り振りはイケてたと強く——それはもう強く首肯します。


 そんな感慨にふけりながらも、やるべき事はやらねばと……気持ちを引き締め久方ぶりの帝国領でも五本の指に入る栄える街並みを一望します。

 映る繁栄の途にある街並みは、かく言う歴代皇帝がその基盤を作り……それに答える様に民が切磋琢磨で作り上げた平和の象徴。

 この魔導機械が発達する以前の帝国は、動乱と自然災害に襲われ幾度も滅亡しかけたと聞き及びます。


 特に動乱に関しては、数多の小国が起こす小競り合いが幾度とこの国を巻き込み——故にいにしえまでさかのぼる初代帝国皇帝アーレスが一斉奮起。

 近隣で戦火に巻き込まれる弱小の村々を次々と傘下に加え、いつしかそのアーレスは近隣諸国すら敵わぬ大帝国の様相へと変貌を遂げたのです。


 ですが——


「……アレは、何なの?ミシャリアお姉ちゃん。」


 歩を進める私達の視界に飛び込んだのは……この街——いえ、さらにその先に伸びる街道先の街にまで及ぶ地をえぐった様な跡。

 視界を占拠する巨大さは、栄えたこの港町を軽々と飲み込むほどです。


 それを指しての質問と感じた私は、自分がここへ居を移した時分に皇子殿下より聞かされた旨をそのまま伝えます。


「……気になったかい?フレード君。アレはね……帝国の伝承では〈神の雷が引き裂いた跡〉とされ、その時代を記す古い書物にも記載された物で——」


「その名称を【ギ・アジュラスの砲火】と呼ばれているんだ。」


「【ギ・アジュラスの砲火】……なの?」


「ああ~~確かそんな感じの名前だったわね~~。殿下やジェシカお姉様がよく言ってたわ。」


 小首を傾げたフレード君の横で、思考をひっくり返して答えるツインテさん。

 完全に忘れたんだろう事は明白だけど……聞くだけでも恐ろしい伝承故に、忘れたくなるのも頷ける所だね。


 疑問符を踊らせるフレード君への説明をと言葉を紡ぐ私。

 この自分としてもちょっとゾッとする内容であるも……殿下より「人はそれを忘れぬ様に刻んで生きねばならない伝承だ。」との言葉のままにすでに家族同然である少年へ語ります。


「いいかい?その伝承と言うのはね——」



∫∫∫∫∫∫



∽∽∽∽∽∽赤き大地ザガディアスの伝承より∽∽∽∽∽∽



赤き大地ザガディアスのあらゆる生よ


その者が猛る様な行いは慎みて生を謳歌せよ


その者この大地を守りし頂点にして、神と同義なり


大地を生ける生が、強欲と、罪と、戦乱に飲み込まれたならば


その者は大地を浄化せんと咆哮を上げる



一度目覚めたならば、全ての文明を滅ぼし尽くす天上の裁きを


世界へと解き放つであろう——



∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽



∫∫∫∫∫∫



 狂犬テンパロット白黒少女オリアナと別行動にて、桃色髪の賢者ミシャリア組が依頼前の情報収集に進む中。

 風の精霊特有な自由気ままを体現する残念精霊シフィエール……例によって人目に付かぬ霊量子体イスターラル・バディの透くような羽ををヒラヒラ揺らして、街並みよりやや高みを浮遊する。


 彼女の思考では、法規隊ディフェンサー一行の人数が増加した事で情報収集に割く人手が増えたと察知——それに合わせて友人である賢者の少女へ自分が出来る範囲の協力をと、自らその羽根を運んだ次第であった。


「ああ、何や一行の人数増えてウチの出番が少のうなってもうたな~~。そりゃ、あのおバカ二人に口を開けば脱げだの言われんだけマシやけど……ちと寂しいわ。」


「せやけど、ミーシャはんは何よりウチら精霊の事を大事にしてくれとるさかい……こんな地味地味な情報収集活動も——って考えると、テンパロットはんも大概孤独やったんやな(汗)」


 思考がダダ漏れになる様にひとりごちる残念精霊は、一行では精霊魔術に長ける桃色髪の賢者のみが察した気配——それを少女以上に気取った故の別件調査。

 フワフワ神官フレードの場合は職業柄善性悪性限定の感覚反応であり、現状賢者少女と風の精霊のみが精霊の気配に対する鋭い反応を有していたのだ。


 そんな残念精霊が向かう先は、街の外れにある山々へと繋がる途中の森林。

 そこは手入れはされているものの、滅多に人の出入りのない場所——国有林に相当する広大な自然の聖域は、魔導機械アーレス帝国に匂ける精霊らに対する敬意の証でもあった。


「……ここなら誰も人は来いへんやろ。なんやけったいな霊力、それ見よがしに送りつけながら尾行たぁ……ウチら風の精霊が気付かへんとでも思うとんかいな?」


「キキッ!」


 帝国所有とも言える森林の中で、ふと滞空した残念精霊が——

 クルリと体をひるがえした先には、堂々と……しかし精霊同士でのみ視認できる状態は維持しつつ現われたそれは、蝙蝠の様な羽に大きなギョロリとした単眼——赤き世界ザガディアスで言う闇の精霊と呼称される者。


 つまる所、あの狂犬と白黒少女を襲撃した黒妖精ダークエルフの連れである。


「大方そっちの目的はひと種の監視やろうけどな……生憎とウチの賢者様への監視はウチらで間に合っとる——」


「キキッ……キーキッ、キキ。」


「ん?「それは百も承知の上での相談がある。」やて?ほほう……ただの野良精霊言うわけやあらへんみたいやな。」


「キキーキキッ!」


 言葉ではない意思疎通で残念精霊が、単眼精霊の意図を理解し……残念精霊の口にした通りと喜びを露わとする単眼精霊。

 しかしその時……残念精霊の脳裏によからぬ思念がよぎっていた。


「(な……なんやこの、!?こいつ下手したら、ウチを上回るマスコットキャラに——)」


「(て、いやいや!この可憐にして、魅惑の精霊を地で行く風のシフィエール——ウチこそが部隊のマスコットの真のテッペンや!それが、こんなポッと出に敗北するはずはあらへん!)」


 などと……桃色髪の賢者がいたならば、残念精霊——だが、彼女が本来持つ自由気ままな風特有の性分が……その時僅かに鎌首をもたげていた。


 湧き上がる好奇心も相まって、残念精霊が単眼の精霊へとその素性を問い質す。


「まあええわ。まずは闇の精霊はん……あんたの素性と背後で事を操るバックの存在——教えてんか?(なんやウチ、もうテンパロットが移ってもうたな……(汗))」


 残念精霊の質問へ「キキッキキー☆」と、嬉しさすら込めた様子で片翼をグイっと上げ……事の説明へ、当然の如く精霊同士で通じる意思疎通を返して来た。


「キキッ……キー——」


「ふむふむ……ほほう?——って、ほうっ!?そ……それ冗談やあらへんやろなっ!!……へっ?「今帝国護衛と武器商人の娘の方に、自分の主が向かっとる。」て——」


「……その情報知っとる時点で、モノホン言うんは間違いなさそうやな……。こらまたえらい大物が出張って来たな~~(汗)」


 風の精霊をして、法規隊ディフェンサー一行には……向こうからやって来ているのではと思考せざるをえない状況。

 しかし残念精霊も、気ままな性分から来る好奇心に踊らされ……闇の精霊が発した相談を承諾する形で聴取を終えたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る